ACT 5




「・・・ったく、なーんでオレがこいつらのお供やねん?」

全く気乗りしない顔つきの・・学生服姿の綜馬が、ブツブツと呟いている。

都内で行われた密教関係者達の会合・・・それに出席するためにやって来ていた厳選された高野山の僧侶達数名が、夜の繁華街に繰り出していた。

まだ高1の綜馬がその場に呼ばれた事は異例中の異例・・で、ほかに一緒に同行した、いわゆるセンパイ・・達にとっても面白いことではない。

その上、こういう世界では個人の力の能力差よりも・・階級が重んじられる。

故に・・例えどんなに気乗りのしない事であっても、目上の者に逆らう事など許されることではないのだ。

そんなわけで・・センパイ達について来い!と言われた以上、綜馬に選択の余地はなく・・

その上、あからさまに嫌がらせのように、学生服のままで来い!と言い渡されたのだ。

「こんな格好で歩いとったら、バリバリ補導されんで・・?」

前を行く三人組に、つかず離れず・・絶妙な距離を保って、綜馬がついて行っている。

その・・前を歩いていた三人のうちの一人が、これから店にご出勤・・と言った風情のホステスっぽい若い女に声をかけている。

その誘いを断ったらしき女にしつこく言い寄る態度に・・女の方が騒ぎ出し始めた。

それに気づいた残りの二人も駆け寄って・・ひと騒動おきそうな雰囲気に慌てて綜馬も駆け寄った。

こんな所で騒動を起こしては、後で綜馬が言う所のタヌキじじい・・高野山高位僧侶達にどんな罰を与えられるか・・!考えただけでゾッとする。

それでなくとも・・ここへ来る前夜、高野山責任者たる大僧正に呼び出され、他の者と問題を起こすな・・!と、念を押されていたのだから。

「・・冗談やない!こんな事でとばっちり喰うんは願い下げやで・・!」

止めに入ろうとした綜馬より先に、綜馬と同じ学生服姿の少年・・とおぼしき一人の男が、女を庇う様に割って入った!

「いい大人がみっともない・・恥かしくないんですか?」

観音像に眼鏡をかけたかのような・・柔和な笑顔の少年がいかにもバカにしたような口調で言い、三人を見据えている。

「なんだと・・!?ガキのくせに何をえらそうに!」

色めき立った男達の気勢をそぐように、庇われていた女が嬉しげな声を上げた。

「あら!御影先生のとこの・・!?」

「その後、体調はいかがですか?無理をするとまた再発しかねませんよ・・?」

チラッと女の方を振り返った少年が、ニコッと笑う。

「ええ、大丈夫。・・でも、あなたの顔が見られないのが残念だわ」

「それは光栄ですね・・ですが、そういう話はまた今度・・。とりあえず逃げていただけると、割って入った僕の立場が成り立つんですけど・・?」

今にも掴みかからんとしている男達など気にも留めない様子で、女と少年がにこやかに会話をかわしている。

「それもそうね・・。じゃ、後よろしくね!聖治君!」

そう言った女が、軽やかな足取りで・・あっという間に人込みの中に消え去っていった。

「あ・・っ待て!」

慌てて追いかけていこうとした男を、聖治がスッと片手を上げて制止する。

「彼女は僕のとこの患者です。病気以外でうちの病院に来る様な事になるのは願い下げなのでね・・」

フッ・・と、不敵に笑った少年の顔が、先ほどとは打って変わって・・冷たい別人の様な顔つきに豹変している。

「なんだと!?ガキだと思って我慢してりゃあ、いい気になりやがって・・!!」

自分の襟首を掴み上げた男の顔を・・しげしげと見回した聖治が言った。

「・・なんだ、高野山金剛峰寺の人じゃないですか。いいんですか?仮にも僧侶たる人間がこんな事でもめごとを起こして・・?」

「な・・に・・!?」

どう見ても・・普通の中学生か、高校生・・のようにしか見えない少年にズバリ自分の正体を言い当てられ、驚いた様に掴んでいた手を、男が・・離す。

「お・・まえ・・?何者だ・・?」

襟元を直しながら・・聖治がクスッとあからさまに侮蔑の笑みを浮かべて言った。

「最近の僧侶は恩を仇で返すのが流儀なんですか?世話になった人間の顔を忘れるのも、お得意らしい・・」

その聖治の言葉に・・他の二人のうちの一人がハッとした様に言った。

「こ、こいつ・・!御影の跡取り息子・・だ!!」

「御影・・だと!?」

三人の顔色が一瞬にして、サアッ・・と青ざめる。

御影一族・・日本国内にとどまらず世界中にそのネットワークを持つ、自他ともに認める医療機関のトップ的存在・・。

そして、裏の世界とも言われる・・霊的現象や妖魔、その他・・通常ではありえないケガや病気をも専門に取り扱っている一族・・なのだ。

当然、高野山僧侶の実力者たるこの三人も、御影一族の治療を何度も受けている。

一歩下がったところでその様子を見つめていた綜馬に気づいた聖治が、一瞬、眉をひそめる。

そして・・

「こんなバカな連中ばかりの高野山だから・・鳳より格が下だと言われるわけだ!」

あからさまに三人組に対して侮蔑の表情と物言いで・・挑発としか取れない言葉を吐く。

「なん・・だと!?もう一回言ってみろ!!」

大昔からライバル関係にある鳳家と高野山・・そのプライドを大きく傷つけるに十分な聖治の一言に・・一旦は収まりかけた苛立ちが噴出する!

再び襟首に掴みかかろうとした男の手をかわした聖治が、小さく呟いた。

「・・女一人ナンパ出来ないようじゃあ、力の方もたかが知れてる・・!」

「な・・!?御影の跡取りだかなんだか知らないが、年上の人間に対する物言いを教えてやる!!」

ニッ・・と笑った聖治が、まるで捕まえられる物なら捕まえてみろ・・!と、言わんばかりに駆け出した・・!

「待てっ!!」

人込みの中を巧みに走り抜けていく聖治の後を、三人組が追いかけていく。

「・・おいおいおい!完璧にオレの存在忘れてるやろ!あのセンパイ達!」

このまま放って置いて帰ってしまってもいいのだが、明らかにあの三人を挑発していた少年・・御影 聖治と呼ばれていた・・その言動が、綜馬の中の危険信号とも言うべき勘に、引っかかっていた。

「・・あいつ、何か企んどる!こりゃ・・ちょっとやばい事になりそうな気ぃすんで!?」

呟いた綜馬が、その後を追いかけていった・・!




聖治が逃げ込んだ場所は、取り壊し作業中らしきビルの中だった。

「何処に隠れた!?出て来い!」

半分以上取り壊されて、ガラクタとむき出しの鉄骨ばかりが目立つ廃墟の中で、三人組みがうろうろと聖治を探し回っている。

「・・隠れてなんていませんよ?ここなら他の人に迷惑もかからないでしょうからね」

スッ・・と、廃墟の奥からにじみ出るように現れた聖治に、三人のうちの一人が素早く手で印を切り、気を放つ!

まるで網のように広がった気の塊が、聖治の体を縛り付けるように・・その体に張り付いた。

「これで逃げられないぜ!?」

勝ち誇ったように言った男達が、聖治を取り囲むようににじり寄る。

「・・へえ、一応・・それなりの能力者なんだ」

体を縛り付ける気の網を全く意に介する風でもなく、聖治がクスクス・・とさも可笑しそうに笑っている。

「な・・何を笑ってやがる!?」

その網を放った男が、グイッとばかりに縛り付ける網の力を強化させた。

ミシッとばかりに食い込んだ網の力に、聖治の顔が微妙に歪む。

「・・痛いじゃないですか。あなた達能力者は、そうやって力を使うけど・・その相手がどんな痛みを受けているか考えた事があるんですか・・?」

「はあ?何をわけの分からん御託を並べてる?相手の事など考えていたら、こっちがやられてしまうだろ・・!?そんな事より御影の跡取りだかなんだか知らないが、もう少し口の利き方ってものを勉強しな!!」

「ストーップ!!」

聖治に向かって繰り出された拳を、割って入った綜馬が掴んで止めた!

「辻・・!?」

「なに考えてるんですか!?こいつは言うても一般人や!そんな奴にこないなことして・・ただですむわけないやないですか!」

「ほう・・?センパイのすることに逆らう気か?だいたい、生意気なんだよ!お前も・・その御影のガキも!ちょうどいい・・辻と御影のガキ同士のケンカに俺達が止めに入ったって事にしておいてやるよ」

「な・・っ!?」

出る杭は打たれるのが常・・機会があれば綜馬を痛めつけてやりたい・・!と思っていたこの三人にとって、これ以上ないほどの絶好のシチュエーション・・だ。

三人が、聖治と綜馬に今にも殴りかかろうとした時・・

「あははは・・・!!」

突然、いかにも楽しげな笑い声が、綜馬の背後から響き渡った・・!

ギョッ・・として、振り返った綜馬の目に、笑い続ける聖治の・・ゾッとするような冷たい瞳が映っていた。




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