ACT 12




『・・選びましたね?自分の運命を。人は時として星の軌道をも覆す強い情を持ち、抗えぬはずの運命を自らの手で変えようとする唯一の存在。あなたの選んだ運命は、並大抵の情では覆す事の出来ない、辛く、過酷なものになる。それでもあなたは、その巽という人間を選ぶのですか・・?』

ゆっくりと・・しかし強い意思を持ってみことが顔を上げ、咲耶の顔を見つめ返した。

「どんなに辛くても・・巽さんが一緒なら、辛くない。いっぱい・・いろんな事で不安になったり、泣きたくなったりする事もたくさんあると思う。でも、それは巽さんの事が好きだから・・どうしようもなく好きだから・・だから、そう思うんだ。今、はっきり分かったよ」

グイッ・・と、涙をぬぐったみことが笑顔になる。

「咲耶姫は・・いないの?そんな人・・?」

『わ・・私は、星の軌道を見る星見しかできない存在。そのようなものに情をかける人などいるはずがない。まして私は、情というものを持ち合わせてはいないのだから・・』

ソッ・・と咲耶の手を取ったみことがその手を両手で包み込んだ。

「そんなことない・・咲耶姫の中にもちゃんと温かい人の血が流れてる・・。傷つく事は確かに辛いよ・・でもね、それよりもっと嬉しい事とか、温かくなれる事がいっぱいあるんだ・・!」

みことの手から流れ込む、暖かい・・春の陽だまりのような波動。

それを受けた咲耶の体もまた、ほんのりと桜色に染まる・・。

『・・あ・・っ!?』

小さく叫んだ咲耶がみことの手を振り払う。

「咲耶・・姫・・?」

『あなたと私は・・違うのです!私は、自分一人ではここから動くことも出来ない・・!』

心の動揺を押さえつけるように・・咲耶が大きく肩で吐息を吐く。

「・・じゃ、一人じゃなきゃ動けるんだ?うーん・・僕じゃあ咲耶姫を抱え上げられないし・・・あ・・っ!綜馬さんなら出来そう!ね、一緒に・・・」

言いかけたみことを仰ぎ見た咲耶が・・ニコッと微笑み返す。

『・・・あなたは、本当に優しい・・純真な心を持っているのですね。あなたに闇星が惹きつけられる理由が・・ようやく分かりました。千波の持っていた芯の強さも、しっかり受け継いでいる・・』

「ち・・なみ!?それって、お母さんのこと!?」

みことが食い入るように咲耶の顔を見つめ返す。

『桜杜・・その名は桜と共に封印を守り、聖獣“白虎”を従える事の出来る者が受け継ぐ名。あなたの母、千波はその運命を受け入れ、そして自らその礎となる事を選んだ。私など足元にも及ばない、強い女性・・』

「咲耶姫・・お母さんに会ったの!?」

どう見ても・・咲耶はみことと同じか、年下のようにしか見えない・・。

『言ったでしょう?遙かな昔から・・と。精霊は人とは違う時間を生きる。だから・・人の、儚いけれど強い情に触れられぬ。それは・・最大の禁忌なのです・・』

その言葉にみことがハッとする。

「・・禁忌・・って、なに?好きなもの同士一緒になっちゃいけないの?どうして・・お父さんとお母さんは消滅しないといけなかったの!?」

ずっと・・ずっと、誰かにぶつけてみたかった問いを、みことが思い切って口にする。

母は・・みことのせいじゃない・・そう言っていた・・。

けれど・・自分が生まれていなければ・・!そう思う気持ちを止められはしない・・。

みことの・・今にも泣き出しそうな声音そのままの心の声が咲耶の聞こえぬ耳に届く。

『・・みことのせいではない・・千波はそう言ったはず。それは千波の選んだ運命・・今みことが自らの運命を選んだように、誰にもそうする事を止められはしない・・。あなたは、千波の選んだ運命が間違いだったと・・そう言いたいのですか?』

静かに・・諭すように言う咲耶に、みことがゆっくりと首を横に振る。

「・・ううん・・思わない。だって、短い間だったけど・・お母さん、いつも笑ってた。僕が覚えてるお母さんの顔、笑った顔ばっかりだもん・・」

その笑顔を思い出したように、みことの顔にも笑顔が浮かぶ。

『・・そう、千波は・・笑っていたのですね。人は・・どうしてそんなに強くなれるのでしょう・・・』

寂しげに呟いた咲耶が・・再びみことの手を取った。

『あなたに会えて良かった・・。みことの選んだ運命はみことのもの。誰に遠慮することも、自分の存在を否定することもありません・・。あなたの思うままに・・あなたの守るべき物を選んでください。桜は守り、封じるもの・・それを忘れないで』

そう言った咲耶の手は・・最初の時と打って変わって、ほんのりと温かくなっていた。

「あの・・今度、一緒に外に行こう!美味しい物もいっぱいあるし・・!咲耶姫はもっといっぱい食べたほうがいいと思う。誰かと一緒に食べるご飯はとっても美味しいよ!」

一瞬、唖然とした顔つきになった咲耶が、クスクス・・と笑い声を立てる。

『ほんとに・・あなたは・・!』

つられたみことも一緒になって笑いあった後、咲耶が急に居住まいを正して、みことに深々と頭を下げた。

「さ・・咲耶・・姫・・?」

『・・どうか・・人として、強く生きて下さい。闇星をも照らす強い輝きとなって、この地を・・守って・・!』

「さ・・・!?」

問い返そうとしたみことの体が、グラッ・・と支えを失って、下に向かって落ちていく・・!

「う・・うわああ・・!!」

叫んだ途端、ドスンッ・・!とあの、襖の前にしりもちをつく。

「みこと!」

聞こえてきた馴染みの綜馬の声に、みことが弾かれたように振り返った。

「あ・・あれ?綜馬・・さ・・ん・・?」

きょとん・・とした顔つきで綜馬を仰ぎ見るみことに、綜馬が特大の安堵のため息をもらした。

「・・ほんまに、お前は・・!あんまり遅いから信じとっても不安になるやないか!」

「・・へ・・?」

何のことだかさっぱり分からない・・といった雰囲気のみことに、綜馬がこれ以上ないと思えるほどの優しい笑顔を見せる。

「よう帰ってきたな!お帰り、みこと・・!ちょっとだけ、強うなったやん?ええ顔しとる。」

「あ・・!はい、そう・・かも・・・」

綜馬の言わんとすることに気づいたみことが、はにかんだような笑顔を浮かべた。

咲耶の言った・・『桜は、守り封じるもの』その言葉がみことの心に強く刻まれていた。

どうして自分は半精霊として生まれたのか・・?ずっと心のどこかでわだかまっていたしこりが、今は・・もう、ない。

ずっと・・ずっと会いたいと思っていた、幼い頃見た夢の中に出てきた巽・・。

その人が・・自分の守るべきもの。守りたいと思える人だと・・そう、はっきり確信できたから・・今はもう、迷いはない。

「・・人って、守りたいものがあるから・・強くなれるんですね」

「そうや!オレも守りたいもんを守れるようになるために、強くなる・・!お互いがんばらなな!」

クシャ・・ッとみことの髪をなでた綜馬の後ろから、威厳に満ちた・・それでいて優しく包み込むような大僧正の声が降り注ぐ。

「よく・・ご無事でお帰りになられた。皆、桜杜の来訪を喜んでおります。どうぞ、ささやかながら夕餉の用意もあちらの部屋に・・。綜馬、案内を・・!」

そう言った大僧正の瞳が、みことの顔にジッ・・と注がれる。

「あの・・僕の顔・・なんかついてますか・・?」

恐縮したように問うみことに、大僧正が静かに答える。

「・・いえ、ご無礼をお許し下さい。これが・・我らが運命を託す方のお顔かと・・」

「爺さん・・?それ、どういう意味や・・?」

不可思議な顔つきになったみことに代わって、綜馬もまた眉根を寄せて問う。

「そのうち分かろう・・。して、綜馬・・?その片耳のピアス、いつから付けておる?」

ギロッと、咎めるような目つきになった大僧正の顔つきに・・綜馬が慌ててみことを引っ張って退散する。

「こんくらいええやろ?目立たへんし・・!みこと!早行かな飯片付けられてまうで!?」

「ええ!?い、いやです!さっきからお腹の虫が空きすぎて鳴らないくらいなんですから!」

情けない声を上げたみことが、綜馬と共にバタバタと部屋を出て行った。

その二人を何ともいえない優しい眼差しで見送った大僧正が、スルッ・・と、あの襖の中に波紋を残して入り込んだ。




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