ACT 12
『・・ソノ・・ムラサキノ・・ヒトミハ・・!』
巽の首を締め上げていた鬼の力が、一瞬わずかに緩む。
まるでそれを見計らっていたかのように・・紫色の瞳が笑って鬼の腕を掴み上げ、その腕を引き剥がした。
『・・千年の時を越え、運命の環は廻り始める・・運命られたもの同士が全て同じ時を得て・・・!』
鬼の腕を振り払い、鬼と対峙した紫の瞳が冷たく笑う。
『キサマ・・!ミツケタ・・!ヤナギ!・・カワサレタケイヤク、ワスレタトハ・・イワサナイ・・!』
鬼の表情にも怖気立つほどの笑いが浮かんでいる。
『・・・千年もの時の流れに身を置いて、肝心な事を忘れているようだな?我が名は「柳(やなぎ)」・・お前との契約を受けるべきは「巽」・・相手を違えば契約は無効・・よもや忘れたわけではあるまいな・・?』
『・・・クッ・・!』
鬼の顔が微妙に歪む
それと同時に鬼の体から収めきれずに溢れ出た吸い取ったの金色の気の輝きが、その体の形を崩し・・いびつに歪ませていく
その鬼の顔に手を伸ばし、ガッと掴んだ柳が鬼の体をいとも容易く押さえつけひざまずかせた。
『ウガァァ・・ハ・・ナセ!ケイヤクヲ・・ヤブル・・キカ・・?!』
崩れかけた体を必死に保とうと鬼の体が不気味に蠢く
『誰がそんな事をするものか・・!契約を破ればこの身は消し飛ぶ・・だが、お前の思い通りにはさせない・・全てはこれから始まる・・誰にも邪魔はさせない!』
そう言い放った柳の手から、鬼に吸い取られた巽の気の輝きが再びその体に吸い込まれていく。
『・・ヤメ・・ロ!カエセ・・!ソノ、チカラ・・!!』
『今はまだ私が表面に出るべき時期ではないのでね・・巽の力は返してもらう。それに・・どちらにしろこの力は貴様の今の体ではもたぬ・・早く理想の体を手に入れることだな・・・!』
『ナニヲ・・イウ・・!ソノタメノ・・ケイヤク・・デハナイカ・・!!』
徐々に均衡を取り戻した鬼の体から黒い影が湧き出して、柳に襲い掛かる
『・・雑魚ごときに何が出来る・・!』
全ての力を取り戻した柳がその影に向って片腕を振りぬく
途端に黒い影が蒼い閃光に切り裂かれ、消し飛んだ
『・・ゥガァァッ!!』
鬼が切り裂かれた腹部を押さえ込む
『・・無駄な事を・・!さっき食らった人間どもから得た力・・それで帳消しだな・・?』
悠然と鬼を見据えた柳が冷たい微笑を浮かべている
その紫の瞳に写る渦巻く炎に目を転じると、不機嫌そうに眉をしかめて言い捨てた
『・・悪いが火は嫌いでね・・消させてもらう・・!』
柳の体から蒼白い光が放たれたかと思うと、まるで滝のような雨粒が容赦なく炎に降り注ぐ
その雨の中で・・・柳の紫色の瞳がゆっくりと閉じられていく
『・・・これはお前が受けねばならぬ試練・・せいぜい私を楽しませてくれる事を期待しているぞ・・巽・・!』
柳の瞳が完全に閉じられたと同時に・・
『巽!!』
綜馬の声が響き渡り、今にも崩れ落ちそうになった巽の体を受け止めて鬼から遠ざかる。
『おい・・っ!?巽!?しっかりしぃや!』
思いきり体を揺さぶられた巽が灰青色の瞳をゆっくりと開く
綜馬の切羽詰ったような表情をその瞳に映した途端、ハッと目を見開いた
『・・っ綜馬?!鬼は・・?!』
『まだぴんぴんしてるで・・?ま、お前が手傷を追わせてくれたおかげでかなりダメージは受けたようやけどな・・!』
『・・俺が・・?!』
首を締め上げられて・・嫌な記憶に意識を呑まれた所までは覚えていたが、その後の事が全く記憶のない巽が慌てて鬼を振り返る。
炎を完全に消し去った途端雨も止み、くすぶる煙と立ち上る水蒸気の中で揺らぐ鬼の影がゆっくりと立ち上がった
『・・オノレ・・!コノママデハ・・スマサナイ・・!』
『そりゃこっちの台詞やで・・・!』
深手を負った鬼の動きが緩慢なうちに、綜馬が素早く印をきり呪を唱える
『ナウマクサマン ダボダナンイン ダラヤ ソワカ・・!雷帝招来!!』
綜馬の体から渦巻くオーラが迸り、鬼の頭上に激しい閃光と雷鳴が降り注ぐ
『グワアアアァァァァァッッ!!!』
まともに雷帝帝釈天による雷をその身に浴びた鬼の咆哮が轟きわたる
まだ青白い閃光がバチバチ・・・と弾ける中、落雷によって陥没したその場所から鬼の黒く焼け爛れた腕がヌ・・ッと突き出てきた
『・・・ちい・・っ!しぶといな・・!あれで・・あかんか・・?!』
全身全霊で雷帝を召喚した綜馬が、片膝をついて大きく肩で息をしている
巽の目の前で大きく上下するその背中には、先ほど打ち付けられて焼け焦げてただれ・・・赤黒く腫れ上がった皮膚があった
『綜馬・・!お前・・・!』
巽の息を呑んだ声音に・・・綜馬が振り返らずに答えを返す
『・・・ああ?・・・大丈夫や。それより・・・来んで!?』
そう言った綜馬の顔は、結界を張り続けた体力の消耗とケガも重なって蒼白になり、油汗が浮かんでいる
『・・ヨクモ・・コノカラダヲ・・・!キサマ・・・ユルサナイ・・・!!』
黒く焼けただれ・・・垂れ下がった皮膚を引きずるように這い上がってきた鬼の、ランランと赤く怒りに満ち満ちた獣の目が綜馬を捉えた
『ヨコセ・・・!!キサマノカラダ・・・!!』
その様相からは考えられないスピードで綜馬に踊りかかった
『オセル・・ッ!!』
綜馬の前に飛び出した巽がルーンでシールドを張る
が、それより一瞬早く鬼の伸ばした腕だけがシールドの中に入り込み、綜馬の首筋を掴みあげていた
『綜馬・・・!?』
一瞬それに気を取られた巽の隙を突き、鬼がシールドを食い破り巽の右肩に喰らい付く
『・・ックゥ!!』
『・・た・・・つ・・っ!』
首筋を掴みあげられた綜馬もギリギリと食い込む鬼の爪に・・・動きが取れない
巽の肩に喰らい付いた鬼の口がその肉を噛み砕きながら言った
『・・・コノモノノクビ、ヒキチギラレタクナケレバ・・・オマエノナヲ・・・イエ・・!』
『・・・な・・に・・!?』
肉を噛み砕かれる痛みに耐えながら・・・巽の指先がルーンを描こうと動く
『・・・ヘタナコトヲスレバ・・・コヤツハ・・・シヌゾ・・・?』
ピク・・っと巽の動きが凍りつく
『・・・ナヲ・・・イエ・・・!!』
鬼の牙が巽の肩にさらに深く食い込んでいく
『・・ックッ・・ウ・・・ッ!!!』
『・・・っつ・・み・・!言う・・な・・・よ・・・!!』
綜馬が鬼の意図を警戒し、必死に声を絞り出す
『・・・ナラバ、ヒキチギッテクレル・・・!!』
鬼の腕が不気味にたわみ、綜馬の首を締め上げる
『止めろ・・・っ!!』
叫んだ巽の灰青色の瞳と鬼の赤い目が交錯した
『・・・た・・つみ・・・巽・・・だ!!』
その名を聞いた途端、鬼の口元にニヤリ・・と不気味な笑みが浮かんだ
『タツミ・・・!!ワガ、カワセシケイヤク・・・ソノハジマリノ・・・インヲキザム・・・!!』
鬼がその名を口にして叫び・・・巽の肩の肉を食いちぎった・・・!
『ぅわあああぁぁぁ・・・・ッ!!』
鬼の牙によって無残な裂傷を負った巽が肩を押さえて地面に転がる
綜馬の首を掴んだままその体に覆いかぶさった鬼が、巽の血をその口元から滴らせながらニタ・・・と笑った
『キサマノ、カラダ・・・モライウケル・・・・!!』
綜馬の顔が、首を締め上げられて徐々に土気色に変わっていく
綜馬の意識が遠ざかる寸前、凛とした澄んだ声が鬼の背中に投げつけられた・・・!
『止めろ・・っ!!』
その声に・・・ゆっくりと鬼がその声の主を振り返リ、赤く燃える獣の目にその姿を捉えた
雲間から見え隠れしていた月がその姿を完全に隠し
暗闇と化したはずの木々の合間から浮かび上がる白い輝き・・・
それは
自らの体から淡い桜色の輝きを発して立つみことの姿だった
『その人を放せ・・・!僕を呼んだのはお前だろう・・!?お前の中の・・もう一人のお前・・!!まだ人間だった時の・・!』
『・・・サクラ・・・モリ・・・!』
みことの姿を映す鬼の赤い目が歓喜に笑う
『・・・アア、ヨンダトモ・・・!オマエヲ・・・クラウタメニ・・・!』
綜馬の首を締め上げていた手を離し、鬼がただれた体をみことに向ける
『・・・グッ・・・ガハッ!!ハ・・ッ!!・・み・・こと・・・!?ア・・ホ!はよ・・・逃げ・・ろ!!』
苦しげに咳き込んだ綜馬の横で、流れ出る血で半身を真っ赤に染めあげた巽の体が地を蹴っていた
『・・・イスッ!』
叫んだ巽が鬼の焼けただれた体に自分の血を使って文字を書き付ける
途端に
今にもみことに踊りかかろうとしていた鬼の体が一瞬にして凍りついた
地を蹴った反動でそのまま鬼とみことの間に倒れこんだ巽に、みことが駆け寄る
『・・・大丈夫で・・・!?』
そのみことの言葉を遮って、巽がみことを睨みつけて叫んだ
『何をしてる!?早く・・逃げろ・・・!』
『嫌です・・っ!!』
巽の言葉に激しい拒絶の色を滲ませてみことが言い切った
『もう、誰も殺させない・・!誰も、死んじゃいけない・・!』
巽を助け起こそうと伸ばしたみことの手が、バキンッ・・という音に動きを止める
凍りついたはずの鬼の体に亀裂が入り、まるで一枚皮が剥げ落ちるかのように・・・氷が剥がれ落ちた
『な・・!?ばかな・・!確かに・・・ルーンを・・・・!』
『・・・オロカ・・モノ・・・!スデニオマエノ、ナト、チニクヲクラッタ・・・オマエノチカラハ・・・キカヌ・・・!』
ハッと巽の顔から血の気が引く
『・・・ジャマヲスルナ・・・!』
鬼の腕が巽に向って振り下ろされた時、みことが巽の体に覆いかぶさった
『この人は殺させない・・・!!』
叫んだみことの体から一際強い輝きが放たれて、桜色から銀色へと変化する
その輝きに触れた鬼の体が、頭だけをかろうじて残してまるで砂粒のように消し飛んだ
『・・・っ!?浄化か!』
みことに庇われ、目を開けていられないほどの光の中で巽がその放たれた輝きの強さに目を見張る
けれど・・・
それが限界のように・・・みことの体が支えを失って巽の体の上に倒れこんできた
『みこと・・!?くぅ・・・っ!!』
突き抜けた痛みをやり過ごし、何とか上半身を起こしてみことを抱え込むと同時に、綜馬の鋭い声があがった
『巽・・っ!上や!!』
綜馬が残った気力で放った光の護封剣をかわした鬼の首が、みことめがけて襲い掛かる
『させるかっ!!』
みことの体を守るように抱きかかえた巽の背後で空間が澱み、凄絶な威圧感を持った何かが滲み出るように現れて、鬼の首を跳ね飛ばした
『・・・・ッな・・に・・!?』
その・・・背筋をチリチリと焼くほどのすさまじい圧力・・・ともいうべき猛々しい力に、巽と綜馬の背筋に冷たい汗が流れ落ちる
ザァ・・・ッと吹き抜けた一陣の風が月を覆い隠していた雲を取り払う
月光を受けて・・・一瞬、はっきりとその姿をさらしたのは・・・
白銀色に輝く毛並みでしなやかな肢体を覆って威風堂々と立つ獅子・・・白虎であった!
その白虎があっという間に飛び退り、月を横切って去っていく
跳ね飛ばされた鬼の首は白虎に跳ね飛ばされた途端、チリのごとく消し飛んで・・・そこから湧き出た黒い影が闇の中へと溶け込んでいった・・・。
トップ
モドル
ススム