ACT 4

 

『・・・ま、とりあえず・・本題に入ろか?』

バックの中から分厚い紙のタバを取り出した綜馬が、テーブルの上にドサッと置く。

両手にマグカップを持った巽が向いのソファーに腰掛けながら、綜馬にカップを差し出した。

『おっ!サンキュー!』

満面の笑みでそれを受け取った綜馬が一気に飲み干す。

『・・・ぷはっ!これこれ!これからこの家に来たらこのカフェオレにしてや!頼むで・・!』

ニコニコと言う綜馬をチラッ・・・と巽が見上げ、また来る気か・・・?といいたげな視線を投げつつ、机の上に置かれた資料らしき紙のタバを見つめた。

一番上にあった写真・・・に、見事な枝振りの満開の桜の大木が映っていた。

それを目にした瞬間、巽の手の平に熱さが走り抜けた・・!

『・・っつ・・っ!!』

思わずカップを落としそうになった巽が、慌てて持ち直す。

『なんや!?』

巽の異変に素早く反応した綜馬が巽の腕を掴む。

カップを巽の手からもぎ取って、握り締められたその手の平をこじ開ける。

けれど・・・そこには何の異常も認められなかった。

『・・・まただ・・・なんで・・・』

その手の平を見つめた巽の口から漏れた言葉に、綜馬が眉根を寄せる。

『また・・・?なんや・・それ?』

『俺にも・・よく分からない。少し前から時々手の平にやけどしたみたいな熱さが走る・・・。だけど、何も異常はない・・・ただ・・・』

訝しげな表情になった巽の視線が、桜の大木の写真に注がれる。

『・・・ただ・・・桜のイメージが・・・頭から離れない。一体・・なんなんだろうな・・・』

『・・・桜・・・?フ・・・ン・・・』

巽の困惑顔と桜の写真を交互に見つつ・・・再びソファに深深と腰を下ろした綜馬もまた、眉根を寄せた。

『実はな・・・今回のこの依頼・・・俺もちょっと気に入らんとこがあんねん。いつもやったら・・・絶対、こないに早う鳳に協力要請なんてださへんはずや・・。せやのに・・・今回に限って即決や。まあ・・・確かに、それだけ厄介で危険を伴う事件ではあるんやけど・・・』

『危険・・・?』

綜馬の言葉尻に不穏な色を感じ取った巽が真剣な表情に変わる。

『・・・鬼が出よった・・』

その巽としっかりと視線を合わせ、綜馬もまた真剣な表情で言い切った。

『・・ッ!?鬼!?』

『ああ・・・まだ完全に目覚めきってないようやけどな。おかげでこっちの術者も体の一部を食われたくらいですんどる・・・』

『食われた・・っ!?』

思わず綜馬の顔を凝視した巽に、綜馬が資料のタバの中から写真のスナップや新聞記事の切抜きスクラップを開き、机の上に広げた。

その写真の映像に・・・巽が眉をひそめる。

肉を切り裂かれ、一部を食いちぎられたような腕や足・・。

血の散乱するどこかの工事現場らしき場所・・。

どれをとっても目を背けたくなるような凄惨なものばかりだった。

そして・・・焼け焦げた巨大な木の切り株・・と思しき掘り起こされた根元の写真。

『・・・これ・・・ひょっとして・・・?』

ハッとしたように巽が満開の桜の花を咲かせる見事な枝振りの写真と、その焼け焦げた木の写真を見比べた。

『さすが・・・気ぃついたか・・。そうや、この桜の木は同じ木や。ただし、こっちの満開の桜は今から10年以上前のもんらしいけどな・・・』

『・・・焼けたのか?なんで?』

『落雷・・・。そん時に上の部分はあらかた焼失して、根元の部分だけ残っとったらしい。その木の根を、宅地開発で掘り起こした途端・・・地震が起こってその周辺が陥没。そん時に鬼火と共に幽鬼みたいな、はっきりせん化け物が地中から這い出てきたらしい・・・』

『・・・封印・・・か?桜の木を使ってその鬼を封じていた・・・と?』

巽が濃い、苦いコーヒーを流し込むように飲み干し・・・その苦味の力を借りて眠気の残っていた脳細胞を叩き起こす。

『そういうことやろな・・・。でも、幸いな事に封印も完全に解かれたわけやないらしい・・・周辺の山の中から出て行く気配が無いんや。とりあえず高野の術者たちが結界を張ってそれ以上出ていかれんようにしてはおるけどな・・・』

『・・ここ、宅地分譲の建設現場か?その前は何だったんだ?』

『特に何もない山林や。一軒だけ廃墟みたいな家があったようやけどな・・・』

『廃墟?ああ・・この写真だな・・・誰か住んでいたのか?』

写真のスナップをめくっていた巽の手が、朽ち果てて草や木に覆われた家の写る一枚の上で止まる。

かなり前から放置されていたようで・・・人が出入りしたような感じも見受けられない。

『その家、その桜の木のすぐ側にあったみたいや。そこに住んどったもんが居るはずやねんけど・・・どうやら名前が変わったらしくってな、未だ見つけられず・・・や』

ため息をついた綜馬を横目に見つつ・・・写真から新聞の切り抜きスクラップに目を転じた巽が、それが起こった場所を確認し目を見張った。

『お・・い、これ・・高野山ともそんなに離れてない場所じゃないか・・・?このすぐ近くにある大馬神社にも、確か・・・鬼の首を落としたとかいう伝説があったよな?それとは何か関連は・・・?』

『やっぱ・・よー知っとるなぁ・・・!』

巽の指摘に綜馬が意味ありげな視線を投げ、もう一つの資料のタバを巽の前にドサッと置く。

その視線の意味を、綜馬の性格と長い付き合いから察した巽が・・・心底嫌そうな顔つきになって言った。

『・・・まさか・・・またそれ関連の資料、俺に読めって言うんじゃないだろうな・・・?悪いが徹夜明けに近い状態で思考能力ゼロに等しいんだぞ!』

『頼むわっ!!』

一転して、巽の前で両手を合わせて拝み倒し体勢になった綜馬が上目使いに巽を見上げる。

『俺も一応目は通したんや!けど、こういう伝承やら言い伝えやら・・・昔風な言葉使いの話って苦手やねん!その点、お前やったらこういうの得意中の得意やろ?な、頼むわ!!』

『・・・おまえなぁ・・・密教関連の書物の方がよっぽど難しいだろう!?それは制覇出来ててなんでこの程度のもんが・・・・!』

あきれ果てた表情の巽に、綜馬が再び気の抜けるヘラ・・ッとした笑みを浮かべた。

『なんでやろな〜?そういうんだけは苦もなくスラスラと頭に入ってくんねん。けど、それ以外のことはまるっきりあかんみたいや・・・な?お願いっ!巽くん・・!いえ、巽様!!』

『・・・・ったく!』

綜馬の笑みと、すがるような視線に・・・巽が頭を抱えて深いため息をつく。

『・・・・出来れば使いたくない手だが・・仕方ないな・・・。お前、ほんとにその資料に目は通したんだな?』

巽がゆっくりと顔を上げ、不機嫌そうな表情で綜馬を見据えた。

『・・・?そりゃ・・一応な。でも・・・なんや?あんまり使いとうない手・・・て!?』

綜馬もまた怪訝な顔つきになって巽を見据えた。

『・・・後鬼っ!!』

巽が虚空に向ってその名を呼ぶ。

『・・・・お呼びですか?』

途端に黒装束に身を包んだ緑色の瞳の後鬼がフィッ・・と滲み出るかのように現れた。

その後鬼と視線をあわせた巽が静かに言った。

『・・・後鬼、綜馬の記憶を読んでくれ・・・』

『・・っ!?なにっ!?』

綜馬がその言葉に驚いて、資料のタバに手をついて勢いよく立ち上がる。

『お・・おいっ!巽!記憶を読む・・ってなんやねん!?』

不安ととまどいの・・複雑な表情で、綜馬が巽を凝視している。

不機嫌な顔つきのまま押し黙っている巽に代わって、後鬼がその口を開く。

『あなたの記憶の中に在る、その資料の記憶を僕が読むってことです。・・・・と、言っても、あなたは座ってその資料の事を思い浮かべてくれればいい。後は僕がそれを引き出して読み取りますから・・・。時間もほんの数秒ですみます・・・』

口の端に薄い笑みを浮かべて、後鬼が綜馬の後ろ側に立った。

『ちょ・・・っまて!ほんまにそれだけやろな!?それ以外のもんまで盗み見されるんは勘弁してや!?』

綜馬が後ろ手に立った後鬼に食って掛かった。

そんな綜馬をなだめるように・・・後鬼が静かに緑色の瞳を細めて囁いた。

『・・・大丈夫・・・誓ってそれ以外読みません。・・・・そんな事をしたら、巽が傷つく・・・・』

後鬼の最後の言葉は、綜馬にしか聞き取れないほど密やかだった。

ハッとしたように綜馬が巽を振り返る。

巽は・・・

不機嫌な顔つきから一転して、苦虫を潰したような表情で綜馬を見つめていた・・・。

『・・・すまない・・・。最近分家からの依頼が多かったのと、翻訳業も締め切りでね・・・頭が回ってないんだ・・・。それに、お前がかり出されて来たってことは、早急な解決を要するってことだろう・・・?』

その巽の言葉と顔つきに・・・綜馬はフンッとソファーに座りなおすと、軽く腕組みをして明るいく言い放つ。

『・・・ま、俺が言い出した事やし!本来は俺がお前に説明せなあかんもんやしな・・・!今回はお前のわがまま聞ぃたるわ。せやけど、これっきりやで!?』

綜馬は巽に向ってニヤ・・ッと笑うと・・・観念した様に目を閉じて背後の後鬼に声をかけた。

『・・・ほな、よろしくな!資料の事考えといたらええんやな?』

『はい・・・自分では自覚していなくても、見たり聞いたり読んだりした事は情報として残ってますから・・・』

そう言いながら、後鬼の両手が綜馬の両肩に置かれる。

途端に綜馬は・・・何かに頭の中をザワリ・・ッと撫でられたような異様な感覚を覚えた。

『・・・・・はい、終わりです・・・!』

本当に数秒で後鬼の両手が離れていった・・・。

『えっ!?あんなんで・・・ええんか!?』

綜馬が拍子抜けしたような顔つきで後鬼を見つめる。

『ええ、僕はもともと記憶するのが得意なんです。この程度の事で・・・しかも相手がそれを承知している状態なら・・・こんな物です』

フ・・ッと微笑を残して掻き消えた後鬼が、次の瞬間バサバサ・・ッという羽ばたきと共に黒い大ガラスとなって巽の肩に止まり、緑色に輝く眼を巽に向ける。

巽は目を閉じて・・・しばらくジッとしていたが、ふぅ・・っというため息と共にゆっくりと切れ長の灰青色の瞳を大ガラスに向けた。

『・・・ご苦労だったな・・後鬼。おかげで助かった・・・休んでくれ・・・』

巽の言葉に羽ばたきを一つ返すと、大ガラスはたちまち掻き消えてしまった。

『そんなんで・・・ホンマに頭に入っとんのか・・・?』

綜馬が訝しげな表情で巽を見つめる。

『・・・一応・・な・・。現地に着くまでに頭の中整理しておくよ・・・』

一度に大量の情報が頭の中に流れ込んだせいで起こっている軽い頭痛・・・を揉み解すように、巽は眉間にシワを寄せ指を当てている。

『・・・ふぅ・・ん・・・。ま、それならこれで話は終わりや。さっそく行こか!』

意気揚々と資料を片付け始めた綜馬の手が、焼け焦げた桜の木の根元の写真でフッ・・と止まった。

『・・・・なあ・・・巽・・・。ばあさんにチラッと聞いたんやけど・・・10年くらい前らしいな、お前が鳳の家を出てこの家に引きこもったんは・・・。なんで・・・正統な血筋のお前がその家を出て、表にはほとんど出ずに裏の世界の仕事ばっかりしとるんや・・・?』

巽の体がはた目からでもはっきりわかるほど強張って・・・凍りついたようにピクリとも動かなくなった。

綜馬はそれに気づきつつも、あえて続けて問い続けた。

『鳳家のしきたりでは、正統な血筋の後継者が14歳になった年に継承式のはずやろ?せやのになんで・・・まだ前の当主たるあのばあさんがその座に居んねん!?しかもあのばあさん・・・・』

『お前が知る必要はない・・・っ!』

綜馬の言葉を遮って、巽が底知れぬ冷たさを秘めた声音で言い放つ。

その巽の瞳に何者をも受けつけない冷たい光が宿り、感情の一片さえ読み取れない無表情な顔が浮かんでいる。

それは・・・綜馬のよく知る、完璧に他人を拒絶する時の巽の態度だった。

『・・・ハア・・・ッ』

と、言いかけた言葉を飲み込んで深いため息をもらした綜馬が、片づけを再開しつつ独り言のように呟いた・・・。

『・・・必要ない・・・か。お前にとっちゃ俺はまだその程度なんやな・・・・』

ハッとしたように巽が綜馬を見返したが・・・かける言葉を見失って、決まり悪げに視線をそらした。

そんな巽を目の端で捉えつつもあえて無視した綜馬が、サクサクと資料を片付け終え、立ち上がりながら言い捨てた。

『・・・俺は、お前以外、鳳の当主として認めへんっ!それは覚えとけ・・っ!!』

 

 

 

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