お題に挑戦
*****************************
02・埋もれゆくは、
*****************************
砂漠は、見渡す限り砂ばかり・・・というわけではない
確かに、見渡すばかり荒涼たる大地ではある
だが
ところどころに岩場があり、思いがけず小さな植物が生えていたりする
そんな景色を横目に眺めながら、ハサンと流が小さな手の影で繋がったまま、黙々と砂の上を移動していく
・・・と、
不意に駆け出したハサンが、流の手を引いて走り出した
「っ、う・・わっ!なに・・・!?」
慣れない砂の大地の感触に足を取られそうになりながらも、ハサンについて行った先
そこに、砂の中から突き出た灰褐色の何か・・・があった
「お・・い、これ・・って」
「ああ、どこかの行き倒れだ。ラクダが潰れて共倒れ・・・と言った所だろうな」
突き出ていた灰褐色のモノは、ラクダのアバラ骨
その骨の一部をもぎ取ったハサンが、それをスコップ代わりにして、砂の中に埋もれていた黒っぽいものを掘り出し始めた
「ボケッと突っ立ってないで、手伝え!」
「っ!?あ、ああ」
ここは砂漠で、言わばハサンのテリトリー
俺様口調には相変わらずムカつくが・・・流にとってはハサンの言葉と行動に従わざる得ない場所・・・だ
ザクザクザク・・・ッと、掘り進んでいくと、それが大きな一枚布・・・らしい事が流にも分かってきた
「・・・運が良いな。こいつはまだ使えそうだ。その上、水入れまである」
そう言いながら、掘り出した布地をバサ・・・ッとハサンがはためかせ、砂埃りを振り払う
だが、その下には
「っ!?うわ・・・っ!!」
思わず流が声を上げて尻餅をつき、それを凝視した
そこにあったのは、ミイラ化した白骨死体
掘り出した布地はそのミイラが身につけていたもので、水入れもそのミイラが使っていたものだ
「ほら、そこの水入れもちゃんと掘り出せ」
砂を払い、ちょっとサイズ的に大きなそれをどうしようか・・・と思案しながら、ハサンが尻餅をついたまま固まっている流に言い放つ
「ほ、掘り出せ・・って!お前、その布も水入れも、使う気かよ!?」
「あたりまえだろう。この炎天下、日差しを遮るものもなしではすぐに動けなくなるぞ?水入れだってどこかで水を見つけた時、持ち運ぶものがなくてはそこから動けん」
「じょ・・冗談!死んだ奴のモノを剥ぎ取って使うのかよ!?そんなまね・・・」
言い募った流に、ハサンがため息混じりに問いかける
「・・・・では、ここで死ぬか?」
「え!?」
「お前がさっき言ったとおり、ここは砂漠のど真ん中。ここがどこでどこへ行けばいいかも分からない。
そこに水もなければ何の装備もなしで、いったいどれだけ生きられると思ってる?」
「っ、」
突かれた真実に、流がハサンから視線を反らし、尻餅をついた拍子に大地に付いた手を、ギュ・・ッと握りしめた
乾ききって握りしめても隙間からこぼれていく・・・砂
容赦なく照り付ける焼け付くように熱い陽射し、熱い空気
自分とハサンがこのミイラのような結末に陥るのに要する時間は、後どれほどだろうか?
「・・・流」
不意に間近に落とされた声音に、ハッと流が顔を上げる
同時に
ふわり・・・と、広がった影に、熱い日差しが遮られる
ハサンが掘り出した布地を広げて、頭上から流ともどもその布地で囲い込んできたのだ
「っ、あ・・・っ!」
その行為を拒否の言葉を発しそうになった流の唇に、ハサンがそれを制する様に指先を押し当てた
「流、聞け。万物の死はそこで終わりじゃない。その死が残したモノが後に残される。
それを使う事は、その死を活かす事だ。生きるものは、死が残したモノを使って生き延びる。
使ったモノはそれに感謝し、その死を敬う。
自分の生が、他者の死によるものだと知るモノだけが生き残れる
それに・・・」
言いかけたハサンが言葉を切り、流に一層その精悍な顔を寄せた
「ちょ、?」
「俺はお前を手に入れるまで死ぬ気は無い」
「な・・っ!?」
「お前は俺が死なせない。俺も死ぬ気は無い。
もう少し行った先に植物が見える。それから水が得られるかも知れん。
すこし歩きにくいがこれは一つしかないからな・・・文句は言うな」
無造作に流の身体を引っ張り起こしたハサンが、ごく自然にその手を握り、狭い日除けの布地の下で身を寄せ合って歩き始める
「あ!ちょっと待て、忘れ物・・・!」
ハッと振り返った流が、ハサンの手を振り解きその背後でまだ半分埋もれていた水入れを掘り起こして抱え込み、ハサンの元へと駆け戻る
その流を、ハサンが布地を掲げ上げ、流の居るべき場所を示して待っていた
「・・・っ、っかやろう、俺だってこんな所で死にたくねぇよ!」
悪態をつきつつも、流がスルリ・・とハサンが示した場所へ入り込む
ク・・・ッと微かにハサンが笑う気配を感じたけれど、流はそれに対してフン・・ッと鼻を鳴らしただけだった
一つ布地の下
僅かにできる影に寄り添い、歩き出す
どちらから・・・というわけでもなく、自然と手が繋がれた
緩やかに吹き始めた風が、視線の先に広がる砂丘の姿を刻々と変えていく
岩だと思っていたものが、あっという間に砂に埋もれていく
埋もれてしまえば、分からなくなる
気が付かない限り、永遠に
「・・・なんでも・・埋まっちまうんだな」
まるで独り言のように呟いた流に、ハサンが呟き返す
「・・・埋まらないモノだってある」
その言葉を確かめ合うように
繋いだ手に、知らず・・・力が込められていた