王子とボディーガードとマジシャンと
ACT 8
ウトウト・・と公演の準備で徹夜明けの七星が、工具に埋もれるように兄弟たちとまどろんでいた時
その肩口にふわ・・と毛布を掛けた北斗が舞台の外に出て行く後姿に気が付いた
「・・ん・・と・・うさん?」
ゴシゴシと眠い瞼をこすった七星が、その後を追おうとソッと兄弟たちの間から起き上がる
その時
朝焼けによって照らされた長い影が、七星の足元に伸びた
「っ!?」
慌てて振り向いた七星の視線の先に、薄闇の中で輝きを放つ金色の髪と褐色の肌を持つ男が立っていた
その映像は・・七星の脳裏に焼き付いて離れない記憶を呼び起こす
燃え盛る業火を背にして炎の中から父親を連れ出してくれた・・あの男
一度見たら忘れられない、インパクトのある褐色の肌にアンバランスなストレートの金色の髪
その精悍で整った容貌を冴え冴えと引き立てる、冷たく澄んだ青い瞳
「お・・まえ!?あの時の!?」
七星の表情とその言葉に、アルが一瞬、その冷たい青い瞳を細めて見惚れるような笑みを返す
「・・・俺を覚えてるのか?たいした記憶力だな」
「わ、忘れるもんか!だって・・」
「母親を見捨てた奴だから・・な」
自嘲気味に言ったアルの言葉に、七星がグ・・ッと言葉に詰まる
あの時
七星は父親だけを連れ出してきたアルを、責めたのだ
同じ場所に居たはずの母親を、どうして一緒に連れ出してくれなかったのか・・!と
北斗を連れ出せたというだけでも奇跡に近い状況だった
けれど、そんな状況がまだ5歳だった七星に分かるはずもなく
ただ、目の前に居たその男を責め続けて泣いていた
今ならもう、あの時の状況も、父親だけでも助け出してくれたこの男を責めた自分の愚かさも、分かっている
けれど
あの時強烈に刷り込まれた、この男に対する「母親を見捨てた男」という先入観が、どうしても消え去らない
あの時感じた、自分自身に対する不甲斐なさと無力感
そして、今感じている自分の愚かさに対する後悔
それが、そのままそっくりアルに対する歪んだ感情として植えつけられてしまっているのだ
「な、なにしにきたんだ?!」
「・・・北斗をいつまで母親の幻影にすがらせて、自分のものにしているつもりだ?いつか、おまえ自身がその重さに潰されるぞ?」
「・・・っ!?」
七星の顔がハッと歪む
そうしなければ北斗の壊れかけた心を引き戻す手段がなかった
自分に母親の・・宙の面影を求める北斗を、互いに支えを失った者同士・・どうして拒絶できるだろう?
その重荷の代わりに・・七星が北斗を支えるための代償として、北斗が自分以外の誰のものにもならないように
自分以外の前で泣けないように
そう、仕向けていたとしても・・いったい誰がそれを責められるというのか
アルの怜悧な、澄んだ青い瞳にこうして見据えられるまで
七星の中でその思いが崩れることはなかったのに・・!
「もう、解放してやれ。北斗も、お前自身も。子供が負うには重すぎる重荷だぞ・・?」
続けられたアルの言葉が、あまりにも的確に日増しに苦しくなっていく自分の心の奥底を言い表していた
その重荷を、七星と北斗以外知らないその苦痛を、誰かが代わりに引き受けてくれないか・・と
もうとっくに七星の心は、そう、叫びだしてしまいそうになっていた
「・・・分かってる・・お前なんかに言われなくたって・・!そんなこと・・!だけど・・・」
いったい誰がその役目を引き受けてくれるというのか
呑み込んだ七星の言葉を見透かすように、アルが告げる
「俺がその役目を引き受けてやるよ」
「っ!?お前なんかに・・」
言いかけた七星を黙らせるに充分な、真剣な青い瞳が七星を捉えていた
「俺は北斗をお前から奪うぞ。今回お前たちを呼び寄せたのも、そのためだ」
「な・・?!呼び寄せた・・?!お前が?!」
「そうだ」
「な・・んで?だって・・」
「危険にさらすのは承知の上だった。だから、俺が必ず北斗を守る。信用しろ」
言い切ったアルが、七星の側に歩み寄る
「し、信用なんてできるもんか・・!」
思わず後ず去った七星に、アルが逆らうことを許さない射るような視線と言葉を浴びせる
「北斗の命を守りたかったら、俺にマジックの仕掛けと構造を教えろ。あの時のように後悔しなくて済むようにな!」
その言葉に、七星が抗うことなどできはしなかった
全ての公演の片付けも終わり、七星が再び消えたアルという男に憤りを募らせていた
なぜなら
北斗の様子がおかしいのだ
公演が終わった直後
北斗はいきなりファハド国王に、七星達に分からないアラビア語で何かを問い詰めていた
そしてそのまま国王の執務室へと二人で引きこもり、北斗のいつになく荒げた声が漏れ聞こえていた
それからというもの
次の仕事までもう数日・・七星達と過ごす時間もあとわずかだというのに!
北斗は気が付けば、どこか遠い目つきをするようになった
以前にはなかった・・何かを求める視線
それがアルのせいなんだろうことは、あきらかだ
その上
麗は、国王が若い頃から趣味にしていたというテニスの手ほどきを直々に受けるようになり、その面白さに惹かれたのか・・毎日のように宮殿の中に在るコートに入り浸るようになった
流は流で、ハサン王子にほぼ監禁生活ともいえるような扱いを受け、ケガが全て治りきるまでハサン王子の側から離れることを許されない状況に陥っていた
そうしてあぶれたもの同士
昴だけが七星の後をくっ付いて周り、七星もまた、まだまだ幼い昴の世話を焼くことで北斗を奪われた焦燥感を紛らわせるようになっていった
そうこうしているうちに七星達の帰国の日と、北斗が次の仕事に移動する日がやってきた
すっかりテニスの面白さにとり付かれた麗は、国王からテニスの道具とウェア一式を別れ際にプレゼントされる程に腕を上げ、国王ともすっかり意気投合していた
流はようやくハサン王子から解放されるとあって、帰国できる日を指折り数えて待っていたのがありありと分かる喜びようで・・!
逆にハサン王子はこれで流と別れなければならないのかと、とてつもなく不機嫌な顔つきになっていた
いつもと変わらなかったのは、昴だけで・・・
望めばでてくる食べ物の山に・・少しふっくらと愛らしさに磨きがかかったほどだった
それぞれに、それぞれの思惑を秘めたまま・・・七星達は、帰国の途についた
七星達の乗った専用チャーター機を見送った北斗もまた、早々にファハド国王の下を離れて次の仕事先である、地中海へと旅立っていった
地中海から北欧を巡る豪華客船内で行われるパーティーでの、セレブ達相手のマジック・ショー・・・それが次の仕事だった
いったん船に乗ってしまえば、次に下船できるのは半月後
アルの所在は一向につかめないまま・・今ひとつ気乗りしない顔つきで乗船した北斗を、客室アテンダントが部屋へと案内する
ところが・・・
「・・・?ちょ、ちょっと待ってください!ここはロイヤルスィートのある所なんじゃ・・?」
「はい。そうですが・・?」
慌てたように問いただした北斗に、アテンダントが怪訝な表情を返す
その表情に、北斗も眉根を寄せた
「何かの間違いです。いつもは下のスタンダード・ルームですから」
「いいえ。間違いありません。今回北斗様はこちらのお部屋でお休みになるように・・と承っております」
「・・・え?」
驚く北斗を尻目に、アテンダントが速やかに仕事を終わらせるべく、部屋の中に荷物を運び入れてしまった
「では、よい船旅を・・!」
そう言って、未だ客室のドアの外側に突っ立ったままの北斗に一礼を返して次の案内へと向かってしまう
「・・・どういうつもりだ?ファハド国王・・?」
この豪華客船の所有者であり、今回の仕事の依頼者でもあるのはファハド国王だ
以前にも何度か、北斗はこの船での仕事を請け負ったことがある
そう・・ファハド国王と出会ったのも、この船でだったのだ
いつもは他にも雇われているアトラクションの出演者達と同じく、スタンダード・ルームなのに・・・
「・・・詫びのつもりか?」
盛大に溜め息をついた北斗が、ようやく部屋の中へと入り込む
室内は、アールヌーボー調でまとめられた豪華な造りで、部屋の広さも船内であることを忘れてしまいそうなほど、ゆったりと取ってある
船首に近いベランダも、恐ろしく広い
夕闇の迫った地平線に、巨大な太陽が辺り一面をオレンジ色に染め上げて、海に溶けようとしていた
その風景に誘われるようにベランダに出た北斗が、その太陽に一番近い位置の手すりに身体を預ける
海に反射して煌く光が、あっという間に地平線の彼方に消え去っていく
手が届きそうなほど近いと思われた大きな太陽が、実は遙か彼方の存在なのだと・・身を持って知る瞬間だ
一瞬、その太陽と、その輝きによく似た金色の髪を持つあの男の姿とが、重なる
すぐ側に居たはずなのに、あっという間に成す術もなく消え去ってしまった・・アル=コル
こちらが気が付くまでは、ハサン王子やファハド国王のボディーガードとして常に身近な所に居たくせに・・!
北斗がその存在に気がついた途端、姿をくらませてしまった
その上、アルは今、北斗を庇って受けた傷を負っている
負わせてしまった傷に対する謝罪と礼の言葉も口に出来ないまま・・で済ますわけにはいかない
気が付けばアルの事を考えてしまっているのも仕方がないことだろう・・と北斗が軽くため息をついて部屋の方へ戻るべく振り向いてみると
「・・・!?明かりが・・?」
船首の先にある部屋の窓から、カーテン越しに明かりがもれている
部屋に入って、まだその奥の方の部屋には行っていない
当然、明かりが付くはずもなく、つけた覚えもなかった
アテンダントも部屋に荷物を引き入れただけのはず・・だ
怪訝な表情になった北斗が、用心深くその部屋のドアへと向かう
壁に身をよせ、ドアに手を掛けた北斗の反対側の手の中に、スルッ・・!と束になったトランプのカードがどこからともなく現れていた
トップ
モドル
ススム