ACT 33




「・・ん・・?」

何かの・・聞き慣れた鳥のさえずり声に、みことの意識が覚醒する。

「あ・・!スズメ!そうかぁ・・この時代でもスズメはスズメなんだぁ・・」

眠りに着く前に飲んだ薬がよく効いたようで・・右肩の矢傷の痛みも体の重さも、ずいぶんと楽になっていた。

開け放たれた部屋の造りの様で、みことが横になっている御帳台から垂らされた柳模様の薄絹が、緩やかに朝のすがすがしい空気に触れて揺れている。

その柳模様と戯れるように・・一羽のスズメが可愛いらしい泣き声と共に飛び跳ねていた。

朝日に照らし出されたスズメの長い影が、みことの布団の上で踊っている。

「・・おいで・・」

スズメを驚かさないように、ゆっくりと手を伸ばしたみことの手の平に・・わずかに開いていた薄絹の裾の隙間から中へ入り込んできたスズメがピョンッと飛び乗った。

みことの手の平に、スズメの温かな体温とくすぐったい・・小さな足の感触が伝う。

「・・なんか変な気分だなぁ・・千年後の世界でも、お前は姿かたちも鳴き声も変わんないんだよね・・。あ・・でも、お前たちから見たら・・僕たち人間も同じに見えてるのかな・・?」

みことの感慨深げな思いとは裏腹に、餌が無いという事に気づいたスズメがみことの手から降りて・・御帳台の中を出口を求めて右往左往し始める。

「あ・・!待って!今、出してあげるから・・」

肩をかばいながら起き上がったみことが、再び手の平にスズメを誘い、乗せたまま御帳台にかかる薄絹をめくって外へと出る。

「・・うわ・・良い天気・・!それに・・良い感じの庭だなぁ・・」

板張りの縁側のような所から外の様子を眺めたみことの顔に、ようやく精気が宿る。

それでもやはり体の方はふらつきぎみで・・軽いめまいを感じつつ座り込んだみことを、まるで心配するかのようにスズメが仰ぎ見てさえずった。

「・・何?お前・・心配してくれてんの?大丈夫、お日様の光り浴びれたし・・!」

半分、木の性質も併せ持つみことだけに・・暖かな太陽の輝きは、浴びるだけでも随分と体が回復力を増す。

「・・・あったかくていい気持ち・・!」

目を閉じて・・全身で朝日の光りを感じていたみことの口から、自然といつもの歌が流れ出る・・。

その歌は、毎朝みことが巽の家で歌っていた歌・・『翼を下さい』だ。

歌と共にみことの体から発せられる、暖かくて命あるもの全てに生きる喜びを感じさせずにはおれない波動・・。

その妙なる歌声と波動に引き寄せられるかのように・・みことの肩やその周囲に鳥達が集まり、草木の精霊たちも顔を出す。

・・と、突然、一斉に鳥たちと精霊たちが飛びすさる。

ハッとして振り返ったみことのすぐ横に・・柳が立っていた!

「・・・あの時も、確かその歌を歌っていたな?」

こんなに近くに来るまで・・みことは柳の気配のかけらすら感じてはいなかった。

驚きを隠しきれずに、みことが銀色の瞳を見開いて柳に問い返す。

「あの・・時・・?」

「・・初めてお前と会った時その歌声に引き寄せられた・・今と同じく・・」

呟くように言った柳が、スッ・・とかがみ込んでみことの顔に手をあてがう。

「・・っ!?」

無意識にビクッとみことの体が反応し、身を固くした。

そのあからさまな反応に・・柳の表情に悲しみとも怒りとも取れる気配が漂い、眉根を寄せる・・。

「・・私が・・怖いか?」

「あ・・!?ちが・・違います!ずっと・・誰かに追いかけられてて、伸びてくる手は・・僕を捕まえようとする手で・・!だから・・つい・・!」

その時の恐怖をまざまざと思い出したみことの体に震えが走る・・!

自分に注がれていた、あの、理不尽この上ない・・その存在を完璧に否定し狂気を帯びた冷たいまなざし・・。

「・・みんな・・恐ろしい目つきで僕を見て・・化け物・・って・・」

心の奥底に深く突き刺さったままの鋭いトゲ・・が、みことの心に激痛を走らせその銀色の瞳に暗い影を落とす。

みことの顔に添えられていた柳の手に・・不意に力がこもり、無理やりにみことの顔を上向かせ、その瞳を捕らえた。

みことの大きな銀色に瞳に映った柳の紫色の瞳・・その紫色の瞳は・・人の有する色ではありえず、魅入られると共に抗えぬ恐怖心を湧き起こす魔性の瞳。

「・・・この瞳を・・どう思う・・?」

柳が真剣な声音と顔つきでみことに問う。

魅入られたまま・・視線を外せず・・また、外す気にもなれないみことが思ったままの気持ちを口にした。

「・・・きれい・・です。今まで見た、どんな瞳より・・」

その言葉に嘘は無い。

巽の灰青色の瞳もきれいだと思ったが、この柳の紫色の瞳ほどではなかったのだから・・。

「きれい・・!?この瞳が?どんな瞳よりも?・・ククク・・あはははは・・!」

驚いたように目を見開いた柳が、次の瞬間、弾かれたように笑い出す。

「・・あ・・あの・・・?」

自分のすぐ横で、肩を震わせて笑っている柳の様子に・・みことが困惑気味に問いかける。

「・・ああ、すまぬ。この忌まわしい色の瞳をそんな風に言われたのは初めてだ。それに・・・」

まだクスクス・・と笑いをかみ殺しながら、柳がみことの銀色の瞳を覗き込む。

「お前は、自分の顔を鏡で見たことがないのか?お前のその銀色の瞳ほど美しいものを、私は知らぬ・・・」

笑うとますます巽に面影が重なる柳の笑顔に、一瞬見入っていたみことが、ハッとその感傷を吹っ切るかのようにブンブンと首を振る。

「・・こんな・・なんの色もない瞳なんて・・!」

「なにを言っている?その瞳・・色ならあるではないか?」

「え・・!?」

柳の言葉に、みことがうつむけていた顔を柳に向ける。

そのみことの顔にズイッと顔を寄せてきた柳に、思わずみことが体を引こうとしたが・・いつに間にか後ろ手に回されていた柳の手にしっかりと頭を固定され、身動きできない。

「今のお前の瞳の色は、私と同じ紫色だ・・・先ほどお前はこの瞳の色をなんと言った?」

鼻先が触れ合うほどに間近にある柳の瞳を映し出したみことの瞳も、その色を写し取って紫色に染まっている・・。

「・・・う・・あの・・きれい・・って・・・」

「では、お前のその瞳も私の色を映している限り・・きれいだという事だな?」

「・・・うう・・そ、それは・・・!」

間近にある柳の顔が、困りきったみことの表情にフッ・・と微かな笑みを湛える。

その笑みは・・本当に巽そのもので、みことの心拍数が一気に跳ね上がり見る見るうちに顔が真っ赤に染まっていく。

慌てて視線を外したみことの耳に・・忘れるはずのないその声で、その名が注がれる。

「みこと・・」

「・・っ!?」

ビクッと体が無意識に反応し、みのとの視線が再び柳に向けられる。

「・・誰を思った?」

「あ・・っ」

自分の心を完全に見透かす柳の、悲しげな紫色の瞳に・・みことが口ごもる。

もう、二度と巽の名を口に出してはならない・・!

柳に巽のことをこれ以上知られるわけにはいかない・・!

そうしなければ・・みことの知る巽が、全く別の巽に変わってしまうかもしれないのだから・・!

「・・誰も・・思ってません・・!お願いですから、手を離して・・!」

「断る・・!」

柳の少し怒りに満ちた言葉と共に、後頭部に回されている柳の手に力がこもる。

「なぜ嘘をつく?昨日まで、その者の名をあきれるほどに呼んでいたくせに・・!」

「・・覚えてません・・!忘れました・・!」

みことが力いっぱい目をギュッとつぶって言い放ち・・唇を噛み締める。

「ならば、私をまっすぐに見てもう一度言ってみよ!」

有無を言わせぬ柳の迫力に・・みことが身を震わせる。

使える左手を使って、精一杯柳の体を押しのけて・・うつむいたままのみことが搾り出すような声音で言った。

「・・・本当に、覚えてないんです・・!」

「・・っ!?それほどまでにその者が大事か!?」

自分でも抑えられない衝動に駆られた柳が、グイッと力任せにみことの肩を掴んで板張りの廊下の上に引き倒す。

「・・ウワッ!!・・くぅ・・っ!!」

ダンッと、叩きつけられるように廊下の上に押さえつけられたみことが、その衝撃をまともに肩の矢傷に受けて・・低いうめき声を上げる。

「月虹龍は時を越える力を持つ龍!その龍に乗ってここへ来たお前は、恐らくは今よりも先の時から来たのであろう?お前が『巽』と呼んでいた者・・私と深く関わっているのではないのか?どうなのだ!?」

怪我をしていない方のみことの左肩を容赦なく押さえつけ、柳が怒りを露わにした表情でみことを真上から見下ろす。

「・・・知りません・・・・っ!?」

全身を貫く痛みに耐えながら叫ぶように言い切りつつも、・・柳の鋭い視線から逃れるように横を向いていたみことの顔を、グイッと自分の方に無理やり向けさせ、その視線を捕らえた柳が低く・・押し殺した声音で言った。

「私の目を見てもう一度言ってみろ・・!『巽』など知らぬと・・!」

ハッと息を呑んだみことが・・柳の顔を見つめ返した。




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