ACT 31
「巽!!一体・・何がどうなってんねん!?きちっと説明せいや!!」
傷ついた大僧正を寺の一室に運び込み、御影から派遣されてきた救急治療班による治療も一段落ついた頃・・聖治と共に戻ってきた巽に綜馬が胸倉を?んで食って掛かる。
「・・すまない・・綜馬。全部・・オレの・・・」
視線を落として力なく呟く巽の言葉を遮って、聖治が二人の間に割って入る。
「巽のせいじゃない!誰の・・誰のせいでもないんだ!全ての始まりは千年以上前・・!誰も・・それに逆らえはしない・・!」
「せやから、それを説明せいっ言うとんねん!」
?んでいた手を乱暴に突き放し、綜馬が聖治を睨みつける。
「・・巽は・・何も知らない・・。僕だって・・・」
口ごもった聖治の声と重なるように、大僧正の運び込まれた奥の部屋がにわかに騒がしくなる。
「大僧正・・!?いけません!まだ・・!」
「今動かれては・・更に出血が・・!!」
ただならぬ雰囲気の、医療班の医師達らしき緊迫した声が響き渡る。
「・・!?あのアホ大ダヌキ!何やらかしよんねん!?」
血相を変えた綜馬が脱兎のごとくその部屋へと走りより、顔を見合わせた巽と聖治も後を追った。
「じいさん!!」
ガタンッ!!と、荒々しく障子とを開け放した綜馬の目に、今にも起き上がろうとする大僧正の姿が飛び込んでくる。
「な!?何してんねん!?今動いたりしたら・・!」
必死に大僧正の体を押さえ込んでいた医師達と共に、無理やりその体を寝かしつけた綜馬の顔を見上げた大僧正が・・安堵の表情を浮かべて言った。
「・・綜馬・・お前に・・謝らねばならん・・」
「アホッ!何ぬかしとんねん!こんな無茶して死んだりしたら・・一生許さへん!それに・・じいさんに謝られるような事なんか何もない!」
「・・あるのだ・・そのために私は・・命を繋ぎとめられたようなもの・・」
綜馬の後に続いて部屋に入った巽と聖治を見やった大僧正が、意味ありげに聖治に視線を投げる。
その視線の意図を理解したらしき聖治が、医師達を部屋から退出させた。
「・・これでいいんでしょう?ですが、僕がこれ以上は無理だと判断したら・・その時は素直に設備の整った病院へ行って頂きます・・。よろしいですね?」
病院行きを頑として拒んだため、医師達によって設置された必要な機械とその電子端末で繋がれた状態の大僧正に、聖治が念を押す。
「・・・良かろう・・」
「何やねんな?何で今すぐ病院いかへんねん!?なんで・・」
「時間がないかもしれない・・から、ですか?」
綜馬の問いかけを遮って、聖治が大僧正に問いかける。
「・・さよう・・。『あちらとこちらとでは時間の流れが違います・・時を逃したら、取り返しがつきません・・』」
突然変わった大僧正の声音に、綜馬と巽、聖治が驚きの表情になる。
「さ・・咲耶姫!?」
叫んだ綜馬の言葉に、巽がハッと聖治の横に座り込んで大僧正の顔を凝視する。
「咲耶姫!?あなたが高野の真の主・・?!」
覗き込んだ巽の顔を、大きく見開かれた大僧正の瞳が人ではありえない輝きを放って見つめている。
『・・あなたが・・みことの守るべき者・・鳳 巽。そして、あなたが御影の血を引く御影 聖治ですね?私は咲耶・・高野に課せられた役目を伝え、導く者・・。大僧正が私に体を貸してくれました。全てを話すべき時かと・・』
「教えて下さい!咲耶姫!どうやったらみことを過去の世界から連れ戻せるんです?柳の交わした契約とは・・一体なんなんですか・・!?」
巽が切羽詰った表情で言い募る。
そんな巽に対して、綜馬がハアッ・・と、一つ大きなため息をつき・・静かに言った。
「ちょっと待ってくれや・・巽。今回の事に関して一番訳が分からんのはこっちの方やねん・・筋道立てて、きっちり説明してんか・・?」
ハッとしたように綜馬を見返した巽が、言葉も無くうなだれる。
『・・では・・綜馬、何から・・?』
「その・・みことを過去へ連れて行ったちゅう、柳ってのは誰なんや?」
いくらか落ち着きを取り戻しつつある綜馬であったが、さすがに咲耶姫に敬語を使えるほどの余裕はなく、表情も硬い・・。
『柳は・・鳳家の始祖であり、鳳 巽の中に存在するもう一人の人格・・。人と魔物と神と呼ばれし物の力をその身に受け継いでしまった魔性の存在。自ら命を絶つことも年を取る事も出来ず、それでもなお人として生きなければならなかった悲しい運命の元に生まれた方・・。そして、正確にはかつて千二百年ほど前・・みことの居た神社で甦った鬼とある契約を結んだ者・・』
「・・鬼!?あの鬼か・・!?北欧のヴァイキングとかで、巽の持っとる指輪とも関わりがあった異国の人間!」
『そうです・・。あの鬼は異形の者として追われ、その果てに鬼へと変わった異国の民。その鬼を退治するためにこの高野の開祖、空海僧正と柳が使わされ、柳はそこで過去へと飛ばされたみことと出会い・・空海は柳と共にその鬼を封じることになったのです。その戦いの中で契約は交わされました・・』
「その契約って、一体なんなんや?」
『それは・・残念ながら分かりません・・。ただ、その契約を見届けた唯一の者・・空海はその契約をこの国を滅ぼす可能性があるとだけ伝え、その契約を阻止するべくこの高野を作り上げました・・そして・・綜馬、あなたはその空海の生まれ変わりとしてその生を受けた者・・』
その言葉に、綜馬の顔色が変わる。
「オレが・・!?オレがこの高野の開祖、空海僧正の生まれ変わりやて?・・ハッ!何の冗談や?そんなことある訳無いやないか・・!」
吐き捨てるように言いきった綜馬の顔に・・大僧正の手が、触れる・・。
「!?じいさ・・!?」
驚いてその手を取った綜馬を見上げるその瞳は、咲耶の物ではなく・・大僧正のものであった・・。
「・・謝らねばならぬはその事・・ずっと・・お前に言えなかった。それを教え、公表していれば・・嫌な思いもさせずにすんだものを・・」
「・・!ほんまに・・?ほんまのことなんか・・?この・・オレが!?」
食い入るように大僧正を見つめていた綜馬が・・突然その手と共に突っ伏して、クックッ・・と笑い始めた。
「・・綜馬・・?」
訝しげな顔つきで、巽が綜馬に呼びかける。
「クッ・・アハハ・・!一体・・何の悪ふざけや?じいさん・・?たいした冗談やで・・!このオレかて思い付きもせえへんかったわ!謝る必要なんかあらへん!じいさんのやり方が間違うてたとは思わへん・・!オレはオレや・・誰の生まれ変わりでもない!今のオレは辻 綜馬や!そうやろ?巽?」
キッと顔を上げて巽を見返した綜馬の瞳に、ほんの少し・・すがるような色が滲んでいる・・。
「・・ああ、そうだな・・お前はお前だ。他の誰でもないし、なる必要も無い・・!」
まるで自分自身に言い聞かせるように、巽がその言葉を紡ぐ。
互いに顔を見合わせた巽と綜馬が、静かな決意を秘めて笑みを交わす。
それを見た大僧正が、安心したように深い吐息を吐いた。
「・・そうか・・お前らしいな、綜馬・・。では・・巽殿のもう一つの問いには・・私が・・」
「みことの事ですか!?」
叫んだ巽の顔をジッ・・と見つめた大僧正が・・何かを思い起こすように、遠い目になる。
「・・・昔・・見ず知らずの若い少年が私を訪ねて来ました・・。そして・・遠い未来に自分そっくりの人間がここに現れたら・・伝えて欲しいと・・言ったのです・・」
「・・!?まさか!その少年・・!?」
「・・さよう・・名を那月と言っていました・・あなたの父親ですね?・・彼はあなたに、自分の力を信じて・・幸せだった頃を思い出せば良い・・と、そう伝えて欲しいと言いました・・」
「父さんが・・!?あなたに!?」
「・・それが・・私の知り得る事すべて・・」
大僧正の体に取り付けられていた電子モニターを見入っていた聖治が、ドクターストップをかける。
「これ以上は危険です。後はまた明日にでも・・よろしいですね?大僧正?」
言い聞かせるように念を押した聖治に、大僧正が沈黙をもって答えを返す。
朝まで様子を見ているから・・と一人残った聖治の視線に追い立てられるように外に出た巽と綜馬が、部屋の外で互いに思案顔で目と目を合わす。
「・・オレ、まだ確かめたいことがあんねん・・。先に宿坊の方へ行っといてんか?」
「・・ああ、オレも・・一人でじっくり考えてみたい・・」
互いに反対方向へ歩き出した二人のうち、綜馬がみことと最初に通された場所へと向かっていた。
月明かりだけに照らされた廊下を迷うことなく進み、あの・・異界への入り口である襖の前で立ち止まる。
「・・お姫さん・・無作法なんは百も承知でやらせてもらうで・・?」
スッ・・と襖の前に片手を掲げ、素早く印を切ると共に低く、鋭く言い放つ!
「・・開!!」
途端に襖が水面のように緩やかに揺れる。
そのまま綜馬が、波紋を広げて襖の中に入り込んでいった・・。
幾重にも重なって揺れる白い布の前で片膝をついた綜馬が呼びかける。
「・・咲耶姫、お聞きしたい事が・・」
『綜馬!?許しもなくここへ入り込むとは何事です!?すぐに出て行きなさい!』
通常なら・・咲耶の意志でこの異界に居る者をどうとでも出来る・・が、今の綜馬はその周りに結界を張り、それを封じていた。
「あなたが質問に答えてくれたら、すぐにでも出て行きます・・。教えて下さい・・この高野の本当の存在理由を・・!オレ自身に関わり合いがある事なのではないんですか?契約を阻止するため・・それは何を意味しているんです?」
『・・答える必要はありません!!』
咲耶の完璧に拒絶を込めた言葉が響き渡る。
「・・それは・・答えを知っとるっちゅうことやな・・!」
叫んだ綜馬がザアッ・・と咲耶の姿を覆い隠していたカーテンのような布地をめくり上げて中へと入り込み、咲耶の華奢な腕を?む・・!
『綜馬!?』
閉じられたままのその瞳を綜馬の方に向け、咲耶が驚愕の声を上げた。
「無作法なんも乱暴なんも承知の上や・・!けどな、何や今それを聞いとかな、後でごっつい後悔しそうな気いすんねん!頼むから教えてんか!?」
咲耶の腕を取ったまま、綜馬が真剣な表情と声音で問いかける。
『あなたという人は・・!それを聞いた所で何も出来はしないのですよ!?さだめられた運命を変えることなど・・出来はしないのです!』
「出来るか出来へんか・・そんなんやってみなわからん!やらん内からあきらめるアホが何処におんねや!?自分の運命勝手に決められてたまるかい!!」
『・・!?どうして・・同じ事を言うのです・・!?あの人とは違う・・別人なのに・・!何もかも全然・・違っているのに・・!』
綜馬の言葉に・・情を捨て、人としての感情を全て捨てたはずの咲耶の閉じられた瞳から・・一粒の涙が伝う。
「・・!?お・・姫さん・・?」
咲耶の腕を?んでいた綜馬の手の上に落ちたその一粒の涙に・・思わず綜馬が?んでいた手を離す。
その腕を慌てて引き戻し、袖ともう片方の手で覆い隠した咲耶がうなだれたまま・・静かに告げた。
『・・高野の真の存在理由・・それは鳳の始祖、柳が再びこの地に現れこの地を滅ぼす闇星となり、光輝く明星をも呑み込んだ時・・その柳を真の闇へと帰する事・・!
そしてその役を担うべくは契約を見届けた者と同じ星の元に生まれし者・・。私の役目はその者が現れるまでこの地を守り・・見つけ出し、この地へと導くこと・・。そして、その役目ももう終わりました・・』
咲耶の告げた事実に、綜馬が目を見張る。
「・・柳を真の闇に帰す・・?それは・・つまり、オレに巽を殺せと・・そういう事かいな・・!?」
『・・・そうです!だから高野は代々鳳と反発しあってきたのです!来るべき時が来た時、迷いが生じないように・・!なのに・・あなたはことごとくそれに反発し、自分から苦しみを引き寄せた・・!なぜ・・別人のはずなのに・・同じ苦しみを背負おうとするのです!?どうして・・こうも・・・』
うなだれたまま決して綜馬の方を向こうとしない咲耶に、綜馬がフッ・・と微かに笑う・・。
「・・あんな、お姫さん・・悪いけどオレはそれにこれまでどうり反発すんで?オレは巽を殺さへんし、空海僧正の背負う取った苦しみを背負う気いもないねん。それに・・・」
スッ・・と手を伸ばし、おもむろに咲耶の顔を上向かせた綜馬がその顔を間近に捉えて言った。
「・・お姫さんと空海僧正がどういう関係やったか知らんけど・・今のオレは辻 綜馬なんや!一々比べられんのは性に合わん。それに、お姫さんのやらなあかん事・・まだ残ってるで?役目が終わったとかどうとか言うとったんは取り消しや・・!」
『綜馬・・!?あなたは・・この地が滅んでも良いというのですか?それに、私のするべき事など何も残って・・!?』
言いかけた咲耶の言葉を無視して、綜馬が再び咲耶の腕を引き寄せる。先ほど綜馬が?んでいた手首辺りに、薄っすらと綜馬の手形が桜色に浮かび上がっていた・・。
「・・手荒な事してもうて悪かった。けど、何や嬉しい・・やっぱりお姫さんもちゃんとした人間なんやな。こうして触れられるし、握った痕かてうっ血してる・・ちゃんと温かい人の血が流れてる証拠や・・」
サアッと、顔を赤くした咲耶が慌てたようにその手を引き戻そうとするが、綜馬が?んだその手はビクともしない。
『は・・離しなさい!私は・・人としての情を全て捨てたのです!あなたにそんな事を言われる筋合いはありません!』
「お姫さん結構気い強いなぁ・・せやけど、情の無い者は涙なんか流さへんで・・?」
ハッとした顔つきになった咲耶が言い募る。
『涙など・・流していません!もう、聞かれたことには答えたはずです!早く出て行きなさい!』
「出て行く前に・・言いたいことは言わせてもらう。お姫さんのやらなあかん事は、ここから出て、暖かいお日様の下で笑う事や!オレは・・お姫さんに自分の目でオレを見てもらいたいんや!オレは空海僧正の身代わりやないし、なるつもりもない!それだけは覚えといてや!」
『綜馬・・!』
言いかけた咲耶の目の前で、綜馬の姿と気配が掻き消えた・・。