ACT 11

 

巽とみことの居る部屋から腹を抱えながら出てきた綜馬が、笑いながら寮の廊下を歩いていく。

その笑いをようやく収めた頃、さっきみことの事を聞いた生徒達から・・会えましたか?と、声をかけられた。

すると・・・さっきまで「八瀬みこと」と言っていたはずの者達が、皆口を揃えて「桜杜みこと」とその名を返してきた。

『・・・周りの者達にまで影響を及ぼせるほどの呪・・。そんなもん掛けられるんは高野でも数えるほどしかおらへん・・!』

苦々しい顔つきになった綜馬が、その足を寮の管理人室へと向ける。

鍵がかかっていたその部屋を術を使って難なく開け・・・そこにあった寮生の個人名簿に目を通す。

そこにあった名簿の名前さえも、「桜杜みこと」に変わっていて・・・そこに書かれた内容も匿名の人物からの援助を受けて、施設からこの学校へ移って来た・・事になっていた。

『・・・みことの奴にこの匿名野郎の事聞いたかて、わからへんやろな・・・。これだけ念入りに呪を掛けてるんや・・八瀬の呪が解けると同時に、それまでの八瀬としての記憶がすりかわっとるやろし・・・!』

恐らくは・・・呪が解けると同時にその人物の痕跡も跡形も無く消え去る仕掛けになっていたのだろう。

幼いみことをあの場から連れ去った人物・・・はこれ以上調べようが無い。

『・・・ま、タヌキじじい達のやる事に余計な首突っ込むな・・!っちゅうことやろな。それよりも・・・!』

寮の建物から出た綜馬が、バス停へと続く道を歩きながら・・・その先に見える鬼が出た山の一角に視線を注いだ。

『恐らくは鬼の野郎も、みことが目覚めると同時に「桜杜」の存在に気づくはずや・・!今まで大人しくしとったんは力の温存・・「桜杜」を食ってしまえば、もう恐いもんなし・・!やからな・・・!』

呟いた綜馬が、クルッと振り返って雑木林の木の上でとまっている一羽の大ガラスに向って言い放つ。

『後鬼の奴にもしっかり伝えとけ!みことが自然に目を開けるまで、あの部屋に誰も近づけるな・・・ってな!』

一瞬、大ガラスの青い目が綜馬の視線と重なる。

二・・ッと意味ありげな笑みを浮かべた綜馬が、きびすを返して「頼んだで〜!」と後ろ手に片手を振りつつちょうどやってきたバスに乗るために駆け出していった。

バサバサ・・・ッと羽ばたきが聞こえ、もう一羽の大ガラスがすでに居たカラスの隣の枝にとまった。

途端に黒ずくめの二人の青年の姿へと変化し、木の枝の先に立って綜馬の乗ったバスを見送る。

『・・・相変わらずバカだな・・・あいつは・・。鬼が動き出せば当然結界を破るだろうに・・!その時に自分が受けるダメージを考えてもいない・・・!』

前鬼の青い瞳が冴え冴えとした輝きを放って言い捨てる。

『それを覚悟の上でしょう・・?自ら招く結果だよ?放っておけばいいじゃない・・・』

後鬼の緑色の瞳が笑いを含んで細められ、前鬼の不機嫌そうな横顔を盗み見て更に言った。

『・・・ああ、でも、ダメージを受けて使い物にならなくなるのは困るね・・・。巽一人で千年の時を越えた鬼を相手にするのはちょっと・・・きついかな・・・?』

どうする・・?と言いたげな後鬼の笑いを含んだ視線に、前鬼が睨みつけるような視線を返し・・・

『バカな奴のフォローは俺がする・・!お前はあの得たいの知れん半精霊を見張っておけ!』

言い捨てて、羽ばたきと共に綜馬の後を追っていった。

『・・・素直じゃないねー・・気になるならそう言えばいいのに・・!さて・・こっちはこっちで鬼に対する切り札を確保しておかないと・・ね』

みことの呪が解かれた事により、空也の息のかかった刑事達もこちらに向ってくるはずで・・・。

『異界の迷路でも作っておこうかな・・・?』

いかにも楽しげな笑みを浮かべた後鬼もまた、羽ばたきと共に飛び退っていった。

 

 

 

みことの呪が綜馬と巽によって解かれた頃・・・。

あの陥没した桜の木の根元があった場所から、地底から染み出すように黒い影が立ち上っていた。

じわじわと・・・低く、まるで這い回る蛇のような触手が何かをまさぐるように地表に広がっていく。

その触手の一本が、陥没した場所に垂れ下がっていた青々としたツタカズラのツルに触れ・・・あっという間にそのツルを、湧き出た黒い影の源である地底へと引きずりこむ。

その地底から・・・

ヌ・・ッと、人の手の形となった植物のつるが突き出され・・・やがて全身を植物のツルと葉で形作られた人型・・のようなものが這い出てきた。

立ち上っていた黒い影が全てその人型の中に寄せ集められたようで・・・人と同じく二本の足で立って歩き始めたその型の隙間から、時折黒い影が群がる虫のように蠢いているのが見て取れる。

そのまま陥没した場所を這い登り、木立の残る丘を抜け・・・下へ、下へ・・・山を下っていく。

・・・が、

その中腹でまるで何かに弾かれたように、人型の植物がいきなり白い閃光と共に後ろに向って吹き飛ばされた。

一瞬澱んだように歪んだ空間が、再び元通りに結界の壁を作り上げる。

綜馬が張った結界・・・によって鬼が弾き返されたのだ。

吹き飛ばされてバラバラになった植物のツルが再び蠢き始め・・・もとの人型になリ、その手に剣のような形状の細長い物を作り上げた。

それにもう片方の手が何か・・・文字のような物を刻み付ける。

途端に、ただの植物ののツルが絡まっただけのはずの物が・・・黒い輝きを放って黒く底光りする一振りの剣へと変化した。

表情などないはずのツタが絡まっただけの顔に・・・ニヤ・・と笑う裂けた口が現れる。

両手でその剣を握り締めた人型から、剣に向って黒い影がまとわり付き・・・大きく膨れ上がった黒い剣が、結界の壁に向って振り下ろされた・・・!

刹那、

その振り下ろされた剣を、飛び込んできた黒い影が下まで振り切らせずに掲げた両手で受け止めた。

『・・くっ・・!辻 綜馬!!結界を解け・・っ!!』

黒い影・・・と見えた前鬼が、結界の壁にわずかに切り込んだ剣を両手から放った妖気で止めている。

同時刻、

鮮やかに肉の裂けた手の平から血を滴らせた綜馬が、その場所へ続く山道で叫んでいた。

『な・・っ!?前鬼か!?あほっ!俺が結界解くと同時に逃げろよ・・っ!!』

バシン・・ッ!!

という、何かが弾け飛ぶような音と共に結界の壁の支えを失った黒い剣が振り切られ、前鬼の片腕を切りつけた途端その力を失ったかのようにチリとなって掻き消えた。

片腕を犠牲にして振り下ろされた剣をかわした前鬼が、大ガラスに変化してその場から飛び退る。

結界の壁が消えた事を確認したように・・・裂けた口から咆哮のような歓喜の声が流れ出たかと思うと、人型をなしていたツルの塊がバラバラ・・・とその場に崩れ落ちる。

湧き上がった黒い影が、空中に大きく広がり・・・突然何かを見つけたかのように一点に向って降りていく。

その場所を確認した前鬼が、ザァ・・ッと滑空し、綜馬のいる場所へと降り立った。

負傷した手の平をハンカチで止血した綜馬が、ハッと振り返る。

綜馬の前で人の姿になった前鬼の片腕にも、鋭く切り裂かれた傷跡が残されている。

『おい・・前鬼!?お前、その腕!?』

血こそ出ていないが、構造上人間のそれと酷似した腕が無残に切り裂かれていた。

『ああ・・?これか?剣に宿った力を受け止めた代償だ。それより、あの鬼・・・警官の一人に乗り移った。どうする気だ?放っておいたらこの辺の人間全部食らい尽くすぞ・・・?』

何食わぬ顔で言う前鬼に、綜馬が驚いたような顔つきで聞く。

『「ああ・・?」ってお前・・痛みとか感じへんのか!?』

『お前は俺をなんだと思っている?!人ではないのだ痛みなど感じるはずがなかろう?これは単なる妖力の消失だ。他の妖魔を食えば元に戻る!』

いかにも小バカにしたような言い草と目つきで前鬼が綜馬を睨みつける。

とても礼を言える雰囲気ではない前鬼の態度に、綜馬が苦笑を浮かべた。

その綜馬の前で突然空間が歪み・・・そこに巽と後鬼が突然現れた。

『綜馬・・!?お前、ケガは・・!?』

現れた途端、間髪をいれずに巽が綜馬の腕を取って、傷の深さを確かめる。

『巽!?お前こんなとこで何しとん?!みことに付いとかなあかんやろ!!』

巽の手を振り払った綜馬が責める様に巽を問いただした。

『それは後回しだ!前鬼、後鬼!鬼の居る場所へ案内しろ!』

途端に二羽の大ガラスが二人の頭上へ舞い上がる。

『追うぞ・・っ!』

短く言い捨てた巽が、大ガラスの後を追うべく人とは思えぬ速さで山中を駆け抜ける。

『おいっ!ほんまにあいつ放っておいて大丈夫なんか・・?!』

その巽の後を追う綜馬もまた尋常ではないスピードで巽の後を追っている。

『多分な・・・。呪によって人の闇の感情を呼び起こしていたわりに、あいつはどうみても無垢で無防備だったろう?お前、それをどう思う?』

『・・!?言われてみれば・・・ってことは、考えられる可能性は・・・守護・・・か!?』

『その可能性もあるが・・・俺は・・・みこと自身の持つ潜在能力に何かあるような気がしてる・・・』

山の陰から昇り始めた十三夜の月の中、浮かび上がった二羽の大ガラスが不意に急降下する。

それと同時に漂ってきた・・・湿った生臭い風と金臭い血の匂い。

『巽・・!あそこや・・・!!』

数人の警官・・・だったらしき肉片とズタズタに切り裂かれて散乱した制服。

血だまりと・・・その中で悠然と人肉を貪っている、異形の鬼。

木立から注がれる月明かりに照らし出されたその姿は、全身を食らった人の血で染め上げ、蒼い炎でその身を揺らめかせていた。

鼻をつく異臭と、むせかえるような濃い血の臭いの中で・・・耳まで裂けてヌラヌラと赤黒く滴る血を、獣の牙に光らせながら鬼の口がニヤリ・・・と笑った・・・・!

『前鬼!後鬼!結界を張れ!誰もこの場に近づけるな!!』

巽の鋭い言葉に、再び急上昇した二羽の大ガラスが結界を張る。

『臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・前!』

綜馬が間髪を入れず呪を唱え、印をきる。

その綜馬の呪に合わせ、巽も虚空に文字を描く。

『・・・イス!』

『・・・縛!』

二人の気合いが重なって、一気に鬼に向って放たれる。

綜馬の放った呪が、鬼の周りに幾層もの輝く呪縛の環となってその体を包み込み、巽の放ったルーン文字が鬼の体の自由を奪い、凍り付かせた。

『ウオオオオォォォォォッ・・!!』

完全にその術によって自由を奪われた鬼が、山を揺るがす恐ろしい咆哮をあげる。

『よっしゃぁ・・!後は任せろ・・・!』

叫んだ綜馬が更に続けて印を結び、気力を高める。

・・・・が、

その呪縛の環の中で、鬼の口元に不気味な笑いが浮かんでいた・・・。

わずかに自由の利く鬼の足先が、地面に二つの文字を書き付ける。

そして・・・

『ラド・・ケン・・!』

鬼の口から流れ出た言葉に、巽が驚愕の表情になった。

『綜馬・・っ!!』

反射的に飛び出した巽が、綜馬を庇うように盾となり文字を描く。

『オセル・・ッ!』

その巽の叫び声と同時に、鬼を呪縛していた環が一瞬にして崩壊したかと思うと、燃え盛る炎の弾となって巽と綜馬に放たれた・・・!

『巽!?』

突然目の前に現れた巽によって、結びかけていた呪を霧散させた綜馬が非難の声を上げるのと、巽が放ったルーンの呪により作られた盾のようなシールドが炎の弾を弾くのが、同時。

『な・・んやて!?巽!どういうことや!?』

『こっちが聞きたい・・!あの鬼・・俺と同じルーンを使う・・!』

『なに・・!?』

互いに驚愕の表情を張り付かせた巽と綜馬が、あっという間に炎を上げて燃え盛る周りの木々に囲まれていた。

ルーンの呪によるシールドを保つ巽に近づいた鬼が、虚空に文字を描く。

『・・!!逃げろ・・!綜馬・・っ!!』

息を呑んだ巽の切羽詰った声と、鬼の耳障りなシャガレタ声が重なった。

『ソーン・・・』

鬼の放った言葉と同時に巽の張ったシールドにまるで門が開くように裂け目ができ、入り込んだ鋭いカギ爪からまだ血を滴らせたままの腕が巽の首筋を掴み取る。

『・・く・・ぅ・・!!』

途端にシールドが決壊し、もう一方の鬼の腕が綜馬の体を跳ね飛ばした。

『ガ・・ハ・・・ッ!』

燃え上がる木にしたたかにその体を叩きつけられて、綜馬の体が地面に転がる。

『・・・・つっ!!く・・そ・・!この・・・!』

背中でくすぶる火種を、軋む体を反転させて消し去った綜馬が立ち上がれずに・・・巽のほうへ視線だけで振り返る。

その視線の先で、巽と鬼の姿が渦巻くように湧き上がった炎の壁によって遮られ、見えなくなった。

その炎の中で、鬼のシャガレ声が響き渡る。

『・・・ミエルゾ、オマエノココロノ、ヤミガ・・・ホノオヲノ・・・キオク・・・』

首を掴み上げられていた巽の表情が、締め上げる息苦しさとは明らかに違う・・・青冷めた歪んだ表情に変わる。

『オマエノ、チカラ・・・クラッテヤル・・・!』

そう鬼が言った途端、巽の脳裏に忘れたくても忘れられない・・・炎の記憶が呼び起こされる。

 

今と同じく締め上げられた首筋。

その締め上げる両手の先に居る人物・・・御影聖治と同じ面影を映す男の顔が・・・体が、一瞬にして炎に包まれる。

目の前で・・・成す術もなく焼け落ちていくその体・・・。

首を締め上げていた指先が・・・ボロ・・ッと白い灰と化して崩れ去り・・・巽の体の上に、その男の残骸が・・・灰色の粉雪と化して降り積もっていく・・・・

 

巽がその記憶の波に呑まれて無抵抗な間・・・首を掴んだ鬼の腕を伝って、巽の体からオーラのような金色に輝く気の力が抜き取られていく。

やがて巽の体から力が抜け・・・その顔がカクン・・とうつむいた。

だが・・・その体からは、止まず金色の輝きが鬼に向って流れ込んでいた。

『ナ・・・ンダ・・?コノ・・・ニンゲンノ・・・コノ・・・チカラ・・・!?』

一向に衰えを見せない巽の力に・・・鬼の体の方が耐え切れず均衡を崩し始める。

『・・・・ククク・・・どうした?それではその体・・・もたないぞ・・・?』

うつむいていた巽の顔がゆっくりと上を向く。

その顔は・・・今までと全く違う、妖艶な艶をはらんだ声音と・・・例えようもない色香を放つ・・・紫色の瞳に変わっていた・・・!

 

 

 

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