ダブル・クリムゾン・スター











ACT 3










「誰だ・・・っ!?」

叫んだアリーの視線の先に、カーフィアを目深にかぶった男・・・アルが悠然と立っていた
その背後で、到底その場の雰囲気には似つかわしくない笑みを浮かべた北斗が、ニッコリとアリーに向かって微笑んでいる

「イマームの容態はどうだ?」

先ほどと同じ、低く染み入るような声音でアルが問いかける

「っ!?お前、なぜ・・・!?」

訝しげな表情になったアリーの前に屈みこんだアルが、不意に目深にかぶっていたカーフィアを取り去った
現れたのは、褐色の肌にどこまでも冷たいアイスブルーの瞳、後手に皮紐で戒められた目の覚めるような金髪・・・!

一度見たら決して忘れる事など出来ないであろう・・・その、どこにもない絶妙なアンバランスさによって作り上げられた、端整な容貌

その容貌を目の当たりにした途端、アリーの表情が見る見るうちに驚愕の色に彩られていく

「ま・・さか、”アル=ファルド”(孤独な蛇)!?イマームと供にハルブを救った英雄!?」

その言葉に、アルの表情がいかにも嫌そうに歪む

「・・っ、あの老いぼれイマームめ、都合のいいように脚色してやがる・・・!それより答えろ、まだ助かりそうなのか?」

アルの問いかけに、アリーが視線を落とす

「・・・分からない。だけど死なせない・・・!絶対に!」

憤ったアリーの背中から、押さえつけられていた圧迫感が消える
「え・・・?」と振り仰いだアリーの前に、不敵な笑みを口元に浮かべたハサンが立っていた

「そのために金が必要だった・・か?だったら俺がその望み叶えてやる。ついでにお前と、お前の仲間達がやったことも帳消しにしてやってもいいぞ?」

「なんだって・・・!?」

「その前に一つ確認しておく。アリー、お前、そのカーフィアの下に隠した髪を見られたことはあるのか?」

「髪・・・!?いや、これを取られるようなヘマなどするものか!」

憤慨したように言い募ったアリーの背後で、アルがス・・ッとカーフィアを目深にかぶり直して音も無く立ち上がり、ハサンと意味ありげにチラリ・・と視線を交し合う

「やはりな・・・」

呟くように言ったアルがきびすを返し、北斗の前を通り過ぎる直前「仕上げは任せたぞ・・・!」と言い放って出て行った

「・・・だってさ。人使いが荒いのは血筋なのかな?」

肩をそびやかした北斗が、ハサンに笑み返しておどけたように言い、アリーの手を取って立ち上がらせる

「心配しなくても君のお祖父さん、イマームは必ず助ける。その代わり、君にはそれなりの代償を支払ってもらう事になるけど・・・いいよね?」

柔らかい物腰と、思わず見惚れる優しい笑み
舞台の上そのままの北斗が、目の前でアリーに微笑みかけていた

だが

その笑みを彩る表情とは裏腹の・・・決して笑っていない濡れ羽のように妖しく輝く漆黒の双眸が、アリーに有無を言わせぬ圧迫感を与えている

「っ、」

思わず息を呑んだアリーがジリ・・・と後ずさった・・・が、背後からも感じる、あの、獲物を狙う砂漠の鷹のようなハサンの視線に、それ以上動く事も出来ずに固まった


・・・・・・・こい・・つら、ただ者じゃない・・・っ!


どう見ても優男で華奢な体つきの・・・マジシャン北斗
どう見ても自分より年下で、得体の知れない・・・少年

その外見からは想像も付かない何かが、ヒシヒシと伝わってくる

「・・・・・俺に、どうしろって・・・?」

到底敵わない・・・いや、敵にすべき人間ではない・・・!と判断したアリーが、両手を掲げて降参の意を表す

「なるほど・・度胸も据わってて頭もいい。君、これから大変だよ?覚悟しといた方がいい」

不意に笑みを解いた北斗が、一瞬、その怪しい双眸に見合った冴え冴えとした表情を見せつける

「え・・・?」

その北斗の変貌に目を瞬く間もなく、ハサンがアリーの腕を取って北斗と供に歩き出した

「ちょ・・・っ、どこへ・・・・!?」

「死にたくなければ大人しくついて来い」

意味ありげに不敵な笑みを浮かべたハサンが、アリーに向かってそう言った

「な・・っ!?どういうことだ!?」

「花火を上げるのさ」

「花火・・・!?」

なんだそれは!?と言わんばかりに目を剥いたアリーに、前を歩く北斗が振り返って満面の笑顔で言い放った

「マジックショーのクライマックス!このテントを吹っ飛ばす、ばかでかい奴をね・・・!」










『ドンッ!!』

地震かと思えるような地響きが市街に響き渡る

北斗のテントが張られていた公園から、まるでファイアーストームのような炎が吹き上がっていた

そろそろ寝静まろうか・・・としていた街の様子が一変し、街中の人間は言うに及ばず、その吹き上がった炎は砂漠地帯のベドウィン達の目にも届いていた











「・・・・ところで・・・偉大なるハルブの族長・サルマーン、引退したかつての英雄・イマームが病気だと聞いたのだが・・・?」

「・・・・さすがはファハド国王、我らのような辺境の者達の情報にまで精通しているとは・・・!いや、良い耳をお持ちのようだ」

互いに相手の技量を探りあう視線
その口から流れ出る言葉一つ一つに、揶揄と中傷がちりばめられていると言って過言ではない

市街からさほど離れていない砂漠の一角

そこに建てられたテントの中で、ファハド国王とベドウィンの中でも最も影響力を持つと言われる部族・・・ハルブ族
その族長サルマーンとの秘密裏の会談が行われていた

最近出没している噂の盗賊”サソリ団”
その盗賊に関して流れる情報の真偽を確かめるためと、ベドウィン達から上がっている諸外国受け入れに対する不満・・・の話し合いをするためのものだった

「・・・ただの風邪から原因の分からぬやっかいな病へ・・・今では起き上がることすらままならず、治療方法も見つけられぬまま、死を待つのみ・・・と聞いたのだが?」

ファハドの言葉に、サルマーンの片眉が僅かに上がる

「・・・よくご存知だ・・。だがその事とサソリ団と、どう関係があると?」

「いやなに・・・外国の最先端治療を受ける事が出来れば、その命助かるかも知れぬ・・・と聞いた若者が居たとして、そのために必要な金をいち早く用立てるがために思いつく事とは、なんだと思う?サルマーンよ?」

「・・・何が言いたいのかよく分からぬな」

「しかもそれが仕組まれた事で、罠とも知らず踊らされていたとしたら・・・?」

「っ!?」

意味ありげな視線で言ったファハドの言葉に、サルマーンの表情が一変する

「サソリ団によって襲われた者達は、全てとある企業家にとって邪魔な存在ばかり・・・しかもその企業家がもっとも欲しがっている物が、ハルブ族がもっとも神聖視する場所の下に眠る地下資源だとしたら・・・?」

「っは!何を・・・ばかな・・・!」

「知らぬとは言わせない。かつてハルブが他部族によって侵攻されかけた理由もそれ・・・。そしてその危機を救ったのが英雄・イマーム。その功績によりその息子サルマーン、お前は今の地位にある。それを快く思っていない者達に心当たりがないわけではあるまい?」

「っ!、まさか・・・かつての侵攻で戦死した以前の族長の息子、ハッダード・・・!?」

息を呑んで言い募ったサルマーンの正面、仕切り用に垂らされていた布がバサッとひるがえったかと思うと、そこから散々に痛めつけられた様相の男が2人、カーフィアを目深にかぶった男に突き飛ばされるようにして転がり込んで来た

「!!なっ・・・!?」

驚愕で目を見開いたサルマーンの前で、呻く男達を足蹴にした男が低く冴え冴えとした声音で言い放った

「そいつらが証人だ。イマーム付きの医者と、サソリ団に金の在り処と警備の詳細な情報を流していた市警団の役人。イマームに薬と称して毒を飲ませ、盗賊団に”サソリ”という名や”赤い髪の男が居る”という噂を流した、ハッダードの手下。
あれほどあいつを殺しておけと忠告しておいてやったのに・・・この借りは高くつくぞ、サルマーン!」

言い終わると同時に取り去られたカーフィアの下から、金色の髪とアイスブルーの冷たい瞳が露わになる

「っ!!ア・・、”アル=ファルド(孤独な蛇)”?!なぜお前がここに!?」

「あのイマームが病気で寝たきりだと?これ以上笑える冗談が他にあるか?そんなもので死なすくらいなら、俺がこの手でその息の根を止めてやろうと思ってな。そしてそれを手をこまねいて見ている、サルマーン、お前もな!」

どう見ても冗談を言っている風ではない、そのどこまでも冷たいアイスブルーの瞳に、サルマーンが意を決したようにファハドへと向き直った

「・・・・息子を・・・偉大なるイマームの血をもっとも濃く受け継いだあの者を、失うわけにはいかない。私の命などいくらでもくれてやる・・・だから・・・」

深々と頭を下げて言いかけたサルマーンを、ファハドがその眼前に掲げた手でその先を制した

「サソリ団という名も、その中に赤い髪の者が居るとの噂も、全てはその罪を他の者へ擦り付けようと企んだ、その盗賊団が流したデマにすぎん。それに、”サソリ団”は今夜、誤って起きた爆発事故で全員吹き飛ばされて遺体すら回収できなくなる」

「な・・に!?」

目を見開いたサルマーンの耳に、にわかに騒がしくなったテントの外の兵士達の声が聞こえてくる

「見ろ!何かが爆発したぞ!」
「なんだ・・?!花火まで上がっているぞ!」
「凄いな・・・火柱がここまで見えるぞ・・・!」

次々に上がっているらしき、花火の爆発音がテントの中にも響き渡ってくる

「なん・・・だ?一体、何が・・・!?」

唖然としているサルマーンの前で、フワリ・・・と垂らされた布が、再びひるがえる

「マジシャン北斗のテントに押し入った盗賊が、誤って仕掛け用の火薬を暴発、置いてあった花火にも次々に飛び火して大爆発。盗賊団は全員木っ端微塵に・・・という寸法です」

涼やかな声と供に現れた北斗が、にこやかな笑みを浮かべてファハドとサルマーンに軽く会釈を返す

「っ!?マジシャン北斗!?それに・・・・アリー!?」

北斗の背後から現れた二つの影に、サルマーンが驚愕の表情でその名を呼んだ

「っ、父さん?!なんで、ここに・・・!?」

その名を呼ばれたアリーもまた、目を見開いて絶句している

そんな2人を尻目に、もう一つの影・・・ハサンが躊躇なくファハドの方へ歩み寄り、その横にドサッとばかりに座り込んでサルマーンを見据えた

「紹介しようサルマーン、これが我が息子、ハサンだ」

「っ!?」
「な・・・っ!?」

サルマーンとアリーが同時に息を呑み、ファハドの横で堂々とした態度で座っているハサンを凝視した

その視線に応えるかのように、ハサンが目深に感ぶっていたカーフィアを取り去って言い放つ

「勇敢なるハルブの族長・サルマーン、お目にかかれて光栄だ。不穏な噂で”カルブ・アル・アクラブ(サソリの心臓)”の縁の者との疑いがあった”サソリ団”も、その死を持って疑いが晴れた事をご報告する。
被害にあった諸外国も、死んだ者に対してまでその罪の追求をすることは不可能・・・ましてや、これだけの爆発だ、遺体の引き渡しの要求に応えられずとも、不満の声は上がるまい」

その言葉を聞くアリーの赤い瞳がこれ以上ないほどに見開かれ、その用意周到で思い切った作戦と、仕掛けられた駆け引きを思い知らされて、深紅に染まっていく

カーフィアを取り去って露わになったハサンの精悍な容貌と、聡明で油断のならない輝きを秘めた漆黒の双眸
その見た目の年齢とはかけ離れた態度と、落ち着き払った物言い

ベドウィンの中でも最も勇猛果敢と恐れられる部族・ハルブ族長・サルマーンを前にして、まだ10代そこそこの子供が、平然と対等に挑みかけてくる

「っ!!、・・・・・・アリー!」

一瞬息を呑み、フ・・・ッと笑ったサルマーンが、アリーをハサンと同じく自分の横に座らせた

「挨拶が遅れて申し訳ない。これが我が息子にして”カルブ・アル・アクラブ”の血をもっとも濃く受け継いだ次期ハルブ族・族長、アリーだ」

その言葉に、ハッと目を見開いたアリーがハサンの言った言葉に対する父・サルマーンの意を解して、きつく戒めていたカーフィアを取り去った

戒めを解かれ、露わになって流れ出た、人目を引く赤い髪

かつてのハルブの英雄・イマームが、その異端の生まれであるが故になびかせていた赤い髪、赤い瞳

その勇猛果敢にして型破りな戦法、奇襲によって一撃で軍隊を退かせた逸話から、ギリシャ神話の軍神「アレス」に対抗した者として”アンチ・アレス”・・・さそり座の心臓部分で赤く輝くα星「アンタレス」・・・を示すアラビア語”カルブ・アル・アクラブ(サソリの心臓)”と讃えられる様になった

その血を引くことを証明するに相応しい、その赤い髪・赤い瞳
その色味はイマームほど赤くはなく赤茶色ではあったが、今では誰もが一目で認めるハルブ族の英雄の象徴だ

「ハルブ族長・サルマーンの息子にして、偉大なる英雄イマームの血を引く者・・・次期族長として国王と王子にお目にかかれて光栄です」

アリーもまた、その赤い瞳に”抗う者”の輝きを宿して、ファハドとハサンを見つめ返す

その瞳に、満足げに笑み返したファハドが、おもむろにサルマーンに向かってこう言った

「・・・ところでサルマーン、実は今、困った事で悩んでいるのだが・・・一つ知恵を貸しては頂けないか?」

「・・・私などの知恵でよろしければ、いくらでも」

「これの我が儘をどうすべきか・・・とな」

ファハドが視線でハサンを指し示す

「我が儘・・・・?」

ハサンに向かって問いかけられたサルマーンの視線に、ハサンが答えを返した

「宮殿の中に居たのでは得られぬ知識と人脈を得たいと思っているだけの事。特に今は・・・ベドウィンの誇る英雄・イマームの逸話とその歴史的背景について・・・だが」

その言葉に、サルマーンが笑み返す

「ならば一つ良い案が・・・このアリーにその我が儘を解決する役割を。王族とベドウィンの友好のためならば、一族内でも反論するものは居ないでしょう。いいな?アリー?」

族長であるサルマーンの言葉は絶対だ
それにこれは、王族に借りを作ってしまった代償に、王子の付き人になれ・・と、命じられたのと同じ

「・・・・・・はい。よろこん・・・」

言いかけたアリーを遮るように、ハサンがもう一つアリーに対して我が儘を追加する

「友好親善のためにもう一つ。アリー、サソリ団によってケガを負わされた者達が、その敵討ちの相手を失って困っている。その鬱屈を発散するためにサッカーの試合相手がほしい。チームを作れるだけの頭数は居るはずだろう?練習には市外の空き地に来れば良い。できるな?」

「な・・・っ!?」

それでサソリ団に加担した者達の罪も帳消しだ・・・と、ハサンの口元が不敵に笑っている
何しろハサンがナシルやジュウザ達に追わせたアリーの仲間達は、北斗によって投げつけられたボールに入っていた蛍光塗料の目印と、街中を知り尽くしたその土地勘によって、全員捕らわれてしまっている

その我が儘を聞き入れなければ、その者達がどうなるか・・・ハサンの胸一つで、刑に服することだってありうるのだ

「・・・・・・わ・・かりました。喜んで・・・」

アリーのその返事に、ハサンが満面の笑みを浮かべて笑み返す
その笑みに、アリーの背筋に初めて会った時の戦慄にも似た感覚が突き抜ける

あの時から既に

打算も駆け引きも関係なく、このハサンに魅入られ囚われる事を直感していたのか・・・と、アリーが瞬きも忘れてその笑みに見惚れていた












「・・・・・・ほう、まだ死ななかったか。相変わらず悪運だけは強いな、老いぼれ」

「は・・・っ!それはこっちの台詞だ。まだしぶとく生きているのか?この蛇めが!」

近代的な最新医療設備の整った、某国の軍事医療施設
その集中治療室の一画で、アルが命の危機を回避した古老の英雄イマームを見下ろして悪態を突き合っている

「・・・しかし因果なものだな。かつて”抗う者”としてその名を馳せた英雄が、今やその抗った国の世話になるとは・・・な」

「ふ・・ん、昔の事など過ぎたことよ。利用できるものを利用して何が悪い?お前もそうやって生き抜いて来たんだろうが?」

せせら笑うように言ったイマームの赤い髪が、蠢くサソリのようにその乾いた褐色のシワの上で波打っている

「・・・・なぜハッダードを生かしておいた?」

「・・・・当然だ。お前が殺し忘れた昔の忘れ物だろうが?」

その言葉に、アイスブルーの瞳が見開かれた





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クソジジイ」





珍しい、まるで子供のようなアルの悪態に、イマームが笑み返す

「ふ、その顔・・!まだ10台だったあの頃のままだな。くたばる前にその顔が見られて本望だ」

「っ、ふざけるな。この借りを返してもらうまで誰がくたばらせるものか!」

「確かに大きな借りだな。今回の事でハッダードとその勢力を正当な理由で一掃できた。だが、その借りに見合うだけのものを手に入れたんじゃないのか?」

「・・・・・相変わらず喰えないジジイだな」

吐き捨てるように言ったアルに、イマームが静かな視線を向ける

「・・・・・あれはいい子だったろう?どうだ?お前の望む”抗う者”になれそうか?」

「・・・・・知りたいなら見届けるがいい。先の事など誰にも見通せはしない」

「・・・・・そうだな。”アル=ファルド(孤独な蛇)”と呼ばれた特Aランクの傭兵が”アル=コル(微かなる者)”になるなど、誰が予想しえた?」

クツクツ・・・とイマームが赤い瞳を細めて笑った

守るものを得て、先を見ることを知った・・・その青い双眸の輝きを眩しげに見つめながら



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