ACT 23(完)

 

 

次の日のお昼過ぎ・・・

ぐったりと疲れきった姿で片腕を白い布で首から吊るした綜馬が、病院の中庭のベンチに座っていた

気だるそうに首をベンチの背もたれに乗せ、頭上に咲き誇る満開の桜の花を見つめている

疲れきった体に、心地良い睡魔を誘う暖かな陽射しが降り注ぎ、緩やかな南風が花びらを散らす

『・・・はぁーーー・・やっぱ一筋縄ではいかんなー・・・』

大袈裟なため息と共に綜馬が疲れ切っているのには理由があった

つい先ほどまで、今回の事件の事後処理に終われ・・・一睡もしていない

というのも、みことの母親の名前『千波』という名に聞き覚えがあったのである

昔、綜馬が床下探検をしたいた時に聞きかじった『高野の隠し巫女』・・その時『千波』という名も聞いた気がしたのだ

今回の鳳本家への依頼にしても・・・綜馬には引っかかる事が多く、いろいろと探りを入れていたのだが・・・確たる物は何一つ掴めなかった

護法童子を飛ばして大僧正にも直接、依頼の真意と分家の介入阻止の理由を問いただしてみた物の・・・のらりくらりと交わされただけで無駄足に終わった

(みことのことに関しても・・呪の事なんて知らぬ存ぜぬの一点張りやし・・・ちぃと間を空けたほうが探りやすいか・・・)

ボー・・とした頭でそんな事に思いをめぐらしていると・・・

『・・アッ!綜馬さん!?』

中庭に面した渡り廊下から、学生服姿のみことがパタパタと駆け寄ってきた

『んーーーー・・?おう、みことやんか・・。どないしたんや?こんな昼間に・・学校は?』

眠たそうな顔を向け、綜馬がうーーーーん・・!と体を伸ばす

『あれ?寝てたんですか?今日は卒業式の準備だけだったから、午前中で学校は終わりなんです!』

『卒業式ーー!?そっか・・・もうそんな時期やねんなぁ・・・』

綜馬が感慨深げにみことを眺める

『そんな事より、何でこんなところで寝てたんですか?巽さんの所に行かないんですか?』

小首をかしげて笑顔を向けるみことの学生服姿は、なんだか学生服に着せられている・・・といった感じで、いつも以上に幼く見えた

・・・・が

詰襟の所に光る”V”というバッジに、綜馬の眼が一瞬、点になる

(・・・こいつ・・三年生かいな・・・!?ってことは、明日卒業か・・・。次に行くとことか決まってんのか・・?)

そんな事を考えながら・・・大あくびをしつつ間延びした声で言った

『今回の事件の後処理がようやく終わってな・・一休みしてるとこや・・。おまけに高野の古だぬきが早く帰って来いってうるさくってな・・巽も送って帰らなあかんし・・。あ、巽なら心配ないで?明日には退院できるやろう・・・って言うとったから・・・』

『・・・そ・・・か・・・綜馬さんも巽さんも帰っちゃうんですね・・・』

みことがさっきまでの笑顔を曇らせて・・シュン・・・とうなだれる

おそらくは一番小さなサイズの学生服なのだろう・・・その小さな姿が、より一層小さく見えた

『なんやなんや・・!?それぐらいの事で・・!!別れは出会いの始まり・・・っちゅうやろ?元気出せ!!』

ユサユサと、綜馬がみことの華奢な肩を揺さぶる

『・・・ちょっ!?そ、綜馬さん!やめて・・・』

あっという間に綜馬が吊るした腕を器用に使い、みことの頭を抱きこんでもみくちゃ状態にしてしまう

『もうッ!僕はオモチャじゃないんですからね!!』

鳥の巣状態になった髪の毛を手ぐしで治しながら、ムッとしていたみことの顔が・・・自分を見つめる綜馬の天真爛漫な笑みにつられて思わず笑顔に変わる

『・・・お前は、そうやって笑とけ。お前の笑顔は周りのもんを幸せにしてくれる。そういうの・・・凄い力やで?』

『え・・・?』

驚いて固まったみことの額を、綜馬がピンッと指先で軽く弾いて・・笑う

『・・・本当に?本当に・・・そう思いますか・・・?』

みことが瞬きすら忘れて不安そうに綜馬に問う

その不安を払拭するように、真面目な顔つきになった綜馬が大きく頷くのを見て、みことが嬉しそうに弾けた笑顔を見せた

その笑顔を眩しそうに目を細めて見ていた綜馬が、フ・・・ッと桜の花を見つめて、遠い目で言った

『あの時も・・・こんな風に桜の花でいっぱいで・・お前の母親に初めて会った日や・・。その日に巽とも初めて会って・・・その時に俺は巽の・・お前の笑顔と同じくらい人を幸せにしてくれる・・・俺の中で最高の笑顔を見たんや・・』

『巽さんの笑顔・・・!?』

みこともハッと自分の歌を聞いたときに浮かべた巽の極上の笑顔を思い浮かべた

あの笑顔を見て、心の底から沸き上がる喜びにも似た力が出せたのだ・・・

『・・・あいつ、ほとんど無表情でにこりともせえへん可愛げのないガキでな、気になって後付いて行ったら、一瞬やったけど、桜の花に向って笑いかけとった・・そのまんまずっと・・ずっと見ておきたい・・!思ってまうほどの笑顔でな・・』

どこか遠くを見ている風だった綜馬が、フッとみことに視線を移して・・みことの顔を眩しげに見つめた

『俺はな・・もう一回あの笑顔を見たくてここに居るんかもしれん・・。あいつが・・・いつか心から笑ってくれるんを、ずっと待ってる気がすんねん・・・』

そう呟くように言ったまま・・・

ジッとみことの顔を見つめる綜馬に、みことは思わずたじろいだ

綜馬の黒真珠のような大きな瞳が、真っ直ぐにみことを捉えて離さない

『あ・・・あの・・・綜馬・・・さん・・・?』

金縛り状態のみことが必死に声を絞り出す

『・・・決めたっ!!』

突然、綜馬が満面の笑みを浮かべて叫んだ

『えっ!?な・・何を決めたんですか!?』

突然の綜馬の大声に、心臓が飛び上がるほど驚いたみことが、あっけにとられた表情で綜馬を見つめる

そんなみことを、綜馬が最高のイタズラを思いついた子供のようなキラキラした瞳で楽しげに見つめ、勢い良く立ち上がった

『俺は身勝手でワガママな人間やから・・・そのためには手段を選ばん事に決めたんや!!』

『・・・は!?どういう意味ですか!?』

綜馬の決めた”意味”も”手段”も分からず、キョトンとしているみことの腕をいきなり掴んで、綜馬が歩き出す

『え・・!?あの、あの綜馬さん!?ど・・どこに行くんですか!?』

チラ・・っとみことを振り返り、ニヤ・・ッと笑った綜馬が楽しげな声で言った

『えーから!ちょっと付き合え!俺はもう帰らなあかんから、お前に頼みたい事があんねん・・・!』

『僕に・・・頼みたい事・・・ですか?』

ズルズルと引きずられるようにみことが綜馬に引っ張られていく

『そう。俺が今から用意するもん、明日巽に渡してくれたらええ。それぐらい頼めるやろ?』

『そりゃ・・・それぐらいの事なら・・・』

『よっしゃ!善は急げや!行くで!!』

にぎやかに二人の影が走り去っていく

そんな二人を追いかけるように・・・

桜の花びらが暖かな春風に乗ってクルクルと舞い散っていた・・・

 

 

 

 

開け放たれた病室の窓から、甘い・・鼻腔をくすぐる春の香が漂ってくる

その香と・・ほほを撫でる暖かな春風の感触に・・フ・・と巽の意識が覚醒する

だんだんと浮かび上がっていく自分の意識を感じながら、囁きあうような小さな話し声を聞くともなしに聞いていた・・・

(・・・え?本当に?もうすぐ・・?)

(うーーん・・まだ決めてないんだ・・・)

(あ・・・だめだよ・・!そっち行っちゃ・・・)

ヒュッ・・と、自分の額の上を何かが掠めて行った拍子に、パッと、巽は目を開いた

『・・・アッ!ほんとに起きた・・ッ!』

小さく驚きの声を上げ、自分の顔を覗き込んだみことの顔を、巽がシゲシゲと見つめる

『みこと・・・?!今、喋っていたのは・・お前か?』

『あ・・ごめんなさい・・うるさかったですよね・・。学校から付いて来ちゃった桜の精霊の子と話をしてたんです・・・その子がもうすぐ巽さんが目を覚ますよって・・・』

『学校・・・!?』

巽がゆっくりと体を起こす

まだ多少引き攣れは残っているものの・・・なんとか痛みは引いてきていた

『だ、大丈夫ですか!?』

一瞬にしてオロオロ・・とした心配そうな表情にクルッと変わるみことの銀色の瞳に、大丈夫・・!という視線を返し、イスに腰掛けているみことの全身を改めて見回した

『・・・なんだ?お前・・その格好・・?!』

みことは詰襟の学生服の胸元にリボンで作られた花飾りをつけ、体のあちこちには桜の花びらをくっ付けていた

おまけに・・・

その足元には大きなレジャーバックが、デンッと置かれていたのである

『あはは・・・今日卒業式だったんです!ついでに退寮式もあったもんだから・・・これ、僕の貴重な家財道具一式なんです・・・』

ちょっと目元を赤らめ・・みことが恥かしそうに頭をかく

その拍子に桜の花びらが一枚、ふわり・・と風に乗って巽の手元に落ちる

『卒業式!?・・・て事は・・お前、18歳・・なのか・・!?』

巽が信じられない・・といった表情でみことを見つめる

みことはちょっとむくれたように鼻を膨らませ、不満そうに言った

『どーせ、15歳くらいにしか見えないって言うんでしょう?体ちっちゃいし、童顔だし・・・別にいいですけどっ!!』

『いや・・・別にそういうつもりじゃ・・・』

口で言うのとは裏腹に、巽の目は思いっきりそれを肯定している

その目にますます機嫌を損ねたみことは、小さな子供のように上目使いにほほを膨らませている

(・・・そういうところがまた・・余計に幼く見えるんだがな・・・)

巽は思わず緩む口元をてで覆い隠しながら、少し声のトーンを落として聞いた

『学校も寮も出なきゃいけないわけか・・・これからどうするんだ・・?』

みことの膨れっ面が見る見るうちにしおれた花のようにかげり、うつむいて足元のバッグを軽く突付き始める

『・・・一応、新聞配達所のおじさんが、2階の使っていない部屋使わせてくれるって・・・。配達の手伝いしながら自分の道を決めろって・・・決まるまで部屋代もいらないからって・・・』

巽は黒いレジャーバッグとみことを交互に見て・・気づかれないように嘆息した

(・・・18年生きてきて・・たったこれだけの荷物とは・・・)

フ・・ッと巽の脳裏にみことの必要最低限の物しかない殺風景な部屋の風景がよぎる

なんともいえない・・・心の奥底から湧き上がってきた感情に押され、思わず口から出そうになった言葉を慌てて飲み込む

(・・・俺は今・・なんて・・言おうとした!?)

たった今自分が飲み込んだ言葉が信じられず、呆然とする巽の様子など気づかないように・・・みことがゴソゴソと学生服のポケットから一通の封筒を取り出した

『・・・あの、これ・・綜馬さんが巽さんに渡しておいてくれって・・・。綜馬さん先に帰っちゃうの凄く気にしてて・・巽さんに謝っておいてくれって・・・』

みことはその時の様子を思い出したように、クスクス・・と笑いながら封筒を巽に差し出した

『綜馬が・・・俺に・・・?』

巽が困惑気味に中身を取り出すと、一枚の走り書きのような手紙と飛行機のチケットが入っていた

その手紙には、綜馬らしい太い、角ばった達筆でこう書かれていた

 

   巽へ

 年寄りの忠告は素直に聞くもんやで?

 今度は仕事抜きで3人で遊ぼうぜ!

 帰りは大奮発して飛行機とったったから、早、帰れよ!!

 じゃ、またな!

 

 

(・・・年寄りの忠告?・・・3人・・・!?)

一瞬、何のことだか分からず眉間にシワを寄せた巽の頭の中に、重厚な聞き慣れた声が甦る・・・

(『お前さん次第で大きく変わる・・・自分に正直にな・・・』)

『・・ッ!杉ジイか!?』

巽は思わず呟き、封筒の中に残っていた飛行機のチケットを取り出した・・・

・・・途端

巽が低い、押し殺したような笑い声をもらした

『杉ジイ?・・・って、誰ですか?』

巽の反応の意味が分からず、顔にクエスチョンマークを張り付かせたようなみことの顔が、巽のまだ笑顔の名残の残る顔を凝視する

そのみことに、巽はいまだかつて見せた事のない優しい眼差しを向けた

『あ・・あの・・巽・・さん?』

その眼差しを至近距離で真正面に捉えたみことは、跳ね上がった心臓に顔を真っ赤にしてうつむいた

『・・・お前、俺の仕事・・・手伝う気はないか?』

『・・・・へ!?』

驚いて顔を上げたみことが、突然の巽の言葉が理解できず一瞬放心状態に陥り・・次の瞬間、我が耳を疑った

『・・・だから、俺と一緒に仕事をしないかって言ったんだ。もちろんそれなりの報酬ももらえるし、住む所も・・・嫌でなければ俺の家に居ればいい・・空いている部屋はたくさんあるし・・・』

巽は言いながら照れくさそうにソッポを向き、照れ隠しに少し怒ったような口調になっていた

『ほ・・ほんとに!?ほんとに巽さんのとこに行っていいんですか!?』

みことは身を乗り出すように立ち上がり、銀色の瞳をめいいっぱい見開いて・・・嬉しさと不安の入り混じった何ともいえない表情になっている

その銀色の瞳の中に、目元を赤らめそっぽを向いたままの巽の横顔が映っている

『俺は冗談が言える性質じゃないんだ・・・最も、お前が嫌だって言うなら・・・』

みことはブンブンと激しく首を横に振って巽の言葉を遮った

『嫌だなんて・・・そんな・・・そんなことありません!!僕、頑張ります!!巽さんに迷惑かけないように、一生懸命頑張りますっ!!・・・だから・・・』

みことは不意に巽の顔に、震える自分の手を包み込むようにあてがった

『・・・だから・・・ちゃんと・・僕の顔見て言ってください・・・お願いします・・・!』

その言葉にハッとしたように巽はみことの両手に包まれたまま、振り返った

大きなガラス玉のような銀色の瞳は今にも泣き出しそうに潤み、嬉しさと不安の混ざり合った表情の中でギュと固く噛み締めた唇がかすかに震えている

その表情に、巽がソッとほほに添えられた震えの止まらないみことの手に自分の手を重ねた

そして・・・

真っ直ぐにみことの目を見つめ返し、先ほど飲み込んだ言葉を、今度はためらうことなく告げた

『・・・俺と一緒に来い・・!もう、一人で居る必要はない・・!』

巽の手に包まれたみことの手の震えが止まり、弾けたような笑顔を咲かせ・・・

『・・・はいっ!!』

心底嬉しそうに、力強く答えを返した

 

 

 

窓から差し込む木漏れ日と、桜の甘い香りの春風が二人を優しく包み込む

悪戯な風に舞い上がった飛行機のチケットが、音もなく木漏れ日の中に落ちた

同じ行き先の二人分のチケットの上に、桜の花びらが舞い降りた・・・

 

<完>

 

お気に召しましたら、パチッとお願い致します。

 

トップ

モドル

 

 

 

 

 

後書き

お・・終われた・・(笑)

長い話にお付き合いくださった方々、本当にありがとうございます!

巽とみことの出会い編、ようやく終了です。

次の話で鳳家と御影家の秘密がある程度明かされる予定です。

名前だけしか出てこなかった鳳のおばあさま・・出てきます!

そしてもう一人、おばあさまのお守り役も・・・!

聖治の父、巽の父の関係と巽の負った心の傷・・・

次作は巽の負った心の傷・・・が明かされます。

感想などいただけると管理人、飛び上がって喜びます(笑)

どうぞこれからもよろしくお願い致します!