王子とボディーガードとマジシャンと

 

 

 

ACT 7

 

 

全ての準備が整ったのは、朝日が昇った頃だった

準備のための工具にもたれかかるように、七星・麗・流・昴が身を寄せ合って眠っている

幸い、流のケガも化膿することもなく軽いものですんでいた

子供達に毛布を掛けた北斗が、今日のために設置された特設ステージ裏から外へと歩み出る

煌く星空の名残である「明けの明星」が彼方で瞬いていた

「・・・結局、帰ってこなかったな」

その遠い彼方の空を見つめ、北斗が小さくため息を吐く

アルの言った「やり残した事」・・それがサウードたちへの制裁なんだろうということは容易に知れる

日本と違い、この国では「死」がすぐそこにある日常と同居しているのだ

北斗達が殺されずに済んだ事も、奇跡に近い

だが

「・・・どうも釈然としないな。それに・・・」

呟いた北斗の眉間に深いシワが刻まれる

北斗の中で、今回の誘拐事件には引っかかるものがあった

それに、このまま無事に継承式が終わるとも思えなかった

アルがどういう方法でかは知らないが、ファハド、サウードの両方で二重スパイまがいのことをしていたのは間違いがない

継承式に無事にハサンが姿を現せば、誘拐による計画が失敗したことを意味する

おそらくはまだ、この宮殿内部にもサウード側のスパイが残っているはずで・・その人間がハサン王子もしくはファハド国王の命を狙う可能性も高い

その可能性も考慮に入れ、今回の公演を変更したのだ

一番狙われる可能性が高いのが、警備が厳重な継承式が終わった後のアトラクションとして行われる、マジックショー

人々の目がマジックに向けられ、騒ぎに乗じて簡単に姿をくらます事もできる唯一の機会だ

「・・さぁて、どうでる?北斗のマジックショーの最中に二度と死人は出させない・・!」

腕組みをしていた北斗の指先が、知らず背中の傷の先端に触れ・・その上のシャツを握り締めていた

 

 

 

 

 

 

 

天幕を張られた舞台の上に、昴の操るスポットライトが、タキシードに身を固めた北斗の姿を浮かび上がらせた

そのすぐ横に小さな北斗・・同じくタキシードで身を固めた七星がアシスタントとして壇上に立っている

次にライトが照らし出したのが、ファハド国王の座る椅子の横でお辞儀を返すタキシード姿の麗

その反対側にライトが移動し、ハサン王子が座る椅子の横で同じく一礼を返したタキシード姿の流を映し出した

みなそれぞれに北斗からの指示を仰ぐイヤホンを耳にかけている

北斗と他の3人の小さな北斗達が、一斉に被っていた帽子を取り払い、その中からたくさんの鳩を飛び出させてマジックショーの開演を告げた

華やかに、華麗に、総勢4人の北斗と小さな北斗達が連携しあって派手なパフォーマンスを繰り広げる

壇上にいる北斗の位置からは、客席の動きが手に取るように見て取れる

特に

皆が一斉に視線を向け、歓声を上げる中でその視線とは違う視線を他の位置に向ける者の存在が・・!

その人間の位置を確認すると同時に、イヤホンを通じて北斗からの指示が全員に送られる

それはただちに麗からファハド国王に、流からハサン王子へと伝えられる

不審者は自分の知らぬ間に、その周りをファハド側の側近に囲まれ・・他の客に知られることなく次々と会場からその姿を消して行った

やがて公演はフィナーレを向かえ、最後の山場、北斗のライオンの檻からの脱出マジックが始まった

七星の確実なアシストによって、両手両足を縛られた北斗の身体がライオンの檻の中へと滑り込む

と、同時に檻の上から幕がかけられ、その姿が客席から見えなくなった・・!

その途端

ライオンの凄まじい咆哮と、檻が壊れるかと思われるほどの振動が幕の中から鳴り響いた

それは緊迫感を増すための効果だろうと、客の誰もが思っていた

だが、それは予定外の出来事だったのだ・・!

七星と兄弟全員の耳に、ライオンの狂ったような咆哮がこだまする

一番間近に居た七星が、いち早くその異常に気がついて、行動を起こそうとしたが

『続けろ・・!!』

聞こえてきたその声に、ビクリと七星の身体が止まる

『麗、流!もう一人・・ライオンに向かって撃ち込んだ奴が居る・・!』

その声に、麗がハッと叫んでいた

『流っ!お前の右斜め前!』

北斗と同じく客席を常に見渡していた麗が、一人だけ白い歯を見せて笑っている男に気が付いたのだ

麗の呼びかけに応えた流も、その男に気がついた

「こ・・のっ!汚い手使いやがって・・!!」

流が常に足元に転がせているサッカーボールを、器用に一瞬浮かせたかと思うと

「いっけーーーっ!!」

流の声と共に渾身の力で蹴り出されたボールが、その男の身体にめり込んだ

もんどりうった男に、客の視線が集まる直前

客席の後ろ側から、天上に吊るされたロープの先に乗った北斗が現われた・・!

そのまま客の頭上をロープの先に乗ったまま滑り降り、舞台の上にフワリと着地する

同時に七星が檻に掛けられていた幕を引き落とした

檻の中には未だ興奮して暴れるライオンが残されているのみ

無傷の北斗が微笑んで、七星と共に客席に一礼を返す

途端に割れるような拍手と大喝采に包まれ、北斗のマジックショーは大成功の内に幕を降ろした

 

 

 

 

舞台上に幕が降りた途端、北斗が血相を変えて舞台の地下・・仕掛けの仕込まれた奈落へと向かう

「アル・・ッ!!」

叫んで飛び込んだライオンの檻の下の仕掛けの中に、片腕を血に染めたアルの姿があった

 

 

 

北斗が両手両足を縛られて檻の中に滑り込んだ時、客席から撃ち込まれた一発の銃弾がライオンの耳元を掠めていった

その突然の耳元を掠めた銃弾の音と痛みに、調教されたライオンも情緒を失って暴れ始め・・目の前に居た北斗目掛けて襲い掛かった

ライオンと北斗の間を一瞬で区切る仕掛けの板が完全に閉まりきる前に、ライオンが下へと降りるはずの仕掛けの中に飛び込んできたのだ

一瞬で縛られていたロープを解いていた北斗ではあったが、飛び込んできたライオンを遮る術がなかった

ライオンが北斗に牙を掛ける寸前、下へと抜ける仕掛けが開かれ、北斗の身体がライオンごと奈落へと落ち込む

その落ちてきたライオンを、白いカーフィアを脱ぎ捨てて腕に巻きつけた男が檻の方へと押し戻した!

北斗の眼前を掠めた金色の髪と褐色の肌

腕に食い込んだライオン牙をそのままに、もう片方の腕でライオンの眉間を殴りつけ

一瞬ゆるんだ牙から腕を引き抜いたかと思うと、仕掛けの仕切りを完全に締め切ったのだ

「・・ッ!ア・・」

言いかけた北斗の言葉を遮って、ライト・ブルーの瞳が射る様に北斗を見返す

「続けろ・・!!」

その言い放たれた言葉に、北斗の身体がビクリと反応する

奈落を駆け上がりつつ、北斗が麗と流に向かって指示を出していた

 

 

 

 

「・・公演は無事に終わったか?」

腕を庇いながら立ち上がったアルの肌の露出している部分に、無数の古い傷跡とついたばかりらしき真新しい傷跡があった

白かったはずの腕に巻きつけられたカーフィアが、真っ赤に染まっている

「ああ、終わった。それより、その腕・・!」

アルの腕に手をかけようとした北斗の手を、アルがもう片方の手で遮った

「かまうな。血で汚れる。それより、上に行け!北斗を呼んでる」

二人の頭上から、鳴り止まぬ拍手と声が、北斗を呼んでいた

「父さん・・!もう一回舞台に・・・」

収まりそうもないその拍手と声に、七星が奈落を覗き込み・・アルの姿に言葉を止めた

「あ・・七星、この人が・・」

言いかけた北斗の言葉を七星が遮った

「・・知ってる。さっき「続けろ」って言ったのもあんただろ?」

言い放った七星が、アルを火花を飛ばすかのごとく睨み付けている

「なな・・せ・・?」

その初めて見る七星の視線の鋭さに、北斗が唖然としてアルと七星を凝視する

アルは、その七星の視線を楽しげに受け流し、口元には笑みさえ浮かべていた

「礼なんて言わないからなっ!その代わり・・俺の役目、お前に譲ってやるよ!でも・・お前はだいっ嫌いだ!!父さん、行くよっ!!」

アルの余裕の表情に、七星が珍しく感情を露わにして言い捨てたかと思うと、北斗の腕を取って舞台の方へ強引に引っ張っていく

「え・・?!ちょ、ちょ・・七星!?なんだ?どうしたんだ?!」

アルの腕を気にしながらも、鳴り止まない拍手の収拾のためと七星の迫力に押され・・北斗が舞台上へと向かって行った

再び舞台上に現われた北斗に、再び割れんばかりの拍手が湧き起こる

七星と共にアンコール用のマジックを披露して、ようやく観客から解放された北斗が再び奈落へ駈け戻ったが、もうそこにアルの姿はなかった

「七星・・!」

既に舞台裏の後片付けを初めていた七星に、北斗が呼びかける

「お前、アルのこと知ってたのか?!」

その問いに、七星があからさまに顔をしかめる

「アル・・?あの人、そういう名前なんだ。・・・父さん?ひょっとして、覚えてないの?」

アルの名前すら知らなかった様子の七星の言葉に、北斗が眉根を寄せる

「覚えてない・・?なにを?」

「あの人・・あの事故の時に、父さんを火の中から連れ出した人だよ・・!」

「・・・・え?」

「間違いないよ。あの印象的な肌の色と金髪に目つきの悪い青い瞳・・!父さんを連れ出した後、すぐに居なくなっちゃったけど・・俺、それだけはしっかり覚えてるから・・!」

「・・っあ!!」

そう言われた途端、北斗の記憶がおぼろげに甦る

火と煙に巻かれ、背中に受けた火傷の痛みで意識は朦朧としていたが・・あの時、確かに力強い腕に担ぎ上げられ、金色の髪の中へ顔を埋めた記憶がある

アルの胸の中に抱きこまれたときに感じた・・あの既視感!

あれは、あの時の記憶だったのだ

だから、背中の傷跡の事も知っていた

「・・でも、それならどうして・・?!」

思わず北斗の口から呟きが漏れる

そう・・北斗があの事故から立ち直り、ファハド国王と契約をしたあの時から既に、アルはハサン王子のボディーガードとして北斗のすぐ近くに居た

それなのに、ずっとその顔を隠し、北斗に声を掛けることもしなかったのはなぜなのか

それだけではない

七星に言われたからこそ気がついたが、アル本人はその事に関して一言も北斗に言っていない

北斗の問いかけにも、全て答えを返していないのだ

そして

今もまた、腕に傷を負ったままその姿を消してしまった

北斗に礼の言葉ひとつ言わせないまま

まるで北斗を避けるように

「・・くそっ!なんなんだ・・!」

どこにもぶつけようのない苛立ちを、北斗が奈落の壁に叩きつけていた

 

 

 

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