ACT 20




「爺さん!?なんでここに・・!?」

「・・こうなる事は分かっていた。お前が桜杜をここへ導いた時から・・。千年前に交わされた契約のままに・・!」

その言葉に、綜馬がハッと顔色を変える。

「なんや・・?一体なんなんや!?契約だの生まれ変わりだの・・!」

ドウッ・・!!と言う鈍い音とともに、綜馬の体が大僧正のほうに向かって崩れ落ちる。

「じ・・い・・さ・・!?」

みぞおちをしたたかに打ち据えられた綜馬が、そのまま意識を失って倒れこむ。

「すまぬ。お前に背負わせたくはないのだ・・」

綜馬の体をソッ・・と横たえた大僧正が、柳と対峙する。

「・・ほう。かわされた契約を・・紡がれた星見を、覆す気か・・?哀れよな、それによってその男・・綜馬の背負う物もまたより一層重くなると言うに。
それが分からぬからこそ、人は人たり得る・・というものか・・?」

一瞬、痛々しげな視線を大僧正に注いだ柳が・・低く呟く。

「・・例えこの身が消し飛ぼうとも、桜杜を行かせる訳にはいかぬ・・!その者さえ行かなければ、この地を・・この国を滅ぼしかねない契約もまた、交わされることはない!」

叫んだ大僧正が印を切る・・!

途端にゴウッと風が巻き起こり、現れた九人の護法童子が柳と月虹龍を取り囲んだ。

「一度に九体を召喚するとは・・ご老体、体が持たぬぞ・・?」

あざ笑うかのように笑みを浮かべた柳に、護法童子が一斉に襲い掛かった・・!

「月虹龍、どいていろ!時を渡るのに傷などあっては力が落ちる・・!」

フワッ・・と龍が柳の言葉に従って、上空へと舞い上がる。

「一体だろうが、九体だろうが同じ事・・!それを操るは一人なのだからな・・!」

片腕を振りぬいた柳の前で、その放たれた刃のような閃光に触れた護法童子が、一気に三体・・砂粒の様に消し飛んでいく・・!

「・・グッ・・!!」

護法童子が消え去ると同時に、大僧正の体にもまた・・切りつけられたかのような鋭い深い傷が刻まれる・・。

「だ、大僧正さん!?」

取り残された岩の上で・・みことが真っ青になって言い募る。

「や、やめて!!僕行きません!さっきの願い・・取り消します!だから・・!」

「みこと!!」

背を向けたまま鋭く叫んだ柳が言った。

「一度言った言葉は取り消せぬ・・!言葉は紡がれたなら、その時命が宿る・・言葉は<言霊(ことだま)>。人の口から流れ出る言葉は<御言葉(みことば)>。命もまた、<みこと>と読む。お前はその名を与えられた者・・軽々しく取り消す事は、お前自身の存在をも脅かす・・!この事、肝に銘じておけ!」

「で、でも・・!!」

更に言い募ろうとするみことに・・柳がゆっくりと振り返る。

「言っておく。すでにお前は願いを・・言葉を紡いでそれに命を与えた・・。お前が行かねば・・鳳も、御影も、この高野も・・その存在全てが消滅する。つまりはここに居る、この巽も・・な」

「え・・!?」

一瞬・・何を言われたのか分からなくて・・みことが眉根を寄せる。

「・・見ろ。御影とそこの大僧正・・それを承知で運命に逆らおうなどとするから、この体にまで影響が出始める・・迷惑な話だ!」

みことの方に差し出された柳の手の指先が・・うっすらと透き通っている・・!

「ゆ・・びが!?透き通って・・る・・!?」

あらん限りに両目を見開いたみことが、柳の言う意味を悟る。

「余計な事を・・!!」

呻くように叫んだ大僧正の護法童子が、再び柳を襲う・・!

「青龍!!」

川面を震撼させるかのような柳の声が響き渡る。

青白い閃光とともに・・柳の体から滲み出るように現れた一匹の青い龍・・月虹龍よりも一際大きく、吸い込まれそうなほどに青く神々しい輝きを放つ龍が、次々と護法童子を飲み込んでいく・・!

最後の一体を残して・・五体の護法童子を食い尽くした青龍が、ゆったりと柳の足元にとぐろを巻いて残った一体を物ほしそうに見つめている。

「・・う・・ぬ・・っ・・!」

新たに傷こそついていないが・・その大僧正の顔からは血の気が引き、蒼白な唇を噛み締めていたその口元から・・大量の吐血が滴り落ちた!

「・・それ以上無理をするな、死ぬぞ・・!」

「な・・んの・・まだ・・!」

「お前が死に、それを手にかけたが自分が友と信じた人間だったら・・綜馬の心はどれほど傷つくであろうな?そんな事も分からぬか・・?大僧正ともあろうものが!」

「こんな・・老いぼれ一人・・死んだ所で・・・!」

その言葉に・・柳の紫色の瞳が怒りを帯びた。

「身勝手この上ないな・・!人間とは千年の時を経てもなお、同じ事を繰り返す・・!限りある命だからこそ、大切にしなければならぬはずのものに気づきもしない・・!」

「・・!?お・・ぬし・・?」

ハッとしたように柳を仰ぎ見た大僧正の、問いかけるような視線から目をそらし・・柳の怒りに満ちた瞳がみことに向けられる。

「お前は・・どうするのだ?みこと?自分の運命だ。自分の手で選び取るがいい。契約の内容が知りたくば、月虹龍とともにあの虹を渡れ!もう、迷っている暇はないぞ・・?もうじき、虹が消える・・」

「・・行ってはならん!行かねば契約も交わされはしないのだ・・!」

苦しげに顔を歪めた大僧正が、懇願するようにみことに言い募る。

「だけど・・!行かないと・・皆消えちゃう・・!そんなの、嫌だ・・絶対、駄目だよ!!」

叫んだみことの目の前で、柳の腕が・・だんだんと透けていく・・!

「龍の刻限も終わる・・極限まで龍脈の力高まるはこの時のみ。これを逃さば時を越えることは不可能・・行け!月虹龍!虹が消える・・!」

柳の指し示した指先が・・もう、消えかかっている!

思わず息を呑んだみことの頭上で、柳の言葉に反応した月虹龍が虹に向かって飛び退る・・!

「あ・・っ!待って・・!」

思わず追いかけようとしたみことが、滝の上の小さな岩の上で身をすくませる。

早くしないと・・龍が虹を渡り時空の彼方に飛び去って、みことの大事な人達が消え失せてしまう・・!

柳は・・ただそのみことを静かに見つめている。

思案顔のみことに、手を差し伸べる気配はない・・。

キッと顔を上げたみことが、一瞬身を屈ませ・・思いきり岩を蹴る・・!!

「白虎・・っ!来て!!」

一瞬浮かんだみことの体が、次の瞬間滝の流れとともに下へと落ちて行く・・!

一陣の風とともに、白い閃光が駆け抜けた・・!

目にも留まらぬ早業でみことの体をその背に受けた白虎が、空中で反転し一気に虹に向かって飛ぶ。

『・・困った主だ・・初めて我が名を呼ぶが時空を超える時とは・・!』

白虎の柔らかい純白の毛並みに顔を埋めたみことが笑う。

「ゴメン・・でも、どうしても行かなくちゃ・・!あの・・龍の尻尾のとこまででいいから・・つれってって!」

『時空を超えれば主の声も我が耳に届かぬ。身を守る術は自分の力のみ、他に何もない・・それは心得ておけ・・!』

「・・う・・ん・・分かった・・!」

白虎の背に乗って龍に近づくみことに、護法童子がそれをさせじと追いかける。

その護法童子を青龍が捕らえ・・とぐろを巻いて動きを封じた。

「往生際が悪いな。みことは自らの力で行くべき道を選んだ・・誰に邪魔する権利はない・・!」

青龍の体によって締め上げられた護法童子の口から、大僧正の声が流れ出る。

『・・だまれ!もとはと言えば、柳、お主の結んだ契約が原因ではないか・・!客神(まれがみ)とこの国を滅ぼしかねない戯言を交わしたりなどするから・・!』

「フ・・ン。それで滅びる程度なら、滅んだ方がましだろう・・?それに、もしも・・みことに会わなければ、私は自らの手でこの国を滅ぼしていたやもしれぬぞ・・?つまりは同じ事なのだよ・・大僧正。
お前たちが真にしなければならぬはこれから・・。みことが過去から戻れるかどうか・・それによってこの国の運命も変わる。私が闇星なら、みことは周りをも照らす明るい明星・・。誰にもその軌道は読み解けぬ・・そのいく末を人に託したは誤りか・・?人の持つ情を信じたは愚かか・・?」

『な・・に・・?』

フッ・・と自嘲気味に笑った柳が天を仰ぐ。

「私にそんな思いを抱かせたはあの者だ・・。みことに出会うまで、人など滅んでも自業自得・・そう思っていた。人の持つ情がどこまで運命に逆らえるものなのか・・見てみたくなったのだよ・・」

柳が仰ぎ見た視線の先で、月虹龍に追いついたみことが白虎の背を蹴る!

その・・龍の尻尾の先にしがみついたみことに、白虎が咆哮とともに呼びかけた。

『みこと!我が主よ!必ず戻れ・・!この地で主の帰りを待っている!必ず・・戻れ!』

今にも振り落とされそうになりながら、みことが振り向いて叫ぶ。

「うん!帰るよ!絶対、帰るから・・だから、待ってて・・!!」

その言葉を残して、月虹と龍と・・みことの姿が掻き消えた。

「・・行ったな。回り始めた運命の輪は誰にも止められぬ・・。大僧正、お前の果たすべき役割・・まだ終わってはおらぬ。先ほど食らったお前の魂で作られた分身達、返しておくぞ・・」

青龍の体から、五つの輝く玉が飛び出して・・倒れ付した大僧正の体に吸い込まれていく。

途端にカッと目を見開いた大僧正が、ゆっくりと・・傷を庇いながら立ち上がった。

「・・鳳本家の始祖、柳!お主、何を考えておる・・?」

宙に浮いたままだった柳が、スウッと音もなく川辺に降り立った。

それと同時に青龍も柳の体に吸い込まれ、青白く輝いていた水も・・いつもの穏やかな流れへと戻り・・まるで、何事もなかったかのように、ただ流れ落ちる滝の音だけがこだまする・・。

「・・みことの居ない場所になど用は無い。再びみことがこの地に舞い戻るまで私は眠る。どんな方法でみことを呼び戻すか・・楽しみだな?大僧正・・。鳳 巽と辻 綜馬、そして御影 聖治・・この者たちの行く末、見させてもらおう・・!」

クク・・っと笑った柳の体が、ガクンッと膝を突く。

倒れこみそうになった体を・・ガッと、大僧正の両手が支え上げた!

「・・鳳 巽・・殿か・・?」

「え・・!?あ・・なた・・は・・?」

ゆっくりと顔を上げたその顔は・・灰青色の瞳の巽・・だ。

「・・こうして会うは二度目になろうかの・・?あの時も、綜馬と一緒であったな・・」

支えられたその腕に触れた巽の手に、ヌルッ・・とした感触が伝う・・。

「血が・・!?あ・・っ!ひどいケガを・・!」

大僧正の衣服を切り裂く深い傷が三箇所・・そこから流れ出る血が、全身を赤く染め上げていた。

「な・・んで・・!?」

呟いた巽の表情が・・ハッとしたように徐々に苦しげに歪んでいく。

「・・う・・っ・・ち・・くしょ・・!」

その二人の背後で身じろぎした綜馬が、打ち据えられたみぞおちを擦りながら起き上がる。

大僧正の背中に気づいた綜馬が、その肩に手をかけようとして・・目を見開いた!

「じ・・爺さ・・ん!?なんや・・?その・・傷!?」

背中にも一つある深い切り傷に・・綜馬が息を呑む。

「爺さん!?」

慌てて大僧正の正面に回り込んだ綜馬が・・その、ひどい傷に目を見張った・・!

「・・気づいたか。大事無い・・これくらいの傷・・!」

笑い返そうとしたその顔が、苦痛に歪む・・。

「な・・何言うてんねんっ!?そんだけひどい傷!一体誰に・・!?」

「・・オレ・・だ・・。オレが・・その傷を・・・」

震える声で言う・・巽の声に、綜馬がハッと振り返る。

うなだれて・・愕然として見つめていた自分の両手を、巽が大きく振り上げてしたたかに地面に打ち付けた・・!

「・・くそっ!!あいつが・・!なんで・・こんな・・!?」

叫んだ巽の、『あいつ』という言葉に・・綜馬の顔が一変し、辺りを見渡す。

「みことは・・!?みことはどこや!?おいっ!巽!答えろや!!」

うなだれたままの巽の肩を?み上げた綜馬が、蒼白の表情で問い詰める。

「あいつが・・オレの中の・・もう一人のオレが・・連れて・・行った・・」

血の気の失せた顔で・・力なく呟く巽に、綜馬が更に言い募ろうとした時、

「よさぬかっ!!」

けが人とは思えぬ声音で大僧正が一喝する。

「綜馬・・お前は知らなくてよい事じゃ・・!」

「なっ!?なに言うて・・!?」

「やめないか!!この状況で何を言い合ってるんです!?早く手当てしないと、いくら強靭な体の持ち主でも持たないぞ!!」

綜馬の体を押しのけるように・・突然現れた聖治が、自分の服を引き裂いて止血を始める。

「あなたもあなただ・・!大僧正!こんなケガをしてるってのに、あんな大声を出して・・!余計に出血してしまう!綜馬君!この人を背負えますか?急いで寺まで降りて下さい!さっき電話しときましたから、御影の救急処置班が来てるはずです!急いで!!」

手早く止血を終えた聖治が、綜馬をせきたてて大僧正を運ばせる。

そして・・うなだれたまま、地面を見据える巽の手を取って言った。

「・・良かった・・暖かい。巽の手だ・・!」

その言葉に・・巽が聖治の襟首を?み上げる・・!

「何が・・良かっただ!?オレは・・見てた!あいつがやった事全て・・見えていたんだ・・!なのに!何も・・どうする事も出来なかった・・!!何でだ!?答えろ!聖治!!」

「・・まだ・・分からないのか!?あいつは・・柳は、鳳 巽と別人じゃない・・!柳はお前自身、お前の中に居る、おまえの・・人間らしい感情の部分!どうする事も出来なくて当然だ!人は・・その感情無くして生きてはいけないのだからな!」

「なっ・・!?オレ・・自身だと・・?」

「そうだ!お前だ・・!だから・・お前しか、みこと君をこちらの世界に呼び戻せない・・。みこと君を取り返したかったら、その方法を考えろ!お前以外、他の誰にもできないんだ・・!」

襟首を?み上げていた巽の手から力が抜ける・・。

「・・あいつの・・柳の持つ青龍以外の・・オレしか使えない、みことを呼び戻す力・・?時空を超えられるもの?あるのか・・?そんなものが・・・」

問いかけるように聖治を見返した巽に・・聖治が呟き返す。

「・・恐らくは・・その答えがこの高野にある。柳の交わした契約を見届けた者・・それが高野山開祖、空海。そして、それを語り継ぎ、この地をその契約から守るために高野は作られた。語り継がれる者は大僧正のみ・・。あの方の回復を待って、話を聞くことが出来れば・・何か分かるかもしれない・・」

二人の頭上に輝く十五夜の月が、千年前と変わらぬ姿そのままに・・煌々と夜空に浮かんでいた・・・。




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