ACT 16

 

(『頭、大丈夫・・・?』)

ふと甦った、自分の幼い頃の声・・・

巽がハッと、みことの手を握り返す

その手の力の強さに、みことが精神集中を解かれて目を開ける

巽は、ケガをしていると思えないほどの力強さでみことの手を握り締めていた

(この・・声、そう・・だ!俺が、あの人に・・・夢の中のあの女性に初めて掛けた言葉・・・!)

そして・・その女性の声がはっきりと巽の記憶の中に響き渡る

(『・・・私の名前は千波・・千の波って書くの、忘れないで・・・』)

思わず巽がその名を叫ぶ

『ちな・・み・・!そうだっ!千波だ!!』

その巽の言葉に、みことが驚いて巽の手を強く握り返した

『ちょッ・・!何で!?どうして・・?!巽さん、僕のお母さんの名前知ってるんですか!?』

そんなみことの問いかけも耳に入らないように・・・巽はジッと目を閉じて、記憶の中でこだまする別の声を聞いていた

(『ねーちゃん、おもろいなー!こんな何もないとこで素でこける奴、初めて見たわ!天然ボケもええとこやでー!』)

その・・関西弁で軽い口調は・・間違いようもなく・・・!

『この・・声!綜馬だ!!あいつも・・一緒に居たのか!?』

だが・・・

そこで記憶の声は途絶え・・・巽の記憶もまた闇に閉ざされてしまった

『巽さん!?巽さんってば!!僕のお母さんを知ってるんですか!?』

眉間にシワを寄せ・・まだ目を閉じたままだった巽が、みことの声にハッと我に返って目を開け、目の前にあったみことの顔を食い入るように見つめて言った

『みこと・・!お前の母親は千波っていう名前なのか!?だとしたら・・俺は、お前の母親に会っているはずだ・・・!』

『え・・?会ってる・・はず?』

巽の言葉尻に、みことが不思議そうに眉を寄せる

『そうだ・・・会ってるはずなのに・・思い出せない・・!どこで会ったのか・・・一緒に、あいつも・・綜馬も居たはず・・・!』

そう言いかけて、巽の表情が一変し、瞳に鋭い光が走った

『綜馬は!?あいつ・・ここへ来たか!?どこへ行った!?』

その気迫に押され・・後ず去ろうとしたみことだったが、まだしっかりと手が握られたままである事に気づき、顔を赤らめる

『あ、あの・・朝別れたっきりで・・どこへ行ったかは・・・』

『綜馬君なら、昼前に一度病室の前に立ってるのは見かけたけど・・?』

いきなり響いた聞き覚えのある声に、巽がハッとみことの後ろに視線を走らせ、みことも振り返る

その視線の先に・・・

いつからそこに居たのか・・白衣姿の柔和な笑顔の青年が、病室のドアに寄りかかるように立っていた

『聖治・・!?』

『御影先生!?』

二人が同時に笑顔の青年の名を呼ぶ

『え・・?!え!?お知り合いなんですか!?』

みことが巽と聖治の様子に・・驚いたように二人を見比べる

『鳳家と御影家は、大昔から持ちつ持たれつ・・・ま、切っても切れない腐れ縁・・ってやつかな・・?そういうお知り合い』

『へ・・?腐れ縁・・・?』

聖治の答えた意味がよく分からず、キョトンとした表情のみことに近寄った聖治が、笑顔で巽とみことの握ったままの手を解く

『あんまり無茶はしないでくれる?ただでさえ、ケガ人としての自覚がない患者だからね・・この人は・・』

『ご、ごめんなさい!あ・・あの、こうしたら痛みが何とかなるって・・あ!ケガの方は・・・!?』

聖治に手を解かれて、真っ赤になって謝りながら・・・手を握った原因の効果をみことが聞く

『聖治・・!俺が頼んだんだ。みことは悪くない。それに、随分楽になった・・ありがとう・・』

一瞬聖治を睨みつけ、巽がみことの頭を撫で付ける

さらに真っ赤になリつつも、でもホッとしたような笑顔をみことが返す

『・・・僕はその前の事を言ってるんだけどねぇ・・・』

軽く腕組みをして、肩をそびやかした聖治に、みことが一転して驚愕の表情で聖治を振り返る

『お前・・・いつからそこに居た・・?気配も感じなかったぞ・・・』

巽が低い声音で聖治を見据える

『ケガをしてるんだ・・それくらい勘が鈍ったって仕方ないよ・・・?』

何食わぬ柔和な笑顔でその巽の鋭い視線を受け流し、みことの顔を覗き込む

途端に弾かれたようにみことが聖治に向かって何度も『ごめんなさい』と繰り返した

『無茶はいけないって言ったのは、君の体に対してもだよ?みこと君?力の放出は肉体に与える影響が大きいからね。自分でコントロールするか、さもなくばサポートしてくれる何かを見つけとかないと・・・ね?』

『・・・う・・ほんとに、ごめんなさい・・!』

涙目になったみことが、ペコンッと最後に大きく頭を下げて、逃げるように病室を出て行った

その後姿を笑顔で見送る聖治の横顔を見上げていた巽が、ため息を落とす

『・・・何をそんなに怒ってるんだか知らないが・・綜馬が居たってのは本当か?それからどこへ行ったか見てないのか?』

その問いに・・・聖治が笑顔で振り返る

『僕が知ってると本気で思っているのかな?巽くん?もう患者でもない人間の事なんて、僕には関係ないんでね・・。それより、キズを見せてみろ・・!』

笑顔のままで言う聖治の目の端が・・笑っていない

『昔何があったか知らないが・・そうまで毛嫌いしなくてもいいだろうに・・・』

『嫌だな・・嫌ってなんかないよ・・ただ相性が異常に悪いって言ってるだけじゃないか・・!』

『そういうのを、毛嫌いと言うと思うんだがな・・・』

言っている間に巽の包帯を取り去った聖治がキズの状態を検分する

『フ・・ウン・・キズの回復を妨げていた邪気は随分消えてるね・・・細胞自体も回復して、自己再生スピードも上がってきてる・・ということは、このキズは呪に近いね・・?何かを刻み付けるための印・・?な気がするな・・・』

その言葉に、ハッと巽の表情が強張る

『・・・ケイヤク・・ハジマリ・・イン・・・確かそんな言葉であいつはこの傷をつけた・・・』

『巽・・!?お前、まさか・・その時に自分の名を・・・!?』

ガッ・・と、ケガをしていないほうの右肩を掴んだ聖治が蒼白な顔色で詰め寄った

『・・・名ぐらいほしければくれてやる!それですむものなら・・・』

言葉を濁して視線を落とした巽に・・聖治の冷たい声音が降り注ぐ

『・・・どうりで・・鎮静剤を打たなきゃいけないほど取り乱していたわけだ・・!何だってそんな物をお前が負わなきゃならない!?もっと自分を・・・』

『俺のせいで誰かが傷つくのは、もうたくさんなんだ・・・!』

静かで重い・・血を吐くような巽の声に、聖治がため息を一つついて再び包帯を巻き始める

『・・・もうたくさん・・か。キズにもいろいろある・・目に見えないキズが、お前には見えてるのか?巽?』

『・・・?どういう意味だ・・・?』

『・・・さあ?どういう意味だろうね・・・?』

巻き終わった包帯を、最後にギュッと聖治が締め上げる

『・・・痛ッ!!聖治!?』

『たまには自分の行動が廻りに及ぼす影響・・ってのを考えてみるんだね・・!』

『・・・影響・・?俺の・・・?』

訝しげな表情で聖治を見据える巽の視線に・・・聖治があきれたように肩をすくめる

『・・・自覚がない分お前は性質が悪いんだ・・。言いたいことも言えやしない・・!』

『なんだ?言いたいなら言えばいいだろう!?』

腕組みをして・・・じっと巽を見下ろした聖治が、ツイ・・ッと眼鏡を掛けなおす

『・・・お前が朱雀の封印を解いたら、言ってやるよ・・。聞きたかったら自分の中の鳳の血を認めるんだな・・!』

『・・・なら、一生聞くこともないな・・・』

聖治の挑発的な視線からス・・ッと瞳を反らした巽の頭上で・・・

白い天上がグニュ・・と歪み、そこから黒い塊が滴るように落ちてきた・・!

『・・っ!?前鬼ッ!?』

巽のベッドをクッションにして、前鬼の切り裂かれた体が白い床の上に転がる

バ・・ッとベッドから床の上に飛び降りた巽が、突きぬけた痛みを堪えて前鬼の体を抱え込む

『前鬼・・!?何が・・!?』

全身に及ぶ切り裂かれたキズは尋常ではない

『巽・・!あの半精霊は・・!?』

苦しげに肩で息をしながら、前鬼の冴え冴えとした青い瞳に怒りが揺らぎ、異様に輝いている

『みことか・・!?さっき帰って・・・』

言いかけた巽がハッと聖治を振り返る

『見てくる・・!』

その視線の意味を察した聖治が、病室を飛び出していった

『奴ら・・魂抜きをやる気だ・・!』

巽の腕を掴んだ前鬼がその体をようやく起こす

『魂抜き・・だと!?みことを贄(にえ)にして再び桜の封印を施す気か!?まさか・・奴らってのは・・』

『高野だ・・!高野の、辻 綜馬・・!奴ら・・綜馬を中心にマントラの結界を作り上げやがった・・!あれだけ強力な結界、綜馬なしでは作り出せん・・!』

『ま・・さか!綜馬が・・!?』

信じられなくてその言葉を否定しようとした巽の言葉が、戻ってきた聖治の声にかき消される

『やられた・・!さっき高野の僧侶達がみこと君を連れて行ったって・・・!』

『な・・ッ!?』

驚愕の表情で唇を噛み締めた巽に、聖治が歩み寄る

『みこと君には綜馬君が護法童子をつけていたんだろう?それが発動していないって事は、それが彼の意思だってことだ・・!本気でやらなければ相打ちになりかねないな・・・』

ツイ・・ッと巽の背後に廻った聖治がその首筋に指を当て、グ・・ッと一瞬押し付ける

途端にビクンッと、巽の体に震えが走った

『な・・にを・・した?聖治・・?!』

『痛覚神経の一時的麻痺・・!御影に代々伝わる秘伝療法・・。しばらくは痛みはまったく感じないはずだよ・・その代わり、痛覚が戻った後の痛みは半端じゃない・・それは覚悟しておくこと・・!』

いつもの柔和な笑顔を浮かべ、聖治がスッと巽と前鬼の側から離れる

『後鬼が居ないって事は、結界への侵入口を保ってるってことだろう?さっさと行って終わらせて来い!ベッドは二人分確保しておいてやるから、心置きなく・・・!』

『二人分・・!?』

聖治に突かれた肩を、本当に痛みが消えた事を確かめるように軽く回した巽が、聖治の意味ありげな笑みを見上げ・・ク・・ッと喉で笑う

『・・相性が異常に悪いんじゃなかったのか?』

『・・悪いさ・・だからこそ、さっさと行って病院送りにさせて来いと言ってる・・!』

聖治の言葉に肩をすくめつつ、前鬼に向き直った巽が真剣な表情に変わる

『行けるか!?前鬼?』

『・・任せろッ!』

グ・・っと唇を引き締めた前鬼の青い瞳に、鮮烈な青白い炎が駆け抜ける

途端に巽と前鬼の周りに歪みが生じ、二人の姿が聖治の前から掻き消えた・・!

 

 

 

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