ダブル・クリムゾン・スター
ACT 4
「王子・・・!ハサン王子・・・・!?」
宮殿内の一角で、聞きなれた声が焦った声音を響かせている
その声が、何かを見つけたように・・・ある一点に向かって注がれた
「アリー、アリー!お前がここに居るということは、王子もまだ宮殿の中だな。どこへ行かれたか知らないか?」
「・・・・また、抜け出したんですか?」
「3日後の隣国訪問でお召しいただく衣装合わせなのだ!今日中に仮縫いを済ませなければ、間に合わん!心当たりを探して王子のお部屋にお連れしろ!頼んだぞ!」
言い放った侍従長が、再びその名前を連呼しながら豪奢な作りの廊下の角に消えていく
「・・・・やれやれ。このいい天気でこの時間・・・となると、やっぱ、あそこだな」
呟いたアリーが、その印象的な赤い髪を無造作にかき上げる
時刻はうららかなお昼過ぎ
吹き抜ける風が心地良く乾いていて、照りつける太陽の光さえ直に浴びなければ、まさに昼寝に最適の天候だ
件のサソリ団の事件から、1ヶ月ほどの時が過ぎようとしている
ハサンが言ったように、爆発事故によってサソリ団は全員死亡したとして片づけられ、故意に流された噂によりハルブ族縁の者か・・・!?と疑われていた疑念も、払拭された
毒を盛られて危ない状態だったアリーの祖父イマールも、迅速なアルの手配により一命を取りとめ、今では以前よりも輪をかけて元気になった・・・と言って過言ではない
その代償として、ハサンの付き人兼ボディーガード兼サッカー相手・・・となったアリーは以来、毎日宮殿に通ってはその仕事を忠実にこなしている
「・・・・よ・・・っと」
アリーが宮殿の一角に設えられた植物園の中・・・その片隅に植えられた大きな木の上によじ登っていく
見事な枝ぶりの常緑樹で、生い茂った枝の上・・・下からでは見えないその場所に、昼寝に最適な空間が設えてあった
以前
今日と同じくハサンを探していたアリーに、この場所を教えてくれたのは、北斗だった
「ここはね、流がハサンのために作った隠れ家なんだ。だから、他の人には絶対教えない事!頼んだよ?」
そう言った北斗に、「・・・流って?」と、問い返すと
「うーーー・・・ん、君が”アンチ・アーレス”なら、流は”アーレス”ってとこかな?二つ並んで輝く、”ダブル・クリムゾン・スター”」
そんな意味不明な答えしか返ってこなかった
それ以来、それとなく周囲の者達に「流」について聞いて廻るようになり・・・その「流」が北斗の息子の一人であり、約1年前に起こった誘拐事件でハサンの命を救い、怪我を負った少年・・・だという事がわかった
そして
自分と同じく、赤い髪、赤い瞳をしている・・・ということも
その事が・・・アリーの中で疑念を湧き立たせる
・・・・・・・俺は、その流とかいう奴の代わりなのか?
一言、ハサンに問いただせばすっきりする
嘘や誤魔化しなど言った試しのないハサンの事・・・そう聞けば必ずその本心を知る事が出来る
・・・・・・・・それが・・・聞けないっていうのはどういうことだ?
自問しながら、その答えははっきりと分かっている
ハサンに「代わりだ」と、そう言い切られてしまったら・・・?
その後自分はどう振舞えば良いのか?
そう言い切られて、それでもなお、ハサンの側で平然と仕えていられるのか?
・・・・・・・・・今、こうして、手を伸ばせばすぐ届く・・この場所に居るのに
枝を伝って登った先
思ったとおり、その場所で、ハサンが気持ち良さそうに眠っていた
猫のようにしなやかに・・音もたてずにアリーがハサンの横に近付いていく
流が作ったのだという丈夫な木製の寝床の上に、持参してきたのだろう、麻仕立ての肌触りの良い敷き布を敷き、自分の腕を枕代わりにして、ハサンが眠っている
こうして眠って居る時だけ、ハサンは歳相応な子供に見えた
あの、鋭くて強い、漆黒の瞳が放つ視線
あの他の誰にもない、強固な意志を秘めた双眸が、ハサンをハサンたらしめているのだと、ここでこうして眠るハサンを見て、初めてアリーは知った
心地良い風が枝を揺らし、ハサンの顔に落ちた木の影が色とりどりに変化する
その風に揺れる、短く整えられた漆黒の髪
少年らしい細い首筋に掛かった、鈍く光る大振りな黄金のイヤリング
その先に、肩の上に細く幾筋かの線を描く長い髪があった
いつもは三つ編みにしてしっかり縛っているのに、今日は珍しく一箇所で括っただけ
今まで特に気にも留めなかったが、不意に疑問が湧き起こった
・・・・・・・・・・・・・なんで、ここだけ伸ばしてるんだ?
風に乗って、ふわり・・と頬にかかったその髪を払おうと、アリーが手を伸ばした瞬間
「触るな!」
不意に見開かれた、あの、漆黒の双眸が、アリーを見据えて一喝する
「っ!?、あ・・起きて・・?」
アリーが伸ばした指先をビクリッと震わせて、引き戻す
「たった今な」
そんな風には思えない、涼しげな口調でそう言ったハサンが、ムクリ・・と体を起こして木の幹に寄りかかった
「・・・何の用だ?」
眠っている時の表情とは、似ても似つかない大人びた口調と表情
この木の上で起きたときのハサンは、いつもこんな風に少しばかり不機嫌だ
「侍従長が探していました。服の仮縫いが間に合わない・・・と」
その言葉に、ハサンが如何にもウンザリ・・・といった表情になる
「またか。ていのいい花嫁候補との引き合わせだ・・・くだらん」
ハサンはまだ12歳だが、この国では14歳で大人とみなされる
この時期からの引き合わせは、至極当然だった
「仕方がないでしょう・・・あなたはいずれ国王になる。世継ぎの事を考えれば・・・」
「・・・・・ふ・・ん」
鼻で笑ったハサンが、肩にかかる一筋の長い髪を指に絡めて見つめながら言った
「そんな事で望みもしない者と結婚しなければならないのなら、俺はいつでも王子など辞めてやる」
「え・・?」
思わず目を見開いたアリーが、苦笑を浮かべた
「それは・・・いくら王子といえども通らない我が儘です。あなた以外、この国を継ぐ人間は居ないのですから」
「・・・・ふ。ならば王子でなくなればいいだけの事だ」
意味ありげな笑みを浮かべて言い放ったハサンが、指先に絡めた髪に唇を寄せる
滅多に見ない、何か愛しいものを見ているかのような・・・そんな優しい眼差しが、指先に絡む髪に注がれた
その眼差しと、浮かんだ笑みに、アリーの鼓動が僅かに早まる
どうして、そんな眼差しをその髪に注ぐのか
どうして、そんな優しい笑みが浮かぶのか
「・・・・・おう・・じ?あの・・・」
早まった鼓動に息苦しささえ感じて・・・喘ぐようにアリーが問いを口にしようとしたが・・・ハサンの言葉にそれを遮られた
「覚えておけ、アリー。王子ではない時の俺は、とんでもなく我が儘だ。欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れる」
「っ!?あるんですか・・・?そんな風に望むものが?」
思わず自然に流れ出た問い
「当然だ。お前にだってあるだろう?アリー?」
不敵に笑って返された答え
こんな風に答えを返すハサンは、一体どこまで自分の心を見透かしているのだろうか・・・?と、アリーが目を見張る
まだほんの一ヶ月
初めて出会ったあの日から、たったそれだけの時間しか経っていないというのに
出会った瞬間から魅入られ、惹かれていく自分を止めることができないでいる
本当に
この、目の前にいる少年が、王子なんかじゃなく・・・
今、固く握り締めているこの手を、迷うことなく伸ばす事の出来る・・・そんな存在だったら
例えその心の中に違う誰かが住んでいたとしても
ハサン自身が言ったように
どんな手段を使ってでも、絶対、手に入れてみせる
けれど
ハサンはこの国を継ぐ、唯一無二の王子で
自分はハルブ族を継ぐ、族長の息子
決して交わる事のない、2本のレールのような存在
ただ許されるのは
誰よりも一番近く
誰よりも一番長く
その側に居続けることだけ・・・
そこまで思って、アリーがふと思い当たってハサンを見つめ返した
「・・・王子、私も・・・あなたに望まれて・・欲しいと思われて・・ここに居るのでしょうか?」
そうなのだ
今、アリーが居るこの場所は、ハサンが望まなければ決して居ることの出来ない場所
ハサンが一言「いらない」と言えば、もう、アリーはこの場所に居ることは叶わない
「当たり前だろう。いらない物など不用だ。欲しくもない物をわざわざ手に入れるような愚かな事、なぜしなければならん?」
あきれたように言い返された言葉に、アリーの中の息苦しさが消え去っていく
「ついでだから言っておくが、流に関して聞きたい事があるなら、俺に聞け。他の者の口から流の名が呼ばれることも、他の者から語られた噂で流を想像される事も、不快だ」
アリーの心の中を見通すように、真っ直ぐにその鋭い視線が注がれた
「っ!、申し訳ありません・・・!同じ・・・赤い髪と瞳をしていると聞いたものですから・・・」
「ふん・・・、どこが同じだ?お前は”アンチ・アーレス”の血を引く者。ならば流は”アーレス”だ。”抗うもの”同士、その輝きもその存在意義も全く違う。だいたい・・・この俺が代わりの者を欲しがるとでも思っているのか?ばからしい・・・!」
北斗と同じ例えで、ハサンが吐き捨てるように言い切った
言われてみればそうだ
このハサンが「代わり」の物などで満足するはずがない
本当に欲しいものであればあるほど、それは「本物」でなければならないはず・・・!
では・・・?
ハサンの欲しいものとは・・・?
「流」という者が欲しい物ならば、なぜ、ハサンは何もしようとしないのか?
こんな・・・「流」が作ったというこんな場所にいる事自体、ハサンにとっては不愉快なはずで・・・
「・・・え?じゃあ、まさか・・・ここで起きた時いつも機嫌が悪いのは・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
その問いに、ハサンがムッとした表情で押し黙る
滅多に見ない、不機嫌さを隠す事をしない子供そのものの顔つきで
「だったら、どうして・・・」
言いかけたアリーの言葉を遮って、木の下から聞き慣れた声音が響き渡った
「王子!とうとう見つけましたぞ!アリー!お前まで一緒になって・・・!」
年老いた侍従長が、今にも木によじ登らんとする勢いで叫んでいる
その横で、北斗がにこやかに微笑んで手を振っていた
「・・・ッ北斗!?」
その姿を認めたアリーが、唖然として見下ろしている
この場所を他の者に教えるな・・・と言ったのは、他ならぬ北斗なのに・・・!
「王子ー!3日後の隣国訪問用の衣装合わせは、アリーも一緒にお願いしたいんですがー?」
その言葉に、ハサンがハッとした様に北斗を見下ろした
合わさった北斗とハサンの視線が、意味ありげな笑みを生む
「・・・・アリー」
不意に呼ばれた名前に、アリーが振り返る
「もうこの場所は必要ない。これから忙しくなるぞ、覚悟しておけ」
「え・・・?」
「これからmultinational corporation (多国籍企業)を立ち上げる。お前は俺のパートナーだ。嫌なら今のうちに言え」
「は・・・!?」
あまりに唐突で突拍子もない、その決定事項と即断を求める命令口調に、アリーが言葉を失ってハサンを凝視した
「言っただろう?俺はとんでもなく我が儘なんだ」
ニヤリ・・・と人の悪い笑みを浮かべたハサンが、ザザ・・ッと枝の間をすり抜けて、危なげなくトンッと地上へ降り立った
「行くぞ!アリー!これからスーツの寸法取りだ・・・!」
振り向きもせずにそう言うと、ハサンが北斗と供に歩き出した
その後を、やれやれ・・といった表情で侍従長が従っていく
「・・・・っ、う・・・そだろ!?着いて来なきゃ、いらないって事か?!冗談・・・っ!」
「流」の代わりでもなんでもない
「パートナー」だと、ハサンは言った
これ以上望むべきことが他にあるだろうか
ザ・・・ッ!と軽い身のこなしで地上に降り立ったアリーが、その赤い髪をひるがえしてハサンの後を追う
ハサンは、「流」が作ったあの場所を「もう必要ない」と、そう言った
それはつまり、もう「流」の「代わり」が必要ない・・・ということ
本当に欲しい物は「本物」だけ
その「本物」を手に入れるためなら、どんな手段を使ってでも手に入れる
そうハサンは言った
ならば
これは「流」を手に入れるための手段のはず
ハサンが「流」に近付くことは、その手段においてパートナーとなるアリーもまた、近付く・・・ということ
”アンチ・アーレス”は”アーレス”に近付いて、初めて”抗うもの”と呼ばれる星
アリーの口元が、フ・・ッと不敵な笑みを形どる
「・・・・おもしろい。”ダブル・クリムゾン・スター”か・・・”抗うもの”になってやろうじゃないか」
今はまだ互いの姿さえ見えない、遠い彼方の二つの星が、ゆっくりと・・・その軌道上で赤く、輝き始めていた
=終=
お気に召しましたら、パチッとお願い致します。
=後書き=
ハサンとアリーの出会い編。如何でしたでしょうか?
最後に出て来た=多国籍企業=これは「七夜の星に手を伸ばせ」にでて来ます。
「七夜〜」は、この話の4年後の話で、メインは流の兄・七星です。
でも、途中からハサンと流、アリーもチラッと出てきます。
ハサンと流メインの話は「七夜〜」の番外編「俺様王子と一夜の宴」で書いています。
こちらは12ページほどの漫画もついていますので、そちらも合わせて見て頂けると2倍楽しめます(笑)
「七夜〜」の北斗の息子・浅倉4兄弟の話と、このハサンやアル、北斗、アリー達の話は同時進行で、あちこちどこかで話がリンクしてくるかと思います。
ハサンが考えている流を手に入れるための手段は、並じゃありません(笑)
でも、それぐらいしないと流は落ちない。(えー)
ではでは・・・ハサン・流・アリーの話もまたいつか・・・。
感想などいただけると、アホな管理人は調子に乗ります(笑)
ご拝読ありがとうございました。