ACT 48
「っ!?みこと!?」
地面に倒れ込んだまま動きを止めた銀色の人影・・みことの身体に突き刺さった槍を見た瞬間、柳の身体がドクンと震えた。
全身の血が沸き立ち、逆流するような感覚。
柳がその体の奥底に封じ込んでいた「朱雀」の力が「青龍」が鬼によって封じられたことにより、覚醒した・・!
柳の全身から一気に紅蓮の炎が湧き上がる。
鬼の剣を受けていた柳の腕からも聖炎の炎が立ち上り、一瞬にしてその剣を灰に変えた。
「よくも・・みことを・・!」
怒りに満ちた柳の瞳が鬼を見据えた瞬間、その紅い炎が闇色を帯びる。人の身に封じられた「力」は、それ故に封じられた人の心によってその性質をも変化させる。
「怒り」・「憎悪」・「悲しみ」その闇の心の元で「力」を発動させれば、その「力」もまた闇のものへと変わるのだ。
徐々に黒い炎にその身を包んでいく柳に見据えられた鬼の口元に、不気味な笑みが浮かんでいた。
その闇色の炎の気配に、みことの身体がピクっと反応する。
「・・だめ・・!柳さ・・ん・・!」
「みこと!?生きて・・!?」
途端に柳の身にまとっていた闇色に変わりつつあった炎が、もとの紅蓮の炎へと変化した。
『・・・ジャマ ヲ スルナ・・!』
闇色を帯びつつあったはずの柳の炎がその侵食を止めたのを見て、鬼が憎憎しげに言い放ち、みこと目掛けて襲い掛かった。
「っ!させぬっ!!」
叫んだ柳が鬼の身体を捉え、鬼を紅蓮の炎で包み込んだ。
鬼の凄まじい咆哮が響き渡り、みことの身体に震えが走る。
だが、炎に包まれながらも消滅しようとしない鬼の力に、柳が眉根を寄せる。
その柳に向かって鬼が言い募った。
『ムダダ・・カワシタ ケイヤク ハタサヌ カギリ コノミハ ホロビヌ・・!』
「契約・・?神の力の容れ物か?」
答えの代わりに鬼のくぐもった笑い声がこだまする。
それは、その契約を受けて柳が容れ物となるか・・他の誰かにその契約ごと鬼を封じてしまう以外、この鬼を封じる術がないということ。
一瞬、みことを視界の隅で捕らえた柳の口元が・・かすかに上がった。
「いいだろう・・。その契約、果たさせてやる」
『ナ・・ニ!?』
「柳?!正気か!?私との約束を反故にする気か!?」
いまだ蔓に動きを封じられたままの真魚が、その柳の言葉に驚愕の表情で叫ぶ。
蔓を突いていたはずの大ガラスは、柳が攻勢に転じたのを見た途端、どこかへ飛び退ってしまっていた。
叫んだ真魚の声に、意識を無くしかけていたみことがピクっと身じろぐ。
「心配するな、真魚。契約を受けるは私ではない。『巽』という名のものがその契約を受ける・・!」
柳の残酷な声がみことの意識を深い深い闇の中へと突き落としたと同時に、鬼に目掛けて一本の矢が放たれていた!
放たれた矢は、過たず鬼の胸に深々と突き刺さり、鬼の身体を包んでいた闇紅の炎を吸い込むようにその矢の幹をみるみるうちに太らせていく。
鬼の身体に突き刺さったものは・・一本の桜の苗木。
そしてそれを放ったのは・・
「誰だ!?」
「そなた・・!?確か千波という名の・・!」
柳と真魚が同時に叫ぶ。
『契約は交わされ、それは桜によって封じられる・・』
千波を背に乗せ、虚空に浮かぶ白虎が重厚な声で言い放つ。
その白虎の背からフワリ・・と飛び降りた千波が、みことに突き刺さっていた槍を抜き去り、その傷に手を当てた。
「何をする気だ!?」
闇紅の炎をその身にまとった柳がみことと千波に近寄るも・・その自らが放つ炎のせいで触れる事が出来ずに唇を噛み締めた。
「心配はいりません。傷を癒しているだけです・・」
「傷を・・!?」
千波がかざした手の下で、みことの傷が急速に癒されていく。
「あの鬼の負わせた傷を癒せるということは、その力もまた「客神」の力なのか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えます・・これはたった今あなたが交わした契約によって生じた力・・」
「どういうことだ!?」
「私は遠い先の世で、みことの母になる。そしてあなたは自らが交わした契約を受ける人間『巽』を作り出さねばならない・・」
「・・お前が、みことの母!?」
紫色の目を見開いて千波を見下ろす柳に、千波が問いかける。
「あなたはあの鬼の契約を果たすと言った。それはこの地を滅ぼすため?それとも、この地を守るため?」
「・・・知らぬな。この地がどうなろうと私の知ったことではない。だから賭けてみたのだ・・みことと、みことが大事に思う『巽』という存在に。この地の行く末、人の情でどう変わるか・・とな」
千波の何もかもを見透かす深い視線を避けるかのように、柳が自分の身を包む紅蓮の炎を見つめ・・自嘲するように言葉を続ける。
「私は目覚めた朱雀を封じる術を知らぬ。この身を包むこの炎は触れるもの全てを焼き尽くし、やがては私の体をも焼き尽くす。
そしてその灰の中から新たな朱雀が生まれ出て、私の意識は朱雀に呑まれて消える・・・」
「それが分かっていて、なぜ朱雀を・・?」
そう問われて、柳の視線がちなみの腕の中に居るみことに注がれた。
「・・なぜ・・だろうな。ただ許せなかったのだ・・私の目の前でみことを傷つけたあの鬼を。私を庇って自ら命を捨てるような事をしたみことを・・」
柳の瞳が細められ、その身にまとう炎が柔らかい色に変わる。
傷を癒され、あどけない顔つきで眠るみことが生きているというだけで・・例え触れることが出来なくても・・それでも柳の心は満たされていた。
触れられずとも、ただそこにいて、生きていてくれるというだけで、柳が今まで持ち得なかった温もりが、確かに柳の心と身体に宿っている。
その柳に千波が微笑み返す。
「・・では、私もあなたに賭けてみたい。人の情がどうこの地の行く末を変えていくか・・あなた自身が確かめられるように」
「何を馬鹿なことを・・!そのようなこと出来るはずが・・・」
言いかけた柳がその揺らぐことのない千波の微笑みに言葉を失う。
「・・・出来る・・のか?その「客神」の力で・・?」
微かに震えた自分の声が、温もりを知った今、それを望んでいたのだと柳に知らしめた。
千波の桜色の唇が、この地の運命をも大きく変えるその呟きを落とす。
「私と契約を・・今度は『巽』ではなく、柳として・・・」