ACT 8




「そ・・綜馬さーん!ちょっと・・待って・・!」

日も暮れかけた山道を、綜馬とみことが並んで歩いていたはずが・・・いつの間にかみことの方がずいぶんと遅れてしまっている。

「なーんや?情けない!これぐらいで遅れをとるようじゃあ、立派な僧侶になれへんぞ?しっかり歩け!」

「だ、だから!僕は僧侶になんかなりませんってば!」

「そりゃ惜しいなー!銀髪の僧侶・・つったら、参拝客にモテまくり間違いなし!やのに!」

からかうように言いながら、綜馬がみことが追いついてくるのを待っている。

ここは高野山金剛峰寺へと続く、いうなれば裏通り・・に当たる細い山道で、ほとんど獣道と言っていい。

普段そんな道を歩きなれていないみことが息を上げてしまっても・・無理からぬことだった。

「な・・なんで、普通の道じゃ駄目なんですか?」

ぜいぜい・・と、乱れた息を整えつつ、ようやく綜馬に追いついたみことが聞く。

一般参拝者用の整備された道を、なぜか綜馬は使わずに・・こんな裏道へ、みことを連れて来たのだ。

「んー・・?ま、そのうち分かるわ・・」

意味ありげな笑みを浮かべた綜馬が、ハッとした様に目を見開いた。

「!?・・な・・なんです・・か!?」

綜馬の視線を追ったみことが、その視線の先にいた物に目を丸くする。

みことのすぐ横にあった大きな岩・・その岩の中から、ヌウッと何かが突き出している!

「・・やっぱ、出よった!」

あからさまに嫌そうな表情になった綜馬が、眉間にシワを寄せ・・ガリガリと頭をかく。

「え!?ええ!?こ、これって・・綜馬さん、ひょっとして・・!?」

「ひょっとせんでも、見たまんまや!どう見たって、亀・・!やろ?」

岩の中から突き出ていたひょろ長い首・・手の平サイズの大きさの、愛嬌たっぷりの可愛らしい顔つきの亀・・が、ノソノソ・・と岩の中から這い出てきて、ふわんっ・・と、空中に浮き上がった!

「か・・か・・亀が・・!う、浮いてる・・!!」

思わず後ずさったみことが、亀を指差して叫ぶ。

「・・アホ、岩の中から出てきてる時点で普通の亀とちゃうやろが・・・」

ハア・・と、ため息をついた綜馬に向かって、亀がふわふわと漂うように近づいていく。

「普通の亀じゃない・・?って?じゃ、これは・・・?」

みことが興味津々・・といった面持ちで、漂う亀に顔を寄せる。

「・・よう分からんが、まだ子供の妖魔らしい・・。他の奴らに見つかって、おもちゃ扱いされとったからオレが助けたってん。したら、それ以来こうやってオレの行くとこにくっ付いて出てきよんねん」

ふわふわと漂いながら・・必死に綜馬に近づこうと短い四肢をバタバタと動かしている様は、あまりにユーモラスで可愛らしい。

「か・・かわいいっ・・!!」

その・・あまりの可愛さに、思わずみことが亀を抱きしめる。

「あ・・っ!アホ!気よ付けろ!そいつのシッポは・・!!」

「いたっ!?」

時すでに遅し・・・みことの手首に、亀の小さなシッポが噛み付いている!

「え!?な・・なに?このシッポ・・へ・・蛇!?」

むんずっ・・とばかりにそのシッポを掴んだ綜馬が、ギュウッと蛇の頭を指で挟みこんで・・その口を開かせる。

「毒はない・・こいつの頭とこのシッポの蛇は、それぞれ自分の意思ちゅうのをもってるらしいんや。ほれ、頭のほうが謝っとるやろ?」

シッポの先の蛇を掴まれて、ブラン・・と垂れ下がった亀の頭がその愛くるしい瞳をうるませて、みことに向かってしきりに頭を上下させている。

「う・・わ・・!や、やっぱ、かわいいっ!!」

噛まれた痛みも忘れ、みことがナデナデ・・と指先で亀の頭をなでつける。

「・・・ま、確かに・・かわいい・・んやけどなあ・・・」

呟いた綜馬が、亀を自分の目線まで掲げ揚げる。

「お前・・オレにどうしてほしいねん・・?」

綜馬に問われた亀の瞳が・・何か言いたげにウルウルと訴えている。

「意思の疎通がなあ・・お前、しゃべられへんのんかいな?」

「あ・・あのう・・綜馬さん?多分・・その亀さん、綜馬さんと一緒にいたいんだと思いますよ?」

綜馬と一緒に亀の顔を覗き込んでいたみことが、亀の意思を確認するように・・そのウルウルとした瞳と目を合わせる。

すると・・亀が再びみことに向かってコクコクと頭を上下させた。

「・・ね?」

ニコッ・・と笑ったみことが綜馬の顔を仰ぎ見る。

「い・・一緒に・・?ったって、お前・・オレにこの亀のスピードに合わせろ!なんていうんやないやろな!?」

うんざり・・といった顔つきの綜馬に、みことが笑いながら言った。

「綜馬さん、ひょっとして・・亀さんのスピードに合わせたり・・とかしてたんですか?」

「・・しゃーないやんけ!離れろ!言うてんのにくっ付いてくるし・・。離れたら離れたで、バタバタと必死で後を追いかけられてみい?無視なんてできへんやん!かといって、肩に亀なんて乗っけとったら・・他の奴に笑われるんがおちやし・・・」

「そ・・綜馬さんらしい!」

おそらくは・・亀が着いて来れる程度のスピードで歩いていたのであろう綜馬を想像し、みことが必死で笑いを堪えている。

「アホッ!笑うな!こっちはこれでも真剣に言うとんねん!亀を張り付かせた坊さんなんて・・しゃれにならんで!?」

まあ、一般人にはこの亀の姿は見えないのだろうが・・高野山関係者や能力者たちには見えるわけで・・・綜馬の杞憂も当然だろう。

「あ・・そっか・・!確かに、亀さん乗っけたままの綜馬さん・・結構まぬけ・・かも・・」

クスクス・・と、堪えきれずに忍び笑いを洩らしたみことが、再び深いため息をついた綜馬の、心底困った・・という顔つきに、慌てて謝る。

「あ・・ごめんなさい!綜馬さん・・本気で悩んでるのに・・・」

「いや・・ええねん。みことの言う通りやし・・。巽の奴やったら、なんて言いよるやろな・・?」

「巽さんだったら・・?・・あっ・・!!」

突然何かを思い出したように、みことがゴソゴソと着ていたパーカーのポケットに手を突っ込んで、探し始めた。




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