ACT 17

 

宅地造成現場である山の周辺を、警察の特殊武装班が静かに取り巻き山中の様子を伺っている

高野山の息のかかったその道の関係者だけに・・・住人に気取られる事もなく闇の中にその身を潜めている

不測の事態に対する準備が張り巡らされていた

 

 

山の中腹と思える場所に点々と・・山全体を囲うように青白い鬼火のような物が揺らいでいる

それは僧衣姿で真言を唱える高野でも選りすぐりの僧侶達・・・

山全体に及ぶ巨大なマントラを作り上げ、強固な結界を張っていた

その中心・・・

鬼が這い出てきた陥没地帯にはかがり火が焚かれ、陥没した周辺を取り囲むように、中腹に居た僧侶達よりも一ランク上の高位僧侶達が印を結び、「魂抜き」の儀式を行う『場』を作り上げている

いまだ倒れて放置されたままの重機や焼け焦げた桜の木の残骸が、まるで墓標のように所々突き出ている

一際高く護摩の火が燃え上がるすぐ側に祭壇が組まれ、その上に揺らめく炎の色を映して揺らぐ銀色の髪・・を持つ少年・・・

みことが横たわっている

その祭壇の前に座して、煌びやかな袈裟衣を掛けた綜馬が静かに印を組み替え、よく通る凛とした声音で真言を唱え続けていた

その双眸は固く閉じられ、感情を読み取る事は出来ない

綜馬の胸元には首から下げられた『最多角念珠(いらかたねんじゅ)』が鈍く光り、綜馬の唱える真言と呼応するようにその一つ一つの珠が明滅する

綜馬の座した足元には大きな弓が一つ、横たえられていた

 

 

ピク・・ッと綜馬の片眉が上がる

それと同時に、高位僧侶達が作り上げた『場』に歪みが生じ、そこからバサ・・ッと、真っ黒に濡れ光る片翼が突き出された

途端にその翼めがけて僧侶達から放たれた光の刃が降り注ぐ

ザシュザシュザシュ・・・ッ!!

肉を切り裂き、骨に食い込む鈍い音が響き渡る

切り裂かれ、散乱した黒い羽が大量に舞い上がり・・・

『ハガル・・!』

鋭い声と共に、羽がかたどった文字が一瞬にしてその羽の中から現れた巽を守るように降り注ぐヒョウとなって僧侶達の頭上に落とされる

『炎獄鬼・・!!』

僧侶の一人が放った言葉と共に現れた炎を身にまとった鬼神が、その降り注ぐヒョウをただの水蒸気に変える

そのまま、切り裂かれながらも歪みから突き出たままの黒い片翼へ鬼神が襲い掛かった

『引けっ!!後鬼!!』

立ち込めた水蒸気で靄がかかった『場』のどこからか巽の凛とした声音が命ずる

途端に突き出ていた黒い片翼が歪みの向こうに消え去った

ザア・・ッと風が巻き起こり、立ち込めた靄が霧散する

綜馬の背後・・祭壇から少し離れた場所に、二人の僧侶の持つ尺杖によって押さえ込まれた巽の姿があった

『・・・クウッ!!』

『我らとてあなたを傷つけたくはないのです・・!そのまま大人しくしていていただこう!』

さすがに高野山選りすぐりの僧侶達だけに・・・

巽の抵抗をものともせず、その体を地面に縫いつける

『く・・・そっ!綜馬・・!!お前、自分がやろうとしてることがどういうことか分かってやってるのか!?』

微動だにせず『魂抜き』の儀式を続ける綜馬の背中に、巽が必死の思いで問いただす

その問いかけに・・・綜馬は無言で肯定の意を表した

『・・っ綜馬!?お前・・本気で・・・!?』

蒼白になった巽の目の前で・・・

祭壇の上に横たえられていたみことの体から、ゆっくりと・・・もう一人のみことが浮かび上がってくる

それは・・・

人間としての殻を脱ぎ捨てた、完全な桜の精霊・・・千年桜の持つ霊力とその全ての力を受け継いだ、鬼を封印できる力を持つ桜の苗木と同等のもの・・・

淡い桜色の輝きを発したその姿は・・・人間としての殻を被った幼い雰囲気のみこととは雲泥の差

咲き誇る桜の花のように可憐で・・人を引き付けずには居れない妖艶な艶を滲ませていた

だが・・・

その実体のない透き通る瞳と表情には、一片の感情の欠片もなく、人形のような薄い笑みが浮かんでいる

『みこと・・っ!!』

巽の呼びかけにも、ただ感情の無い透明な瞳と笑みだけが注がれる

その巽の視界を遮るように、綜馬がス・・ッと音も無く立ち上がる

みことを映して開かれたその闇色の瞳には、迷いのない決意が滲んでいた

『・・・高野より持たらされし桜の精霊よ・・今再びあるべき姿に・・・!』

綜馬の凛とした声音が『場』の空気を震撼させる

ス・・ッと突き出された綜馬の手の平に、キラキラと輝きを放つ小さな光の粒が吸い寄せられていく

その光の粒の源は、桜色に淡く輝く精霊としてのみことの体

人としての形を成していた輝きが、綜馬の手の中に吸い寄せられ、その形を変えていく

細く、しなやかな桜の苗木・・・

まるで一本の矢のように伸びた根は絡まって尖り、先にある小さな枝も矢羽のように僅かに青い葉を茂らせていた

祭壇の上に横たわるみことの体は身じろぎ一つせず・・・白い肌が一層際立って闇の中に浮かび上がって見える

綜馬の手が、しっかりとその桜の苗木を掴む

・・・と、同時にカタカタ・・・と地面が揺れ始めた

『・・・出るぞっ!!』

綜馬が鋭く言い放ち、足元にあった弓を掴んで巽が組み伏せられている場所に後ずさる

その途端

みことの体が横たえられた祭壇のすぐ側の地面が裂け、そこから黒い影が湧き上がった・・!

張り巡らされた『場』の結界の壁に触れぬよう身をよじり、虚空で寄せ集まった影が鋭い牙を剥き出しにした巨大な口へとその形を変える

『・・・ヒッ!』

思わずそれに気をそらした二人の僧侶の尺杖に込められた力が、一瞬、緩む

その間を突いて巽が尺杖ごと僧侶達をなぎ倒し、みことの体へ駆け寄ろうとした時

その巽の腕を取って、綜馬が巽を引き戻す

『な・・・・ッ!?』

『けが人はジッとしとけっ!このどアホ!!』

綜馬のいつもの口調が響くと同時に、巨大な口がみことの体めがけて襲い掛かった・・・!

『みこと!!』

ハッと振り返った巽の瞳に映った物は・・・

みことの体から浮かび上がるように滲み出た護法童子・・・その護法童子の持つ尺杖と腕に喰らい付いた巨大な口だった・・・!

『な・・・に!?』

『後は頼んだで・・・!巽!!』

綜馬に掴まれた巽の腕にぬるっとした感触が伝う

それが何かを確かめる間もなく、綜馬が胸元にかけていた『最多角念珠』を護法童子に向って投げつけた・・・!

途端に巨大な口がその念珠に護法童子ごと縛り付けられ、身の毛もよだつ咆哮を放つ

次の瞬間、

護法童子の姿が、綜馬へと変貌し・・・縮まった念珠によって締め上げられた裂けた口が、たまらず同じく念珠によって縛り付けられていた綜馬の体へと逃げ込んだ・・・!

まるでそれを待っていたかのように、綜馬の口元に笑みが浮かぶ

再び念珠を首に掛けた綜馬の体が・・・食いつかれて裂けた煌びやかな袈裟衣を鮮血で真紅に染めて崩れ落ちた・・・

『綜馬!?』

腕を掴んでいたはずの綜馬が掻き消え、巽の腕には真っ赤な血のりが伝っている

それを見た瞬間、

『この・・・バカがッ!』

叫んだ巽が綜馬の意図を察し、すぐ横に置いてあった弓と桜の苗木を掴んで祭壇に駆け寄った

祭壇の上に横たわるみことの体にはキズ一つなく、眠っているかのような穏やかな表情が浮かんでいる

その祭壇の下に・・・

僧衣を真っ赤に染め上げた綜馬の体が倒れ伏していた

その状況を見た僧侶達に動揺が走り、作り上げられていた『場』が崩壊する

それを察知した巽が、キッ・・と駆け寄ってきた僧侶達を一瞥し・・・

『近寄るな・・・ッ!!』

周囲の物全てを凍りつかせるほどの威厳に満ちた声音でその動きを封じる

その声に呼応したかのように・・・バサバサ・・ッと羽ばたきが聞こえたかと思うと、巽たちを囲うように前鬼と後鬼が結界を作り上げ、僧侶達から巽たちの姿が見えなくなった

『綜馬・・!!』

屈みこんだ巽が綜馬の体に触れようとした瞬間、カッ・・と、綜馬の双眸が見開かれる

『・・・っあ・・ほ・・!みこと・・・を、はよ・・う・・・・もとに・・・!』

それだけ言うのもやっとのように・・・顔を歪めて苦しげに体をよじる

『この・・っどっちが・・・!』

唇を噛み締めた巽が立ち上がり、桜の苗木をみことの胸に押し当てる

『・・・あるべき姿を解き放ち、在るべき者へ・・・!』

凛とした声音と共に・・・みことの体の中に苗木が溶け込んで・・・横たわるみことの顔に生き生きとした生気が宿る

『みこと・・・!』

フワ・・っと銀髪を撫で付けた巽の手の感触に、みことがゆっくりと目を開ける

『・・・!?た・・つみ・・・さん?え・・!?なに・・?何があったんですか・・・!?』

体を起こしたみことが・・・漂う濃厚な血の匂いに顔をしかめる

『な・・・に?この・・・金臭い匂・・・ッい!?』

地面に倒れ伏す綜馬の姿を目にしたみことの顔が蒼白に変わる

『綜馬さん・・・!?』

慌てて祭壇から飛び降りたみことが、綜馬に駆け寄ろうとして・・・巽にその腕を引き戻された

『だめだ・・・ッ!近寄るな!今の綜馬は綜馬であって綜馬じゃない・・・!』

『え・・・!?どういうこと・・・・!?』

みことの体を胸に抱きこんで・・・ジリジリ・・・と巽が後ずさる・・・

その二人の目の前で・・・

身をよじって苦しげに呻いていた綜馬の体が・・・ビクンッと震え、ユラリ・・・と、立ち上がった・・・!

 

 

 

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