ACT 9




突然何かを思い出したように・・みことがゴソゴソと着ていたパーカーのポケットに手を突っ込んで、探っている。

「あ・・っ!あった!」

嬉しそうに叫んだみことが取り出したものは、さっきアミューズメント・パークでゲットした小さな小袋。

「・・?お前・・それ、確か巽のみやげにするんやとか言うて必死でゲットしとった奴やんか・・?」

それは・・純銀のごくごくシンプルなピアス・・だった。

「あの・・これ、穴開けなくていいタイプのだし、付けてても全然目立たないと思うし。亀さんが気に入ってくれれば、この中に憑いてもらったら、そうしたらずっと一緒にいられるでしょ?」

「へ!?この中に・・?」

考え付きもしなかった事を言われた綜馬が、目をしばたいて・・みことの持つピアスを見つめる。

確かに・・それはシンプルで、綜馬でも抵抗なく付けられそうな代物だ。

「はい!だって、前鬼も後鬼も巽さんのしてるロケットの中の指輪に憑いてるんでしょ?だったら、亀さんだってこういうアクセサリーに憑けるかな・・?って思って・・」

「そう言われてみれば・・そうやな。でも、お前!これ巽に・・って・・!」

自分の方に差し出されたみことの手を、綜馬がグイッと押し戻す。

「あ・・っ、いいんです!ほんとは・・もっとちゃんとしたのをあげたいから。それに・・また、どれにしようって悩める楽しみが出来るし!」

きっと・・持ったまましまい込んでしまっていただろうそれを、みことが寂しげに見つめる・・。

本当は・・巽の誕生日プレゼントにいいかな・・?と、思ってゲットした物だったが・・よく考えてみれば巽にとっての誕生日は、祝ってもらいたい日だとはとても思えない・・。

それでも・・何かしてあげたい・・と、そう思った結果だ。

「・・アホ・・ッ!そんな顔してる奴からそんなもん・・・!?」

突然、じたばたと暴れだした亀が綜馬の手を逃れ、みことの差し出された手の上にフワッと着地する。

そして・・頭のほうが噛み傷をペロペロとなめ、シッポの蛇の方がその小袋を口にくわえて綜馬のほうに差し出した。

「あは・・お前・・ひょとして、慰めてくれてる?蛇さんの方もそうしろって言ってるみたいですよ?綜馬さん?」

どうやら・・みことの心中を察したらしい亀の優しい眼差しに、みことがニコッと微笑み返す。

「・・かなわんな・・まったく!ま、みことからの初めてのプレゼントや!言うて巽の奴に自慢できるし・・ありがたくもらっとくわ!」

一転して、何か企んだような目つきになった綜馬に・・みことが不審な眼差しを向ける。

「アー!またなんか企んでるでしょう?綜馬さん!?」

「フフン・・ま、みことにとって悪い事やない・・安心せい!」

そう言ってはぐらかした綜馬が、蛇の口から小袋をぬきとり・・パチンッとかた耳だけの銀製のピアスを装着する。

「フム・・・ほな、契約といこか・・?」

呟いた綜馬に・・亀がフワンと再び浮かび上がる。

「みこと・・ちょっと悪いが少し離れといてんか・・?」

「え・・?あ、はい・・」

不思議そうな顔つきのまま、みことが言われた通りに少し離れた場所に後ずさる。

キッと、真剣な表情に変わった綜馬が・・パシンッと、周り中の空気が震撼するような拍手を打つ!

途端に、ゴウッとつむじ風が巻き起こり・・綜馬と浮かんだ亀の周りを白い壁のような球形状のものが覆いつくす。

「そ、綜馬さん!?」

唖然としたみことが、不安げにその丸い白壁を見つめていると・・次の瞬間、パンッとその壁が掻き消えた!

現れたのは綜馬だけ・・亀の姿がどこにも・・ない。

「か・・亀さんは!?」

慌てたように駆け寄ったみことに、綜馬がくくっ・・と忍び笑いをもらす。

「あほ・・ここやここ!ちゃーんと奴さん、機嫌よう収まりよったで?」

左耳に輝く銀色のピアスを、綜馬が指差す。

「ほんとに!?よかった!あ・・でも、さっきの・・て?」

「ああ・・?そうか、みことは知らんかったか。さっきのんは契約・・言うて、妖魔を自分の式神として支配下に置くための、言うたら約束事や。契約は、交わした者同士・・互いの命を賭けて誓い合う絶対的な束縛。せやからそれを他のもんに見られたり聞かれたりしたらあかんねん。・・・けど・・・」

フッ・・と綜馬の眉間にシワが刻まれる。

「けど・・?」

言葉を切った綜馬の表情が、困惑と戸惑いの色を示す。

「・・・知らんかったとはいえ、どえらいもん背負い込んでしもたみたいや・・・」

「え・・?」

綜馬の・・これまで見た事もない困惑の表情に、みことの顔もみるみる曇る。

「あ・・あの、僕ひょっとして・・余計なことしました?」

今にも泣き出しそうなみことの顔つきに・・綜馬が慌てて否定する。

「ちゃう!ちゃう!そんなんとちゃうねん!!オレはもともとあの亀が気にいっとたし、どうにかしてあいつの言いたい事理解したろう・・!思っててん。ただ、その方法が分からんくって難儀しとったんや。みことのおかげでそれが解決したし、あの亀の名前もさっき決めたしな・・!」

「名前・・?」

「そうや!ゲンってつけたった。なかなかええ感じの名前やろ?」

「げん・・?ゲンちゃん?あは・・なんか綜馬さんらしいや・・!」

もうすっかり満面の笑顔を取り戻した綜馬の表情に・・みこともつられて笑い返す。

・・・と、

ザア・・ッという一陣の風とともに、綜馬とみことの前に・・仁王のいでたちに杓杖を持った鬼神・・護法童子が現れた!

「わっ!?」

突然の鬼神の参上に、みことが驚いて眼を見張る。

「よっ!ご苦労さん!今から桜杜の家系最後の人間を連れて行くよって、きちんと飯の準備しといてや!って伝えてきてくれるか?」

まるで普通の人間のように話しかける綜馬に・・護法童子が一礼を返す。

『綜馬殿の御帰山・・お待ちしておりました。大僧正様とのお目通りの準備・・すでに整っております。お早く・・』

それだけ言うと、再び一陣の風とともに・・かき消すように飛び去っていく。

「ヘイヘイ・・俺達の行動なんて、星見でばっちりお見通し・・かいな!」

つまらなそうに呟く綜馬に、みことがビックリ顔で聞く。

「い・・今の・・って?」

「あれは護法童子言うて・・密教系の能力者が使う式神や。こっから先は神域になるよって、ああやって入ってくるもんチェックしにきよんねん」

「護法童子・・あ、あの!さっき、綜馬さん・・桜杜がどうのって、言ってませんでした!?」

桜杜・・それはみことの母方の家系の名だ。

その名をどうして護法童子に告げたのか・・?しかも、最後の人間・・と言っていた。

「千年桜に封じられてた鬼が復活した事件の時、何でオレが関わったと思う?桜杜家と高野山・・ちょっと繋がりがあるらしいねん」

「え!?綜馬さん、今までそんな事一言も・・!」

「ああ、オレもな詳しい事は知らされてへんねん。ただ、オオダヌキの奴がお前に一度会いたい・・言い出してな。それでこうして来てもろたわけや」

「オオダヌキ・・って・・?」

「高野山の大元締め、大僧正のことや。ちなみにその下の高位僧侶は、タヌキじじいってよんでんねんけどな・・!」

悪びれた風でもなく言う綜馬に、みことが真顔になって心配する。

「い・・いいんですか?その人達って偉いんでしょう?」

「うん・・?いいねん。オレ嫌われもんやから・・」

屈託なく笑う綜馬の笑顔が、その・・高位僧侶達を本気で嫌ってそう呼んでいる訳ではない事を物語っている。

それに・・本気で嫌っているのなら、わざわざみことを連れて来たりもしなかったしなかったはずだ。

「何だか・・楽しみだな。そのオオダヌキさんに会えるの・・!」

クスッ・・と笑ったみことが綜馬の腕をとって勢いよく歩き始める。

「早く行きましょう!僕、お腹ぺこぺこなんです!」

「ほんまにお前の腹時計は正確やなー・・ま、飯もそうやけど・・会うのんは楽しみにしときや。期待は裏切らへんで・・?」

「はいっ!」

元気いっぱいに答えたみことに、綜馬がフッ・・と笑みをもらす。

「なーんや惜しなってきたなー・・みことを巽に返すの・・!」

小さく呟いた綜馬の声がよく聞き取れなかったように・・みことが聞き返す。

「へ・・?なんか・・言いました?」

「きーめた!巽の奴が泣きついてくるまでみことは帰さへん!」

「ええっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!巽さんが泣きついてくるわけないじゃないですか!」

慌てたように綜馬を見上げて立ちすくんだみことを置いて・・綜馬がスタスタと歩いていく。

「泣きついてけーへんのやったら、どうしたらええか・・自分で考えや!巽だけじゃなく、みことも強うならな・・な?」

「・・う・・・!」

さりげなく・・一番痛いところを突かれたみことが絶句する。

「・・前もって言うとくぞ?オレがお前に見せたい言うたもんは・・お前が強い意志をもっとかな、見せた俺が後悔するはめになるかもしれんもんや。それだけは・・覚えといてや!」

振り向きもせずにそう言って、綜馬がどんどんみことを引き離していく。

「あ・・っ!ま、待ってくださいよー!」

すっかり薄暗くなった山道を歩いていく二人の頭上に・・十四夜の、ほぼ円形に近い月が輝いていた・・。




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