王子とボディーガードとマジシャンと

 

 

 

 

ボンッ!!

小さな爆発音が流の耳に届く

途端に部屋の外の様子が慌しくなったかと思うと、続けて爆発音が鳴り響いた

 

 

最初の音が聞こえた瞬間

流が後手に縛られていたロープを解く

「・・っ?!流?!お前、いつの間に?!」

驚くハサン王子のロープもすばやく解いた流が、王子を部屋の片隅に引っ張りながら言った

「北斗がとっくに解いてた!いいからこっちに来て、身体を小さくしてろ!この部屋、崩れるぞ!!」

「な・・?!崩れるとはどういうことだ?!」

「説明は後!いいからこっち来いって!」

強引にハサン王子の腕を取った流が、グイグイと有無を言わさずその身体を引っ張った

その強引さが気に障ったのか、王子が流に逆らう

「説明もなしに動かないっ!説明しろっ!!」

足を踏ん張ってその動きを止めた王子に、流が怒鳴る

「この・・!俺がお前を守るって言ってやってんだ!素直に聞きやがれっ!!」

その迫力に一瞬気圧されたハサン王子の隙を突き、流が王子の身体を部屋の片隅においてあった机の下に突き飛ばす

転がるようにその机の下に王子の身体が潜り込んだのと、一際大きな爆発音と共に部屋の天上が崩れ落ちたのとが同時だった

「うわぁぁぁ・・っ?!」

思わず頭を抱え込んだハサン王子の頭上には、しかし、何の衝撃もない

部屋の片隅の、その机の置いてある壁だけがわずかに残され、天上からの落下物は全て机によって遮られていた

「・・っ?!る・・流!?流、どこだ?!」

自分をその机の下に突き飛ばしたはずの流の姿が、どこにもない

周りはモウモウと湧き上がる砂煙と崩れ落ちた瓦礫ばかりだ

「・・う・・そだろ?おい!流!返事しろっ!!」

ハサン王子が真っ青になって机の下から叫ぶ

と、その途端

机のすぐ横に出来ていた、壁と机のわずかな隙間を埋めていた瓦礫の中から、バキッ!と、拳が突き出された

「・・このばか!騒いでんじゃねぇ!見張りに見つかったらどうする気だ!?」

砂塵と埃にまみれた流が、瓦礫の中から這い出るように机の下に潜り込む

「流・・!!良かった・・無事だ・・・!?」

ハサン王子の安堵の声が、途中で掻き消える

無事だったとはいえ、恐らくは落下物をかばった時に出来たのだろう・・這い出てきた流の両腕には、無数の傷跡が無残に刻まれ、そのせいで裂けたシャツに血が滲んでいる

「・・る・・い・・!?」

息を呑んだハサン王子の声音に、流がぶっきら棒に言い放つ

「お前を守ってやるって言っただろ!だからこれくらい気にすんな。それに、ケガしたの腕だけだしな。これが足だったらお前とは金輪際、絶交してるところだけど!」

「・・え?」

流の言う意味が分からず眉根を寄せたハサン王子に、周りの状況を把握しようと身を伏せて周囲の様子を伺いつつ、流が続ける

「俺は将来サッカー選手になんの!だから足さえ無事なら文句はねぇよ。それに、こっから逃げ出すって時に、足手まといにならずにすむしな!」

「流・・!」

自分があの時、つまらない自尊心から流の言うことに反発しなければ・・!

恐らくは流も一緒に机の下に逃げ込めていたはずで・・こんなケガなど負うこともなかったはず・・!

この時、初めてハサン王子が心から誰かに対して「ごめん・・!」と謝りたい・・!と感じていた

けれど・・

今まで一度だって、その「ごめん」という言葉を他人に対して言った事がない王子である

喉もとまでこみ上げていたその言葉が、なかなか声に出来ない

「流・・あの、俺・・・」

口ごもりながら言いかけたハサン王子の声を遮るように、流が

「・・シィッ!!」

と、その言葉を封じる

前方からは見張り役の男達の声が・・後方からは近づくジープの車の音が、聞こえてきていた

その両方に聞き耳を立てていた流が、後ろ側に居たハサン王子の腕を取って言った

「・・行くぞっ!こいっ!!」

グイッと流が、後方から聞こえていた車の音のする方へ王子を引っ張りだす

「ああ!」

謝りの言葉の変わりに、ハサン王子の口から流を信用した素直な言葉がこぼれでていた

 

 

 

 

 

 

「マジックショー?」

アルが、目の前で不敵な笑いを浮かべた北斗に聞き返す

「何箇所かには仕掛けを仕込んでおいた。ここから逃げるにはそれなりに注意をそらすシチュエーションがいるだろう?」

言いながら北斗が、アルが地面に突き立てていたライフル銃を抜き去り、その銃口の先についていた鋭い槍のようになった部分で自分の肘の近くを切りつけた

「っ!?おい?!」

驚くアルを尻目に、北斗がわずかに顔を歪めただけで言い募る

「まだ、薬が抜け切らない・・!痛みがあればそっちの方へ神経が集中する・・!」

「・・なるほど」

自分の服の一部を切り裂いたアルが、北斗の傷ついた腕を素早く止血する

「この銃、借りるぞ・・!」

アルが止血を終えると同時に、北斗が銃を掴んで立ち上がる

が、その銃をアルが掴んで北斗の手から奪い去った

「これで何をする気だ!?」

「仕掛けを撃って爆発させる。ハサン王子と流がいる部屋を崩す・・!」

一瞬目を見開いたアルが、北斗の真意を計りかねてその漆黒の瞳を凝視する

けれどその瞳には何の迷いも躊躇もなかった

「・・・どこだ?」

「・・え?」

「どこを撃つ?俺がお前の望む場所に撃ち込んでやる」

そう言い切ったアルに、北斗の表情が曇る

その顔つきに、アルがク・・ッと喉もとで笑って北斗の身体を引き寄せた

「な・・っ!おい、ちょ・・・!?」

「心配するな。お前の背中の傷に誓って、狙いを外しはしない・・!」

北斗の乱れた襟首を大きく割って忍び込んだアルの薄い唇が、その背の傷跡の端に触れる

途端に全身を駆け抜けた目眩のするほどの甘い痺れに、北斗が一瞬、その抱き込まれたアルの胸に寄りかかる

「・・っ!?」

この胸の中の感触が・・!確かにどこかで知っていたと知らしめる微かな既視感を甦らせた

一瞬の逡巡の後、腕を突っ張らせてアルの抱擁から弾かれたように身体を離した北斗が、アルのライトブルーの瞳を見上げた

「アル・・?お前、何者だ・・?!」

フ・・ッとあの見惚れるような笑みを浮かべたアルが、その問いを無視して北斗の眼前で銃を掲げて言い放つ

「サウードに飲ませた催眠薬の効果もそんなに長くは持つまい?場所はどこだ?撃った後はどうする?」

ハッと背後にサウードが居た事を思い出した北斗が、テントについている小窓からアルにその指示を出す

「あの扉の下から三つ目の裂け目、それを撃ったら次に窓下の真下にあるひび割れ・・・」

次々に撃つ場所とその順番、その時起こるであろう爆発の規模を指し示す北斗に、アルが厳しい表情になって言った

「それだけの仕掛けをいつの間に仕込んだんだ・・?それに、それだけの衝撃を受けて中の王子やお前の子供は無事に逃げ出せるのか!?」

「大丈夫。流が一緒にいる。それに脱出のマジックには、必ず身を隠すべき安全な箇所が出来るように計算に入れて仕込みをする。傍から見たら脱出したように見えないようにね」

「だが、まだ子供だろう!?」

「だからなんだ?」

アルの懸念を衝き崩すほどの強い視線が、北斗から放たれた

「あそこにいるのはただの子供じゃない。俺の大切な仕事のパートナー。俺の一番大切な家族だ。それに、ハサン王子だって一国を背負う宿命を受けた子供・・あの子はお前を信用していいと言っていた。お前は、王子を信用していないのか?」

その問いに、アルの口元がニヤリと上がる

「・・いや。なら、無事に逃げ切って見せろ!俺が援護する。テントの裏側に車が置いてあっただろう?その一番端に止めてある奴を使え、他は燃料を抜いてある」

北斗に向かって車のキーを投げたアルが、銃口を仕掛けに向ける

「アル?!お前はどうするんだ?逃げないのか!?」

「俺はまだやらなきゃならないことが残ってる。それが終わってまだ生きていれば、逃げるさ」

表情一つ崩さずに、アルが視線で早く行けと北斗を促す

その視線を睨み返した北斗が、アルに詰め寄った

「俺にもまだお前に聞きたいことが残ってる・・!」

「・・・だから?」

詰め寄った北斗にアルが意味ありげに問いかける

「・・い、や・・だから・・・」

生きて帰れ・・と、その一言が素直に北斗の口から出てこない

それを言うには、このアルという男はあまりにも掴み所がなく、得体も知れない

「・・俺には望まれて帰る場所はない。望まれず、疎まれる場所が俺の帰すべき場所だ」

そう呟くように言ったかと思うと、アルが北斗のうなじに手を伸ばして引き寄せ、その唇を深く奪う

「・・っん!?・・・んぅ・・!!」

ようやく抜けかけつつあった薬の熱さを再び疼かせるのに充分な、その濃厚なキスに、思わずその欲情に流されそうな震えに・・!

北斗が傷つけた肘の傷を握り締めて、痛みと引き換えに疼きを跳ね飛ばした

「・・っは!な・・にをする?!」

アルから弾かれたように離れた北斗が、まだ整わない息を乱しながら・・何を考えているのか全く分からない、その男のライトブルーの瞳を凝視する

「その続きをするためなら、俺は生きて帰って来てやるぞ?」

「なっ!?だ、だれがさせるか!!そんな物のために帰ってくるな!」

「・・それでいい。俺は疫病神だからな・・望まれぬ場所には帰れるんだ」

「ア・・ル!?」

「とっとと行け!ショーの始まりだ!!」

言い捨てたアルが、北斗の示唆した最初の一発目を正確に撃ち抜いた・・!

その爆発音と上がった火花に、にわかに周囲が騒がしくなる

銃を構えたアルの視線は、もう北斗を振り返ろうとはしなかった

「こ・・の!やれるもんなら生きて帰ってやってみろ!わかったな!!」

言い捨てた北斗も車の停めてある方へと、振り向かずに走り出していた

 

 

 

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