ACT 18

 

『・・オ・・ノレ・・!コヤツ・・!!』

綜馬の声とは明らかに違う、耳障りな声が苦しげに呻いて膝を突く

綜馬の胸元で明滅する念珠が、ともすれば鬼に飲み込まれそうになる綜馬の意識を支え、鬼の意識をその体に押さえ込んでいた

膝を突き、地面に食い込んだ綜馬の指先が硬い地表を割る

『・・巽!!今の・・うちに・・「破魔の矢」を・・射ろ・・!』

精神世界で鬼の意識と戦っているのであろう、綜馬の苦しげな声がそう告げる

「破魔の矢」・・それは、巽たち能力者が作る事が出来る、魔を調伏し消滅させる光の矢だ

『なんだと・・・!?』

『・・はよせな・・もたへん・・!!』

叫んだ綜馬の口から大量の血が吐き出された

綜馬の意識を奪い取るために、鬼の意識が綜馬の体の中で暴れまわっている

苦しげに地面に倒れこんだ綜馬に、みことが巽の腕を振り切って駆け寄る

『綜馬さんっ!!僕に言ったじゃないですか・・!本当に守りたかったら自分も守らなきゃダメだって!!そうじゃなきゃ意味がないって!こんなの・・こんなの・・だめです!!』

綜馬に触れたみことの体が銀色に輝きを放つ

『ダメだ・・っ!!みこと!!今のお前じゃまだ力のコントロールが・・・!?』

みことの手を掴んだ途端、巽の手の平から桜色の輝きがほとばしる

あの・・・いつも熱さを感じていた手の平に、一枚の桜の花びらが浮かび上がっていた

その花びらが目を開けていられないほどの輝きを放って、はじけ飛ぶ

その瞬間・・・

巽の遠い記憶が鮮やかに甦った・・・!

 

 

 

 

 

燃え盛るように咲き誇る桜の花に囲まれた皇居の一角で・・・非公式の園遊会が執り行われていた

霊的守護を司る陰陽師系や密教系、その他、神社仏閣の代表者たちが一同に招かれ、恒例の雅楽や巫女舞い・・その他もろもろの神事・・それぞれの立場の交流を図る場が年一回設けられていたのだ

厳かに設えられた舞台では、雅楽の煌びやかな音色と共に魂鎮めの巫女舞いが奉納されていた

その舞台を取り囲むように配された客席の中に・・・

あまりにも場違いな二人の小さな子供が居た

一番後ろの席で、心底つまらなそうな表情で大人たちに囲まれて座っている

『・・・おい、おいってば!聞こえとんねやろ!?返事くらいしたらどないやねん!?』

髪の毛を短く刈り上げた坊主頭のやんちゃそうな少年が、太い眉毛をピクピク・・と吊り上げて、隣に座っているもう一人の少年の肘を突付いている

それまで眠っているかのごとく俯いて、ピクリともしなかったもう一人の方の少年が、フ・・ッと顔を上げ、ゆっくりと首をかしげて坊主頭の少年を見上げた・・・

その顔をマジマジ・・と見つめ返した坊主頭の少年が・・・

・・・・ゴクリッ!

と息を飲んだ

サラサラと風に揺れる漆黒の髪

濡れたように艶やかな長いまつ毛

その間から覗く灰色がかった青い瞳

透けるような白い肌に真一文字に引かれた真紅の薄い唇・・・

今まで見た、どんな物より綺麗な・・奇跡のような美しさを湛えた存在が、そこにあった・・・

『・・・なんだ?』

その美しい顔にまったく似合わない・・低い無愛想な声音で、人形のように無表情に返事を返す

一瞬、相手の顔に気圧された感のあった坊主頭の少年は、その無愛想な偉そうな態度に・・・たちまち闘争心を掻き立てられて、息巻いた

『お、お前っ!俺より年下だろ!?年上のもんに向って『お前』はないやろ!礼儀っちゅうもんを知らんのか!?』

『・・・・知らない・・』

まるで氷のような冷たさと無表情・・・

『こ・・このやろおっ!!』

つい、いつもの調子で声を荒げた坊主頭の少年を、隣に座っていた老人がガツンッと、殴りつけ

『静かにしろっ!!』

と、険しい瞳で諭す

殴られた少年は不満そうにその老人を睨み付けてから、隣の席でまた下を向いてしまった少年を睨みつけた

しばらくは大人しくしていたものの・・・

坊主頭の少年が再び暇を持て余し、下を向いたままの隣の少年をつっつく

『・・・おいっ!お前、名前なんていうんだ?』

『・・・人に名前を尋ねる時は、先に名乗るのが礼儀だろう・・・?』

頭を上げもせず、ぶっきら棒に大人びた台詞を投げ返す

『こ・・・この・・・!!』

思わず握り締めた拳を何とか収め、怒りで震えそうになる声を抑えながらたずねる

『・・俺は・・綜馬っていうんだ。年は10歳。お前は・・?』

再びゆっくりと顔を上げ、いかにも面倒くさそうに秀麗な顔立ちの少年が答える

『・・・巽。お前より、2歳下・・・』

それだけ言うと、もう話しかけるなと言わんばかりにソッポを向いてしまった

『・・なんや・・8歳か・・。それにしても偉そうだな・・お前・・・!』

なおも話しかけようとする綜馬の顔のまん前に、いきなり巽の端整な横顔がヌッ・・!と現れた

『う・・わっっ!?』

思わず上げそうになった叫び声を、綜馬名慌てて両手で押えて堪える

(・・・・な、なんだ!?なんだ!?)

いきなり起き上がってきた巽の横顔を見ると、放心したように真っ直ぐに灰青色の瞳を最大限に見開いて・・前を凝視している

・・・・と、

それまでとは全く違う旋律が流れ始める・・

それは、巫女舞いと共に奉納される『魂鎮め』の歌

歌っているのは・・・遠目でよく分からなかったが、長い黒髪を後ろ手で一つにくくった若い緋袴姿の女性のようだった

その歌声を耳にした綜馬の顔つきも、見る見るうちに変わっていく

その歌声は、そこにある全ての魂を包み込み、震わせ、慈しみ、清めていく・・・

高く・・・

低く・・・

妙なる旋律を響かせて・・・

全ての生命を賛美し、称える・・・

その、何人も決して抗えない慈愛の呪力に、瞬きも忘れて聞き入っていた巽は、ハッと目を見開いた

遠めで顔すらおぼつか無いはずのその歌い手の女性が・・・

はっきりと巽に視線を合わせ、微笑んでいる事に気がついたのだ

(・・・まさか・・!?そんな事・・あるはずない・・!あるはず・・ないじゃ・・ないか・・・!?)

歌を歌い終わり、かつてない大拍手と歓声の中、舞台袖に降りるまで、その視線はずっと巽を捉えて微笑んでいた・・・

ありえない事態に呆然とする巽の横で、割れんばかりの拍手をしながら綜馬が叫ぶ

『なんや・・!?なんや!?あのねーちゃん!!只者やないで・・!!おいっっ!!お前もボーッとしとらんと、手ぐらいたたかんかい!巽!?』

興奮の嵐の中、行事は滞りなく終わり・・・

大人同士の社交儀礼の場と化した客席を、ソ・・っと、巽が抜け出す

ほとんど人気のない場所まで来ると、まだ続いている胸の高鳴りを抑える様に・・フゥーーーッと大きく深呼吸した

甘い桜の花の香を胸いっぱいに吸い込むと、ざわめく桜の花びらの隙間から・・

先ほどの歌に酔って出てきたのであろう・・・小さな桜の精霊たちがコソコソとさざめき合っている

(・・・幸せね・・あんな歌が聴けて・・しあわせ・・しあわせ・・・)

(もっと聞きたい・・もっと・・・もっと・・・いっぱい・・・・)

『お前たちもそう思うのか!?』

低い位置まで枝を伸ばす桜の花に手を伸ばし、それまでとは打って変わった極上の笑顔を巽が浮かべた・・・

その時、

パタパタパタ・・・・

と、軽やかに駆け寄ってくる気配を感じ、巽の顔は一瞬にして無表情な人形の顔つきに戻る

足音のする方に振り向いた途端、

その巽の目の前で、いきなり顔面から、その足音の主がつまずいて

『キャンッッ!!』

という、子犬のような悲鳴を上げてひっくり返った

驚いた巽は慌てて駆け寄り、うずくまっている緋袴姿の若い女性らしき人の顔を覗き込む・・・

『・・・頭・・大丈夫・・・!?』

巽の声に反応して、目にうっすらと涙を浮かべた女性が・・・乱れた長い艶やかな黒髪をかきあげて、ニッコリと微笑んだ

その笑顔を見た瞬間、巽は言葉を失って立ちすくんでしまった

その笑顔の女性は・・・先ほど歌を歌っていた女性・・・!!

灰青色の瞳をめいいっぱい見開いた巽は、食い入るように女性の顔を見つめた

ふんわりとした柔らかい艶やかな黒髪

見るものを引き付けてやまないであろう愛くるしい黒曜石のような瞳

ほんのりと桜色に染まる透き通るような雪白の肌理の細かい肌

愛くるしい、小さな紅をさした唇・・・

まるで咲き誇る桜の花のような・・・そんな可憐な少女・・・だった

固まったままの巽の手を取り、鈴を転がしたような澄んだ声音でその少女が囁く

『ありがとう。随分探したのよ?あなたったらすぐにどっかに行っちゃうんですもの・・!でも、よかった、会えて!ね、お名前なんて言うの?』

『あ・・・た、巽・・です・・・』

やっとの思いで巽はかすれた声を絞り出す

その巽の影から、ヒョイッと綜馬が顔を出し、間延びした関西弁でその少女に話しかける

『・・・姉ちゃん、おもろいなー!こんな何もないとこで”素”でこける奴、初めて見たわ!天然ボケやでー!?ほんまにさっきの歌うたった、ねーちゃんか!?』

『お・・お前!?いつからそこに・・・!?』

巽が驚愕の表情で綜馬を見る

綜馬は、意味ありげにニヤ・・ッと笑い、両手を頭の後ろに回して組んで言った

『えーやん、そんなん。なあ、それよりさっきの歌はほんまに凄かったで?俺、歌聴いて感動したん初めてや・・!』

突然現れた綜馬に驚く風でもなく、少女は微笑み返して言った

『あら、ありがとう。でも、人前で歌うのは今日で最後なのよ・・・』

『ええっっ!?』

綜馬と巽が声を揃えて非難にも似た声を上げる

『何で・・?なんでもっと歌わへんのや!?』

『もっと、聞きたいのに・・・!!』

子供らしい純粋でひたむきな瞳を少女に向け、不満げに声を荒げる

『・・・ふふ・・だって、私、子供を生むから・・・』

悪戯っ子のように笑い、少女は巽の顔をジ・・ッと見つめる

『子供・・!?ねーちゃん、結婚してんのか!?』

綜馬が不思議そうにたずねる

巫女服である緋袴を着、巫女になれるのは結婚前の処女の乙女のみ・・と、決まっている

『あら・・結婚なんかしなくったって、子供は生めるわ・・・』

可憐な容姿に似合わぬ言葉を、事もなげに言い放ち、手に取った巽の両手をしっかりと握り直すと、更にも増して輝くような笑顔で巽に向って話しかけた

『・・・ね、巽くん?もし、誰かが全く知らない他人のために自分の命を全て捧げて救おうとしたとしたら・・・どうする?』

突然問いかけられた質問の意味がよく分からず、一瞬とまどいの表情を見せた巽は、次の瞬間、冷たい激しい口調で言い切っていた

『そんな奴・・この世の中に居るわけない!!』

『あら?どうして?ひょっとしたら居るかもしれないわよ・・?』

ニコニコと巽の激しい口調を受け流す少女に、巽は言い知れぬ怒りを覚えて顔を真っ赤にして駄々っ子のように言い返す

『居ないったら居ないっっ!!絶対、そんな奴、居るわけないッッ!!』

いきなりの巽の剣幕に、綜馬はあっけに取られて二人の様子を眺めている

少女は、そんな刺々しい巽の声を柔らかく包み込むように・・再び問い返す

『・・・じゃあ、もしも・・もしも・・よ?そんな人が居たとしたら・・どうする?』

『どう・・・て、そんな・・・居もしない奴の事なんて・・・考えられない・・!!』

巽は訳の分からない事をしつこく聞いてくる少女を、半ばあきれたような顔で見つめかえす

『・・・じゃ、お姉さんからお願いするわ。もし、そんな人に出会ったら・・その人がその命を失くしてしまわない様に、その人の手をしっかりと捕まえていてあげて・・・!』

『・・なんで!?どうして俺がそんな事してやんなきゃいけないんだよ!?』

勝手にお願い・・と言われて、巽は語気を荒げて反発する

『お願い・・・あなたにしか出来ないの・・。だから・・今言ったことを忘れないで・・覚えていて・・』

静かに・・木漏れ日のように微笑む少女に滲む威厳と美しさを・・・巽は息を呑んで見つめた

『・・・勝手なお願いよね・・でも、もし・・私の願いを叶えてくれたら・・・』

そこで少女は言葉を切り、ゆっくりと巽の顔を正面に見据える

巽は・・その吸い込まれそうに大きな瞳に魅入られて視線を外せず、目の前の可憐な花のような少女の笑顔に・・どぎまぎしながら夢見るような口調で先の言葉を促す

『願いを・・・叶えたら・・・?』

少女は再びフフ・・ッと、悪戯っ子のように笑い、今まで見たどんな笑顔より眩しい笑顔で言った

『あなたは、かけがえのない大切なものを手に入れるわ・・・』

『かけがえのない・・大切なもの・・・?』

なんの事だかよく分からず、少女の言った言葉を心に刻むように繰り返す巽の手を再び取り、その手の平に一枚の花びらを乗せた

『これは・・おまじない・・。あなたが私の言った事を思い出してくれるように・・私の願いを叶えてくれるように・・・』

そう言って、花びらを乗せた巽の手を、ギュッと両手で包み込むように握る

途端に握られた巽の手の平が熱くなり、体の中に溶け込むようにその熱は治まった・・・

『・・・えっ!?』

巽が驚いて手を開くと、そこにあったはずの桜の花びらは跡形もなく消え去っていた

呆然と自分の手の平を見つめる巽を、少女が抱きしめると・・離れ際に巽の耳元で囁いた

『私の名前は千波・・・千の波と書いて千波・・忘れないで・・・!』

その声と・・・

夢の中で見たみことと並んで立っていた女性の、聞き取れなかった声が重なった・・・

 

 

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