ACT 5
『・・・え?う・・そ、なに・・?』
帽子を目深にかぶり、小さな花束を抱えた少年が『立ち入り禁止』のロープの張られた山道で立ちすくむ。
そのすぐ横の大きなたて看板には『○○建設宅地開発事業・・』と、その土地が宅地開発のための工事現場になった事を示す文句が書き連ねてあった。
詰襟の学生服の裾や袖に幾分のよゆうが見受けられ、そこから出た手が異様なほどの白さを際だたせている。
その雪のように白い手が握る花束の包み紙がギュッ・・と、圧迫感を強められ、クシャと乾いた音を響かせた。
『・・・冗談・・じゃない・・ッ』
低く・・押し殺したように呟いた少年が、何の躊躇もなくそのロープを潜り抜ける。
既に、そこかしこに生えていた雑木林は跡形もなく切り倒され・・山道とは反対側の山の斜面には大きな車道まで作られつつあった。
その光景に・・・ゆっくりだった少年の足が早足になり・・遂には駆け出した。
まだ残された木々の合間を縫って、抱えた花束だけはしっかりと胸に抱きこんで・・・。
『・・・・あ・・っ!』
息を呑んだような声と共に少年のスニーカーの先がザザ・・ッと掘り起こされてむき出しになった土の中にのめりこむ。
キレイに木々が切り開かれて、広々とした空間の広がるその場所に・・・数名の工事関係者らしき人だかりがあった。
その人だかりの中心・・・そこに、大きな焼け焦げた木の切り株・・・。
すぐ側には大きなショベルカー。
切り株には何本ものロープがかけられ、そのロープの先に繋がったウィンチつきの作業車と、その車のタイヤの引きずられたような跡。
どうやら・・・
ロープで引っ張りぬく作業に失敗し、ショベルカーを使って掘り起こそうとする直前であるらしかった。
男達の手によってロープが取り外され、現場監督らしき男の手が大きく振られた。
それを合図のように、不気味な重低音を響かせてショベルカーが動き出す・・・。
『・・・っ!?やめ・・っ!止めて下さいっ!!』
その重低音に負けない声を張り上げた少年が、一気にその木の切り株に向って駆け下りた。
『な・・っ!?おいっ!危ないっ!!ストップ!ストーップ!!』
いきなり飛び込んできた少年を追いかけて、その腕を取って止めた・・・現場監督らしき男が怒鳴りたてる。
『ば・・っかやろう!!ここは関係者以外立ち入り禁止だ!大怪我するぞ!!』
思い切り後ろに向って引き戻された少年の体が、勢い余って後ろ向きに倒れこむ。
その拍子に吹っ飛んだ帽子の下から・・・見事なまでに白銀に輝くプラチナ・ブロンド・・・の髪が日の光を浴びて輝き流れ、男達の視線を奪い、一瞬、言葉を失わせる。
『・・・やめて・・っ!お願いです!その木を・・掘り返さないで・・・!』
その少年の口から流れ出た言葉に・・・少年の容貌に見入っていた現場監督が驚いた表情になって問い返す。
『お・・まえ・・日本人か・・!?言葉・・通じるんだな・・?』
キ・・ッと睨み返すように向けられた少年の瞳の色も・・・銀色・・だ。
『まじりっけのない日本人です!お願いですから、その木を掘り返さないで下さい・・っ!!』
少年の言葉と・・その真剣な口調に、男達が顔を見合わせる。
『・・・坊主・・?ほんとに言葉分かるんだな・・?悪いが、これも仕事なんだよ。俺たちは上からここを更地にするように言われて来た。だから、俺たちの一存でどうこうできる問題じゃないんだよ・・・分かるな?』
『・・・っでも!お願いです!!このまま・・・!』
握り締めたまま放さなかった花束を持って立ち上がった少年が、すがりつくような視線を向ける。
『・・・その・・花、どうするんだ・・・?』
少年の真剣な口調と今にも泣き出しそうな大きな銀色の瞳・・・そして抱えた花束がお供え用の花であることに気づいた男が問う。
『・・・今日は・・・死んだ母と父の・・月命日だから・・・それで・・・』
顔を伏せ、花束をギュッ・・と胸に抱え込んだ少年が震える声で言った。
『・・・あっ!この切り株のとこにあった枯れた花・・・あれ、坊主が置いたのか!?・・・じゃ、すぐそこにあった廃墟は・・・?』
少年のうつむいたままの頭が、コクン・・と小さく上下する。
『・・・そうか・・・。でも・・なあ、悪いが・・・仕事なんだよ・・。今日中にこの切り株を取り除かないと作業日程が遅れちまうんでね・・・』
すまなそうに言った男が、少年の腕を取ってその場から引き離そうとする。
『どうしても・・・どうしても・・・だめですか・・!?』
とられた腕を強張らせて足を踏ん張った少年が、懇願するように言い募る。
『ダメなものはダメだ・・!さあ、危ないからこっちに来い!』
『じゃ、じゃあ!ちょっとだけ・・!ほんのちょっとでいいから・・せめて・・花だけでも・・・!』
男の手を振り払った少年が、その意志の強さを瞳に込めて男を見返す。
『・・・・しかたねえな・・・。ほんのちょっとだけだぞ!』
その・・・吸い込まれそうに大きな銀色の瞳に凝視された男が、慌てて視線をそらして言い放つ。
『あ、ありがとう・・!』
途端に満面の笑みを浮かべた少年の表情に・・・一瞬、その場の男達の視線が釘付けになる。
その瞳も、笑顔も・・・一度見たら忘れられないくらいに人を魅了する・・なにか・・・磁力とも言うべき物を発散していた。
木の根元に向って駆け出した少年の後姿を見送りながら・・・男達が顔を見合わせて囁きあう。
『・・・なんだ・・?あの坊主・・?あの目で見つめられたら・・変な気分になったぞ・・・?』
その言葉に・・周りの男達も皆一様に頷き返す。
『あれですね・・あの切り株・・あの木の満開だった時の写真見た時とよく似てる・・・。何かにせきたてられるような・・・思わず手を伸ばしてその花を手折ってしまいたくなるような・・・・』
木の根に屈みこんで花を供えている風な少年の華奢な背中に・・・男達の訝しげな視線が注がれていた・・・。
木の根に屈みこんだ少年が、そのぽっかり空いた空洞の部分を凝視していた。
花を供え・・・木の根に触れた瞬間、まるでそれを待っていたかのように・・・バキッと木のウロ・・となった空洞の一部が裂け、そこから鈍く輝く何かが光って、その存在を主張した。
『・・・な・・に?これ?』
思わず手を伸ばして引っ張り出すと・・・それは小さな真ん中に空洞のあいた石・・・。
手にした瞬間、冷たいはずの石から・・・暖かさが感じられた。
少年の銀色の瞳が細められ・・・まるでいとおしむ様にその石を両手で包みこむ。
『・・・これ・・・きっと持ってろって・・そういうことだよね・・?お母さん、お父さん・・・』
ギュッとその石を胸の前で抱きしめた少年が、ようやく何かを吹っ切ったように立ち上がり・・・その石をポケットに突っ込んで男達のほうへ向って一礼を返すと、その場からと離れた場所へと移動した。
それを確認した男の手が再び振られる。
それを合図に不気味な重低音が大地を揺らした・・・。
その音に、少年の足がビクッと止まる。
さっき飛び出した、まだ雑木林の残る山の斜面からその場所を振り返る。
かつて・・・見事なまでに枝を伸ばし、降り注ぐ雪のように花びらを散らして一帯を桜色に染め上げた巨大な桜の木の面影は・・・もう、ない。
ただ・・・黒く焼け焦げ、朽ち果てた・・・うねる蛇のような木の根だけが・・・まるで何かを守るかのように地を這い、その土地に食い込んでいる。
その根の周辺の土が掘り起こされ、その度に切り株が悶えるように蠢いている。
遂にその木の根元に深く・・・冷たい銀色の巨大なショベルが振り下ろされる。
『・・バキ・・ッ!!メリメリメリ・・・・ッ!!』
機械の重低音に混じって、断末魔のような・・・木の根の裂ける音が少年の耳にこびりつく。
グ・・・ッと唇を噛み締めて・・・一瞬伏せた瞳を見開いた時、
その・・・無残に浮き上がった木の根の下から・・・何か黒い・・・渦巻くような物が湧き上がってきた・・・!
それを目にした瞬間、少年の体に戦慄が駆け抜けた。
『・・・・に・・げてっ!早く・・っ!!みんな・・・・!?』
少年の声がいい終えぬ間に、地鳴りと共にその木の根の周辺が陥没し、大地が激しく揺れる。
『う・・・わ・・っ!?』
揺れる体を支えるように木に捕まり、その揺れをやり過ごした少年が・・・揺れの治まりと共に陥没した場所を凝視する。
まだ土ぼこりの上がるその場所から・・・青白い・・背筋を凍らせるような不気味な浮遊物が次々と湧き上がっている。
やがてそれが一つに集まり始め・・・人の形を成していく。
倒れた作業車やショベルカーの下敷きになった男達や崩れた土に半分埋もれた男達・・・。
その・・・漂うように揺らめく人型となった物が、下敷きになって千切れ飛んだらしき腕を拾い上げ・・・
『バキッ・・・グシャ・・・』
と、獣のようなキバをむき出しにした口元だけがはっきりと形を現して、食らいつく。
『・・・・ひ・・・・っ!な・・・に・・・あ・・・れ・・・!?』
息を呑んだ少年が、その化け物に気づかれぬように後ずさり・・・一気に山を駆け下りて行った。
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モドル
ススム