ACT 47




「真魚!来るぞ!よけろ・・!!」

その言葉にハッと振り向いた真魚の頭上から、拳ほどもあるようなヒョウが降り注ぐ。

「・・っ“火天”!!」

叫ぶと同時に印をきった真魚の周りに炎が湧き立つ。

降り注ぐヒョウを次々に水蒸気と化して、あたり一面に濃い霧が立ち込めた。

『・・・ケン!』

しわがれた、不気味な声音がどこからともなくこだまし、霧の向こうに不気味な記号とも文字とも取れる“咒”が浮かび上がる。

途端にその霧の中から赤く輝く何かが無数に飛んできたかと思うと・・それが火の玉だと認識する間もなく真魚に向かって降り注いだ。

「青龍!」

鋭い柳の声音と共に、真魚の身体を庇うように、神々しいまでに青く輝く巨大な龍が火の玉を弾き返して真魚ごと上空へ飛び退る。

「無事か!?」

立ち込めた濃い霧を突っ切った遙か上空で、青龍の背に立つ柳がその龍のひげに捕まって背に這い上がってきた真魚に問う。

「・・大事無い。しかし・・!一体何なのだ!?あの鬼の持つ力は!?見たことも聞いたこともない「咒」と「力」だぞ!」

「ああ、異国の「客神」の力・・。永く生きて来た私や紫水ですら知らぬ力だ」

呟く柳の表情が、硬く強張っている。

鬼の居場所を追い、真魚が鬼と応戦している所へ出くわしてから・・まだそんなに時間は経っていない。

柳よりも先に鬼と対峙していた紫水は、柳の目の前で氷の柱へと封じられた。

紫水ほどの妖魔を一瞬にして封じたその力は、この地に存在する力とは全く異質な力・・異国の「客神」の“咒”「ルーン」。

初めて見るその力に、柳も真魚もそして紫水も戸惑い、成す術がなかった。

今までは村人を喰らい、真魚の追尾をあざ笑うかのように姿をくらましていただけだった鬼が、柳の姿を認めた途端、反撃に転じた点から見ても千波の言うとおり柳が現われるのを待っていたとしか思えない。

しかもその力は強大で・・柳ですらこの短い戦いの間に勝つ事は難しい相手だと、その固い表情に滲ませていた。

「気をつけろ。あの鬼の狙いすら見当が立たん・・!」

千波に聞いた鬼の目的・・それは今の柳に告げるべきではないと真魚は判断していた。

告げてどうなるものでもない。

それに・・反撃に転じた鬼の力は、真魚の想像を遙かに超えて強いものだった。

それは柳にしても同じことだと・・そのいつにない柳の硬い表情から窺い知れた。

だが。

そんな真魚の気遣いも柳には通用しない。

「・・・隠し事が下手だな、真魚。お前、気が付いているであろう?あの鬼も私と同じく「神」と呼ばれしものの力の呪縛を受けていると。・・それが私を見た途端反撃に転じ、襲うとなれば目的はこの身体であろう・・?」

「・・!?なぜ・・!?」

察しのいい柳の言葉に、真魚が硬い表情で問う。

「神も人も同じ事を繰り返す・・本来形のない力を容れ物に入れることで自在に操ろうとする。恐らくはあの鬼を呪縛した「神」と名乗るものは、力を封じ込める器を失ったのだろう。その代わりの容れ物がほしいのだろうさ・・」

「それが分かって、なぜ戦う!?」

「・・・あの鬼も辛かろう」

「なっ!?」

「お前には分かるまい・・呪縛を受けたものはそれを果たせぬ限り永遠に苦しむ」

「柳・・!」

真魚の表情が苦々しく歪む。

柳が今まで青龍の眷属を狩り、それを喰らってきたのはかつて人が「朱雀」と結託し「青龍」の一族を撃ち滅ぼしたその責罪。

戻るべき仲間も場所も失い、自らを闇の妖しに貶め、憎悪に呪縛されて彷徨うそのもの達の魂を喰らうことで、その苦しみから解放してきたのだ。

人の血が流れる故にその罪を背負い、「神」の力に呪縛された身を持つ故に、自分自身の苦しみから解放される術もないままに。

だから真魚はどうにかして柳をその苦しみから救いたかったのだ。

それと同じ思いを今、柳はこの鬼に対しても持っている。

人の情など知らぬと言いながら・・その実、誰よりもその絆を求め、大事にしているのは他ならぬ柳自身。

だが、だからといって、あの異国の「客神」に柳をくれてやる気など真魚にはサラサラない。

「柳!私が必ずお主のその苦しみから解放する。だからそれまで他のものの容れ物になることなど絶対に許さぬ。交わした約束、よもや忘れたわけではあるまいな!?」

「真魚・・!?」

絶句した柳の耳に再び不気味な声がこだました。

『・・・イス!』

霧の中に輝く文字が浮かび上がる。

それは先ほど目の前で紫水を氷の柱と変えられた時と同じ文字の“咒”!

「っ!?しまった・・!真魚、青龍から離れろ・・!」

叫んだ柳が真魚を突き落とし、自らも身を虚空に躍らす。

刹那、

『キィィ・・・ンッ!』

という耳を覆いたくなるような高い音と共に、青龍の体がピシッ!と彫像のように凍りついた!

「・・っ"風天"!」

地表に向かって落ちながら、真魚が印を切る。

途端にゴウッと風が渦巻いて、その身体を地表すれすれで浮かばせた。「柳!?」

振り返ったその先で、柳が鬼と刀と剣とで交じり合い、激しい攻防を繰り広げていた。

青龍自体が凍りつき、その力を封じられたということは、柳自身にも相当なダメージのはずで・・それを物語るかのように柳が鬼の振るう剣によって押されている。

「柳・・!!」

叫んだ真魚が印を切ろうとした瞬間、鬼が柳の刀を弾き飛ばし真魚に向かって虚空に文字を書き付けた。

『べオーク!』

しわがれた声と共に書きつけた文字が光り輝き、その中から現われた太い蔓のような枝が真魚の身体に絡みつき、その身体を地面に貼り付けた。

その真魚の視界の片隅で、柳が鬼の剣を“気”を張った腕で受け止めている。

「柳!!」

身動きの出来ない真魚の体の上を覆う太い蔓に、バサバサバサ・・と一羽の大ガラスが舞い降りてきて止まり、その蔓を突き、取り払う。

「お前は・・?!」

一目でただの大ガラスでないことを見て取った真魚が、次の瞬間目の端に映った新たに虚空に浮かぶ文字の“咒”に気が付いて叫ぶ。

「カラス!柳を・・!」

その瞬間、浮かんだ文字から鋭い槍が現われて、鬼と対峙している柳目がけて飛んで行く!

その刹那、

「柳さんっ!!」

木立から飛び出してきた銀色の人影が、柳に向かって放たれた鋭い槍をその身を挺して受け、地面に崩れ落ちた・・!




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