ACT 21

 

 

 

天を仰ぐ3人の他に残されたもの・・・

白銀に輝く毛並みを優雅に揺らし、虚空を蹴った獅子の巨体がフワリ・・と、3人の前に立ちはだかった

白虎がその黄金に輝く獣の瞳でみことを見据える

(『桜杜の名を継ぎし者よ・・・わが名は白虎。そなたがわが主としてふさわしいかどうか・・・見定めに参った』)

『え?!見定める・・!?』

ユラ・・と金色のオーラを発して、驚愕の表情を浮かべたみことの後ろに立つ巽を白虎が畏怖するかのごとく眩しげに見やった

(『客神(まれがみ)の力継ぎし者よ・・・しばしこの場を退いてもらえぬか?これはこの者の試練・・助力は無意味と心得られよ・・!』)

懇願するような・・・しかし威厳に満ちた声が直接心に語りかけてくる

『・・・分かった・・選び取るのはみことだ・・俺たちが手を出すべき事でもない・・』

巽の言葉に、思わず強張った顔つきでみことが振り返る

そんなみことの銀髪をサラ・・ッと軽く梳くように撫で、巽がその顔を覗き込む

『お前も見ただろう・・?さっき白虎の背に乗っていた千波さんを・・・。白虎の以前の主は千波さんだ・・そしてその後継者としてお前を守り、見定めるよう白虎は呪縛されている・・。それを受け入れるか断ち切るか・・・おまえ自身が決めろ・・お前の守りたい物のために・・!!』

巽の言った最後の言葉が、川面に広がる輪のように・・みことの心にゆっくりと染み入っていく

(お母さんとお父さんが残していってくれたもの・・力は・・認めてやらなきゃ使えない・・守りたいものが守れない・・!それなら・・僕は・・・!)

みことは、キッ・・と巽と視線を合わせ、頷き返すと・・・白虎を恐れることなく真っ直ぐに振り返った・・!

そのみことの決意に満ちた銀色の瞳を鋭い眼光で見返した白虎が、冷たく言い放つ

(『新しく、わが主となるならば・・・我が前主、お前の母親の影を切らねばならぬ・・!それがお前に出来るか!?』)

『・・・なっ!?』

みことの顔が一瞬にして凍りつく

白虎の背がグニャリ・・・と歪むと、長い髪の女の影が陽炎のように立ち昇り、はっきりとみことの母親・・・千波の姿をかたどっていく

完全に人間の姿となった白影は、その手の先に刀と思しき長い刃物を持って佇んでいた・・・

そして

気がつけばいつの間にかみことの手の中にも、スラリとした一振りの刀が握られていた・・・

『な・・!?何!?これ・・!?』

みことは必死にその刀を投げ捨てようともがいたが、刀を握った手はそれを許さず・・・まるで吸い付いたかのように離れない

それでも必死に指をはがそうとするみことに向かって、白い影が無言で切りかかる

『や、止めて・・・!お母さん!!』

夢中でその攻撃をかわし・・・みことは逃げ回る

ただ逃げ回るだけのみことに、白い影は容赦なく切りかかり、傷つけ、追い詰める・・・

勢い余って転がったみことの真上から、白い影の持つ刀が迷うことなく振り下ろされる

思わずみことは手にしていた刀でその切っ先を受け止めた

ギリギリ・・・・と合わせた刀が軋み、みことの目の前で白い影の表情の見えない顔が、ゆらゆら・・・と揺らぐ

(これ・・・これは・・・お母さんなんかじゃない・・!!分かってる・・・分かってるけど・・・!何で、お母さんの匂いがするの!?それに、この感じ・・・柔らかい包み込むような気配は・・・確かに、お母さんのものなのに・・・!?)

間近に迫る表情の見えない白い顔を睨みつけていたみことが、ハッとしたように唇を噛んだ

表情は見えないが・・・時として人の顔を形作る陰影を捉えた時

その、瞳と思える部分に映っていた影が・・・

眼前にいるみことの姿ではなく、白虎の姿であった・・・!

『・・・・んなのっ!!こんなの・・・やっちゃだめ・・・やっちゃだめだよっ!!本当に辛いのは・・・苦しんでるのは・・・お前の方じゃないか!!!白虎ッ!!!』

みことは渾身の力を込めて白い影の刀を弾き飛ばすと、白虎めがけて飛び込んでいった・・・!

手にしていたはずの刀はいつの間にかチリとなって掻き消え・・・みことの体から淡い桜色の光が溢れ出て、白虎の巨体を包み込んでいく・・・

みことは泣きじゃくりながら白虎の首に手を廻し、ギュッと抱きかかえるようにその波打つ白銀のしなやかな毛並みに顔を埋める

『ダメ・・・ダメだよ・・・あれはお前の・・・お母さんとの大切な思い出じゃないか・・!そんなの・・・そんなの・・・失くしちゃダメだ・・・!!失くしちゃ・・・ダメ・・・だよ・・・・!』

言葉につまり、嗚咽を堪えるように・・・みことの体が震える

止めどもなく流れ落ちるみことの涙を、ザラついた生温かい物が舐め取る様に何度もみことの顔をなぞる

驚いて顔を上げたみことの前に、獣とは思えないほどの優しい瞳をした白虎の黄金色の瞳が、静かにみことを見つめていた・・・

(『みこと・・・お前は我が主にふさわしい清らかな慈愛の心を持っているようだ・・・。お前の母親がそうであった以上に・・・お前は他の者の心の痛みを理解し、その心を癒してくれる・・・』)

白虎がまるで猫のように喉を鳴らし・・・みことの顔にほお擦りする

『・・・え・・・?あ、あの・・じゃあ・・・・?』

(『・・・私は、みこと・・・お前を新たな主と認め、お前を守護する事を誓う・・・!』)

白虎がその黄金色の瞳に愛しむような色を滲ませ、みことを見つめる

『本当に!?あ・・・・でも、お母さんの事・・・・忘れないでいてくれる・・・?ずっと・・・覚えててくれる?』

不安げな表情で、白虎の優しい輝きを放つ瞳を覗き込む

(『我が、主よ・・・お前がそれを望むなら、私はお前の母を忘れない・・・。お前と共にある限り、私の中にお前の母も共にある・・・』)

みことは輝くような笑顔を浮かべ、白虎の柔らかい毛並みにほお擦りする

『ありがとう!!大好きだよ!!白虎・・・!!白虎がお母さんの事大好きだったように、僕の事も好きになってくれるよう・・・頑張るからね・・・!』

白虎は主人に甘える猫のように喉を鳴らし、みことのほお擦りを気持ち良さそうに受けている

その様子を、少し離れた所でかたずを飲んで見守っていた巽と綜馬が、同時に安堵のため息をついた

『あの猛々しかった白虎が、猫みたいになっとるで・・・?みことといい、お前といい、全く!!どうなっとねん!?』

綜馬がいまだ消え去らない巽から感じた威圧感を思い出し、身震いする

『みことは・・・自分に課せられた運命を受け入れ、進むべき道を選択しただけ・・・俺は・・・自分で決めたはずの運命にもてあそばれて・・・振り回されてる・・・・それだけだ・・・・』

フ・・・ッと、悲しげに口の端に苦笑を浮かべた巽に・・・綜馬が決まり悪げに頭をかく

『・・・すまん・・・何にも出来へん自分に対する八つ当たりや・・・気にせんといて・・・・』

そんな綜馬を盗み見た巽が、おもむろに足元に置いてあった弓を手にとって・・・綜馬の眼前に突きつけた

『・・・・気にするな・・・だと?何も出来ない・・・だと?』

一転して抑揚のない冷たい声音になった巽が、怒りを湛えた瞳で綜馬を見据える

『へ・・・・?た・・つみ・・・?』

綜馬が巽の態度の意味が分からず、呆然と巽を見返すと・・・巽が顔をうつむけて弓を両手で握り締めていた

『・・・二度と・・・言うな・・・!二度とあんな事を言ったら・・・ただじゃおかない・・!』

巽の表情は見えなかったが、その声音には今まで聞いたことがないほどの怒りが込められていた

『・・・あんな・・・事・・・?』

巽が握る弓にピシッと亀裂が走る

『・・・俺に・・・お前を殺せ・・・だと?・・・お前に向って矢を放て・・・だと・・・!?』

『・・・ッ!巽!?』

ハッと綜馬が息を呑む

巽が握っていた弓が、バシンッ!と乾いた音をたてて砕け散った・・・!

『・・・二度と・・・お前とは仕事はしない・・・!!』

砕けた弓の残骸を打ち捨てて・・・巽が綜馬に背を向ける

『・・・わっ!ちょ、ちょっと待ってーな!黙って勝手なことしたんは謝る・・!ごめん!ほんまに堪忍や!!けど、言うとくけど、お前やったら何とかしてくれる・・・!そう思うとったから出来たことやし、言えた台詞や・・・!』

慌てて懇願するように言う綜馬を置いて・・・巽が背を向けたまま歩き出す

『ちょ・・っ!巽・・・!待てって・・・・・ッつ!!』

立ち上がろうとした綜馬が、思わずケガをした方の腕を伸ばしてしまい・・・その痛みに突っ伏する

『・・っ!?綜馬・・!?』

思わず振り返り、綜馬に駆け寄った巽の腕を、綜馬がしっかりと捕まえた

『・・・言うとくけどな・・・俺はお前以外の奴にあんな事言わへんし、お前に殺されようなんて思ったこともない!俺が死ぬんは俺が守りたい、大事なもんのためだけや・・・!うぬぼれんなよ・・巽・・!!』

綜馬の強い意志を込めた双眸が、巽の灰青色の瞳を射るように見据えている

その視線に・・・巽がハア・・・・・・ッと、大きなため息を落とすと、綜馬に手を貸して立ち上がらせた

『・・・うぬぼれてて悪かったな・・・!今度あんな事を言ったら、迷わず矢でも刀でもくれてやる・・・!』

『何ぼでも受けてたったるで?まー、それより先にお互いケガ治さんとな・・・あのやぶ医者に何されるか知れたもんやない・・・!』

互いに顔を見合わせて、ク・・・ッと喉で笑いあった二人の頭上を銀色の光が飛び退っていく

それを見送る巽の頭の中に・・・白虎の声がこだました

(『客神の力継ぎしもの・・・主の母からの最後の伝言を渡しておく・・・「いつか気づく・・かけがえのない大切なもの・・あなたはもうそれを手に入れたわ・・・後はそれをあなたが受け入れるだけ・・・。巽、見失わないで・・自分の心を・・・・」』)

白虎の言葉の後に紡がれた声は、間違いなくみことの母、千波のものだった・・・

(・・・・手に入れた?俺が?一体・・・何のことだ・・・!?)

その巽の問いに返って来る答えはなかった

 

 

 

『巽さーーーん!綜馬さーーーん!』

みことが白々と明け始めた朝焼けの空を背負って、駆け寄ってくる

白虎が掻き消えた時点で、巽は前鬼と後鬼の張った結界を解かせていた

二人の式神もかなりダメージを受けていて・・・綜馬が「また嫌われたな・・・」とため息をもらす

そんな重い雰囲気を払拭するかのように・・・みことが眩しい笑顔で近寄ってきたかと思うと、二人の目の前で見事に何かにつまづいてひっくり返った・・・!

『・・・ブッ!!みこと!!お前のそういうとこ、お母ちゃんそっくりやで!ホンマ親子そろって天然者の大ボケコンビや!!』

綜馬がケガに響く痛みに引きつりながら・・・それでも耐え切れず腹を抱えて笑い声を上げる

『・・・う〜〜〜・・・ひどい、綜馬さん・・・!そんなに笑わなくったって・・・!』

『・・・でも、本当にそっくりだぞ・・・?』

くぐもった笑い声と共に、巽のうっすら笑顔の浮かんだ顔がみことの真上に降りてくる

(あ・・・・!やっぱ、僕・・巽さんの笑った顔が一番好き・・・!)

目の前にしゃがみ込んだ姿勢の巽の顔を、嬉しそうにみことが見つめる

『なんだ・・・?俺の顔になんかついて・・・・・・・ッ!?』

言いかけた巽の顔が突然、苦痛に歪む

『・・・・ッ?!巽さん!?』

自分の方に向って倒れこんできた巽を、みことが慌てて起き上がり支えた

巽の右肩から流れ出る鮮血が徐々に広がっていく・・・

みことの胸に倒れこんだまま・・・巽が低くうめき声を上げた

『う・・・・・く・・・・・・ッ!聖治の・・奴・・!半端なんて・・・もんじゃ・・・・ない・・・・ぞ・・・・・ッ!!』

『巽!!』

血相を変えた綜馬が駆け寄り、周囲でまだ成り行きを伺ったままの僧侶達に叫ぶ

『早く担架持ってこい!救急車も呼んであるはずやろ!?』

まるでツルの一声・・・のように、周囲の僧侶達が慌しく動き始める

担架に乗せられた巽に付き添い、救急車の側まで来た綜馬の前に、白い影がス・・・ッと現れて道を塞ぐ

『・・っ?!御影・・!?』

『・・・・待ってたよ、綜馬君?』

一瞬にして表情を強張らせた綜馬に、いつものにこやかな笑顔で聖治が声をかける

『・・・ハッ!昔から変わってないな・・・その表面だけの造り笑顔・・・!眼鏡なんぞいらへんとちゃうんか・・・!?』

クス・・・ッと聖治がなおも笑い声をもらす

『あれ?まだ昔の事を根に持ってるんだ・・・?少しは人間的に成長したかと思っていたのに・・・君の方こそちっとも変わっていないと思うけど・・・?』

売り言葉に買い言葉・・・的発言を、笑顔を崩さずにこやかに返しながら、聖治が一歩綜馬に詰め寄った

『な・・・なんや・・!?』

思わず一歩後ず去った綜馬のケガをした腕を聖治が見据える

『・・・ふう・・ん、出血量のわりにあらかた傷口が塞がってますね・・・?何があったんです・・・?』

『・・・お前に関係ないやろ・・・!』

言い捨てて、聖治の横をすり抜けようとした綜馬の肩を、聖治が思わぬ強い力で引きとめた

『・・っ!?』

ザワ・・ッと、綜馬の背筋に冷たい悪寒が駆け抜ける

少しずらした眼鏡の奥から綜馬を捉えた聖治の目が、底冷えのする冷たさを放ち・・・半眼になって見据えていた

『・・・・君のキズなんてどうでもいいんだけどね・・・。君のせいで巽の体にキズが付いた・・・このおとしまえはきっちりつけてもらうつもりだから・・・覚悟しとくんだね・・・!』

それまでとは豹変した絶対零度の温度を突きつけて、綜馬の体を凍りつかせる

一瞬、自由を奪われた綜馬を置いて、巽を乗せた救急車に乗って聖治が立ち去っていった

『・・・相変わらず・・・・えー根性してるやないか・・・ッ!!』

聖治の放った眼光に凍りついた体を元に戻すように、ブルッと身を震わせた綜馬がグッ・・・と拳を握り締める

駆け寄ってきた他の救急隊員が耳にしたのは、山を震わすような綜馬の怒声だった

『あないな冷たい眼で人を見る奴のどこが医者やねんっ!?おとしまえでも何でも受けて立ったろうやないか!!いつでも来やがれ!藪医者野郎・・・ッ!!』

 

 

 

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