ACT 21
「・・ん・・・つっ・・!」
身じろぎしたみことが思わず顔を歪める。
月虹龍の尻尾の先にしがみついて、目が眩むほどの眩しい光の中を通り、体が捻じ切れてしまうのではないか・・?というほどの歪みを感じたと思った途端、確かに?んでいたはずの龍の尻尾が掻き消えた。
悲鳴を上げる間もなく空中に投げ出され、そのまま地上に向かって落ちていき・・気がついたら、大きな木の枝の上に引っかかっていた。
「・・あ・・そうか。落っこちてきて・・とりあえず助かったみたい・・」
落ちた時の衝撃を物語るかのように、全身のあちこちが軋む様に痛みを訴えている。
みことが落ちたせいで折れたらしき木の枝が、月明かりに照らされてプラプラと揺れている・・・。
「あ・・!ご、ごめん!枝・・折れちゃった・・」
大きく枝を伸ばして葉を茂らせた部分に・・まるで抱きとめられたかのようにうつ伏せになっていたみことが、ソッと手を伸ばして太い幹に触れる。
『・・良い、気にするな。それくらい啄木鳥(きつつき)に突付かれるほどの痛みも感じぬ・・それよりもケガは無いか?人の子よ・・?』
優しく問いかけてくるその感じに・・みことがハッと目を見開く。
「あ!あなたは・・境内にいた、樫の木・・さん!?」
『境内・・?さて、ここは寺でもなければ神社でもない。ただの何も無い山の中よ・・』
言われてみことがキョロキョロと辺りを見渡す・・。
十五夜の煌々と輝く月明かりに照らし出されたその場所は・・周り中生い茂った木ばかりで、建物やましてや・・人が住んでいそうな人工的な明かりさえ見えない。
「・・ここ・・どこ・・?」
月明かりがあるとはいえ、その・・見渡す限り何の明かりも見えない周囲の様子に、みことの背筋に冷たい汗が流れる・・。
『ここか・・?ここは都からも遠く離れ、人もあまり出入りせぬ山の中よ・・。お主、月虹龍とともに月虹を渡ってきたか・・?どこから来た?』
「え・・と・・多分・・千年くらい先から・・」
柳は、契約が交わされたのは千年くらい前だと言っていたはず・・。
それが真実で、本当に時を遡ったのなら・・今、みことが居るこの場所は・・千年前の・・恐らくは平安時代のはずだ。
『千年・・!?わしでも未だ三百年程度だが・・ずいぶんとまた遠い時を超えてきたのもよな・・。それで月虹龍が現れた途端消え失せた訳か・・いかに時と時空を自在に渡る物とはいえ、力を使い果たしたのであろうな・・』
「あ、あの、さっき言ってた・・都って、京都の・・?金剛峰寺っていうお寺は?ここは高野山じゃないの?」
『ここは確かに紀伊の国の高野山ではあるが・・そんな名の寺は聞いた事がない。少し前まで特に何の変哲もない場所であったのだが・・近頃はちと騒々しくてかなわん・・』
「・・そ・・か、きっとまだお寺が建つ前なんだ・・」
うつ伏せになっていた体を、みことがゆっくりと起こしていく。
落ちた時に引っ掛けたのであろう・・キリ傷や打撲が体中のあちこちにあって、体が思うように動かない。
「・・うー・・あ、でも骨とかは折れてないみたい・・良かった・・!」
手足の感覚を確かめつつ・・みことが枝の上に立ち上がり、なるべく遠くの方の様子を知ろうと暗闇に目を凝らす。
・・・と、その暗い闇の合間を縫って・・チラチラと何かの明かりが見え隠れするのが目に飛び込んできた・・!
「え!?あれ・・!今の・・明かり・・!?」
『・・む・・?お主・・早くここを立ち去った方が良いぞ。最近海側の方で鬼が出たとかで人間が山狩りをし始めておる。先ほど出た月虹と月虹龍・・あれを運良く目にした者がいたなら、当然そこから落ちたお主の姿も見られておろう・・。
滅多に見られぬ物は吉か凶の前兆とされる。今は鬼が出て人の心も畏怖に傾いておる時期・・その、お主の姿・・人の畏怖心を掻き立てる以外の何者でもない・・』
みことがハッとして自分の体を見つめる。
その体からは闇を照らす淡い桜色の光が発せられ、人間・・というよりも妖しに近い状態だ・・。
例えその光を抑えたとしても・・銀髪に銀色の瞳・・透けるように白い肌、この時代、異国人の容貌を目にする事もないだろうから・・千年先よりも更に異様な物として見られるであろう事は疑いようがない
「で・・でも、立ち去る・・ったって・・!それに、その鬼に会わないと・・」
言ってから、その無謀な考えに背筋が凍りつく。
以前・・千年先の未来で鬼と対峙した時の恐怖がみことの脳裏を駆け抜ける。
あの時は巽も綜馬もいて、白虎もいてくれた・・。
けれど・・今、この場所には誰も・・知る人も頼れる人も居ない事に気づき、みことの顔が青ざめる。
『お主、桜の子だな・・?昔もう一人の桜の子に会うたことがある。その者、今は帝の下に捕らわれておると聞く・・都に行けばその者に会えるやもしれぬが・・お主、他に知り合いはおらぬのか?』
「もう・・一人!?あっ!咲耶姫?そ、そうだ!あの、柳って人知りませんか?」
今、みことが知りうる唯一の人物・・それはあの、巽の中に居た柳・・!その柳に会い、事情を説明して・・なんとかして鬼に会わなければここに来た意味がない・・!
けれど・・柳という名前以外、みことは何も知らないのだ・・。
『やなぎ・・?ああ、あの者か。朱雀と青龍の力をその身に受け継いでしまった魔性の者・・その者も都におると聞く。お主、その者を知っておるのか?』
「・・た・・多分・・。その人に会わなくちゃ・・!今はその人しか頼れる人がいないんだ!」
『そうか・・ならば話は早い。お主、逃げよ!逃げて、逃げて・・決して人に捕まるでない・・!そうしていればその柳とか言う者があちらからここへやって来る』
「え・・?どういう・・こと・・?」
『その者、妖し退治をやっておると聞く。誰にも捕まらぬとなれば、必ず出て来るであろう・・。だが、決して人に捕まるでないぞ!
既に鬼に殺された者が何人もおると聞く・・そんな時に捕まれば、鬼扱いされて必ず殺される・・!ここに居てはすぐに見つかる!早く逃げよ!』
チラチラと見え隠れしていた明かりが、いつに間にかその樫の木のすぐ側にまでせまっている・・!
それとともにザワザワと人の話し声が聞こえてきて・・やはりそれは口々に・・
「鬼が落ちたらしいぞ・・!」
「見つけ次第殺せ!殺せば帝から褒美が出るぞ・・!」
たいまつを手にした屈強そうな男達が・・手に手に鍬や棒などを持って殺気立った雰囲気を漂わせている。
「・・あ・・っ」
その光景に、思わずみことが後ずさり・・バランスを崩して派手な音とともに下へと落下する・・!
「うわあああ・・・!」
したたかに打ち付けた体を厭う間もなく・・
「いたぞ!!こっちだ!!」
鋭い声とともにザザザッ・・!という走り寄ってくる足音・・!
『逃げよ!捕まれば殺されるぞ!』
樫の木の切羽詰った声がみことの体を考える前に突き動かす・・!
(こ・・殺されちゃったら・・巽さんに会えなくなる・・っ!)
弾かれたように走り出したみことの後を、鬼気迫る形相で男達が追いかけてくる!
その、みことの姿を目にした男達の表情が・・一瞬みことの視界に入り込み、樫の木の言った言葉に嘘がない無い事を思い知らせる。
人ではない・・あからさまに化け物を見る目つき。
憎しみと狂気が宿った冷たい・・その存在を完璧に否定する・・目。
幼いころからずっと感じていた・・嫌で嫌でたまらない・・理不尽な視線・・。
そんなものすら比較にならない・・戦慄を感じずにはいられない目・・だ。
(僕が・・何をしたっていうんだ!?何にも・・何にもしてないのに・・!)
必死で・・闇の中をやみくもに走り続けながら・・みことが心の中で叫んでいた・・!