王子とボディーガードとマジシャンと

 

 

 

 

 

 

「流っ!!」

砂塵を巻き上げながら、薄闇の帳の下りつつある中に北斗の乗った車の排気音がこだまする

「北斗!?こっち!!」

車の目前に二人の姿を認めた北斗が、スピードをわずかに落として叫ぶ

「飛び乗れっ!」

車が眼前を通り過ぎる瞬間、流がハサン王子を抱えて、その自慢の脚力をふるに生かして車の中に飛び込んだ

フルオープンシートのジープの後部座席に、流がハサン王子の身体を庇うように倒れこむ

「シートの下に潜り込んでろ!」

北斗の危機感溢れる声音に、二人が慌ててシートの下に潜り込む

同時にその頭上を飛んで来た銃弾が掠め飛ぶ

「・・当たってたまるか!」

右に左に巧みなハンドル捌きで、北斗が飛んでくる銃弾を巧みにかわす

追いかけたくとも燃料の抜かれた車しか残ってされていないサウード陣営からは、追っ手が送られることもない

恐らくはアルが援護もしてくれているのだろう・・放たれる銃弾もわずか

銃器の銃弾の届く範囲を突っ切ってしまえば、こちらのものだった

 

 

 

やがて聞こえなくなった銃弾の音に、流とハサン王子が恐る恐る顔を上げる

「・・北斗?もう、大丈夫・・?」

「・・ああ、多分・・な。流は?ケガはしてないか?」

「あ・・・うん。大丈夫」

口ごもった様子の流に、北斗がチラッとバックミラーに視線を走らせる

砂埃で汚れたバックミラー越しでもそれと分かるほど、流の両腕と上半身には血の滲んだ傷跡が無数についていた

その傷を、ハサン王子が心配そうに見つめている

その二人の様子からして、恐らくはハサン王子の性格が招いた結果なのだろう・・とほとんど無傷のハサン王子の様子からも知れた

あえて何も言わずに車をひとしきり走らせた北斗が、夜の帳が完全に下り、真っ暗になった周囲の様子に車を停めた

これでは方向が分からない

それでなくとも、ここは砂漠と荒野の入り混じった、どことも分からない場所なのだ

「・・・まいったな」

ドスン・・ッと車のシートに深々ともたれかかった北斗が、天を仰ぐ

夜空には、一面の煌く星空が輝いていた

「どうしたの?北斗?」

天を仰いだ北斗の顔を見下ろすように、流が覗き込む

「・・・ここからどっちへ行ったらいいのか・・分からない」

目指すファハド国王の私邸のある方向は分かっている

けれど、コンパスもなく周りが何もない延々と続く荒野と砂漠では・・どっちへ向かえばいいのか見当も立たない

ただ闇雲に走っていては、燃料を無駄に費やすだけだ

「なんだ、それなら分かるぞ・・!」

流と同じく北斗の顔を覗き込んだハサン王子が、事も無げに言い放つ

「まじで!?お前、分かるのか?こんなに真っ暗で何にも見えないのに!?」

流が驚いたようにハサンの顔を凝視する

北斗もガバッと身体を起こして、ハサン王子を振り返った

「分かるんですか?!どっちへ行けばいいか」

二人の驚いた表情にハサン王子が笑って言った

「天には星がある。砂漠で道に迷ったら、夜になるまで待って星に道を聞くのが常識だ」

その言葉に、北斗も流も王子の視線に釣られて天を眺める

煌く満天の星星・・・

(・・・いつでも君に助けられてばかりだな・・)

どこまでも果てしなく広がる宙(そら)の輝きに向かって、北斗がソッと心の中で呟きを落とす

そんな感傷に浸る間もなく、ハサン王子の迷いのない声音が行き先を告げた

「北斗、あっちだ。あのミザールの星を目指して!」

王子が指し示した先にあったもの・・

それは日本で北斗七星と呼ばれている星座

北斗の名前の由来のある星座・・!

北斗の足が、知らず力強く車のアクセルを踏み込んでいた

その北斗の横に立ち、ハサン王子は的確に星を読み続け、北斗達を先導していく

その的確な状況判断と豊富な知識は、宮殿の中だけで得たには・・あまりに実用レベルが高かった

「・・王子?いったいどこでそれだけの知識を・・?」

その問いに一瞬、逡巡の目つきになった王子だったが

「・・・アルに教えてもらった。・・・北斗は、アル=コルという名前の由来を知っているか?」

と、逆に北斗に問いかけてきた

「・・・いいえ」

何か含みを持たせた王子の言い方に、北斗が眉根を寄せて返事を返す

「そうか・・。アル=コルとは、アラビア語で「微かなもの」という意味だ。今目指しているミザールの星の双子星の別名でもある。一見すると一つの星に見える星だが、ほんとは二重星になっていてアラビアの兵士達の視力テストでも使われるほどの、本当に微かな輝きを放つ星だ」

あの星が二重星になっていることは、北斗も知っていた

中国名で「輔星」日本では「そえぼし」と呼ばれる星

けれど、まさか自分の名前と関わりが深い星座の中の星の名が、あの男の名前だったとは・・!

ますます北斗の中で、アルに対する興味が湧き上がる

「アルは・・その名前が好きだと言っていた。見ようと意識しなければ見えない星。そんな存在が自分には似合いだと言っていた・・」

そう語るハサン王子の口調には、まるで誇るかのような響きが宿っている

「あの男は、いったい何者なんですか?王子とは、本当にただのボディーガードという関係だけなんですか?」

「・・なぜそんな事を聞く?」

運転する北斗の傍らに立ち、見下ろすように問いかけるハサン王子の表情とその口調は、ファハド国王のそれとよく似ている

このまだ幼い少年は、既に自分を個人としては捉えていない

その表情は、自分の発言が他人に与える影響力を知る者のそれ

北斗に逆に問いかけるのも、北斗が何を知っていて、そう問いかけているのかを確かめるためだ

フウ・・と浅くため息をついた北斗がそれ以上聞いても無駄なことを悟り、話題を変えた

「王子、明日の公演、少し趣向を変えてよろしいですか?」

「?かまわないが・・なぜだ?」

「多分、七星達が私の代わりに公演の準備をしているはずです。久しぶりに彼らも一緒に参加させてやりたくて・・」

「まじで!?俺は?!俺も参加したい!!みんなでやるの、すげぇ久しぶりじゃん!」

北斗の言葉に、流が二人の間に割って入るように顔を出して叫ぶ

「流はダメだ!」

途端に気色ばんだハサン王子が流に向かって命令口調で言い放つ

「なっ!?なんでダメなんだよ!?」

「そのケガで公演なんて・・そんなの絶対ダメだ!俺の横で大人しく一緒に座って見てろ!」

「こんなケガ、痛くも痒くもねーよ!それに!何で俺がお前の横で一緒に見てなきゃいけないんだ!?」

「命令だ!横に居ろ!お前は捕まえていないとすぐにどこかへ行こうとするだろう!」

「だ・か・ら!何でお前の命令に従わなきゃいけないんだよ!?それに、どこへ行こうと俺の自由だ!なんで捕まえられなきゃいけないんだ!」

北斗が延々と続く二人の堂々巡りの言い争いに、苦笑を浮かべる

よっぽど流が気に入ったらしきハサン王子が、素直にそれを表現する術を知らぬげに、あくまで命令口調で流に言い募り、流がそれを言葉どおりに受け取って、反発している

いくら精神的に成熟しているとはいえ、根はやはりまだ子供なのだ

堪えきれずにクスクス・・と笑い出した北斗に、流が八つ当たりのように気色ばむ

「なに笑ってんだよ!?北斗!!この俺様王子に何とか言ってやってくれよ!!」

「流!俺様王子とはどういう意味だ!?」

こみ上げる笑いを北斗が何とか収め、王子に向かって言った

「ハサン王子も流と一緒に・・なら、流も公演参加することを許していただけますか?」

「・・ぅむ、それなら・・まあ、いいだろう」

「はぁ!?何で俺がこいつと一緒なの?!北斗!!」

不満タラタラの流に、北斗がとどめの一言を言い渡す

「るーいー!今回の公演依頼者は、ハサン王子だよ?その意向を尊重するのは当然だろう?」

「・・っう!ぅぅう・・参加できるなら・・ま、いっか・・・!」

痛いところを突かれた流が、悔しさとあきらめの入り混じった声音で言う

その流に、ハサン王子もしっかりと釘を刺した

「だが、傷の手当てが済んで、化膿する恐れがなかったら・・だからな!流!」

「・・・ああ、もう!わかったよ!!・・・でも、たいしたケガじゃないんだからな!・・き、気にすんなよ・・!」

ハサン王子の言葉が、自分のケガに対する負い目なんだと・・分かっている流である

語尾は小さくなりながらも、そう言って、プイッとそっぽを向いてしまう

その耳が、赤く染まっているのを見て・・ケガさえしていなければ抱きしめてやりたい・・!と、ハサン王子が思っていたことなど、流は知る由もない

やがて車は、天の星から見覚えのある人工の輝きへとその目標を変える

丸一日ぶりの帰還の後、国王への挨拶もそこそこに・・・

北斗と4兄弟によるマジックショーの準備が急ピッチで進められていった・・!

 

 

 

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