ACT 20

 

 

『あ、あの!それってどういうことなんですか!?』

話の展開についていけないみことが、思わず抗議の声を上げる

『・・・つまり、もうこの人は天上へはいけない・・永遠に現世で彷徨い続けなければならない・・・ということだ』

巽が先ほどの動揺を押し隠すように、抑揚のない声音で言う

『そんな・・!!ねえ、あなたにだって待ってる人とか、会いたい人とか・・誰かきっと居るはずでしょう!?きっとあなたは忘れてても、相手は覚えてる・・!帰らなきゃいけない場所がきっとあるはず・・・!!』

必死になって青年に訴えるみことに、青年が微笑み返す

(『・・・ありがとう・・・。でも、私はそんな人達を捨てて・・契約をしたのだという気がします。そんな私を待っているはずもないでしょう・・?』)

『そんな事ないっ!!絶対待ってる!!あきらめなければ・・きっと会えるよ!!あきらめちゃダメだって・・あきらめさえしなければ・・・いつか必ず願いは叶うって、お母さんそう言ってたもん!!』

みことは石を巽の手に残し、その腕の中から意を決したように抜け出した

『契約だかなんだか知らないけど・・そんな物、破っちゃえばいいじゃないか!!僕が・・僕があなたを連れて行ってあげる!お父さんもお母さんも、あなたを天上へ返してあげたいって思ってたはずなんだ!僕のせいでそれが叶わなくなっちゃったけど・・だから!僕が代わりに叶えなきゃ・・・!!』

叫んだみことの体から再び清冽な輝きがほとばしる

その輝きで身を包んだみことの体が・・・ゆっくりと半透明に透き通っていく

『ば・・かっ!何を・・・!?』

慌てて手を伸ばした巽の体が、その光り輝く環に触れた途端弾き飛ばされ・・綜馬の側に倒れこむ

『あかんっ!!あのアホ!訳分かってなくてもやろうとしてることは間違ってないで、巽・・・!!』

何とか体を起こした綜馬が、すぐ横で同じく起き上がった巽と視線を合わせる

『ああ、自分の肉体ごと半精霊として天上への道を開ければ、人としての命と引き換えに契約を破棄し、残りの精霊としての力であいつを行くべき場所へ連れて行けるだろうな・・・』

焦る綜馬の態度とは裏腹に・・・巽は落ち着き払った声音と顔つきでそう言った

『お・・お前、落ち着いてる場合か!?早せな、みことの奴・・ほんまに死んでまう・・・!』

『・・・ああ、ほんとに・・あんな馬鹿な奴が居るんだな・・。千波さんが言った言葉の意味がようやく分かったよ・・確かにこれは、俺じゃなきゃ出来ない事だ・・・』

フ・・・ッと一瞬、ため息とも嘲笑ともとれる吐息をついた巽が、キッと表情を引き締めた

『巽・・・?それ、どういうことや・・・?』

訝しげな表情の綜馬の前で、巽がゆっくりとかけていたロケットを引き出し、銀色に輝きを放つそのロケットを勢い良くパチッと開いた・・・!

『巽!?お前、それ・・・!?』

綜馬が目を見開いて見つめる中、巽の指先が、ロケットの中から納められていた黄金に輝く大振りな指環を取り出す

『・・・お前の力・・借りるぞ・・!!』

呟いた巽が、意を決したようにその指環をはめる

たちまち指環は巽のほっそりとした長い指に吸い付くようにピタリと納まり、異様なまでに輝き始めた・・!

寒気を覚えるような異様な感覚に・・・綜馬の背筋に冷たい汗が流れ落ちる

巽のはめた指輪から放たれた輝きが収まったとき

綜馬の目の前に、全身から黄金色の輝きを発する何か・・・

人間の形をとった・・・何かが、圧倒的な力を放ちながら立っていた・・・

つばの広い、片方の目を覆い隠すような帽子

灰色の長い顎鬚(あごひげ)をたずさえた・・・

青い異国のマントをなびかせ、射抜くような鋭い眼光を放つ老人・・・

まるで蜃気楼のように・・その姿が揺らぐ

一瞬、綜馬はわが目を疑い、振り払うように激しく首を振る

途端にその蜃気楼が立ち消えて、そこに見慣れた巽の姿がある事に・・・愕然とした

(・・・な、なんや?この・・圧倒的な威圧感と・・・恐怖感は・・!?こんなん、巽やない・・!全く別の・・次元の違う存在・・!まるで・・・神のごとき・・・存在・・・!?)

目の前に存在する、圧倒的な恐怖と神々しさを放つ存在に気圧され、まるで凍りついたように動けない綜馬の前で、巽がゆっくりと指環をはめた片手を挙げる

その動きと共に、巽の左目が黄金色に変わり、右目の灰青色の瞳がより一層暗みを帯びる

それはまるで・・・片目のように見えた・・・

圧倒的な威厳と神々しさを秘めた声が、巽の口から流れ出る

『・・・我、天地創造主にしてルーンの創造主たる、オーディンの力を受け継ぎし者。今、オーディンの名の元に命じる・・・かつてこの名の元に契約を交わせし者の魂を解放し、払われた代償を・・失われたルーンを再び刻みつけよ・・!!』

巽が掲げた指環が更に輝きを増し、みことと異国の青年の姿をその光の中に取り込んだ・・・

その光の中で・・・

巽が半透明に透き通りかけたみことの腕を引き寄せる

『え・・っ!?た、巽さん!?』

『誰かの命を犠牲にして、それで何かを得たとして・・それで本当にその人間は幸せか・・?それが分かっていてなお、お前を残して逝った千波さんの思いを無かったことにする気か?』

『え!?』

『お前のしようとしていることは、俺や綜馬の気持ちを踏みにじるのと同じことだぞ・・!』

『あ・・・・』

輝きを放っていたみことの体が急速にその光を失う

けれど、まだその体に以前の陽だまりのような暖かみは戻っていない

『・・・だって・・あの人、僕と一緒なんです・・こんな皆と違う姿で・・気持ち悪いとか、変だとか・・そんな目でずっと見られて・・ずっと一人で・・辛かったと思う・・。それなのに、これからもずっと一人で会いたい人とかも分からないままなんて・・そんなの・・・耐えられない・・・から!!』

うつむいて・・震える声で言うみことの言葉は、自分自身への思いなのだと・・巽にも容易に知れる

『そうか・・・なら、元の人間としてのお前に戻れ・・!石に刻まれていたルーンを復活させた・・・後はお前でなければ出来ない事が残ってる』

『え!?僕でないと出来ない事・・ですか?どうやって・・・?』

『人としての命を送るなら、人でなければ出来ない・・早く・・!』

巽がみことの腕を掴んだ指先に力を込める

異国の青年を助けたい・・その一心で半精霊の姿になったみことだったが、逆に急に人間にもどれといわれても・・・どうやれば元の戻れるのか分からない

『え、え・・と、どうやって・・戻れば・・・?』

慌てるみことを巽があきれたように見下ろした

『・・・お前、それも分からずよくこんな事を平気でするな・・・!』

言い捨てた途端、巽がみことの体をしっかりと胸の中に抱きこんだ

『た、た、巽・・さん!?』

慌てて腕を突っ張ろうとするみことの耳元に、巽の怒ったような声音が響く

『ジッとしていろ!その冷たくなった体に人の温もりを思い出させろ・・!そうすればすぐに元に戻る・・!』

『う・・うわ、は、ハイッ!』

その声音に一瞬身を硬くしたものの、伝わる巽の体温が徐々にみことの体を温め・・人としての温もりと体を取り戻していく

早鐘を打つ心臓と、絶対、それを気づかれてているであろう羞恥に・・みことの体温が加速度的に上がる

充分、元の体に戻ったみことの髪を撫で付けた巽が、離れ際に一瞬力を込めてみことを抱きしめて囁いた

『・・・二度とさっきみたいに冷たい体になるな・・!お前は・・暖かいほうがいい・・!』

『え・・!?』

巽の顔をみことが見上げた時には、もう腕を引っ張られて輝く光の中から出て行く巽の背中しか見えなかった

光の輪の外に出た途端、巽がはめていた指輪を元通りロケットにしまい込む

巽が指環を外すと同時に光の環が掻き消え、背筋が凍るほどの威圧感もなくなり・・・綜馬が安堵のため息をもらす

巽の手の中に在る石は、以前より少し大きくなり、刻まれた文字もはっきりと浮かび上がっていた

その石を差し出した巽が異国の青年に向き直る

『・・この石は昔北欧の女達が使っていた糸紡ぎに使われていた石を加工したもの・・ですね?ここに刻まれたルーンは、あなたを待つ人からのあなたの無事を祈る言葉・・・』

青年の灰色の瞳がハッと見開かれ、巽の顔をマジマジと見つめ返す

(『・・・これを復活させたということは・・どういう意味をもつ事になるか、承知の上で・・・?』)

問われた巽が無言で頷き、みことにその石を手渡した

『もう一度歌えるか・・みこと?この人を天上へ導いてくれるように願いを込めて・・・』

『あ・・はいっ!』

石を胸の前で両手で包み込み、みことがその石に語りかけるように歌いだす

すると・・・

石がポワ・・と淡い輝きを放ち、銀色に輝く一本の絹糸がみことの歌に合わせて天へ向かって伸びていった

みことが嬉しそうにその糸を見つめる

張られた結界も難なく突き破り・・・糸は真っ直ぐに天へ向って伸びていく

さらに波動を強めるみことの溢れた金色の波に触れた異国の青年の姿が、サラサラとその身を桜の花びらへと変えていく

(『あなたの母親は、いつも私のために歌を歌ってくれました・・・私が人間の心を保ち続けていられたのはそのおかげ・・・本当にありがとう・・・!』)

その言葉を残し・・・青年の姿は全て桜の花びらに変わり、天へ向って伸びる銀色の糸を辿って天上へと舞い上がっていく

伸びる糸と共に石はみことの手の中で小さくなり・・・ついには全ての桜の花びらと共に、みことの歌声にのって跡形もなく・・・消えてしまった

フ・・・と歌うのをやめたみことの顔に心底嬉しそうな笑顔が浮かぶ

その笑顔に誘われるように・・・綜馬と巽も顔を見合わせて笑みがこぼれた

その3人の姿をねめつけるように・・・虚空に浮かぶ白虎が・・・居た・・・

 

 

 

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