ACT 15




「巽さん!?」

「い、いつの間に・・!?どっから?」

「・・人をなんだと思ってる?ちゃんと玄関から入って来た。護法童子の後をつければすぐにこの場所だとわかるだろう・・?」

あきれたような口調で、ぶっきらぼうに言う巽は、いつもの巽だ。

「御影は?あいつと二人で来たんやろ?」

おもむろに立ち上がった綜馬が、巽の背後をキョロキョロと見渡す。

「聖治なら、オレが護法童子を追う時に別れた。見たい物があるとか言って、奥の方へ歩いて行ってたぞ?」

「奥の方・・!?あんの野郎・・!勝手にウロウロしとったら他の僧侶達と問題起こすんが関の山やで・・!」

舌打ちした綜馬が慌てたように玄関へ向かいかけ、廊下の曲がり角で巽に振り向いて言った。

「巽!高野ん中じゃ、鳳はあんましええように思われてない!お前も勝手にウロウロすんなよ!こっから動くな!分かったな!」

「・・分かってる。お前にこれ以上迷惑はかけない・・」

「アホッ!迷惑やなんて思てへん!無駄に労力使いたないやろ?それだけや!」

そう言い捨てて、綜馬がバタバタと玄関を飛び出していった。

フウ・・ッと、ため息をついてその後姿を見送った巽が、みことの方を振り返る。

「・・あ・・っ!」

その巽の背中を、穴が開くほど見つめていたみことが・・慌てたように視線をそらして背中を向けてうなだれた。

別に・・巽に対して怒っているとか、そんなのではない。

ほんの丸一日・・巽と離れて、それでもずっと心の中で巽の姿を思い描いていた。

その・・思い描いていた姿より、今、目の前にいる巽の方が・・ずっと、何倍も・・カッコイイ!そう、素直に思ってしまって・・顔が意味もなく火照ってくるのを止められなかったのだ・・。

「・・・怒ってるのか・・?まあ、無理やり追い出したようなものだし・・弁解のしようもないんだが・・・」

再び深いため息をついた巽が、スッ・・とサングラスを外してみことと並んで縁側に座り込む。

「・・・とりあえず、ちゃんと謝りたいんだが・・もう、顔も見るのも嫌になるほど嫌われたか・・?」

「ちが・・っ!」

弾かれたように顔を上げたみことの目の前・・手を伸ばせばすぐにでも触れられるその場所に・・巽の、真っ直ぐにみことを見つめる灰青色の瞳があった。

その瞳を見た途端、みことは・・胸につき上がって来た感情を止める事が出来なかった。

「・・う・・っ」

突然ポロポロと大粒の涙を流すみことに・・怒っているのだとばかり思っていた巽が、慌てたように問いかける。

「ま、まて!何で泣くんだ?そんなに・・怒らせたのか?」

思いきり途方にくれた様な顔つきになった巽に、みことがブンブンと首を横に振った。

「・・違うっ!違うんです!怒ってなんか・・全然、怒ってなんか・・!そうじゃなくって、嬉しくて・・っ!ほんとに・・ほんとに・・巽さんが来てくれたから・・!来てくれなかったらどうしようって、そればっかり・・・!」

必死でこみ上げてくる嗚咽を堪えながら、みことがつっかえつっかえ・・言い募る。

「・・・二度目だな。そんな風に泣かれるのは・・・」

フッ・・と笑った巽がおもむろに、うなだれて嗚咽を堪えているみことの頭を引き寄せた。

「え・・っ!?」

巽の肩に押し付けられた自分の頭と・・まるで逃がさないとばかりに添えられた巽の手とそっと寄せられる巽の顔・・・。

「・・泣く時は何かにすがって泣いた方がいい。泣き止むまでオレの肩を貸してやる・・あの時、確かそう言ったはずだ・・」

「・・あ・・っ!!」

それは・・みことと巽が初めて出会った時。

初めて・・巽の真っ直ぐな灰青色の瞳に見つめられた時。

ずっと・・ずっと会いたいと思っていた、夢の中でたった一度だけ見た青い瞳の天使のように綺麗な人・・その巽に出会えて、信じられないくらい嬉しくて・・みことは初対面の巽の肩を借りて、初めて思いきり泣く事ができたのだ・・。

それまで一度も・・人前で泣いたりなどできなかったのに・・。

「・・お・・ぼえてて・・くれたんです・・か・・?」

みことは、その時巽が言ってくれた言葉・・その一つ一つを克明に覚えている。

けれど、まさか・・巽自身がその時の事を覚えていてくれているなど、思ってもみなかったのだ・・。

「・・忘れたくても忘れられないだろう?いきなり木の上から降ってきてぶつかったあげく、人の顔を見ていきなり大泣きされたんだぞ?それで忘れろという方がどうかしている・・」

「あ・・いや・・それは・・その・・」

驚きと・・その伝わってくる暖かな巽の体温に、いつの間にかみことの涙も止まっていた。

「あの時・・お前が木の隙間から顔を出した時・・一瞬、天使かと思った。そう思ったオレの心を見透かすように・・お前がオレの事を天使呼ばわりするから、本当に驚いたのを覚えている・・」

「それ!本当に巽さんの事を天使だって思ってたからです!小さい時、一度だけ見た夢の中に巽さんが出て来たんです。
ずっと、ずっとその人に会いたくて・・いつかきっと会えるって信じてました。そしたら・・本当に会えたから、それが信じられないくらい嬉しくて・・!嬉しすぎて泣いちゃったんです。あは・・今と一緒ですね。全然・・進歩してないや・・」

「・・夢・・?」

呟いた巽が、何かを思い出したように・・眉根を寄せる。

「・・そういえばお前と会う前の晩、大きな桜の木の下にいるお前と千波さんの夢を見た・・まだ4〜5歳位の小さな頃の・・」

その言葉にみことが、ガバッと顔を上げる。

「そ・・れ!あの、ひょっとして巽さん、その時、空に浮いてませんでした?僕が見た夢と一緒なら・・・」

言い終わらぬ間に・・巽が大きくうなずき返す。

「やっぱり・・!でも・・なんで・・・?」

「その後に、もう一度その夢を見た。その時、千波さんがオレに向かって話しかけてきて・・その時はなんと言っていたのか分からなかったが、あの・・鬼がお前に向かって襲い掛かった時・・『思い出して』と言ったんだと、わかった。
あの一言で、オレは桜の花びらで封印されていた千波さんとの出会いを思い出せた。みこと・・お前の母親は不思議な人だ。
あの出会いの時に、もうすでにお前を生む事も、オレとお前が出会うことも知っていた・・そして・・」

言葉をきった巽が、すぐ側にあるみことの顔に残った涙の跡を・・指で優しく拭い去る。

「・・そして、他人のために命を投げ出すような・・そんなバカな奴がいたら、その手を掴んで離すなと言った。
それが自分の願いだと。その願いを叶えてくれたら、オレはかけがえのない物を得るだろうと・・そう、言ったんだ・・」

「巽さ・・!?それって・・!?」

みことがこれ以上ないほどに、その大きな銀色の瞳を見開く。

「・・オレは、千波さんの願いをまだ果たせていないか?果たせなければ・・オレは永遠に、かけがえのない物を得られない・・」

巽の言葉に・・みことが極上の笑顔を返す。

「あの!きっと、その願い果たせてます。巽さんにとってかけがえのない物が何なのかは分かんないけど・・きっとそれは得られると思うから・・!」

ククッ・・と笑った巽が、いきなりみことの腕を掴んで引き寄せた。

「うわっ!?」

勢い、巽の腕の中にすっぽり抱き込まれた形になって慌てるみことに、巽が言った。

「果たせたかどうか・・千波さんに代わってお前が見届けろ!それまでとりあえずその願い通り、そんなバカな奴の手を離す気はない・・!」

「えっ!?」

巽の顔を仰ぎ見ようとしたみことの頭を、巽が軽くギュッと押さえ込む。

「いたた・・っ!た、巽さん!?」

「・・すまなかったな、嫌な思いをさせて。でも、おかげで何とか無事に乗り切ったみたいだ・・・」

「ほんとに・・!?よかった!」

心底嬉しそうな声で答えたみことの首に腕を回した巽が・・少し不機嫌そうに問う。

「・・・で、綜馬と何処へ行っていた?」

「え!?あ・・あの、いろんなゲームがたくさんあって、いっぱい遊べるとこです!綜馬さん凄いんですよ!ボーリングなんてストライク連発だし!僕が勝てたのなんて、ほんの少しで・・・」

「・・・楽しかったみたいだな?」

「はい!とっても!今度、巽さんも一緒に行きましょう!」

「・・・・・・・」

返事のない巽に・・みことが不安げに問いかけた。

「・・た・・つみさん?あの、ひょっとして・・ゲームとかって嫌い・・ですか・・?」

「・・・綜馬にお前を連れ出してくれと頼んだのはオレだ・・。それでお前が楽しんだのなら、それはそれで理に適っているんだが・・・」

ギュッ・・とみことの首に回した腕に力がこもった。

「た・・巽さん・・!?ちょ・・っと苦し・・っ!」

「・・どうやら、理屈と感情は別物らしい・・・」

「・・へ・・っ!?」

巽の顔は見えないが・・その声の感じからして、かなり不機嫌らしい。

みことがジタバタと息苦しさから解放されようともがいた。




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