ダブル・クリムゾン・スター












ACT 2









「・・・・・アル!」

宮殿近くまで戻ったハサンが、人気のなくなった場所で不意にその名を呼んだ

「・・・・・なんだ?」

すぐさま返された返事に、ハサンが笑みを浮かべて振り返った

「やっぱりお前だったか!」

先ほどまで誰も居なかったはずのハサンの背後に、目深にカーフィアをかぶった男・・・アルが立っていた

「ふ・・・、俺の気配を察知できるのは、お前とファハドくらいなものだな」

カーフィアの下のアイスブルーの瞳が、僅かに細まる
ハサンが宮殿を抜け出した直後から後をつけていたアルに気配に、ハサンはサッカー場として使っていた広場に着いた時に気がついていたのだ

「北斗の次の公演先はかなり遠いはずだが・・・なぜわざわざ立ち寄った?」

「・・・・・・忘れ物を届けに・・・な」

「忘れ物・・・・?」

眉根を寄せたハサンに、「そのうち分かる」と返したアルが、ハサンと供に歩き出す

「ああ、そうだ、さっき言っていたサソリ団を捕まえる作戦、お前なしでは出来ないからな、頼んだぞ!」

アルの同意も何もあったものではない、その既に決定された物言いに、アルが思わず苦笑を返す

「・・・・・・ファハドも相当なものだが・・・お前はそれに輪をかけて人使いが荒いな。だが、まあ・・今回は俺にとっても都合がいい」

言葉つきは仕方なく・・といった感じだが、その声音にはどこかしらその状況を楽しむ気配が察せられる
その気配を敏感に感じ取ったハサンの瞳が活き活きと輝き始め、アルの顔を覗き込んだ

「仕方ないだろう?アルはもう北斗のものだ。こんな事でもなければ、遊ぶ事も学ぶ事も出来ないのだからな。俺はもっとアルにいろいろ教えてもらいたかったんだぞ!」

不満そうにそんな事を言うハサンの表情は、アルの前だけで見せる年相応な子供らしい顔つきになっている

1年前・・・・

誘拐事件の「絵」をかいたのは、他ならぬこのアルだった

北斗が背負う過去を吹っ切らせて、北斗を手に入れるがために・・・アルは長い時間をかけて布石を敷き、その時期を待っていた
ファハド国王から第一王位継承権のある実の息子だと知らされ、その上でその権利を放棄しハサンのボディーガード役を引き受けたのも、全ては、北斗を手に入れるため

それ故

その事件によって北斗と、北斗の側に居ることの出来る立場を手に入れたアルは、必然的にハサンの側を離れる事になった

つまり

ハサンはその時、流とアル・・・2人の存在を手放したのだ
供に自分を王子だから・・・というただそれだけの事で特別扱いすることなく、対等に、あるがままの自分を受け入れ、見てくれる・・・その、大切な存在を

それは、王子であるがゆえに・・・自分の我が儘を決して言ってはならないのだという事を、ハサンが知っていたからに他ならない

その一言が、ただの我が儘で終わらず、相手の主義主張など無視して現実化してしまう事を
自分の物ではない、権威や権力、財力・・・そんなもので欲しいものを手に入れる、その虚しさを

だから

ハサンが我が儘を躊躇なく口にする時は、王子という肩書きを捨て去った・・・ただのハサンとしての時だけ
そしてその事を熟知し理解しているのは、今はまだ・・・この、腹違いの兄・アルだけだったのだ

「・・・ならば、学べ。王子として言うべき我が儘を」

「・・・?王子としての・・・言うべき我が儘?」

思いもかけない言葉に、ハサンが眉間にシワを刻む

「そうだ。望めば叶う・・・その我が儘の使い方をな」

言い放ったアルの口元が、不敵に笑っていた








「ナシル、サソリ団の奴ら、本当に来ると思うか?」

「どうかな・・?でも、北斗っていったら有名人だし、王宮以外のこんな所で公演するなんて滅多にないらしいし、俺だったら狙うな」

すっかり闇色に染まった空を煌々とした十六夜の月が照らす下で、ナシルとジュウザがそんな会話を交わしている

2人が居るこの場所は、街の中心部にほど近い公園の一画
1日限りのマジシャン北斗の公演のために設置された、大きなテントの裏口だ

昼間に行われたその公演は大盛況で、大勢の客が詰め掛けた
当然ながら、そこで支払われた入場料がこのテントの中に現金として置かれている

それをサソリ団が狙わないはずがない

「・・・サソリ団ねぇ・・聞いていい?何でサソリなの?」

不意に背後からかけられた言葉に、ジュウザとナシルが驚いて振り返る
そこに
先ほどまで舞台の上で、華麗なマジックを披露していた・・マジシャン北斗本人が、にこやかな笑みを浮かべて立っていた

「っ!?ほ、北斗・・っ!?」
「ほんもの・・っ!?」

同時に叫んだ二人が、その、至近距離で見る北斗の容貌に目を見開いて固まっている
どう見ても年齢不詳、男のクセに思わず見惚れる妖艶な出で立ち、視線を奪われる魅惑の微笑み・・・

世界中のセレブ達がこぞって心酔している・・という噂が囁かれるのも頷けるな・・・と、呆けたままのジュウザより先に我に返ったナシルが北斗に笑み返す

「奴らは奇襲が得意なんです。音もなく近付いてきて気がついたときにはやられてる・・・まるでサソリの一撃みたいだって。それに、中に目立つ赤い髪の奴が居るらしいんです。それで・・・」

「へぇ・・・赤い髪かぁ。なるほどね・・・相変わらず性質が悪いなぁ・・・」

「・・・は?」

呟くように言った北斗に、ナシルが思わず聞き返す

「あぁ、ごめん。なんでもないよこっちの話。じゃ、警備よろしくお願いしますね!」

にこやかにそう言うと、北斗がきびすを返してテントの奥へと姿を消した

「・・・う、わ!すげぇ、ナシル!北斗と話したんだぜ!俺達!!」

魂が抜けたように北斗に見惚れていたジュウザが、ようやく我に返って興奮気味にナシルに告げる

「・・・お前、げんきんだな・・昨日まで北斗なんて眼中にもなかったくせに」

「いや、だってよ、あんな美人だとは思ってもみなかったし!」

「・・・ジュウザ、浮かれすぎ!しっかり見張ってろ!」

あきれたようなナシルの声が、低くテントの周辺の空気を揺らした






「・・・・・アル、お前どういうつもりだ?」

テントの中に設えられた自室に戻った北斗が、目の前で優雅に座っている長袖長衣の男に呼びかけた

「なんのことだ?」

上がった薄い唇の端が、北斗の問いの意味を分かっていながらとぼけている事を物語っている

「・・・あきれた奴だな。ハサンに流の代役を与えるつもりか?」

「・・・代役?」

フ・・ッと鼻で笑ったアルが僅かに顔を上げ、目深にかぶったカーフィアの下から冴え冴えとしたアイスブルーの瞳を覗かせて、北斗を見据えた

「あのハサンが代役などで満足すると思っているのか?」

「っ?!」

「それに、代役などというチャチなオモチャを俺が用立てるとでも?」

「っ!じゃぁ・・・?!」

「それをこれから確かめる。本当に”カルブ・アル・アクラブ(サソリの心臓)”かどうか・・・な」

「・・・・”カルブ・アル・アクラブ(サソリの心臓)”?」

一瞬眉をひそめた北斗が、次の瞬間その意を解したように不敵な笑みを浮かべた

「・・・なるほど。”抗うもの”か・・・お前の狙いは一体どっちだ?」

「・・・なんのことだ」

再び答えをはぐらかしたアルが、不意に立ち上がり北斗の横をすり抜ける
その動きに、北斗もハッと目を見開いた

「・・・・おでましか」

その呟きと同時に、テントの中を照らしていた全ての明かりが消え、
闇が全てを支配した










「ぅわ・・・っ!」
「くぅ・・・・っ!」

不意に訪れた闇と同時にナシルとジュウザの身体が、次々と地面に転がる

テントの周囲に配備されていたナシルの仲間達や、ファハドから配備されていた兵士達も消えた明かりに気を取られた、その一瞬のすきを突かれ次々と昏倒されていた









『・・・・・・シュッ!』

微かに空気が揺らぐ気配

同時に

『ガシッ!』

何かが何かをしっかりと掴んだような音
ハッと息を呑んだような気配

「捕まえた」

笑いを含んだ声音がそう言った瞬間

「っ!?ピィーーーーーーーッ!」

耳をつんざく指笛の音が闇を震撼させる
その音と同時に、消えたはずの全ての明かりが復活した










指笛の音が響き渡ると同時に、周囲に居た人間達を昏倒させて中へ忍び込んだ者達が、テントの外へと飛び出してきた

それを見計らっていたかのように全ての明かりが復活し、同時に

『バンッ!!』

という爆発音と供に、バラバラに逃げ出そうとしていた者達の足元で火花が上がった

一瞬、その眩しい光と爆裂音に逃げ出していた足が、止まる

「北斗のマジックショーへようこそ・・・っ!」

テント屋根の上に現れた北斗が、そんな呟きと供にかざした両手を一瞬足止めを喰らった者達目掛けて振り抜いた

指の間に挟まれていた小さなボールがその指先から放たれて、次々と狙ったその背中で炸裂する

だがそれは、当たった者達が気が付かないほどの小さな衝撃しか与えられず、あっという間にその姿は遠ざかっていく

「・・・・ふむ。百発百中!なかなかどうして・・我ながらいいコントロールしてるね♪」

楽しげに呟いた北斗の眼下では、アルによって昏倒から目覚めさせられたナシルやジュウザ達が、一斉に逃げ出していった者達の後を追って駆け出していた










「お前がサソリ団のリーダーか・・・!」

掴んだ腕の下から、まるで猛禽類を思わせる鋭い視線を注ぐ少年・・・ハサンが、カーフィアで目元以外をすっぽりと覆い隠した侵入者の男に向かって言い放つ

「っ、お・・・まえ!?」

ゾク・・ッと、その視線に駆け抜けた戦慄

掴まれた腕を支点にして、見事な身のこなしで体を一回転させた男が、その反動を利用して腕を解き放った

「さすが!いい動きしてる・・・!」

言いながら、ハサンの足がその着地地点に向かって横一文字に振り抜かれた

「く・・・っ!」

その足払いを避けようとしてバランスを崩した男が、とっさに手をついて横っ飛びに飛び退り、距離を取る

「この・・・っ!」

叫ぶと同時に男が腰に差していた短剣を抜き差って、ハサンに向かって切り付けてきた

普通、刃物で切り付けて来られたら、反射的にそれを避けて体を引く

だが

ハサンは逆にその男の方に向かって飛び込んで行った・・・!

「っ!な・・・っ!?」

意表を突かれた男の視界から、一瞬、ハサンの姿が消えた・・・!?と思った瞬間、沈み込んだハサンが下から男の懐めがけて飛び込んで来た

そのまま体を密着させて男の動きを封じ込んだかと思うと、短剣を握るその手を捻り上げ、男の耳元で言い放つ

「俺はお前と話がしたいんだ!」

「な、ん・・!?」

「俺の話を聞け!イブン・サルマーン(サルマーンの息子)!」

「っ!?」

目を見開いた男の手から一瞬力が抜け、ハサンが素早く短剣を奪い取る

「・・・図星か。アリー・サルマーン・ハルブ!」

「・・・っ黙れ!」

奪われた短剣を取り戻そうと反撃に出たアリーの動きを読んでいたかのように、ハサンの足が一瞬早く足払いをかけ、その体を地面に組み伏した

その動き、素早さ、鋭さ、相手の意表をつく心理戦的物言い・・は並の者が使うものではなく、どちらかといえば傭兵等が使う実戦レベルだ

「ク、ウ・・・ッ!お前、何者だ!?」

組み伏され、背中で腕をねじ上げられたアリーが、それでもなお、抗って暴れる

「それが聞きたくば、大人しくしろ!下手に暴れて事を荒立てると、お前の仲間達もただでは済まなくなる!」

「はっ!あいつらがお前らなんかに捕まるか!」

「普通の兵士や警官にならばな。だが、今お前の仲間を追っているのは、この街の裏道や隠れられる場所・・・隅々までよく知った、お前の仲間と同じ10代の子供ばかりだ!砂漠が庭のお前たちと同じように、俺の仲間はこの街全体が庭、逃げられやしない・・・!」

「な・・・っ!?」

何もかも見透かされている・・・!?

そんな驚愕の表情で、アリーが自分を組み伏している少年、ハサンの顔を首を捻じ曲げて見つめた
カーフィアの奥から覗く漆黒の双眸は、最初見た時に駆け抜けた戦慄そのままに、鋭く射る様な視線と魅入られる輝きを放っている

今まで

闇の中で相手を仕損じた事など一度もなかった
一撃で相手を昏倒させる腕と、入念に行う下調べによる奇襲
今回も上手く行くはずだったのに・・・!

「”カルブ・アル・アクラブ(サソリの心臓)”・・・かつてそう呼ばれていた勇敢なるハルブ族の族長・イマームも、寄る歳には勝てなかったようだな」

不意に注がれた低い声音に、アリーがハッと顔を上向けた



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