ACT 23




「・・だからお主もそのままで良い。人であろうと神の力をその身に宿す者であろうと結局は同じ事・・。人なくしてその存在は保たれぬ・・人と関わり続けるもまた自然の道理なのだから・・」

「・・・そのままで良い・・か・・」

フッ・・と鼻先で笑った柳が、杯の上に舞い落ちてきた桜の花びらを見つめて・・誰に問いかけるでもない呟きをもらす。

「・・そのままが・・いつまで続くのであろうな?人であったなら、終わりもあるとあきらめもつこうものをな・・」

「柳・・・!?」

ハッとしたように目を見開いた真魚に、柳があきらめにも似た薄笑いを返す。

「永く生きると・・たまに面白い者に出会う。お前は良い男だな、真魚。こうして再び酒を酌み交わせるなどと・・思ってもいなかった」

ふと漏らした・・柳の偽りのないその言葉に、真魚が悲しげに視線を落とした。

「・・唐に渡り、必死にお主を・・お主の背負うた運命から解き放つ術はないものかと、書物を読み漁ってみたが・・結局何の答えも見つけられなかった。私に出来るのはこうしてお主と言葉交わすくらいの事・・。
まこと自分の無力さを痛感せずにはいられぬ・・。すまぬな、少しは役に立てるかと、うぬぼれておった報いやも知れぬ・・」

「真魚・・!?唐へ渡ったは帝から咲耶を取り戻すため、国の安泰のために、一生その身を捧げるという契約のためではなかったのか!?」

考えもしなかった事を言われた柳が、心底驚いた顔で真魚に聞く。

その柳の表情に、真魚が静かに意味ありげな笑みを浮かべて言った。

「・・確かにそうだ。だが、なにを学んで帰るかまでは私の自由であろう?たった一人の友のために・・私を待つと言ってくれた者のために学んでなにが悪い?
心配せずとも帝との契約通り、国を安泰へと導くための仏の教えもしっかりと学んできた。・・だが、今のお主の驚いた顔・・!それを見れただけでその苦労も無駄ではなかったと・・そう思っても良いようだな・・?柳よ?」

クックッ・・と、徐々に抑えきれなくなった笑い声を必死で押さえ込みながら、真魚がからかうような目つきで柳を盗み見る。

「お・・お前という奴は・・!もう二度と待つなどと言わぬ!勝手に何処へなりと行けばよい!!」

真魚の口車に乗せられて・・つい、心を取り繕う事を忘れた柳が、思った感情そのままに、顔を赤くしてムッとした表情になっている。

「そうか・・ではお言葉に甘えて、お主の側にいさせてもらおう。覚悟しておくと良い・・何度でも生まれ変わってお主の側に行く。お主の運命を断ち切れるその時まで、私はお主から離れはせん・・!」

「真魚・・!?」

更に驚いた表情になった柳に・・真魚が互いの杯に酒を満たす。

「私の力及ばねば、それとて叶うかどうか・・。だから私と言葉を交わしてはくれぬか・・?友として交わした約束として・・いつか必ず、永久に生き続けねばならぬ運命からお主を解放させる・・!
その願い叶う時まで追っても良いと・・いつか再びこの世のどこかで生まれ変われた時、お主の側にいても良いと・・約束してはくれぬか?」

「・・そ・・んな不確かな事など・・!」

吐き捨てるように行った柳の声が・・微かに震えている。

「・・よいではないか。約束なのだから・・。互いが望み合えばこそ叶うやも知れぬ不確かなもの・・それを待ってみるも一興ではないか・・?少しは退屈がまぎれぬやも知れぬぞ?」

「・・もう二度と待つとは言わぬと・・さっき言ったはず・・!」

「それは私に対してであろう?お主が待つは私ではない・・。私の魂と同じ色を持った別の者・・どのような奴か見定めては見ぬか?おもしろそうではないか・・」

クイッと手にした杯を飲み干した真魚が、静かな眼差しで柳の答えを待つ。

その眼差しから逃れるように・・注がれた杯を手にした柳が、その上に浮かぶ桜の花びらを見つめて問い返す。

「お前・・咲耶はどうするつもりだ?あれも半精霊・・人とは違う時間を生きる・・。咲耶を追うのではないのか・・?」

「それとこれとは別問題・・そんなことではぐらかされはせぬ。答えよ柳、私はお主との事で言葉交わしておるのだ・・」

柳のささやかな抵抗すら許さずに・・真魚の静かな眼差しは変わらず紫色の瞳を捕らえて離さない。

クイッと花びらごと杯を飲み干した柳の瞳に・・一瞬妖しい光が宿る。

「・・私に先の約束交わさせるなど・・正気の沙汰とも思えぬな。後悔しても知らぬぞ・・?真魚・・?一度交わせば取り消すことは叶わぬ・・それでも・・?」

「・・良い。ただの人として・・一人の友として、お主と約束を交わしたい。契約ではなく約束を・・」

「人として・・友として・・か。そのように言われたは初めてだ・・。良かろう・・私の運命を見定めよ、真魚。お前の魂の色を持つ者を待ってみるも一興・・先の事などただ憂鬱なだけであったが、そう思えば悪くない・・」

フッ・・と笑った柳の顔が、今までと違って晴れやかな物へと変わっている。

その笑顔を満足そうに見つめた真魚が嬉しげに言った。

「桜も良いが・・お主の笑顔の方が酒が進む。朝まで飲み明かすか・・?」

「昼間からか・・?相変わらずだな。付きおうても良いが・・どうやらそうもいかない様だぞ?真魚・・?」

「・・む!?」

柳の意味ありげな眼差しに振り返った真魚の視線の先に、二人の様子をあからさまにムッとした表情で見つめる一人の若者が、手にした書状を握りしめて・・裏庭の入り口に立ちすくんでいた。

「・・何用だ・・?聖(ひじり)?」

先ほどまでの笑顔を一転し、いつもの人を寄せ付けぬ雰囲気と、何を考えているのか分からない無表情さをその顔に浮かべた柳が聞く。

「鳳より、帝からの書状を言付かって参りました。急ぎの用件との事だったので・・客人がおいでとは思いましたが入り込んだ次第でございます・・」

スッと片膝を立ててかしずく聖に・・真魚が屈託のない笑みを向ける。

「聖・・!久しぶりだな!薬師としての腕、更に上がったようではないか!?都に入るまでの道中ですでにそなたの噂を耳にしたぞ?」

「恐れ入ります・・。高名な空海僧正様には無事に唐よりのご帰国・・おめでとうございます。・・ですが、よろしいので?本来なら今頃は帝の下で帰国の報告をされているはずなのでは・・?」

「ああ・・して居るであろうな、私の見代わりが・・。あのように堅苦しくむさ苦しい場に赴くより、ここでこうして柳の顔を眺めている方が長旅の疲れも吹き飛ぶというものだ・・お主もそう思うであろう?聖よ?」

「・・っ!?では・・まさか帝の下に式神を・・!?」

「さよう・・あれはこういう時に役に立つ・・」

全く悪びれた風でもなく涼しげに言う真魚に・・聖が蒼白の面持ちで言い募る。

「な・・なんという大それたことを・・!帝がそれを知ったらどうなるか・・!あなたという方は身勝手すぎます!柳様にまでその火種が飛び火する・・!」

二人の言い合いを面白そうに聞き入っていた柳が、おもむろに口を開く。

「飛び火などこようのもなら・・その火種、都中にばら撒いてくれるわ!それに・・聖よ、その書状の中身・・一度鳳に依頼された物か?」

「あ・・はい。鳳家の術者何人かが出向きましたが返り討ちに合い・・帝にその旨をご報告した際、言付かってきたらしく・・」

聖が言い終える前に、真魚が耐え切れなくなったように高らかな笑い声をあげた・・!

「わはははは・・っ!相変わらず鳳の者もふがいない・・!手に負えなくなると全て柳に押し付けてくる。いい加減見限ったらどうなのだ・・?柳?」

「私に人の血が流れていなければそれも出来ようが・・朱雀が私の中の鳳の血に寄り付いている以上それも叶わぬ・・。まあ、あれはあれで・・私の存在を隠すのに都合が良いのでな・・」

ククッ・・と笑った柳の表情が、魔性の者と呼ばれるにふさわしい・・妖艶な輝きを増す。

「その血に縛られし神の力・・か。厄介なものよな・・」

苦々しく呟いた真魚を更にムッとした顔つきで一瞥した聖が、柳の前にかしずいて書状を差し出す。

それを開いて見つめた柳の顔が・・ニヤ・・ッと意味深な笑みを浮かべて、その書状を真魚に突き出した。

「あの男もなかなかに食えぬ奴だ・・。さすがお前を選んだだけの眼力と力量はある・・というところか・・?」

柳に突き出されたその内容を読んだ真魚もまた、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「・・さも在らん。帰国一番に鬼退治とは・・私の力量試したいのであろう。しかし、あの式神見破るとは・・帝の側近にそんな器量のある者が・・?」

クク・・と笑った柳が書状を聖に戻しながらからかうように言った。

「居るではないか・・お前の式神をお前でないと見破れる者。咲耶もその場に連れて来られていたのであろう・・残念だったな、ここではなくあちらに行っておれば愛しい咲耶に会えたものを・・!なあ、真魚?」

「・・フン!愛しく思う者すら居らぬお主に何を言われたとて、聞く耳もたぬわ・・!」

プイッと横を向いた真魚の視線の先に、書状の内容を目にして唇を噛み締めている聖がいた・・。

「・・私と柳が一緒に召しだされたが気に食わぬか・・?聖よ・・?」

真魚の問いに、聖がハッとしたように慌てて書状をしまい込む。

その内容は・・柳と空海、二人で紀伊の国を騒がせている鬼を退治せよ・・という内容の物であった。

それはつまり、帝がすでに帰国の報告をしている者が本物の空海ではないことを承知しており、帝である自分より先に柳の下に会いに来ているという事を黙認しているという事で・・それだけ柳の存在を畏怖している事を物語っている。

そしてそれを黙認する代わりにこちらの言う事を聞け・・!と言っているような物であり、空海に対しても、咲耶の身柄はこちらにある・・と見せ付けているのも同じ。

空海一人に依頼するのであれば納得がいくが、なぜそこに柳まで・・?と、あからさまに聖の顔が訴えている。

「僧正様がこちらではなく、帝の下に赴いていてくだされば・・・!それでなくともこのところ帝からの勅命が柳様に回されてお疲れなのです!」

「聖・・!もう良い、下がっておれ・・!」

柳がウンザリ・・といった口調で言い放つ。

ハッと顔をこわばらせた聖が、まだ言い足りなさそうに真魚を一瞥し・・しかし柳の言葉には素直に従ってシブシブ庭を出て行った。



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