ACT 14

 

『・・・はい!?』

巽の代わりに綜馬が振り返って返事を返すと、そこに軽く息を弾ませながらみことが立っていた

『みこと!?お前、どないしたんや!?こんな朝早う・・・?』

綜馬の視線がドアの上にあった掛け時計を追う

まだ朝の5時を少し廻ったところであった

『・・・あ・・あの、新聞配達の途中で・・・その、さっきはお礼も言えないまま送り返されちゃったから・・。助けて頂いて、本当にありがとうございました!』

深々と頭を下げて礼を言ったみことに・・巽と綜馬が顔を見合わせて苦笑を浮かべる

顔を上げて・・不安そうな顔つきなまま、みことがオズオズと巽のベッドに近寄った

『・・・あ、あの・・鳳さんの容態は?』

『ああ、心配せんでええ。もう大丈夫や。・・でも、お前・・今時珍しいな新聞配達やなんて・・・』

みことは綜馬の横に並んで巽のベッドを覗き込み、少し蒼ざめてはいるがしっかりとみことを見返す巽の瞳を嬉しそうに受け止めた

そして、少し恥かしそうに顔を赤らめて・・綜馬の方へ向き直って言った

『・・・僕、施設上がりだし・・援助してくれてる人も、高校出るまでって期限付きだったから・・ずっと特別にバイトを学校に許可してもらってやってるんです。これからはお金の事も人に頼れないし・・・』

『・・へぇ・・・。お前、見かけによらずしっかりしてんねんな・・・?』

感嘆の声と共に、綜馬がみことを改めて眺め回す

どこにそんなタフさがあるのか・・?と思えるほどの華奢な体つきに、決して日に焼けないであろう透ける様な白い肌・・・かなり強い精神力で、体力面をカバーしているとしか思えなかった

『あ、それじゃあ僕、まだ配達の途中なんで・・・あの、また来てもいいですか?』

みことは期待と不安の入り混じった複雑な表情で、巽の顔をマジマジと見つめた

巽はその・・まるで捨て犬のような色を浮かべるみことの瞳に、一瞬、答えを返す事に躊躇したものの・・・その奥に潜む頑固さを感じて・・・ため息を落とす

『・・・別に誰に許可なんかもらう必要もないだろう・・?来たければ来たらいい・・ただ、そんなに長くここには居ないと思うけど・・・』

巽の後半の言葉は耳に入っていないかのごとく、みことは満面の笑みを浮かべた

『絶対、また来ます!!それじゃあ・・・!』

そう言うと、小走りに病室を出て行った

その後を追って立ち上がった綜馬が

『・・・白虎の事・・ちぃと気になるんでな、少し話し聞いてくるわ・・・お前は寝とけ!』

そう言って、フワッと巽の額に手を当てて・・熱がないことを確かめ、強引にその灰青色の瞳を閉じさせる

『けが人の時くらい、素直に人の言う事聞けよ!ええな!』

柔らかく押し当てられていた手の温もりが遠ざかり、綜馬の足音が遠のいていった

にわかにシ・・ンッと、静まり返った病室で・・巽は急激な眠気に襲われていた

『・・・綜馬の奴・・なにか・・呪を掛けた・・な・・・』

口調は抗うような色を帯びていたが・・・その口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた

強引に閉じられた瞳を再び開けることすらなく・・・そのまま巽は深い眠りの中へ落ちていった

 

 

 

・・・・その、深い眠りの中で、巽は暗闇にボウッ・・と光る一点の光の存在に気がついた

暗く、冷たい闇の中で・・・

そこだけは暖かく、淡い桜色の光を発し・・・まるで巽を誘っているかのように揺らいでいる

今にも消えてしまいそうなその光に意識を集中した巽が、その光に手を伸ばすと・・・

突然、目も眩むほどの強い輝きを発し、巽を包み込んだ

その、暖かい、誰かに包み込まれているかのような光の中で・・・どこかへ落ちていく・・・そんな奇妙な感覚に襲われ・・・巽の意識は遠のいていった・・・

 

 

ほほを撫でる暖かい柔らかい風と、心騒ぐような甘い匂いに誘われるように巽が目を覚ます

体は空中にふわふわと漂っていて、その眼下には今を盛りとばかりに咲き誇る満開の桜の花が一面に広がり、風に乗って舞い散る花びらが振りそそぐ雪のように地上を桜色に染め上げていく

巽はその光景を目にして、ハッとあの夢を思い出していた

(・・・これは・・以前見た夢と同じ・・・?)

クルッと体を旋回させて、桜の木の下を覗き込める位置へと回りこむ

(・・・やっぱり・・!)

その桜の木の下には、以前に見たのと同じ母子と思しき二つの影が寄り添うように立っていた

そして、やはり以前と同じように巽を見上げてきたその幼い子供は、間違いなくみことであった

その時、

みことにばかり気を取られていた巽は、フッと別の視線を感じて目を転じる

するとそこには、みことと同じ優しい顔立ちの・・まるで初々しい少女のような美しさと儚さを湛えた微笑が・・巽に向って注がれていた

(・・・みことの・・・母親・・?)

その心の言葉を見透かすように、その女性はゆっくりと頷き、巽に向って何事か語りかけた

(・・・え!?今・・なんて・・・!?)

そう思った瞬間、ゴウッ・・と強い風が渦巻いて巽の体を桜の花びらが包み込んだかと思うと、またもとの冷たい、暗い闇の中へと押し戻されていた

(あの人は・・誰だ・・!?みことの母親・・・いや、それだけじゃなく・・・?)

どうしても思い出せない、その女性の語りかけた言葉に苛立ち・・・握り締めていた手の上にほんのりと温かみを感じて視線を向けると・・そこには一枚の桜の花びらが乗っていて・・・ハラリ・・と落ちた

それを見た瞬間、巽の心臓がドクンッと跳ね上がる

(・・・な、んだ・・!?知ってる・・?オレは・・あの女性を知ってる・・!?どこだ?どこで・・会った・・!?)

そう思った途端、

ハッと、巽の意識が夢の中から現実の世界へと引き戻された

無機質な白い天上・・・

静まり返った病室に響く規則ただしい電子音・・

その現実こそ空虚な物のように・・・巽の心臓は早鐘を打ち、夢の世界の痕跡を探る

自由の利く左手で治まる事を知らない心臓を、押さえつけるように胸の上で握り締め・・・深く深呼吸を繰り返す

ようやく治まった心臓に・・押さえつけていた手を外し、その手を目の前に掲げあげた

むろん、そこには何もなく・・・花びらの痕跡があるはずもない・・・

『・・・確かに・・どこかで・・・会っているはず・・どこで・・?』

眉間に深いシワを寄せ、険しい目つきで必死に自分の記憶をたどったが・・・叶わず

深いため息と共に再び巽の瞳が閉じられる・・・

そのまま今度は、夢すら見ない・・深い、深い、眠りの底へと誘われていった・・・

 

 

『おーーい!みこと!ちょっとまってーな!』

病室から小走りにみことの後を追いかけた綜馬が、みことを病室が並ぶ薄暗い病院の廊下で呼び止める

『辻さん・・!?シーーーッ!まだ寝てる時間ですよ!』

声をひそめて、みことが唇に人差し指を押し当てつつ綜馬を振り返る

『お・・・ッと!すまん、すまん・・!とりあえず、病院の外に出よか?』

綜馬も声をひそめてみことと一緒に外へ小走りに走り出る

『ハーーーーッ!!さすがにまだ朝は寒いなー!』

まだ薄暗い、うっすらと山並みを浮かび上がらせただけの早朝の寒々とした空気を綜馬が美味そうに深呼吸する

『・・あはっ!空気、美味しいですよね!この時間はまだ・・・』

言いかけたみことが、ハッとしたように口を噤む

『・・・そうそう、こういう早朝はまだ人の雑念が入り混じってないから、草や木の話し声がよー聞こえてうるさいくらいやし・・・?』

伸びをしながらそう言った綜馬を、みことが驚いて振り返る

『・・え!?あの・・・!?』

『別に隠さんでええやん?話し声、聞こえるし・・喋れるやろ?お前にとっては普通の事・・俺たちがこうして話しすんのと同じくらい自然な事や・・・』

『・・・あ・・』

銀色の瞳をめいいっぱい見開いて綜馬を見つめ返したみことが、一瞬、泣きそうな表情になって・・・次に満面の笑顔に変わる

『おーー!いい笑顔になったな!ほな、その残り、さっさと配ってしまおか?オレも手伝ったるわ!ほれ、早く自転車こげよ!行くぞ・・!!』

言うが早いか走り出した綜馬を、みことが慌てて追いかける

『あーーーッ!そっちじゃありませんよ!こっちですって!辻さん!』

二人でにぎやかに白々と明け始めた早朝の街を走り抜けていった・・・

 

 

『ありがとうございました!おかげでもの凄く早く終わっちゃいました!』

配達を終え、立ち寄った公園にあった自動販売機から綜馬が缶ジュースをみことに放り投げる

それを両手で嬉しげに受け取ったみことが綜馬と並んでベンチに腰掛けた

『・・・一つ、聞いてええか?お前、寮でも一人部屋やったな・・?あれ、なんや理由があるんちゃうの?』

ジュースのプルトップに指をかけていたみことの動きがビクッと止まる

『・・理由・・なんて・・・』

先に勢いよくいい音を響かせて缶を開けた綜馬が、美味そうに喉を鳴らして飲み、それを視線で追ったみことがその首筋に残る鬼の指跡に思わず視線をそらす

『目を背けても、それは消えるもんやない・・消えてくれたらええのにな・・て、思うけどな・・・』

一転して低い声音になった綜馬に、みことがハッと視線を戻す

そこに、にこやかに、屈託なく笑う綜馬の笑顔があった

『受け入れな、使えるもんも使えへん。守りたいもんも守られへんやろ?』

ピンッと、みことの額を軽く弾いた綜馬に、みことが缶ジュースをベンチの隅に置き、その手を綜馬の首筋に伸ばした

『・・っ!?』

一瞬、たじろいだ綜馬だったが、そのみことの真剣な表情に警戒を解いた

みことの手が鬼の残した指跡に触れた途端、ザワッとみことの銀色の髪が揺らぎ、輝きを増す

『バチ・・ッ!!』

電撃が駆け抜けたような痛みと共に、一瞬、白い閃光がみことの触れた部分から放たれる

みことの手が離れた綜馬の首筋からは、あれほど生々しく残っていた鬼の指跡が・・キレイさっぱり消えうせていた

ハッと自分の首に手を当てた綜馬が、そこにあったはずの鬼の刻んだ邪気が消し飛んだ事を感じて目を見張る

『・・浄化か・・!』

ニコッと綜馬を笑顔で見返したみことが、言った

『・・・こんなの、普通じゃないから・・他の人に知られるのが怖かったんです・・。それに・・・この力が出た時、必ずとても大きくて・・とてつもなく強い何かの気配が現れるから・・・』

その笑顔に・・みことがみことなりに、そのわけの分からないものから周りの人を守るために・・その力を認めず、人を遠ざけていた事が伺えた

掛けられていた呪のせいで、自分に向けられる人の闇の感情を使いたくなくてもその力でその感情を浄化し、その度に傷ついた心をどうやって保っていたのか・・それを思うと綜馬の顔が曇る

『その・・とてつもなく強い力の気配、でっかい獅子みたいな奴か・・・?』

綜馬の問いに、みことが驚いたように目を瞬く

『そ、そうです!なんで・・!?』

『そいつにオレも巽も助けられた・・恐らくはお前を鬼から守るために現れた・・お前の守護霊獣・・白虎に・・』

『守護霊獣・・!?白虎!?・・え?じゃあ、悪いものじゃないんですか!?他の人を傷つけたりする物じゃなくて・・?』

一瞬、ホッとしたような表情になったみことに、綜馬が苦笑を返す

『いや・・残念ながら他の奴を傷つけないという保証はないんや・・守護っちゅうのは、憑いたもんを無条件に守るもんやから・・そのためには相手が誰だろうが関係ない・・・』

『・・そんな・・!だって・・僕、そんなの頼んでないし・・望んでもいないのに・・!?』

どこにもぶつけようのない怒りにも似た感情を、みことが綜馬の腕を掴んで訴える

それに似た感情を・・かつて綜馬は巽の中に見た事があった

鳳本家の人間が否応なく受け継ぐ守護霊獣・朱雀の力・・・それを巽は封印したままルーンを使う

そこには恐らく、今のみことと同じ理由が絡んでいる・・・

そしてそれは決して綜馬に触れられない・・巽との間にある、触れてはいけない壁・・・だ

そのやりきれない巽への思いをぶつけるように、綜馬がみことに言い放つ

『・・それでも・・!受け入れたらな、その力使われへん!守りたいもん、守られへんやろ!?オレも一緒に戦うから・・お前だって、守られてええんや!それを忘れんな!!』

『・・そ・・うま・・さん?』

激しい憤りをぶつけるようにみことに言い放った綜馬が、ハッと我に返って視線をそらす

『すまん・・けど、大事な事なんや。お前の事を守ろうとしてくれてる物や人が居る・・その存在を忘れたらあかん。自分殺してまで何かを守ったって、それは意味がない。本当に何かを守ろう思たら自分も守らなな?』

まるで何かを諭すように綜馬がみことに真剣な表情で言う

『・・・あ、あの・・それって・・どういう・・?』

綜馬の真剣さに気圧されて・・みことがその言葉に頷きながらも、その真意が掴めずに問いかける

『今は分からんかってもええ。ただ、覚えといてや。オレは、みこと、お前を守ってやりたい。もし、お前が死んだりしたらオレは一生自分を責め続ける・・・そんなアホがここに一人居るってな・・・』

そう言って、綜馬が笑ってみことの頭を撫で付ける

唖然とした顔つきで綜馬を見返すみことの頭をさらにグイッと引き寄せて、グシャグシャ・・と乱暴にかき回す

『ち・・ちょっと・・!?辻さん!?』

『その辻って呼ぶのやめてんか?他人行儀で好きやない、綜馬でええ。ええな?絶対忘れんなよ!みこと!』

『わ、分かりました!綜馬さん!』

『よーし!!』

まるで鳥の巣状態になったみことの頭をようやく解放し、綜馬が立ち上がった

『うーー・・もう、グチャグチャ・・・』

不満そうに髪を撫で付けるみことを置いて、綜馬がスタスタと歩き出す

『え・・!?綜馬さん・・・!?』

慌てて呼びかけたみことに

『えーなー?忘れんなよーー!?』

振り返らずに軽い口調でそう言って、片手をひらひら振りながら綜馬が公園から出て行った

その後姿を呆然と見送ったみことの顔がいつの間にかほころんで・・・ベンチの隅に置いていた缶ジュースを両手で大事そうに包み込み、嬉しげにそれを見つめる

けれど

振り返らなかった・・・みことから見えなかった綜馬の表情が、苦く、厳しい物に変わっていて・・・

その瞳には、何かを心に決めた底光りする輝きが宿っていた・・・

 

 

 

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