ACT 16
「ちょ、ちょっとまって・・ください!それじゃ・・まるで・・っ・・!」
「・・・まるで・・?なんだ・・?」
フッと、力が緩められた巽の腕の中で息をついたみことが、恐る恐る巽の方を仰ぎ見ながら言った。
「・・まるで・・綜馬さんに嫉妬してるみたい・・なんですけど・・?」
言われた巽が視線をそらして、その・・不機嫌そうな顔のまま、ため息をつく。
「・・・まったくだ。我ながら情けない・・。自分で頼んでおきながら、お前の嬉しそうな顔を見てると無性に腹が立つ!お前のせいでも、まして綜馬のせいでもないのにな・・・」
「え・・う・・そ・・?ほんとに!?巽さんが・・!?」
一瞬、唖然とした顔つきになったみことが・・次の瞬間、満面の大輪の花のような笑顔を咲かせる。
「う・・わ・・!凄く嬉しい!巽さんがそんな顔してくれるんなら、僕、何回でも綜馬さんと遊びに行っちゃいますよ!?」
「なっ!?みこと!お前!」
更にムッとした顔つきになった巽が、再びみことの体を捕らえようとするが・・みことがスルリとその腕をすり抜ける。
「それぐらいいいでしょ?だって、確かに楽しかったけど・・やっぱ巽さんがいたら・・って、ずっと考えてたんですから・・!」
「・・!?みこと・・!?」
「ほんとですよ?綜馬さんだって、何やってても・・巽やったら・・って、ずっと二人で言ってたんですから!」
「・・・・・」
フイッ・・と顔を伏せて黙り込んでしまった巽に、みことが恐る恐る近づく・・
「・・・オレは・・最低・・だな・・」
いたたまれないような表情で呟く巽のうなだれた頭に、みことがコツン・・と額をぶつけた。
「ほんとに・・そうです。だから、今度から巽さんも一緒です。一緒にゲームして、一緒にご飯食べて・・巽さんがいないと、食べ物も全然美味しく感じないんですからね!絶対、一緒じゃなきゃ・・いやです!」
その言葉に、巽がクスクス・・と忍び笑いを返した。
「・・まったく!オレはお前の専用のスパイスか?」
「あはは・・!それいいですね!携帯できて、一人で歩いてくれる僕専用のスパイス!世界中探しても何処にもありませんよ!?」
満面の笑みを浮かべて笑うみことに・・巽がゆっくりと顔を上げ、訝しげな表情になってみことを見つめ返した。
「みこと・・?何か・・あったのか?たった一日で綜馬の奴に感化された訳でもないだろう・・?」
「・・あ・・はい。あり・・ました・・・」
巽としっかりと視線を合わせたみことが、一転して真面目な顔つきになる。
「あの・・笑わないで聞いてください。ううん、笑われても・・断られても・・僕の決心は変わらないから、聞いてくれるだけでいいです」
「・・?なんだ・・?」
みことの真剣な眼差しに・・巽も真っ直ぐに視線を合わせた。
「・・守りたいものが出来ました。僕は・・守りたいものを守れるように、強くなります!どんなに時間がかかっても強くなるから、だから、巽さんを・・守らせて下さい・・!」
「オレを・・!?」
一瞬、目を大きく見開いた巽が不意に顔を下向けて・・クックッ・・と肩を震わせて笑いを堪える。
「わ・・笑われたって、僕の決心は変わりませんから!もう決めたんですからね!!・・・って、うわわっ!?」
真っ赤になって言い募るみことを、再び巽が有無を言わせず腕を掴んで引き寄せた!
今度こそ・・見事に巽の両腕がしっかりとみことの背に回されて、みことは身動きできない状態だ。
「た、巽さん!?」
「決めるも何も・・もうとっくにオレはお前に守られてるよ・・。どんなに暗い場所に居ても、お前はいつでも白く輝いて・・そこに居る。それだけでどれだけ安心できるか・・。だから、強くなどならなくていい・・ここに居てくれるだけで・・それだけで十分だ・・!」
みことの耳元で囁くように言った巽が・・微動だにしない。
「あ・・あの・・巽さん?そう言ってもらえて嬉しいんですけど・・でもやっぱ強くならないと守れないと思うから、一生懸命がんばります!
・・で、あの・・そ、そろそろ綜馬さんが帰ってくるかもしれないから・・あの、腕・・解いてもらえませんか?また綜馬さんにからかわれちゃいますよ・・?」
「・・なんだ・・?守ってくれるんじゃなかったのか?」
巽の声音に・・微かに含み笑いが混じっている・・。
「だ・・だって!こういう状態じゃ、僕が巽さんに守られてるようにしか見えませんってば・・!!」
確かに・・みことは巽の胸の中にすっぽり抱き込まれていて、とても『守っている』ようには見えない・・。
「・・そうか?こうしていれば逃げられる心配もないし・・暖かいし・・。
すぐに『居ない方がオレのため』・・だとか言うバカな奴にはこれが似合いだと思うんだが・・?」
「そ、それは・・!もう言いませんってば!お、お願いですから・・放して下さい!さっきから心臓バクバクしすぎて死んじゃいそうなんです・・!!」
さきほどから・・頭に血がのぼり過ぎてこめかみが痛いほど脈打ち、酸欠状態になるんじゃないかと思われるほどに心臓が早鐘を打っている。
「知ってる・・。でもこの方が余計に暖かくて気持ちいいぞ・・?」
「た・・巽さんは良くても、僕は良くないです!もう!これじゃあまるで拷問ですよ・・!」
クックッ・・とさも可笑しそうに笑った巽が、更に両腕に力を込めた。
「それもいいかもな・・。さっきも言ったが、理屈と感情は別物だし、その上オレは最低な男らしいからな・・・」
「も・・もう・・もう!そういうのを、揚げ足を取る・・!って言うんですよ!?知ってます!?」
「いいや・・知らないなあ・・」
「う・・うそつき・・!!」
それからずっと・・綜馬が聖治を連れて帰って来る直前まで、巽はみことを放さなかった。
まるで・・その夜に起こる出来事を予感していたかのように・・・。
「・・ここか・・・」
巽と別れ、一人山の奥の方に向かって歩いていた聖治が立ち止まる。
そこは・・金剛峰寺の真裏に当たる山の中
切り立った崖のような岩の裂け目から幾筋もの細い滝が、下にある川に向かって流れ落ちている・・高野の僧侶達が水苦行などを行っている場所だ。
「なるほどね・・昼間でも小さな虹がかかって、綺麗なもんだ・・」
岩やせせらぎに跳ね返って立ち上る水しぶきに太陽光が反射して、小さな虹があちこちにかかっている。
「龍脈・・龍の通り道・・。水神・・水龍・・なわけだ・・」
太陽光によって暖められた水の上に、まだ水よりも冷たい空気のせいで・・湯気のような霧状の水蒸気が立ち上っている。
その白い霧の中に立ちすくむ聖治は・・トレードマークにもなっている白で統一された服装と相まって、さながら水の精霊のようだ。
「おいっ!そこにいる奴!ここは聖域だぞ!誰の許可をもらって入った!?」
突然、聖治の背後から鋭い攻め立てるような声が投げつけられる。
振り向いた聖治の視線の先に、白装束の僧侶が一人立っていた。
恐らくは水苦行のためにやってきたのだろう・・その男が、聖治の顔を見るなり顔色を変えた。
「お・・前・・!御影の・・!!」
「・・へえ、あれから何度か治療でお会いしましたが・・ここでも会うとは、縁がありますね?」
冷たい瞳で聖治が見返したその男は・・以前、綜馬と聖治が初めて出会った曰くつきの事件・・
その時聖治に吹き飛ばされた男達の一人だった。
「そ・・そこで何を・・!?」
「ここ、高野の龍脈・・ですよね?一度「龍の通り道」ってのを見たかったんですよ・・」
「なに!?何でお前・・それを知ってる!?」
フッ・・と更に冷たい視線を男に注いだ聖治があきれたように言う。
「・・ほんとに高野にはろくなのがいない・・。龍脈はその地にとって重要なポイント・・いくら顔見知りの人間とはいえ、そうあからさまに真実を認めてどうするんですか?」
「こ・・の・・!相変わらず生意気な・・!」
思わず一歩踏み出した男の足元から、一瞬ゴウッ・・とカマイタチのような風が巻き起こった。
「・・へえ、風が使えるようになったんだ・・」
意味ありげに笑った聖治に・・男が気を静めるように大きく肩で深呼吸して、起こした風を消し去った。
「・・お前にこんなもの使っても、意味がないからな・・!」
「おやおや・・ずいぶんと大人になったんですね?それならもう、辻 綜馬君に対しても何の感情も持ち合わせていない・・ですか?」
「辻がどうした?あんな奴、ただの大僧正の腰巾着じゃないか・・!」
あからさまに嫌悪の表情を見せる男に、聖治がニッ・・と静かな笑みを口元に浮かべた。
「・・じゃあ、ちょっと僕に協力しませんか?上手くいったら、綜馬君の悔しがる顔が存分に拝めますよ・・?」
「・・な・・に・・!?」
男があからさまに警戒の色を顔に浮かべる。
聖治の挑発にのって、いいことが合ったためしがないのは身にしみてよく知っていた。
それでも・・この手の事で聖治に抗える人間は、そうはいない・・。
「そんなに警戒しなくても・・。ただ僕の言った事を、ある人に伝言してくれればいい・・ただそれだけの事なんですけどね?」
「それだけ・・?それで辻が・・?」
「ええ、綜馬君の後悔しても仕切れない顔が拝めますよ・・?」
そのまま押し黙った男に、聖治が歩み寄っていく・・。
男と交わした会話は・・滝の音によって掻き消され、その内容を知る術はなかった・・・。