ACT 27
「そ、それは・・!」
柳の的を得た反論に、真魚が唇を噛み締める。
「だが・・!だからといって、何の罪もないあんな・・まだ子供のような者を殺さぬでも!」
「・・真魚、お前・・まこと桜が絡むとその目まで節穴になるようだな・・?」
「・・なに!?」
ニヤッ・・と意味ありげに笑った柳が、みことを射抜いた桜の木の下へと歩み寄る。
「言ったであろう・・?あの時放った矢は不浄の者を祓う破魔の矢だと。不浄の物でない者を傷つける事など出来はせぬ・・」
「あ・・っ!で、では・・まさか・・!?」
真魚が食い入るように柳が触れた桜の木の幹を見つめる。
その・・幹に当てられていた柳の手が、ズルズル・・と木の中に沈みこむ。
「お前の中に取り込みしその眷族、まだ桜として生きるには早かろう・・?しばし私が借り受ける・・!」
ズルッ・・!と勢い良く引き出された柳の手の中に、傷だらけのもう一つの腕があった。
そのまま柳の胸の中に抱きこまれる様に現れたみことは、ぐったりとして、ピクリとも動かない・・。
「・・!?柳!?その者、まこと生きておるのか?まるで死んでいるようではないか・・!」
「・・死んではおらぬが、生きておるとも言えぬ。その狭間を漂うておると言ったが正確か・・。あの矢は体を傷つけはせぬが、それを受けた者がその矢を本物と・・自分を殺すために放たれたものと思い込めば、その心は傷を受け体ごと死を招く。人の心とはそういったものだ・・そうであろう・・?真魚・・?」
「・・それは・・そうだが、何とか出来ぬのか!?」
「無理だな。それはこの者の心の強さ次第・・真にやり遂げたい事があるならば、その狭間から返ってこよう・・選ぶのは本人だ」
悔しげに顔を歪めた真魚が、柳の胸の中で抱きかかえられたみことの顔を覗きこむ。
その顔は・・あまりに幼げで、肩に刺さったままの検非違使が放った矢と、全身にある擦り傷やいつの間にか枯れ枝が抜け落ちた足の深い傷・・見るに耐えないその惨状に、思わず真魚が視線を落とす・・。
「・・まことの鬼とは・・何だと思う・・?真魚よ。人とは違う異形の者、ただそれだけで人はこうして同じ人を追い立てる・・。異形の者だから・・人に馴染めぬ異質な物だから・・そうして結果、鬼を作り上げるのだ。まことの鬼とは・・人だぞ?真魚・・」
柳の呟きに、真魚がハッと顔を上げる。
この・・みことを目の前にして、返す言葉の見つからぬ風の真魚に・・柳が捨て台詞を吐いてみことを抱きかかえたまま立ち上がった。
「鬼を退治ろ・・!と言うのなら、真に滅ぼさねばならぬは人ではないか!?私はこの者と共に先に帰る・・お前は私が居なくなった言い訳と、取り逃がした闇の妖しの後始末をしておけ・・!あの妖し、放っておけば更なる鬼を作り上げる源と成り得る。心してかかれ・・!」
言い終えた途端、柳の全身をゴウッと強い風が取り巻いて・・次の瞬間、みこともろとも柳の姿が掻き消えていた。
「・・・人に馴染めぬ異質な者・・か。人でありながら妖しと同じ力を持ち、人と共に生きるためにその力を鬼と呼ばれしものを退じるために使う・・。柳よ、お主を人の世に繋ぎとめておきたいと願うは誤りか・・?いつか・・共に生きたいと思う者に出会えるように・・と願うは私の身勝手か・・?」
満開の桜を仰ぎ見た真魚が・・答えの返ってこない問いかけを、やりきれない思いを込めて呟いていた・・。
『巽さん!!』
その名を呼べば、いつもの巽に変わってくれる・・!自分を矢で射抜こうとなどしないはず・・!
そう信じていたのに・・!
紫色の瞳の・・巽と同じ顔、同じ声の柳の手から放たれた矢は、迷うことなくみことの左胸を貫いていた・・!
(・・う・・そ・・だ・・・!こんなの・・ほんとじゃない・・悪い夢・・夢なんだ・・!)
そう・・みことが思った瞬間、まるで引きずられるように・・懐かしい匂いのする、暖かな温もりに包まれていた・・。
『・・我らの幼き兄弟よ。人の世に居ては傷つき苦しいだけ・・今まで見たはただの夢、だから眠るが良い。眠って、全てを忘れ・・ただの桜として目覚めるが良い・・』
抗えない・・優しい声音・・。
みことは、その暖かさに身を委ね・・意識が遠のいていくのを感じていた・・。
・・・が、みことの腕を誰かが?んで引き上げる・・!
(・・だ・・れ?このままここに居させて・・ほしい・・のに・・)
痛いほど握り締められた腕が・・みことの願いなど無視して、強引に暖かな温もりから引き剥がす。
勢い良く引っ張られて・・
(・・ああ・・またどこかに落ちるのかな・・?)
不透明な意識の中、あきらめにも似た失意を抱いた・・次の瞬間、フワ・・ッと、柔らかい物が顔に触れた・・!
その・・忘れるはずのない感触と温もり・・
(・・た・・つみ・・さ・・ん・・やっぱ・・来て・・くれ・・た・・・)
一番安心できる・・初めて会った時と全く同じ・・その胸の中で、みことは再び夢の中へと落ちていった・・。
その・・夢の中で、みことは巽を追いかけていた。
『ま・・待ってください!巽さん!』
みことの事など気にも留めない様子で、平然と巽が前を歩いている。
『巽さんっ!』
必死に巽の腕を?んだみことに・・ようやく巽が振り返る。
けれど・・・
『お前は・・誰だ?』
『えっ!?』
一番聞きたくなかった・・柳ではなく巽自身の口から流れ出た言葉・・。
『そんな・・!ようやく会えたのに!巽さん!!』
すがるような・・責めるような口調で言うみことに、巽がスッ・・と腕を伸ばして指差して言った・・。
『・・では、それはなんだ?』
『え・・?』
巽の指差したところにあったのは、みことの左胸を貫いている一本の白く輝く・・矢。
『!?う・・そだ・・!』
『嘘ではない。それは私が放った矢。お前は私が殺した・・』
その矢の存在と、ハッと見返した巽であったはずの人物が・・柳へと変貌し、言い放った言葉とが・・みことの体に激痛を走らせる。
『・・う・・あ・・っ!』
思わずうずくまって胸を押さえたみことの頭上から・・更なる追い討ちの言葉が降り注ぐ・・。
『巽!何してる?いくぞ!』
『ああ、今行く。待てよ!聖治!』
ハッと顔を上げたみことの目の前で、巽に戻った人物が・・何の迷いも無く身を翻し、遠くで手を振る聖治の方へ走り寄って行く。
『巽さん!?』
巽の方へ手を伸ばしたみことの体に、再び激痛が走り抜ける・・!
『ああっ・・!・・っ!!』
あまりの痛さに身動きの取れないみことの耳に、聖治の冷たい言葉が聞注がれる。
『その矢の刺さってる位置にあるのは心臓だよ?そんなとこを射抜かれて生きてる人間なんていやしない・・』
『・・っ!・・く・・っ!!』
聖治の言葉がみことの感じる痛みを更に激しい物へと変化させた。
(な・・何?この痛み?これって・・え・・?死んじゃうの!?)
改めて見た矢が、みことの目の前でスウッ・・と体の中に溶け込むように消え去ってしまう。
その場所からは血は出ていなくて、ただ耐えがたい痛みだけがそこに矢が刺さっていたんだと主張する。
(ど・・ういう・・こと?血は出てないのに・・なんで・・こんなに痛い・・?)
『た・・助けて・・!巽・・さん・・!』
必死に痛みを堪えながら呼びかけたみことの耳に聞こえてきたのは、以前聞いた・・みことの心に深く突き刺さったままの言葉・・。
『巽が嫌だといってる・・。それでも・・?』
『二度とその名で呼ぶこと許さぬと・・言ったはず・・!』
痛みと共に感じる息苦しさと・・薄れていく意識・・・。
(息・・出来な・・い・・!ほんとに・・死んじゃうの・・?このまま・・巽さんとの約束・・はたせないまま・・?やく・・そく・・!?)
ギュッ・・と胸をつかんでいたみことの手に力がこもる。
何のためにここまで来た・・?
巽を守ると・・そう、固く心に誓ったのではなかったのか・・?
霞んでよく見えなくなった目を凝らし・・みことが手を伸ばす。
『巽さん!僕です・・!みことです!忘れられててもいいから・・もう一度、巽さんと会いたい・・!巽さん・・巽さん!!』
その・・伸ばした手を、誰かが?む。
暖かい・・優しく包み込むような手が、みことの手を握り返す。
『巽さん!?』
ハッと顔を上げた途端、まぶしい光がみことの目の中に飛び込んできた。