王子とボディーガードとマジシャンと

 

 

 

ACT 9

 

 

 

キィ・・・

重厚なドアの扉が、ゆっくりと開かれる

そのドア越しに中の様子を伺った北斗が、手の中のカードの束を握る指先に力を込めた

「・・・だれだ?!」

確かに感じた人の気配に、北斗が部屋の中へ押し入ると共に握っていた数枚のカードをその気配向かって、まるで机の上にカードを整然と並べるときのような素早さと動きで放つ

放たれたカードは、鋭い刃のように相手に向かって飛んで行き、その気配の主の動きを封じるようにその顔のすぐ近くの壁に突き刺さった

「・・・ほう、たいした腕前だな」

聞こえてきたその声とその姿に、北斗の動きが止まる

「っ?!ア・・ル?!」

北斗が飛び込んだその部屋は、クィーンサイズのベッドが中央に置かれた寝室で・・

アルは、そのベッドの横に配されたソファーに深々と足を組んで座り、驚いて固まっている北斗を見つめていた

そのアルの左腕には真新しい包帯が巻かれ、組んだ足の上に無造作に置かれている

不意に頭を壁側に向けたアルが、ケガをしていないほうの右腕を伸ばして、壁に突き刺さったカードを一枚引き抜いた

「・・種も仕掛けもないただのカードだな。これを壁に突き立てられるとは・・マジシャンにしておくのが惜しいくらいだぞ?北斗?」

引き抜いたカードに軽くキスを落とし、ヒュ・・ッとそのカードを北斗に向かって投げ返す

いつの間にかカードの束をどこかへしまいこんだ北斗が、その投げられたカードをパシッ!と指の間で受け取り、ヒュッ!と指先を返したかと思うと、あっという間にカードはその存在を消してしまった

「相変わらず鮮やかだな・・!」

感嘆したように言ったアルが、そのどこまでも冷たいライトブルーの瞳を細めて、見惚れるような笑みを浮かべた

「お・・前!一体今までどこに?!ぃや、それより、なんでここに・・!?」

詰問するように問いかけた北斗に、アルがゆったりとソファーの肘掛に右腕を付いて頬杖をつく

いつもは体のラインを覆いつくしてしまうアラブの民族衣装を身につけているアルが、今はカジュアルな白い棉シャツにスタンダードな黒のストレートパンツ姿だ

民族衣装の時には隠されていた、そのしなやかな筋肉に覆われた無駄のない研ぎ澄まされた肉体と長い足が、惜しげもなく北斗の眼前で曝されている

その完璧ともいえるバランスの良い体躯に、北斗の視線も魅入られたようにアルを見つめた

「・・・契約の代償だ」

答えたアルの視線もまた、まるで猛禽類のような鋭さで北斗を捉えて離さない

「契約の代償・・?!どういうことだ?」

眉間にシワを寄せた北斗に、アルがそれが答えとは思えぬ事実を告げる

「俺はハサンの腹違いの兄だ・・・」

「っな・・?!」

絶句した北斗が息を呑んで言い募る

「ちょ・・まて!じゃ、お前は・・ファハド国王の、息子?!」

「ファハドがまだ10代だった頃の・・・な」

告げられた事実に、北斗の顔が訝しげに曇る

「おかしいじゃないか・・?国王には今まで王位継承者たる男子が生まれなかったんだろう?ようやくハサン王子が生まれたおかげで、第一王位継承者が出来たと言っていたはずだ。本当にお前が息子なら、お前が第一王位継承者なはずだろう!?」

もっともな北斗の問いかけに、アルの口元が苦笑を浮かべた

「・・・この髪の色と瞳の色で・・か?」

その言葉に、北斗がハッと目を見開く

その金髪とライトブルーの瞳は、この国と長く微妙な関係にあり続ける大国の人種の象徴ともいえる

伝統と格式と宗教、純粋な血筋をもっとも重んじる王族である

その王位継承者にこれだけ目立つ容姿の人間が認められるわけがない

しかも国王が10代の頃・・となれば、恐らくは留学か旅行の間の火遊びの結果なのだろうと容易に推測できる

まだ正式に王位に付く以前・・自分の行為が後の王位継承権を巡る問題になろうなどと、思ってもいない時期のはずだ

「・・ま、おかげでサウード側に潜り込むのも簡単だったがな」

ク・・ッと喉で笑ったアルのライトブルーの瞳の中に、一瞬、この上なく冷酷な光が宿る

その輝きには、安穏とした生き方を送ってきた人間には決して真似できない、絶対零度の冷たさがあった

素性は傭兵だと言ったハサン王子の言葉に、恐らく嘘はないのだろう

「・・・殺したのか?サウードを・・?」

低く問いかけた北斗の問いに答えずに、アルがおもむろに立ち上がるとカーテンの引かれた窓辺に寄りかかりながら言った

「覚えているか?あの事故の基になった原因を・・・」

あの事故・・という言葉に、北斗の背筋を異様な熱さが駆け抜ける

アルの言うあの事故が、宙を失った事故のことであることは間違いない

「・・・忘れるものか!」

低い声音で押し殺したように言い切った北斗を、アルが挑むように見つめ返す

「お前がファハドと契約を交わしたのも、その原因を憎むから・・か?」

「どうして・・それを?」

アルを見つめ返す北斗の視線にも力がこもる

事故を引き起こした原因・・それはまだ年端もいかぬ子供によって仕掛けられた爆弾テロだった

その当時、北斗は内乱と紛争を繰り返す地域に滞在し、そこに駐留する軍事関係の施設やボランティア施設の慰問も兼ねてマジックの公演を行っていた

長引いた奮戦もようやく収束を迎え、人々が安らぎと一時の夢の時間を求めようとしていた時期でもあり、その公演はいつも盛況だったといえる

だが、それを快く思わない集団も居た

戦争そのものを食い物にしている死の商人とも言われる人間達だ

そんな者達と繋がる一部の者達と、生まれた時から死と隣り合わせの生活を強いられ、刷り込まれた観念によってテロ行為にも疑問を抱かぬ子供達

その標的となった北斗の公演会場は、一瞬のうちに火の海と化したのだ・・・

だが、まだ当時大して名の売れていたわけでもない北斗達だったし、死傷者も北斗側の関係者だけで済んだ経緯もあり、その時この事はほとんど報道もされなかった

失ったものは大きく、自暴自棄にもなった北斗だったが、それを立ち直らせるきっかけともいえたのが、そのテロ行為に対する怒りだった

笑顔を失った子供達に一瞬でも笑顔を取り戻してやりたい・・

失ったかけがえのない仲間たちの死を無駄にしないためにも、生き残った自分がすべき事を見出したのだ

まるでそんな北斗の思いを見透かすような、アルの鋭い視線

いったい・・何が聞き出したくてこの男はこんな話を持ち出すのか?

それに・・北斗はそんな話を誰にもした覚えがない

ただ、心の中だけで・・自分自身の信念として秘めていた思いなのだ

「ファハドも同じ考えの持ち主だからな・・。だが分かっているか?お前がそう思って行動するということは、必然的にお前自身の存在を疎ましく思う者を再び弾き付ける・・ということを」

「分かっているさ。だからこそ、二度とやりたくなかった大掛かりな仕事も受けてきたんだからな・・!」

本当は、あの事故以降、北斗は大掛かりなマジックをやるつもりはなかった

それは再び誰かを巻き添えにすることを恐れたから

そして、一人であってもその秘めた思いを実現できる方法として選んだのが、いわゆるセレブと言われる特権階級の金持ち達相手のマジックだった

もともとカードマジックをもっとも得意とする北斗だっただけに、その容姿端麗さと柔らかな物腰、若い頃から世界中を修行して廻って身につけた確固たるテクニック

そして日々の鍛錬と努力と情報収集から生み出される、豊富な話題と会話の妙

それはあっという間に口コミで伝わり、セレブ達の間では一躍有名なマジシャンへと、その地位を不動のものに押しやった

そうして特権階級の人間達と繋がりを持つことで、戦争やテロを引き起こす基盤ともいえる金の流れや政治的関係をいち早く見抜くことが出来た

後はその情報を自分と同じ信念のもと、有効に操作しうる実力者を探し出すこと・・

そして出会ったのが、ファハド国王だったのだ

そのファハドの考えにより、北斗自身の保身のためにも、その存在を世界中に知らしめる必要性を説かれた

あの事故の時のようにならないためにも、常にその行動が注目されるだけの名声を得る必要がある・・と

そのために、北斗は必要に応じて大掛かりな公演をも行ってきた

二度とあの事故のような事にならないように、細心の注意を払いながら・・・

「分かっているなら、今回のことでファハドと手を切ったりするな。あの男にとっても、お前自身にとっても、まだお互いの存在は必要なはずだ」

「・・っ!?まさか・・聞いていたのか?あの時の国王とのやり取りを・・?!」

「・・・ああ。あの部屋には隠し部屋があって、俺はそこで腕の治療中だったからな」

ツ・・ッと、アルが無造作に包帯の巻かれた左腕を持ち上げて、腰の辺りで右腕で支えるように腕組みをする

「あの部屋に・・!?あ、そのケガ・・!」

ハッとした表情になった北斗がアルの側まで歩み寄り、何ともいえない微妙な表情でアルを見上げた

「大丈夫なのか・・?」

「気にするな。こんなもの、かすり傷だ。それより、どうなんだ?本気でファハドとの契約を切る気か?」

まるで責めるような物言いに、北斗が憤然と言い放つ

「あの部屋にお前が居たのなら、なおさら許せないな。国王は俺に二度も嘘をついたことになる。お前の居場所を知らないと言い、サウードをおびき寄せるために俺だけじゃなく、七星達まで利用した・・!」

「利用したのはファハドじゃない。この俺だ」

「な・・に!?」

「お前たちだけじゃなく、ファハドも、ハサンもだ。全てを利用して俺がハサンの誘拐事件を仕掛けたんだからな」

「どういうことだ!?」

北斗の怒りを帯びた怒声が部屋にこだました

 

 

 

トップ

モドル

ススム