ACT 7




「お・・前、何が言いたい!?」

「本当に人を救える医者ってのは、何処が急所で何処を傷つければ人間は死に、その場所がどこか・・一瞬で判断の付けられる人間だと僕は思っています。そして、助かる見込みのない者を楽に死なせてやれる・・いかにして人を死なせる事が出来るか・・それを常に考えていられる人間だと思うんです。それが本来の医者のあるべき姿だと思いませんか・・?」

「な・・!?それの何処が医者だ!?人を救うのが医者だろう!?」

「救う・・?」

ギリ・・ッと綜馬の腕をさらに締め上げて、地面に綜馬の体を押し付けた聖治が押し殺した声で言った。

「体の傷は治せても・・心の傷は治せない!死んだ方がましだと思っても自分で死ねない奴が、最後になんて言うと思う?これ以上苦しみたくないから殺してくれ・・!決まってそう言うんだ。そう頼まれた人間がどれだけ傷ついて、一生その事で苦しみ続けるかなんて考えもしない・・!!」

「お前・・・・っ!?」

ハッとした綜馬が首を捻じ曲げて・・聖治の顔を仰ぎ見ようとした途端、聖治の指先がトンッと綜馬の首筋を軽く突いた。

ビクンッと体が震えたかと思うと・・綜馬の捻じ曲げられていた腕が、突然脱力する。

「!?何をした!?」

「・・その腕・・明日の朝まで使い物になりませんよ。巽と関わり続ける気なら、必然的に僕とも係わり合いを持つ事になる・・。それは覚悟しておいて下さいね?」

「この・・っ!お前・・!それでも医者か!?」

綜馬の体を解放した聖治が、スタスタとまるで何事もなかったかのように・・振り向きもせずに歩いて行く。

脱力した右腕が・・右半身の自由をも奪って、思うように体が動かない・・!

ようやく立ち上がった綜馬が、聖治の背中に向かって呼びかけた。

「最後に一つだけ教えろ!自分で自分を殺したいくらい機嫌の悪かった事って何や!?」

その綜馬の問いかけに、聖治の足がピタッと止まった。

「・・自分の命を賭けてでも守りたかったものを、守る事が出来なかった。どうあがいても消えない傷を背負わせてしまった・・。誰かが・・僕を殺してくれないかと、そう・・思ったんですよ・・・」

「な・・!?」

予想もしていなかった答えに・・綜馬が絶句する。

そんな綜馬を、顔だけ振り返った聖治が冷ややかに見つめた。

「・・でも、あなたに会って、やめました。あなたがただの・・自分の力に溺れて、その力を誇示するような・・そんな人間だったらよかったのに・・!あなたのような人間を巽の側においてはおけない。もう二度と・・誰にも傷つけさせない・・!」

「・・!?巽・・やて!?おいっ!巽になんかあったんか!?」

「あなたなんかが知る必要のない事です・・。ああ・・そうだ、高野の大僧正に伝えておいて下さい。御影の当主が代替わりしたとね・・・」

それだけ言うと聖治は再び歩き始め、スウッ・・と結界の壁を難なく通過し・・かき消すように姿が見えなくなった。

「・・<無>を持つ奴には結界の効力もクソも無い・・ってか。得体の知れん奴やな・・ほんまに・・!!」

綜馬が片手で印をきった途端、スウ・・ッとビル全体を覆っていた結界が消え去っていく。

結界を張った事により、その中で起きた先ほどの爆裂も爆風も・・周りの物に何の影響も与えないですんでいた。

本来なら、結界を張った人間以外のものは、中へ入る事も外へ出る事もできないのだが・・聖治には、そんな常識は通用しないようだった。

「あんな奴がいい医者やて・・?あのオオダヌキ、ぼけてきたんとちゃうか!?それに・・代替わりやと?って事は、まさか・・!?あいつが?あの年で?御影っちゅうんも、よう分からんとこやな・・・」

ハア・・ッとため息をついた綜馬が、気絶したように動かない地面に転がったままの男達を振り返る・・・。

「・・ったく!こいつらをどうやってホテルまで連れて帰ればええんや!?あの野郎・・ご丁寧に片腕使えんようにしよったし・・・!こうなんのも見越した上での嫌がらせか?ずいぶんと・・ええ性格の持ち主やないかい・・!」

その後・・深夜の道を、気絶した三人を一人ずつ背負って三往復した綜馬が・・この日の出来事を忘れられるはずもなく。

聖治との間に決定的な禍根を残す事となったのだ・・。







「・・と、まあ、そんな事があってな・・。それ以来何かにつけて嫌がらせ・・としか思われへん事がぎょうさんあってん。せやからしゃーないやろ?」

今思い出しても腹が立つ・・!といわんばかりに綜馬の顔が苦々しく歪んでいる。

「・・・そうだったんだ。だから御影先生、自分は他とはちょっと違うって・・言ってたんだ。あ・・でも御影先生はいいお医者さんだと思います。確かに・・ちょっとキツイとこはあるけど、でもケガとかすると・・もの凄く心配してくれてちゃんと最後まで診てくれるし・・・」

みことの言葉に・・綜馬がムスッとしながらも、そっぽを向いて言った。

「オレが御影を気に入らんもう一つの理由がそこや・・。あいつは・・ほんまは、いい医者や。他のどの医者よりも患者の心を分かろうとしてくれよる・・。けど、それを・・あいつは心のどこかで否定して、そう考えてるんは別の意図があるからや・・!ちゅう言い方しよんねん。あないに扱いにくいへそ曲がり・・この世に二人といてへんぞ!?」

横を向いた綜馬の耳が・・ほんのり赤く染まっている・・。

それに気づいたみことが・・ニコッと笑って言った。

「・・僕もね、ちょと・・怖いけど、御影先生好きですよ・・?綜馬さんも、そうでしょう?」

「・・・自分でも・・よう分からん。ただ・・あいつを見てると、何でそないに自分を追い詰めるんや?・・っておもってまうんや。もっと、楽になれへんのかいな・・?ってな」

「・・綜馬さん・・・」

ここにも、みことの入り込めない・・何かが・・ある。

巽と聖治と綜馬・・・三人で作り上げてきた世界に、ある日突然押しかけてきた自分・・・そのせいで、確かに何かが変わってしまった・・。

みことの中に・・再び、本当にここにいていいのだろうか・・?という不安がよぎる・・。

「・・綜馬さん・・僕、ここにいて・・いいんでしょうか・・?」

ハッとした綜馬が、みことを振り返る。

不安げな表情でうなだれるみことの様子に・・綜馬がピンッとその額を指で弾いた。

「いたっっ!?」

ビックリ顔で綜馬を見上げたみことに、綜馬が命令口調で言い放つ・・!

「決めた!みことには精神修行が必要や!山ごもりや!山ごもり!行くで!!」

「ええっ!?や、山ごもりって!?」

「その名の通り、山に入って滝に打たれたり、断食したり・・修行や修行!高野の山ん中走り回んねん!」

「う・・うそ・・!?」

真っ青になったみことを尻目に、綜馬が二人分のトレイのゴミをさっさと片付けていく。

「ほら!何しとんねん?はよ行かな、日が暮れてまうで!?」

「そ・・綜馬さん!?本気ですか!?」

冗談を言っている雰囲気ではない綜馬の口ぶりに・・みことが唖然とした表情で放心している。

そんなみことの腕を?んだ綜馬が、引きずるようにみことの体をテーブル席から引っ張りだし・・ガシッと、その首に腕を回した。

「なに真っ青になっとんねん?冗談に決まってるやろ?でも、ま、今から山の中にいくんはほんまやで・・・?」

真近にある綜馬の顔が、いたずら好きな少年のように・・屈託のない笑みを湛えている。

「山の中・・って・・?」

心底ホッとした表情になったみことが、困惑気味に聞く。

「高野山金剛峰寺・・巽にみことを借りる言うたんはほんまの事や。お前に、見せたいもんがあんねん。一緒に来てくれるか?」

「断食・・とか、そんなんじゃないんですね・・?」

思わず念を押すみことの大真面目な顔つきに、綜馬がブッと堪え切れずに吹き出した。

「わははは・・!お・・前、ほんっとに素直なやっちゃなー!心配せんでも、オレの作った究極の精進料理を腹いっぱい食わせたるわ!」

「やった!!絶対!約束ですよ!?」

大輪の花のような満面の笑みを浮かべて笑うみことの頭に、綜馬がコツンッと軽く拳をぶつけた。

「もっと自分に自信を持ってええ・・!前にも言うたけど、お前の笑顔は見てるもんを幸せにしてくれる。それは、みことやから出来る事や。不安なんて感じる必要ない!」

「・・!?はい・・」

目と目を合わせた二人が、ニコッ・・とうなずきあう。

「よっしゃー!!いくでー!!」

綜馬の威勢のよい掛け声とともに・・二人が高野山金剛峰寺へと出発した。




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