お題に挑戦




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お題:07:降ってきそうな星たち

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その流の視線を受けたハサンが不意に立ち上がり、言った


「・・・流、外へ出ないか?」

「え?あ・・ああ・・・」


流の返事を半分聞き流しながら、ハサンがさっさと歩き出し岩の裂け目から外へと這い出ていく


「・・・なんなんだ?あいつ?昼間からしてなんか・・変じゃね?」


誰に言うわけでなく怪訝な顔つきで呟いた流がハサンの後を追って出てみると、昼間座っていたのと同じ岩場の頂上に、ハサンが居た


「・・・なあ、お前さ、なんか・・・」


ハサンの横に昼間と同じように腰掛けた流が問いかけた言葉を遮るように、ハサンが言った


「凄い星だな、流」

「へ!?・・・・ああ、確かにな」


傾いてはいるものの平坦なその岩の上でゴロン・・・と横になったハサンが、天上に広がる今にも降ってきそうな星たちを見つめている

その横で小さくため息を吐いた流が、両手を後に付いて顔を上向け、同じくその星を見上げた


「・・・お前さ、昼間、ここでなに考えてたんだよ?」


星を見つめたまま、流がハサンに問いかける
その問いに、ハサンもまた星を見上げたまま答えを返した


「・・・夜は、いいな」

「・・・は?」

「星が、見える」

「そりゃ・・・な、」

「だけど、昼間は・・・」

「昼間は・・・?」


言葉を切ったハサンに、流が思わず視線を向けた


「なにもない」

「は・・ぃ?」


思わず目を瞬いた流の視線の先で、ハサンが静かに、あの猛禽類を思わせる意志の強い眼差しを持った漆黒の瞳を閉じた


「見渡すばかりの砂と岩・・・星のように行き先を示す物もなければ道すらない。どこへ向かえばいいのかすら分からなくなる」

「っ!」


ハッと胸を突かれた流が、身を乗り出してハサンの顔を凝視した
しかし、依然閉じられたままの瞳は開く気配がない


「・・・まるで、」

「まるで?」


言葉を切った先を聞き返した流に、不意に目を開けたハサンがジッ・・と流を見上げてくる


「・・・っ、な・・んだよ?」

「流、お前を星にして良いか?」

「は・・・?ほ・・し?」

「そうだ、俺が目指す、俺の星に」


そう言ったハサンが、身を乗り出していたせいで頭上にあった流の顔に手を伸ばし・・・風に揺れる紅い髪に触れた


「明るい太陽の下でも抗って輝きを放つ、クリムゾン・スター(紅い星)」

「・・・は?なに言ってんだ?お前?人間が星になれるわけねぇだろ?それにな、昼間だって星はちゃんと空にあるんだよ!見えなきゃ見えるまで待てば良いだけの事だろ!やっぱイモリなんて食うからどっかおかしくなったんじゃ・・・!?」


コイツ大丈夫か!?と言わんばかりの顔つきで、本気で食当たりを心配する流に、堪えきれずにハサンが笑い声を上げた


「・・・クッ、アハハハハ・・ッ!やっぱり流だな・・・!」

「な、なんだよ!?いきなり?!なに笑ってやがる!?」

「ククク・・・っ、すまん、ただ、な・・!」

「なんだよ!ホントに訳わかんねぇ奴だな!心配なんてすんじゃなかった!」


本気で気分を害した流が、プイッとばかりにハサンに背を向けて肩を怒らせる
その流の背後で、急に笑いを潜めたハサンのシミジミとした声音が落とされた


「・・・本当に、流」

「え・・・?」


流がソッ・・と振り返ると、身を起こして胡坐を組んだハサンが、胡坐の上に手を置いて、その自分の手をジ・・ッと見つめていた


「・・・お前で、良かった」


呟くように言ったハサンが、ギュ・・ッとその手を握り込み、再び視線を天へと向けた


「な・・・なんだよ急に・・・!?」

「天にいつでも星が在るように、この世に星の数ほど人は居る。その中で、俺はお前に出会えた」

「そんなの、ただの偶然・・・」


言いかけた流に、ハサンがあの真っ直ぐな射るような視線を向けた


「偶然でも何でも、お前は今、ここに居る」

「!」

「やっぱりお前は俺の星だ、流」

「勝手に星にすんな!っつか、俺はお前のもんじゃねぇって何回言えばわかんだよ!もう知らね!」


肩を怒らせたまま不機嫌そうに言い捨てて、流が下へと降りていく
だが、ハサンはしばらくその場所で天を見上げて星を見つめていた











ハサンが戻ってきたのは、流が火の横で布地半分に丸まってウトウト・・・とし始めた頃だった
その流の横に座して火にあたり始めたハサンに、流が丸まったまま声をかけた


「・・・・風邪引くぞ、バカ」

「バカは風邪引かないとか北斗が言ってたぞ?」

「っ!?うっせ・・・!バカ」


ククク・・・と肩を揺らして笑いを耐えたハサンの様子に、垣間見えた流の耳朶が薄っすらと染まる
しばらくの沈黙の後、再び流が声をかけた


「・・・あいつ・・って、誰?」

「は?」

「ここの場所知ってて、嘘つかねぇ・・・とか言ってた・・・」

「・・・なんだ?気になるのか?」


フ・・ッと笑ったハサンの気配に、流が再びム・・ッとしたように押し黙る
その、どう考えても気になってます・・・としか思えない流の反応にハサンの目が細まった


「・・・心配するな、あれは俺のボディーガードだった奴だ」

「・・・だった?」

「ああ、今は違う。もう・・・居ない」


流がハサンに背を向けて丸まっているせいだろう・・・顔を見られずに済むという安堵感も手伝ってか、その言葉尻にはっきりと感情の色が窺い知れた
先ほど流が『・・・え?』と問いかけた時の『・・・お前が居なくなるからだ』と言った時と同じ・・・

そこに滲んだモノにようやくと気がついた流が、丸まったまま唇を噛み締めた


・・・・・俺って、バカ!なんで気づかなかった!?
    ハサンは、出たくたって出られねぇんじゃんか!
    この、国から!
    誰かを追っかけて、勝手には・・・!


そう・・・第一王位継承者ということは、国を背負い、治めることが決められた人間を意味する

王子は、いつか、国を治める王になる
その意志とは無関係に、否応なく

ハサンは誰よりもそれを自覚しているのだ・・自分が置かれた立場と、そこに生じる権威と力の存在を
自由になれないからこそ願う自分のワガママが、簡単に相手の自由を奪ってしまう・・・その現実を

だから

例え流に『自分のものになれ』と言い放っても、それは言葉だけに留まる
流が『嫌だ』と言えば、決して無理強いはしない

ハサンの命令口調は、命じているのではない、願いからくるものなのだ
無理やり叶えてはならないと知っているからこその、願い

そんなハサンが昼間見ていたものは何だったろう?

自分が治めるべき、国
だが目の前に広がっているのは、何もない、砂漠と岩場が延々と続く・・・荒野
金持ちだなどといわれている国であっても、それは単なる地下資源からの恩恵に過ぎない

いつか底をつく、限りのある資源・・・だ

ハサンが言った『何もない』という言葉・・・
あの言葉の裏に秘められた意味はなんだったのだろう?
『・・・まるで、』そう言って言葉を継がなかった、その言葉の先は?


・・・・・・国ってなんだ!?王ってなんだ!?
     そんなに大事なもんなのかよ!?
     コイツの自由を奪って、それに見合うだけのもんなのかよ!?


かつて・・・ハサンと初めて出会った、この10歳頃の身体だった頃に感じた憤りが流の中に甦る

『お前・・・そんな事ばっかで面白いのかよ?普通の子供みたく遊びたいとか思わねぇのかよ!?』

あの頃、そんな言葉をハサンにぶつけた記憶がある
その言葉に対し、ハサンは・・・

『・・・流、誰に対して物を言ってる?俺は、王になる子供だ』

そう、言ったのだ
その漆黒の瞳に、紛れもなく自らの確固たる意思を滲ませて・・・!

ここでこんな風にハサンと居る事になった理由は、しがらみなど何もない所で流に会いたい・・・ハサンはそう願ったと言った
だが、ハサンがハサンであり続ける限り、しがらみが消えるはずがないのだ




「・・・お前、星が要るのか?」


不意に問われたその問いに、ハサンが一瞬返事を忘れて丸まったままの流を凝視した


「・・・要るのかって聞いてんだ!」

「・・・ああ、要る。俺だけの、全てに抗う、紅い星」

「・・・じゃ、いいよ」

「いい・・・?とは?」

「お前が要るんなら、お前が勝手に呼ぶ分には、いい・・っつってんだ」


そう言い放った流に対し、ハサンの返事がない
動く気配もない
どうにも気になった流が、ソ・・・ッとハサンの方を向くと、そこにあった自分を真っ直ぐに見つめる、あの漆黒の瞳に捕らわれる


「・・・お前だからだ、流、忘れるな」

「!!」


真っ直ぐに、真摯な眼差しで告げられて、流が逃げるように丸まりなおして身を硬くする

だが、『おやすみ』という言葉と供にゴロリと布地に包まったハサンは、それ以上ちょっかいを出すこともなく、供に眠りに落ちていった



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