王子とボディーガードとマジシャンと

 

 

 

ACT 10

 

 

 

 

「いったとおりの意味だ。お前に公演を依頼させたのも、ハサンの誘拐事件を引き起こしたのも・・な」

顔色一つ変えず、あくまで冷たいライト・ブルーの瞳が北斗を見つめている

「いったい何のために!?」

アルが全てを仕組んだとして、その理由が分からない

そんな事をして、この男に何のメリットがあるというのか?

「サウードは武器の密輸や薬物の売買をする死の商人だった。ファハドとも犬猿の中・・そのサウードがお前に目を付けた。ファハドの面目を潰し、特権階級の人間達と繋がりのあるマジシャン・北斗の人脈とその情報収集能力・・そしてその身体も含めて手に入れようと動き始めた」

「俺を・・!?」

「そうだ。今回の誘拐事件は表向きは王位継承権の争いを装っているが、本当のサウードの目的はお前にあった。俺があの時お前ごとハサンを連れ去らなければ、ハサンと引き換えにお前を要求してきただろう・・。そうなったらサウード自ら姿を現すことなく、お前だけを自分の居場所へ連れ去ってしまう。
だから多少の危険は覚悟の上でお前を餌にした。サウード本人を引きずり出し、潰すためにな」

アルの言葉に、あの時の薬の効果と虫唾が走った嫌悪感を思い起こし、北斗の体に震えが走った

「・・それをファハド国王は知っていたのか?」

「いや。宮殿の中にもサウードと繋がるものが居たからな・・ファハドには一切知らせていなかった。もっとも、俺がハサンと共に消えたことである程度の察しはつけていたんだろう・・サウード陣営での増援が早くて助かったがな」

どうやら北斗達がサウードのもとから逃げ出した後、ファハド国王からの援護があったらしい

あの状況から無傷でアルが戻れたのも納得がいく

もっとも・・この男なら一人でも生き残って帰ってきそうだったが

「お前が全ての絵を描いたことと、国王が俺をだましていたわけじゃないことは納得がいった。だが、そこに俺の家族をあえて呼び寄せたのはなぜだ?!」

「・・・お前に自覚を促すためと、あの事故での事を断ち切るためだ」

「な・・に・・?」

「今回のことではっきり分かっただろう?お前が信念としてやってきた事は、既にかなりの影響力を持ってサウードのような奴らの存在をおびやかしている。つまりは、今後お前自身を標的にして第二・第三のサウードがお前を狙ってくるということだ。北斗単独ならかわせる要求でも、家族を盾に取られたら身動きが取れまい?
今のお前には、既にお前自身が持ってしまった自分の価値と、そのために守るべき物への自覚が足らない」

アルの容赦ない言葉に、北斗が言葉を失ってうなだれる

どこにも反論の余地がない・・

そんな状況になっていようなどと、考えもしなかった

そしてそこに家族を安易に呼び寄せてしまった自分の愚かさ

自覚していたなら、七星達を呼んだりしなかったはずだ・・いや、それだけではない、これからの家族との接触にも細心の注意が必要になってくる

「それともう一つ・・いつまで死んだ者に執着しているつもりだ?俺にあの時、お前を助けた事を後悔させる気か?!」

ハッと北斗が顔を上げる

目の前にいるその男の整った顔が、微妙に歪んでいた

「お前だけが生き残ったことで苦しんでいると思うな。その苦しみを与えたのは俺なんだぞ?」

「あ・・・・」

告げられたその事実に、北斗が愕然としてアルを見つめ返す

この男は知っている

あの時、北斗が心の奥底で助け出されたことを恨んでいた事を

どうして一緒に死なせてくれなかったのか?!・・と、あの時叫ばずにはいられなかったあの苦しみを

今はもう、生き残って、こうしてマジックが続けられることに感謝しこそすれ、恨んだりなどしていない

だが

それでも時々、あの悲しみと苦しさが湧き上がってくることがある

その度に、宙の面影を求めて七星にすがってしまっていた

事故の事を思い出すたびに感じる、まるで自分を苛むように痛む・・背中の火傷の傷痕

その傷跡は、整形手術すれば消してしまうことも可能だった

けれど北斗はあえてそれをしなかったのだ

あの事故のことを・・あの時失った多くの物を忘れないために

そして

誰にもその傷を見せず、誰にも気づかれないようにする事で、舞台上に居る「北斗」という名の自分を演じる支えにもしてきた

誰であろうが決して背中を見せたりなどしない・・!

自分の信念を貫くために、北斗が心のうちで密かに思っていた・・決して他人に弱みを見せないという決意の思い

まるでその思いを見透かすように、アルが続ける

「お前が背負った苦しみは、半分俺のものだ。背中に残る火傷の傷痕もその痛みも、俺がお前に背負わせてしまったもの・・。だから背負わせる相手を間違えるな。子供が背負うには重すぎる重荷だ・・お前が七星の前で泣き続ける限り、あいつ自身が泣ける場所がないんだぞ?それでもいいのか?」

「・・・ぅ」

北斗の顔が苦しげに歪む

そんな事は言われるまでもなく、よく・・分かっていた

それでも七星にすがる以外、北斗には為す術がなかったのだ

そして

これからはそれすら叶わなくなる

もう二度とあんな思いをさせないためにも、家族との間に距離を置く必要があるのだから

「もう、解放してやれ。七星も、お前自身も。俺が救った命だ・・俺に全てを背負わせて、俺を恨め。お前にはこれからも生き延びてもらう。俺の目の届かない所で勝手に死ぬことは許さない。絶対にな・・!」

底冷えのするほどに冷たい瞳が、北斗を射抜くように見つめている

この男のこの絶対零度の瞳に見据えられて・・いったい何人が逃れられるというのだろう

まるで蛇に睨まれたカエルの様に、北斗が視線をそらすことも出来ずにアルに問い返す

「・・・俺にどうしろっていうんだ・・?」

「お前がやりたい事をやりたいようにやれ。俺が必ずお前を守る」

「なんで・・そんな・・?」

「・・・分からないか?」

ク・・ッと喉で笑ったアルの顔から、一瞬にしてその絶対零度の冷たさが掻き消える

現れたのは、あの、見惚れるような笑みと、優しく細められたライト・ブルーの瞳

魅入られたように動けない北斗の前に、その笑みが近づいてくる

ハッと我に返った北斗の目の前に、アルのライト・ブルーの瞳

「っ?!」

思わず身を引こうとした北斗の腰に素早く手を廻し、アルがその細身の身体を引き寄せた

「・・・ハサンが正式に継承式を済ませるまで、ハサンの命を守る事がファハドとの交換条件だった

「・・交換条件?!」

とっさに迫ったアルの厚い胸板を押し返しながら、北斗が聞き返さずにはいられない問いをぶつける

「そうだ。北斗が北斗らしいマジックを演じられるようにファハドとの接点を繋ぎ、お前を側で守れるよう・・ファハドの力を利用した。そして俺に王位継承の意志がないことを明確にするために、ハサンのボディーガードを引き受け、サウードを潰した。全ては今、こうしてお前の側に居るために・・・」

「な・・っ?!それじゃ・・・」

言いかけた北斗の言葉は、アルの薄い唇によって塞がれ、その先を失う

逃れようと唇を引き結ぼうとした北斗より一瞬早く、アルの舌先が北斗の歯列を割った

思わず見開いた北斗の瞳に映りこんだ、アルの鮮やかな青い瞳

まるで澄み切った青い空に落ちて行く・・そんな錯覚すら覚えるほどの、鮮やかなライト・ブルー

以前に感じた、あの、痺れるような感覚が・・絡みつく舌と、角度を変えるたび甘噛みされる唇から湧き上がる

その感覚が・・あの薬の作用をはっきりと身体に甦らせ、まるで後遺症のように抗おうとする身体の力を奪い去っていく

「ちょ・・・ん・・・っ」

必死の思いで引き剥がしたはずの唇を、アルがまるで貪るように執拗に追い、呼吸すらままならない

アルの胸に手を当て、両腕で突っ張っているにもかかわらず、腰に廻された片腕は微動だにせず、抜け出すことも叶わなかった

抗議の色を湛えていたはずの北斗の見開かれた瞳から、徐々にその色が薄れていく

見つめ続けているとそのまま落ちていってしまいそうなアルの瞳に・・ついに北斗が陥落したようにその瞳を閉じ、突っ張っていた腕から力が抜けた

まるでそれを待っていたかのように、ようやくアルが北斗の唇を解放する

「は・・・あ・・・!・・の、ひ・・きょう・・もの!」

荒い息をついて酸素を求める北斗が、アルの肩にすがりつくようにして今にも崩れ落ちてしまいそうな体をかろうじて支えている

「・・・お前が言ったんだぞ?続きをしたいなら帰って来いと。そのために俺は帰ってきたつもりだったんだが・・記憶違いか?」

「・・っ!?し、しる・・か!」

確かに、サウードの所から脱出する時そんな事を言った記憶がある

けれどあれは、売り言葉に買い言葉のようなもの・・!

一気に真っ赤になった北斗のうなじに、アルが再び薄い唇を這わす

「・・っ!?や・・やめ・・ろ!」

ビクンッと過剰に反応を示した北斗に、アルが囁き返す

「・・・背中の傷に触れた者は、まだいないのか?」

「・・さ・・わるな!」

腰に廻されていたアルの片腕が、シャツ越しに北斗の背筋に沿ってその背を撫で上げる

「っ!やめろ・・・!」

叫んだ北斗が渾身の力を振り絞ってアルの胸を押し返した

「・・ッ痛!」

はずみで、したたかにケガをしていた左腕を壁に打ち付けたアルの呻き声が上がる

「あ・・っ・・だ・・いじょうぶか?!」

怪我をさせた負い目のある北斗が、慌てたように聞き返す

「・・ああ、あと一ヶ月もあるんだ。下船する頃には治ってるだろう・・」

顔をしかめつつも、意味ありげな笑みを北斗に返したアルに、北斗の顔色が変わる

「ちょ・・とまて。まさか・・・・?」

「俺はファハドに息子だと知らされた時、その一切の権利を放棄し、代わりに望めばファハドの力を利用し、ファハドの力になる契約を交わしている。サウードを潰した一件は、その契約以上の見返りがあって当然だからな。俺とお前がここにいるのはそのプラス分の代償だ」

「代償・・って!?じゃあ、今回のこの仕事は・・?!」

「俺の依頼だ。北斗を個人で借り受けた。嫌だとは言わせないぞ?まさか・・ケガ人をほったらかしに出来るほど北斗は薄情でもあるまい?それに、どうせ船からどこにも逃げられないしな」

「な・・っ!?」

驚愕の表情になった北斗だったが、アルの言うとおり自分のせいで負傷したこの男を、ほったらかしにはできない

その上ここは船の上だ

今更逃げ出したくても逃げられはしない

「・・・ケガ人の付き添い・・というのなら引き受ける」

ため息混じりに言った北斗に、アルがあの、見惚れるような笑みを向けた

「俺はマジシャン・北斗としてお前を借り受けた。それを忘れてもらっては困るな」

「・・・ワガママな依頼だな」

肩をすくめつつもつられて笑った北斗が、ツイ・・とアルの前にその繊細なマジシャンの指先を掲げ上げる

パチンッ!

軽やかな音が指先から放たれたかと思うと、次の瞬間、その手の中に小型の銃が現れた

「傭兵っていうのはずい分と物騒だな?いつもこんな物を持ち歩いてるのか?」

「っ!?いつの間に?!」

ハッとライト・ブルーの瞳を見開いたアルの目の前で、北斗が次々とナイフや時計、怪しげな薬・・・アルがその身体のどこかに隠し持っていた全ての物をその手の中に取り出し、ソファーの横のテーブルの上に並べ上げる

「ケガ人にこんな物、必要ないと思うんだが?」

よくもまあこれだけの物騒なものを・・!と言わんばかりの呆れ顔になった北斗に、アルが初めて声を出して、満面の笑みで笑った・・!

「ク・・ッ!あはははは・・・!さすがだな、北斗!なるほど、今までお前が誰の手にも落ちなかったわけだ・・!」

その笑顔は、さっきまでのクールで冷たい印象とはまるで違う、少年のような邪気のない笑顔で・・!

「お前のような奴でも、そんな風に笑えるんだな・・」

そのギャップに、思わず唖然とそう呟いた北斗の指先を、アルが掴んで引き寄せた

「っ!なん・・!?」

「何も望む物などなかった俺が、初めてほしいと思ったのが、この指だった」

「・・!?な・・に・・?」

再び逃げの体制で身構えた北斗だったが・・指先を掴んだアルの、その、まるで宝物でも扱うような握り方と・・急に真顔になったその表情に、動きを止めた

「そして・・笑うことを知らなかった俺に、初めて笑う事を教えてくれたのもな・・」

「え・・・?」

思わずマジマジと見つめ返したアルのライト・ブルーの瞳が、この上なく、優しい

(・・っ!なんだって・・この男は、こうも意表をつくことばかり・・!)

向けられた眼差しも、告げられる告白も・・・その容貌と態度からは到底予想だに出来ないことばかりだ

だから・・・

その意外性とギャップに、知らず北斗の心臓が跳ね上がる

知らないままですんでいたはずのものが、知りたくてたまらなくなる

「俺は、お前を手に入れる。そのためにお前を生かし、俺は生き抜いてきたんだ」

告げる言葉と共に握られた指先は、あくまで優しい

振りほどこうと思えば、簡単に振りほどける・・!

なのに

北斗は振り払うことが出来ずに、その男を見上げていた

「・・・なんなんだ?いったい・・?」

「言ったとおりだ。俺のものになれ・・北斗。俺以外の奴のものになるなら・・俺が救った命、返してもらう」

「返す・・って・・!?」

それはつまり殺すということか・・

その問いかけを言葉にする必要がないほど、アルの瞳が雄弁にそれを語っていた

告げられた言葉はどう考えても理不尽なはずなのに、それも仕方がないか・・と妙に納得している自分がいる

・・・なぜか

この男には何をどうやっても敵わない・・・

そんな気がして、抗うことすらバカらしいと思えてしまう

「・・・じゃあ、死にたくなったらお前から逃げればいい・・と、そういうことか?」

ため息混じりに告げた言葉に、アルが笑み返す

「それは無理だな・・お前は逃げ出せない」

やけに自信たっぷりに言うアルに、北斗がムッと言い返す

「なんだってそう言い切れる?!」

言った途端、再び引き寄せられてアルの腕が北斗の腰に廻された

「なら聞こう・・どうしてお前は今、逃げない・・?」

耳元で低く囁かれて、北斗の体温が一気に上がる

「け、ケガ人相手に手荒なことが出来るか・・!」

「なるほど・・・」

クク・・と喉で笑ったアルが、引き寄せられたまま抗わない北斗の漆黒の瞳を覗き込む

「・・では、宣言しておこうか?このケガが治っても、お前は逃げたり出来ない・・と」

「な・・っ!だ・・れが!」

口先だけでは反発していても、北斗自身、そうなるだろうことを感じていた

一番最初にこの男に触れられたときに感じた痺れは、決して酒のせいではない・・

その事を、触れられたところから同じ痺れが湧き上がる・・という今のこの状況が、証明していたのだから

「先はまだまだ長い。楽しみは後にとっておいてこそ・・だな」

 

 

そのアルの楽しげな声と重なるように、長い航海への出発の汽笛が鳴り響く

天空では、北斗と同じ名前を持つ北斗七星が、微かなるもの・・の星の輝きを伴って煌いていた

 

 

 

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