ダブル・クリムゾン・スター











「・・・王子!ハサン王子!?」

宮殿内の一画で、焦ったような声が響き渡る

「・・・だめです!こちらにはもう・・・!」

「やられました・・!東側の門番が一服盛られて・・・!」

「ああああああっ!またしても!探せ!供も連れずに何かあったらなんとする!探してすぐにお戻りいただくのだ!」

「はっ・・・!」

バタバタ・・・と数人の兵士が豪奢な宮殿を飛び出していく
その様子を、少し離れた上階のバルコニーから伺う者がいた

「・・・・やれやれ、あれにも困ったものだな。流が居なくなってから1年も経つというのに、留め置く処置がない・・・どうしたものかの?」

市街へと散っていく兵士達を見やりながら、この宮殿の主・ファハド国王が誰に問うでもなく問いかける

「・・・・相応の退屈しのぎを与えれば済む事だ」

不意に返された、ファハドと対等の言葉使い

今までどこに潜んでいたのか・・・ファハドの斜め後から、まるでどこからか湧き出たように一人の男が現れた
目深にかぶったカーフィアと長衣長袖の衣装のせいで、僅かに垣間見えるのは褐色の肌と端整な顔立ちを伺わせる高い鼻筋と薄い唇だけ

だが、応えた声音には、ファハドの声音ともよく似た・・・低く心地良い響きがあった

「相応・・・か。なかなかに難しい注文だな。あれの相手が出来るだけの者が、果して・・・」

「・・・・”カルブ・アル・アクラブ(サソリの心臓)”」

「・・・・ほ・・お、噂の盗賊”サソリ団”か?」

キラリ・・・とファハドの細められた瞳に油断のならない輝きが宿る

最近、定住している諸外国の金持ちばかりを狙った強盗・・・”サソリ団”なる盗賊が出没していた
狙うのは金品だけで、殺人にまでは及ばない・・・おかげで大きな問題にまでは至っていなかったが、その苦情もそろそろ臨界点に達しつつある

「なかなか手こずっているようだな?」

おもしろがっているような口調とともに、男の薄い口元が僅かに上がっている

「確かに・・・一筋縄でいく相手ではないようだが、それとハサンと一体どう関係すると・・・?」

「・・・・・・・・・・いい退屈しのぎになる」

「っ!?・・・・・よかろう。アル、お前に任せる・・・と言いたいところだが、北斗の次の仕事までの短い滞在だろう?間に合うのか?」

ようやく振り返ったファハドが、既に部屋のドアに手をかけて出て行こうとしていた男・・・アルの背中に問いかける

「・・・・・・愚問だな」

ドアの閉まる音ともに、チラリと覗いたアイスブルーの瞳がそう言った








「あ!ハサンだ!ハサンが来た!!」

市街の寂びれた一画
路地裏でたむろって居た幼い子供達が、ナツメヤシの実を付けたまま乾燥させた枝を持って現れたハサンに、駆け寄っていく

「よう!兄ちゃん達は?」

ナツメヤシを子供達に手渡しながら、目深にかぶったカーフィアから覗く漆黒の瞳が細められ、宮殿内ではおよそ見られない笑顔がハサンの顔に浮かんでいる

「ちょうどやってるよ!ハサンが来たら連れて来いって言われてたんだ!」
「ねぇねぇ、今日はどっちのチームに入るの!?」
「ナシル?それともジュウザ?」
「ハサンが入ると絶対勝つもんな!」

口々に言いながら、にぎやかに子供達がハサンを街外れの荒涼とした広場へと引っ張っていく
そこでは、ハサンと同年代か少し上・・・の年代の少年達がサッカーに興じていた

この周辺を仕切るガキ大将・・・とも言うべきナシルとジュウザを中心にしてチームを組み、試合の真っ最中だ

約1年前

ハサンは王位継承権を正式に得る儀式の際、アトラクションのために呼ばれた、マジシャン・北斗の息子・・・浅倉4兄弟にサッカーを教えられた

4兄弟の中でも一番上手かったのが、浅倉 流

その流と供に王位継承権に絡んだ誘拐事件に巻き込まれ、その事件で流に命を救われたハサンは、流がすっかり気に入ってしまった

だが、流がハサンの元に居られたのは僅かな期間だけ

初めて、心から欲しいと思ったはずの存在は、あっけなくハサンの手の中からすり抜け、日本へ帰国してしまった

それからだった

ハサンはその虚しさを紛らわすかのように、時折宮殿を抜け出しては街中をうろつくようになったのは

もともと腹違いの兄、アル=コルによって課外授業と称しては街中だけに留まらず、砂漠地帯や山岳地帯・・・様々な所に連れ出されていた
そのおかげで、一人で出歩いても危険な場所は避け、多少のトラブル程度なら自力で解決できるだけの知恵も技も身についていたのだ

そんな時知り合ったナシルとジュウザと意気投合し、サッカー仲間に誘われた

ほんの短い時間だけではあったが、流達と供にサッカーに興じた経験のあるハサンは、その抜群の運動神経からすぐさま戦力となり仲間として認められた

それ以来、こうして時折宮殿を抜け出してはサッカーに興じ、密かに流との思い出を温めていた
流と別れたあの日から伸ばし始めた一筋の後髪が、細い三つ編みになって肩口で揺れている

それが・・・

もう一度、流と会えるように・・!という願掛けである事は、ハサン以外誰も知らない
ついでに言えば、ハサンが王子である・・ということも

「にーちゃーーーん!ハサンがきたよー!」

ナシルの弟であるガシルが声を張り上げて、告げる

「っ!?ハサン!?」

サッカーに興じていた全員が、幼い子供達に囲まれてやってきたハサンの元へ駆け寄ってくる

生まれながらにして持つ、ハサンの人を惹き付けて止まない魅力は、王子であろうがなかろうが関係ないのだと・・・証明するに十分な人気だ

かといって、あのハサン独特の俺様気質がなくなっているわけではない
最初は必ずその尊大なもの言いに、ケンカが始まる

だが、決して間違った事や自分本位ではないハサンの言動と、真っ直ぐに見据えてくる、逃げる事を許さない鋭い視線
俺様な物言いに似合った行動力と、負け知らずのケンカの腕っ節
強い者には容赦がないが反面、弱く力のない者には、決して手を出さない・・・その気質

いつの間にか、気がついてみると・・・
誰もがハサンの周りに集まるようになっているのだ
年上である、ナシルやジュウザといった一癖も二癖もありそうな者たちでさえ

「ちょうど良かった!俺達のチーム、1人足りないんだ。入ってくれよ」

ナシルが飛びついてきた幼いガシルを抱きとめながら、ハサンに言う

「あっきたねーぞ、ナシル!それを言うならこっちだってケガ人込みなんだからな!」

ナシルとハサンの間に割って入ったジュウザが、ハサンを取られてなるものか・・!と、言い募る
その言葉に、確かにいつもより人数が少ないな・・・と感じていたハサンが問いかけた

「・・・・おい、カーリムとサマラはどうした?ラシードも、その腕のケガは?」

すぐさま欠けている者達と、腕に包帯を巻いている者の名をスラスラと言い上げるハサンに、ナシルが目を見開く
ケガをした者達は最近加わったばかりで、時折しか来ないハサンは、その連中とは2〜3度しか顔を合わせた事がなかったはずなのに・・・!
その記憶力はたいしたものだ

「サソリ団のせいさ!」

吐き捨てるように言ったジュウザが、足元にあったボールを忌々しげに踏みつける

「サソリ団・・・!?噂の盗賊団か、どういうことだ?」

気色ばんだジュウザを目で制し、ジュウザより年上のナシルが簡潔にハサンに告げた

「外人の金持ち連中から若い連中に警護の依頼が来るんだよ。金になるし何事もなけりゃ立ってるだけの楽な仕事だしな・・・。その依頼に乗った連中がサソリ団にやられて怪我をした」

「っ!ひどいのか!?」

「いや、打撲や切り傷程度だ。俺達みたいな民間人とプロとはっきり見分けてかなり手慣れているし、統率も取れた集団らしい・・・。ああいう奇襲戦法はベドウィンの十八番だが、あそこまで統制が取れているのは珍しい・・・と、父さん達が言ってた」

ナシルの父親は警察官で、人望も厚く街の皆にも信頼されている
その情報はいつも適切で、正確だ

「・・・・・ベドウィン・・か」

密かにハサンが眉根を寄せる
最近、諸外国を受け入れ過ぎだ・・・と中央の王権に敵対する意志を露わにする部族が増えてきている・・・とファハド国王が頭を悩ませていたはずだ

おそらく、サソリ団もそういった部族の連中の仕業なのだろうが、基本的に荒くれ者が多く統率が取れない・・・といわれるベドウィンにおいて、それを統率させている者が居る・・・!というのが気に掛かる

それだけ統率力のある人物が、サソリ団を率いている・・・

今はバラバラで多部族に別れ、協調性のないベドウィンだからこそ、王権を脅かすものではないが・・・
そこに統率力のある人物が現れる事は、脅威以外の何ものでもない

「・・・ったく!冗談じゃねーぜ!こっちはその被害のせいで資金繰りが出来なったって、建築中のビルの仕事、干されちまったんだぜ!」

ジュウザの言葉に、背後の何人かが同調して頷きあっている

公共事業や公共施設・・・といった大掛かりな事業はっもっぱら諸外国からの資金で賄われている
もともと働ける職場自体が少ないのだ・・・事業中止などの憂き目にあえば、当然そのしわ寄せは、そこで働いて賃金を得ているジュウザ達貧困層の若者にくる

「ねーねー、そいつらどうして捕まえられないのー?」

ナシルに抱かれていたガシルが、子供らしい率直さで問いかけてくる

「ガシル・・・そんな簡単にいけば、父さん達だって苦労しないよ。神出鬼没でいつ現れるかも分からないし、現れたらあっという間に消えちゃうらしいからね」

「ふーーーん。きっとかくれんぼとか、鬼ごっこが得意なんだね。それなら僕も負けないんだけどな」

屈託なく言う幼いガシムに、一斉に笑いが湧き起こる

「そーだよな、サッカーはまだ無理だけど、そのすばしっこい逃げ足だけは認めてやるぜ!」

からかうように言ったジュウザに、ガシムが「おっきくなったら、絶対ジュウザを負かしてやる!」と、ムッとして言い返し、更に笑いを誘っている

それを黙って、思案気な表情で聞いていたハサンの口元が、ニヤリ・・・と上がった

「・・・・・・良い所ついてるかもしれないぞ、ガシム。ケガを負わされた仲間の仇は取らなくちゃな・・・。ナシム、サソリ団に賞金はついてるんだろう?」

「え?ああ、確か結構な額の賞金がついてたはずだけど・・・?」

「だったら、俺達でそいつらを捕まえてやらないか?ジュウザ達が受けた損害も賞金で賄えるだろう?」

ハサンの言葉に、静まり返った全員がお互いの顔を見合わせている

確かに、ケガを負わされた仲間の仇は取りたいし、仕事に干された分を取り返せるなら、これ以上申し分はない

だが

「なに・・言ってるんだよ、ハサン?警察にだって出来ないこと、俺達なんかで出来っこないじゃないか・・・!」

ナシムの冷静な言葉に、全員が頷き返す

「ふ・・・ん・・・?」

鼻で笑ったハサンが、グイ・・ッとかぶっていたカーフィアを取り去って、誰もが一度見たら忘れられない輝きと供に、鋭い漆黒の瞳を全員に注ぐ


「俺に任せろ。良い考えがあるんだ」


不敵に笑う口元
尊大で自信にあふれたその瞳


その場に居た誰もが、その瞳と表情に心奪われていた



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