ACT 22
『・・・・いっツッ!!もう・・少し優しく出来ないのか・・・!?』
集中治療室のベッドの上でうつ伏せ状態の巽が呻く
『充分優しくしてるつもりだけど・・・?だいたい・・縫合したばかりでこれだけ無茶する巽が悪い!!』
自分がそう出来るようにしたことは棚に上げ、聖治が冷たく言い放つ
テキパキと血のりの跡を拭き取って、聖治の冷たい手が巽の背中を押さえつけた
『・・・ちょっと沁みるけど・・我慢しろよ・・・ッ!』
聖治が傷に向って思い切りよく消毒液を振り掛ける
『うわっっ・・・!!ツッ・・・!!』
あまりの激痛に巽の体が痙攣したように細かく震える
けれど・・・声を上げたのは最初だけで、その後は声一つあげず小さく呻くだけだった
念入りに消毒し終えた聖治があきれた顔で呟く
『・・・全く!どういう神経をしてるんだ?お前は・・!?僕の前でくらい素直に感情表現したらどうなんだ?』
幼い頃からずっと・・・他人に弱みを見せることなく生きて来た巽を知る聖治ではあったが、せめて自分の前でくらいそれを解いてくれてもよさそうなものなのに・・・!と思ってしまう気持ちが先立って、つい、治療も荒っぽくなってしまいがちだ
『だ・・・・ッたら、もう少し・・・手加減しろ・・・!』
聖治の性格を知る巽だけに・・・キッと聖治のあきれ顔を睨みつける
『断る・・っ!ただでさえ、このケガ・・お前にとって普通じゃないんだ!手加減なんてしてられるか・・!!』
少しイライラとした声できっぱり言い切ると、再び滲んできた血を乱暴に拭い去る
『・・っつ!この・・・聖治・・・!!』
再び睨みつけた巽の視線と、眼鏡を取り去った聖治の鋭い視線がぶつかった
『僕を誰だと思ってる?呪や霊障関係の治療を一手に引き受ける御影の当主だぞ?お前がちゃんと隠し事なくこちらに情報を与えなければ、こっちはどうする事も出来ないんだ・・・!!』
聖治の怒りを含んだ声音に・・・巽が視線を落とした・・・
『・・・気がついてたか・・・やっぱり・・・』
『・・・甘く見られたもんだね・・?一体何年お前の主治医をやってると思ってる?』
面白くもなさそうに言って腕組みをした聖治に、巽がため息をもらす
『・・・指環の力を使った・・・』
『な・・んだとっ!?』
思わず腕組みを解いた聖治がベッドの端に手をついて巽の顔を凝視する
『なぜ・・?!お前、この指環は絶対に使わない・・・そう言っていたのに・・!?』
『・・そうだな・・本当に・・・何だって俺だったんだろうな・・・?』
今ひとつ辻褄の合わない事を言って、巽がフ・・・ッと笑みをこぼす
『巽・・?!』
その・・穏やかな笑みに、聖治が唇を噛み締める
何かが・・・自分の知らないところで変わっていく・・そんな怒りにも似た感情を押し殺して・・・
『・・・で?使った以上、代償を払わなきゃならないんだろう?その指環・・!一体、何を支払った!?』
『・・・契約を・・代わって受けた・・。内容の分からない契約だ・・・』
『な・・・ッ!?何だってそんな物を・・!?』
『・・・成り行きだ・・・』
そう言って・・・巽が何かを思い出したように・・・また小さく笑みを浮かべる
その笑みを見つめる聖治の瞳に、怒りにも似た感情が滲む
『・・成り行きね・・。じゃあ、僕もちょっと成り行き上、どうしても確かめておきたい事がある・・!』
押し殺した声で言ったかと思うと、巽の首筋に小型のスタンガンのような物を押し付け・・プシュという音と共に巽の体がビクンッと震え、脱力した
『・・・ごめん・・即効性の麻酔剤だから・・・』
サラ・・と巽の黒髪を梳いて、聖治がベッドの端に腰掛ける
『・・・おい!聞こえてるんだろう!?柳・・!いい加減出て来たらどうなんだ!?どうしてこのケガは治らない!?』
叫んだ聖治の声に・・・巽の閉じた瞳がゆっくりと開かれる
その瞳は・・・鮮やかな紫色に変わっていた・・・
『・・・珍しいな・・こんな強硬手段で私を呼び出すとは・・・。何か腹に据えかねる事でもあったのか・・?』
クック・・・と喉で笑いながら、紫色の瞳の柳がゆっくりと体を起こす
その顔つきは巽のときとは打って変わって艶めかしく・・口調にも面白がっている雰囲気が滲んでいる
『・・・そのキズだ・・!どうしてそんなに治りが遅い?どうしてお前はそのケガを治さない!?』
『・・これか・・・?』
柳がフ・・・ッと不敵に笑い、肩のキズに手を当てる
途端に傷口が蠢き始め、まだ滲み続けていた血が止まり・・・傷口を修復していく・・・
だが、それは途中で止まり・・完全にはキズを治さないまま柳が手を下ろす
『・・っ!?なぜキレイに全部治さない!?』
睨みつけるような聖治の視線を紫の瞳が面白がるように見つめ返す
『治さないんじゃない・・治せないんだ・・。このキズは、巽が『巽』という名で受け、私とは異質な力でその代償を支払った・・いくら私でもこれ以上は手出しできない・・・これは受けた契約を刻んだ証だからな・・・』
クックック・・・と、再びいかにも楽しげに柳が笑う
『まさか・・その状態のまま治らないなんてことは・・?』
聖治が蒼白な表情を浮かべて肩のキズを見つめる
まだ生々しい傷跡を刻むそのキズが・・・巽の染み一つない体に残る・・・それだけでも聖治には耐え難いことなのに・・!
『・・・ククク・・心配せずとも普通の人間並みには治るさ・・ただ、傷跡だけは消えないがな・・・』
『どうして・・!?』
『・・必要だからさ・・・』
何もかも知っているように不敵な笑みを浮かべたままの柳に・・・聖治が詰め寄る
『・・・一体、何を企んでる!?なぜ巽の体を傷つけなきゃいけない!?』
『巽の体・・・?』
クッ・・と笑った柳が聖治の胸倉を掴んでベッドに引き倒す
『これは私の体だ・・・!どう扱おうが私の勝手・・・そうでなければお前とてこの体に触れることすら出来ないんじゃないのか?・・・そうだろう・・・聖治?』
柳に耳元で自分の名を囁かれ・・・聖治の背筋にザワツク痺れが駆け抜ける
『・・離せ・・!』
『私を呼び出せばどういうことになるか・・・分かっていて呼んだんじゃないのか・・?』
柳が艶を含んだ瞳で聖治の顔を間近に見下ろす
『・・・クッ!』
悔しげに柳を睨みつけ唇を噛み締めた聖治に・・柳の紫色の瞳がフ・・と一瞬、悲しそうな色を滲ませる
『そんな顔をするな・・・このケガだ・・抱きはしない・・それに、私はしばらく出てこない・・安心しろ・・・』
『・・っ!?一体何を企んでる・・!?』
目を見開いて問う聖治に、柳が再び嘲笑的笑いをもらす
『そのうち分かる・・・聖治、お前・・・いつまで巽に触れずにいられるかな・・?見ものだな・・・』
『どういう・・・・ッ!?』
言いかけた聖治の唇を柳が塞ぐ
柳の唇も忍び込んできた舌先も・・いつも冷たい
人より冷たいその体温が、人の持つ温もりを求めて聖治の口内を蹂躙する
その刺激に聖治の体が熱を帯び始め・・まるでその熱を奪い取るかのように激しく舌を絡め取られる
やがて冷たかった唇が聖治の放つ熱を貪って温かみを得る・・・
フワ・・っとほのかに聖治の体から光が放たれて・・それが柳の体に沁み込むように消えた
途端に脱力したその体が、安らかな寝息をたてて聖治の上に・・・落ちた
その寝顔を間近に見つめ・・・聖治がその漆黒の髪に愛おしそうに口付ける
『・・・おかえり・・巽・・・』
眠る巽の肩のキズをきちんと処置し、聖治が病室を出て行った
病棟の廊下を満たす、すっかり明るくなった早朝の朝日の輝きに・・聖治が眉をしかめて立ち止まる
ふと窓から見下ろした病院の中庭に、満開の花を咲き誇らせた桜の木々が朝日の光を浴びて煌いていた
『・・・桜・・か。この世で一番嫌いな花だね・・・』
呟くようにそう言って、胸ポケットから取り出した眼鏡を掛けなおし・・・白衣の裾をひるがえして廊下の角に姿を消した・・・
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