ACT 14




「どおや?一仕事した後の飯はうまかったやろ?」

「はい!とっても!」

「そうか、なら良かった。宿坊の朝飯は質素で簡素・・が定番やからな」

綜馬の言う通り・・麦ご飯にお味噌汁、野菜の煮付けにお漬物・・という、質素極まりない献立だった。

味付けも薄味で、慣れない者には少し物足りないと感じる代物だ・・。

恐らくは、それを心配しての朝一からの労働だったのだろう・・お腹の空いたみことには十分美味しく感じられた。

「綜馬さんって、ほんと、いろいろ考えてくれてるんですね!」

「うん?そんなんやない・・悔しいけど、オオダヌキの受け売りや」

宿坊の部屋に戻った綜馬とみことが、部屋の縁側に並んでに座って・・心地よい初夏の日差しを全身に受けている。

「受け売り・・?って?」

みことの問いかけに、綜馬が少し・・照れくさそうに頭をかいた。

「・・あんな・・オレ、小さい頃にここに連れて来られてん。星見でオレが生まれるってわかっとったらしい・・。せやから親もオレに高野から迎えが来るってしっとった。
力のあるもんは普通の世界では異端者扱いやからな。それでなくても・・もう、そん時十分他の奴らに変な目で見られとったし・・そんなんで、親とはちっちゃい頃から離れ離れや。
・・けど、そんなんガキの頃のオレが納得するわけないやん?ここへ来てからも言う事聞かん・・ただの力持て余した生意気なガキやった。
それを根気よう付きおうて、本気で叱ってくれたんが・・あのオオダヌキや。
あんな不味い朝飯食いたない!言うてたオレに、腹空かさせて食いもんのありがたみ教えてくれたんも・・な」

思わぬ綜馬の告白に・・みことがビックリ顔で聞く。

「あ・・あの、僕が聞いてていいんですか・・?」

戸惑いの表情を見せるみことを、綜馬が胡坐を組んだ膝の上に肘をつき・・首を傾げる様にして見つめ返す。

「ええねん・・お前やったらオレの気持ち分かってくれるやろうから」

「綜馬さんの・・?」

フッ・・と目を伏せた綜馬が、真剣な声音で言った。

「オレは・・強くなりたい!守りたい、たった一つの物のために・・!そのためやったら、親も自分も、捨てられる!」

「綜馬さん!?」

その、強い意志の込められた言葉に・・みことが目を見張る。

「・・せやからオレは一度も親に会いに行ってへん・・。あっちも、もう忘れてるやろうしな。こんなオレを白状な奴や思て軽蔑してもええで・・?」

「そ・・んな・・?どうして・・?」

「もしもな、オレが親やったら、いつ死ぬか分からんような奴・・最初からおらん方がましやと思うねん。
お前も巽のとこにおったら分かるやろ?こんな世界に身を置く奴は・・いつ、何処で死んでも誰もなんも言わん。
その上、親が何の身を守る力を持たん一般人やったら・・もし、オレのせいでなんらかのとばっちりを被ったとしても、オレは守ってやることができへん。
人間一人が守れるもん言うたら知れとる・・本気で、自分の命にかけても守りたいと思ったら、それは唯一つや。それ以上は思たらいかん。それが人の限界やと、オレは思ってる・・」

「・・う・・・」

みことが返す言葉を失って・・黙り込む。

その決意の言葉が・・綜馬にとって辛い決断だったと、ほんの少しの付き合いであるみことにも・・分かる。

綜馬が常に相手のことを気づかって・・考えてくれる。

そんな人間だからこそ、行き着いた決断だ・・・。

「・・あの、聞いていいですか?綜馬さんが守りたい物って・・なんですか?」

問われた綜馬が、ジッ・・とみことを見つめ返した。

「・・オレ、嘘ついたな。みことに初めて会うた時、アルビノなんて初めて見た・・言うたけど、初めてやないもんな・・」

「え・・!?あ・・!ひょっとして、咲耶姫!?」

身を乗り出すようにして綜馬を見たみことの瞳に、この上なく静かに笑う綜馬が映った。

「あの人に初めて会うたんは・・初めて巽と会った、みことの母親の千波さんと会うた・・あのすぐ後や。
そん時はまだオオダヌキもただの高位僧侶の一人やった。いつも通りに大僧正に催し物の報告をしとったら、その目に気づいた・・みことの時と一緒や。
あの、居たたまれんくなるくらい強い視線にな・・。そしてオオダヌキに案内されて、咲耶姫に会った・・。あん時の驚きは巽と会うた時以上やった。
この世に、こんな綺麗な人がおったんか!思て、まともに口も聞けんかった。そん時に決めたんや。オレはこの人を守る・・て。
オレが生まれて、ここに来たんはこの人に会うためやって・・何の根拠も何も無いけど・・そう、思ってもうたんや。お前なら、分かるやろ?みこと?」

その・・静かな、穏やかな笑みに・・みことが微笑み返す。

「・・はい、分かります。そう思うことは誰にも止められない・・自分の運命は自分で決める・・そういう事ですよね?」

「そうや、オレはいつかあの人をこんな暖かい、陽の当たる場所に連れて来たる。あんな場所にいつまでも一人で居させへん・・!そのためやったら、どんな犠牲でも払う・・!」

そう言い切った綜馬の表情は晴れやかで、迷いの一点も・・無い。

「綜馬さん!どんな・・は、だめです!咲耶姫を連れ出したら、綜馬さんも一緒にいなきゃ!あそこを出ても、結局一人じゃ何の意味もないでしょ?一人取り残されるのは・・多分、死ぬ事より辛い・・です」

目の前で・・両親に置いて行かれたみことにとって、それがどんなに辛く苦しい事か・・誰よりも分かるつもりだ。

ハッとした綜馬がみことを見つめ返す。

「・・その言葉、そっくりそのままお返しすんで?お前の方こそ、巽を一人にするような事・・例え頭の中だけでも考えたらあかん!あいつにもそんな思いさせるつもりか?」

「・・あ・・・」

返す言葉の無い鋭い突っ込みに・・みことがうなだれる。

「・・痛いとこつくなあ・・綜馬さん・・」

はは・・と、力なく笑ったみことが、ゆっくりと顔を上げた。

その顔は、綜馬と同じく・・静かな笑顔を湛えていた。

「僕もね・・守るって決めたんです。桜は・・守り、封じるもの・・それなら、僕は巽さんを守りたい。ううん・・僕が生まれたのは巽さんに会うためだって、そう・・思うから!巽さんが生きてる間はずっと・・守りたい・・!」

「よしっ!その言葉が聞きたかったんや!それなら安心してみことを巽の所に帰せるな・・!強くなれよ、みこと!守りたかったらまずは自分が強くなることや!」

「はいっ!」

元気いっぱいに答えたみことの目の前・・縁側のすぐ側に、一陣の風と共に護法童子が現れた・・!

片膝をついてひざまずいた護法童子が綜馬に告げる。

『客人が参られました・・。お二人でお越しです』

「二人!?」

『はい。このまま捨て置いてよろしいので・・?』

「・・ああ、ご苦労さん・・」

眉間にシワを寄せて綜馬が呟いた途端、護法童子が掻き消える。

「巽のドアホッ!何で一人で来いへんねん!?まーた御影の奴に言いくるめられよったな!御影も御影やが、巽も巽や!この絶好のタイミングで現れておきながら・・!ああっもう!面倒見きれへんわ!」

叫んだ綜馬の背後から・・みことの待ち望んだ声がかけられた!

「・・誰がお前に面倒を見ろと頼んだ?人の悪口を言うときはもっと小声で言うものだぞ?」

「へ!?」

驚いて振り向いた綜馬とみことの目の前に、ブルーグレイの長めのジャケットに黒のレザーパンツ、襟ぐりが白とグレイの二枚重ねのようになったシャツ・・と、全身をモノトーン調にまとめた、まるでどこかのモデル雑誌から抜け出たかのような・・サングラス姿の巽が立っていた!




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