ACT 19




クックッ・・とさも可笑しそうに笑った聖治が綜馬を見据える。

「・・無駄だ。もうじき龍の刻限・・龍脈の力が極限まで高まる刻。その血に縛られた者も、抗えはしない・・!」

その言葉に、綜馬がハッと目を見開く。

「おいっ!どういうことや?それ!?こ・・の!いい加減に起きやがれ!御影 聖治!お前は聖治やろ!ほんまのお前はこんなんとちゃう!!聖治!!」

呼ばれた自分の名に・・本物の聖治が反応するように、ビクッとその体に震えが走る。

「・・・ク・・ッ!ほ・・んとう・に、厄介な・・おと・・こ!」

グラ・・ッと傾いた聖治の体が一瞬脱力し、ガシッと、綜馬の両腕にしがみつく。

「おいっ!?しっかりせい!聖治か?ほんもんの御影 聖治やな?」

聖治の体を支えた綜馬が必死で呼びかける。

「・・・い・・そげ!早くしないと・・間にあわない・・!あいつが・・みこと君を・・連れて・・いく・・!」

「あいつ・・?みことを連れて行く・・やて?」

苦しげに顔を上げた聖治が・・渾身の力を込めて叫んだ。

「早く・・!龍脈へ!月虹がもうじきかかる・・!月虹龍が・・虹を・・渡る・・!」

「月虹龍・・!?まさか・・!?」

叫んだ綜馬が脱兎のごとく駆け出して、ガタンッと部屋の窓を開け放つ!

晴れ渡った夜空に煌々と輝く大きな十五夜の月・・。

その月の下弦に・・うっすらと巨大な輝く光の帯が現れようとしていた・・!

「うそ・・やろ?ほんまに・・月虹が・・?あ・・っ!みこと!?」

我に返った綜馬が、厨房に向かって走る。

「みこと!巽!」

勢いあまって壁にぶつかりながら覗き込んだ厨房の中には、重ねられた膳がそのままに・・誰も・・いない。

「な・・っ!あいつら・・何処へ?まさか!?」

「なにしてる・・!早く龍脈へ行け!あなた以外止められない・・!みこと君を・・過去に行かせるな・・!!」

よろめきながら廊下の壁にもたれかかった聖治が綜馬に向かって言い放つ・・!

「・・わ・・わかった!お前、そこで休んどけよ!ええな!」

今にも倒れこみそうな聖治に心を残しつつ・・綜馬が玄関を飛び出して行った。

その後姿を見届けた聖治が・・ズルズルと壁に沿って座り込む。

「・・これで・・あなたがみこと君を止める事が出来たら・・もう、あなたに会えませんね・・。みこと君が・・過去に行って、柳に会わなければ・・僕も、巽も・・存在しない・・。
辻 綜馬・・せめて・・あなただけでも・・存在し続けてくれる事を・・祈ってますよ・・・」

力なく呟いた聖治の指先が・・うっすら・・透き通りかけていた・・。






膳を厨房に運び終えたみことが、さあ、洗うぞ!とばかりに腕まくりしていると・・『コンコン・・』と、勝手口の戸を叩く音が聞こえてきた。

「へ・・?誰・・?」

みことに続いて厨房に入ってきた巽と顔を見合わせ・・みことが勝手口を開ける。

そこに立っていたのは、野菜カゴを手にした一人の僧侶だった。

「これ、明日の朝食用だ。へ・・え、お前が桜杜・・?ほんとに白いんだな・・」

まるで・・物珍しい珍獣でも見るかのようなあからさまな視線に、思わずみことがうなだれる。

「お前・・なんで桜杜最後の人間って言われるか、知ってるか?」

「え・・っ!?」

みことがフルフルと首を振る。

「その理由が、龍脈にある・・って聞いたぜ?じゃ、これ、渡したからな!」

みことの手に野菜カゴを押し付けて、僧侶がきびすを返す。

「あ、あの!それってどういう・・!?」

僧侶が振り向きもせずに答えを返した。

「さあな・・知りたきゃ行ってみな!」

言い捨てて夜の闇に消えたその僧侶は、あの滝場で聖治と会っていた男だった・・。

「ちょ・・ちょっと待って・・!!」

ダッ・・と走り出たみことであったが、もうすでにその姿は見当たらなかった。

「どうかしたのか・・?みこと?」

「あ・・巽さん。今・・これ持って来てくれた人が、何で僕が桜杜最後の人間って言われるか知ってるか・・って・・」

野菜カゴを抱えたみことが、思案顔で巽の方へ戻ってくる。

「最後の人間・・?」

「はい・・それが知りたかったら、龍脈へ行ってみろって・・」

「龍脈・・高野の龍脈か・・聞いた事があるぞ。確か・・寺の真裏辺りにある滝場・・」

「あ・・あの・・!」

思わずカゴを落としたみことが、巽の腕を?む。

「・・行きたいのか?そこへ・・?」

「・・はい!」

迷いのないみことの眼差しに・・巽がゆっくりと両手でみことの顔を包み込んだ。

「・・みこと・・お前が願い、望んだことだ・・」

その・・あてがわれた巽の手の冷たさに、みことがハッと目を見開く。

「あ・・っ!?」

その・・感じは、前に一度感じた・・あの、紫色の瞳の巽そのもの・・!

けれど・・巽の瞳の色は灰青色のままだ・・。

クッ・・と笑った巽が、言った。

「今の私は・・どちらの巽だ?みこと・・?」

「う・・そ・・!?そんな!いつから・・?」

みことを真近に捕らえて離さない・・その瞳が・・徐々に紫色に変化していく・・。

確かに・・いつもの巽より、少し・・違っていた。

けれどそれは、この・・紫色の瞳の巽でもなかった・・!

「・・巽は暖かさを求めていただろう・・?私が半分巽の心を奪っていたからな・・」

みことがより一層瞳を見開く。

だから・・あれほど巽はみことを手放さなかったのだ・・!

『暖かくて気持ちいい・・』と、そう言っていたではないか。

「・・どうして・・そんな・・?」

紫色の瞳は・・みことの体の自由をも奪うほどに魅入られる魔性の色と艶を放っていた。

「分からないか?みこと・・お前が巽の側を離れたからだ。そのせいで、巽の心に私が入り込みやすい感情が生まれた・・。嫉妬や独占欲・・お前が巽の側にいる限り、私もまたお前の側にいる・・離れられはしない・・!」

「・・う・・そ・・」

愕然とした表情のみことの体を抱き寄せた巽が、その耳元で囁く。

「私の名は・・柳。もうじき龍の刻限・・青龍の力に引き寄せられて虹がかかる・・。その虹を渡る龍・・月虹龍が現れる・・!」

「や・・なぎ・・?げっこう・・りゅう・・?」

柳とみことの周りに、渦巻くような青白い霧が沸き立ち・・次の瞬間、二人の姿が掻き消えた。




「う・・わ・・!」

激しい眩暈とともに目を開けたみことの目の前に、切り立った岩肌から幾筋もの滝が流れ落ちる・・滝場があった。

その・・いたるところに、満月の光を受けて輝く小さな月虹がかかっている。 

「す・・ごい・・!きれい・・!」

感嘆の声を上げたみことの顔を上向かせた柳が、笑う。

「そんな物など・・比ではない・・!」

「あ・・っ!?」

大きな満月をその視界に捕らえたみことが、絶句する。

煌々と輝く満月・・その満月にかかるように、今まで見たどんな虹よりも美しい・・月虹が夜空に輝いていた!

「凄い・・!!これが・・月虹!?」

「そうだ・・これを目にする人間は滅多にいない・・。何百年に一度・・現れる時間もほんのひと時・・ゆえに人は願いをかける・・」

ハッとしたみことが唇を噛み締める・・。

「みこと・・お前は何を願う・・?」

柳の問いかけに・・みことが呟くように言った。

「巽さんのうけた傷・・その契約の内容を知りたい・・!僕が必ずあの傷を治す!そのために・・!」

「その契約は遙かな昔・・千二百年前に交わされたもの。それを知るには、時を遡らねばならない。それが・・お前の願いか?みこと・・?」

ゆっくりと・・しかしはっきりと頷き返したみことに、柳がこの上なく艶めいた微笑みを浮かべた。

巽の時には決して見られない、人が・・その全てを投げ出しても得たいと思わせる魔性の微笑み・・だ。

「・・では、呼ぼう。時間と空間を自在に行き来するもの・・我が眷属、月虹龍を・・!」

柳の体から青白い光が放たれる。

その光が滝の流れ落ちる川面を満たし、全ての水が自ら光を放つがごとく青白く・・光り輝く!

微かに・・地鳴りのように全ての水がさざめき立ち、何かが・・ものすごいスピードで流れる川を遡って来た・・!

「な・・なに・・!?」

ゴゴゴゴ・・・と地震のように地面が揺れ、みことが思わず柳の腕を?む。

その・・みことの手を取った柳が、再びみことの体を抱き寄せ・・フワッ・・と宙に舞い上がった。

「落ちたくなければ・・しっかりと?まっておけ・・!」

「え!?うわっ・・!!」

地面の支えを失ったみことが柳の体にしがみつく。

その体の感触も・・匂いも、全て巽となんら変わりはない。

そして・・

「・・やはり・・お前は暖かいな・・」

そう言って笑う柳の顔も・・その声も・・巽そのもの・・。

(・・一緒・・だ・・!この・・柳って人も、巽さんも・・!別人なんかじゃない・・!)

そう、みことが思った途端、みことの足に硬い岩肌らしき物が触れる。

「・・そこに居ろ・・邪魔者が来たようだ・・」

「ええ!?こ、こんなとこ・・!?」

柳がみことを降ろした場所は・・切り立った岩肌の上

幾筋もの滝となって下り落ちる清流の流れのほぼ中央・・そこに突き出た岩の上だった。

・・と、地鳴りのように細かく震えていた振動が不意に止み・・水全体が月虹の色を写し取ったかのごとくキラキラと煌く。

そして・・宙に浮いたままみことを見つめる柳の背後から、ザア・・ッ!!という水しぶきが立ち上った!

その・・水しぶきの中から現れたのは、全身を覆う鱗一枚一枚が月明かりに反射して、さながら動く月虹のごとく光り輝く巨大な龍・・だった!

「・・時と時空を自在に飛び回るもの・・月虹龍。久しいな・・」

目を細めて龍を見上げる柳に、月虹龍がまるで主人に甘える獣僕のように喉を鳴らす・・。

「みことー!!」

不意に滝の水音にも負けない、野太い声が響き渡る・・!

「そ・・綜馬さん!?」

滝の上から見下ろした水辺に、月虹龍の姿を目の当たりにしても・・全く怯む様子のない綜馬が、仁王立ちになって宙に浮いたままの柳を見据えていた。

「・・やはり、あの御影・・今までの御影とは違うようだな。聖の呪縛を断ち切れるとは・・!おもしろい・・!」

綜馬のほうに振り向いて、クク・・ッと不敵に笑う柳に、綜馬が叫ぶ。

「巽!?お前・・いったい・・!?」

「辻 綜馬・・高野山開祖の生まれ変わり・・そう、星見に出たのであろう?大僧正よ・・?」

綜馬の背後を見据えて問いかける柳に、綜馬が弾かれたように振り返る。

そこに・・いつもとは打って変わって、厳しい顔つきの大僧正がたたずんでいた!




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