ACT 6
新幹線とローカル電車を乗り継いで、目的の場所に到着したのは・・・夜もかなり更けた頃だった。
『おいっ!巽!!着いたで!起きろっ!』
綜馬が面白そうに巽の整った顔の寝顔・・・のほっぺたを引っ張って破顔させる。
『・・っつ!・・・お、まえなぁ・・っ!もう少しましな起こし方できないのか!?』
上目づかいにほほをさすりながら睨みつけている巽に、綜馬がニヤ・・ッと笑う。
『なに言うとん?その無駄に整った顔がお前の欠点や!それを少しでも崩してやろうという厚い友情のあふれた起こし方やんけ!たまには顔の筋肉使とかな固まってまうで?その無表情・・・!』
『・・・・るさい・・っ!放っておいてくれ!』
『そうそう!そういう人間らしい表情たまに見とかなな!こっちが不安になってくんねん!』
巽の不機嫌そうな表情と赤みの残ったほほのつねった跡を、綜馬が嬉しそうに覗き込む。
『・・・不安・・?』
どうも・・綜馬にかかると調子の狂いっぱなしの巽が・・・その言葉に眉間にシワを寄せる。
『たまには笑え!っちゅーことや!』
一瞬、生真面目な表情になってそう言うと、綜馬は荷物を肩に担ぎ上げて意気揚々と駅を出て行った。
『・・・余計なお世話だ・・・』
綜馬の言いたいことが分かってはいても、それを素直に受け入れられない巽が苦々しく呟いた。
綜馬に続いて駅を出た途端、まだ眠気の残っていた巽の顔が引き締まり、灰青色の瞳に妖しい光が走る。
『・・・・おい、綜馬・・・結界は高野の術者が張ってるんじゃなかったのか?』
『あ・・・ははは・・!やっぱ分かったか?実はな、お前んとこ行く前に様子見に寄ったら・・・ちぃと嫌な話を耳にしてな・・・高野からの術者は帰らせた。せやから今は俺一人で結界張っとる』
人も車も通る気配のない暗い夜道の前を歩きながら・・・綜馬が振り返ってヘラ・・と笑う。
『・・・お前・・!一体何日一人で結界を張り続けてる!?』
綜馬の肩を掴んで詰め寄った巽が綜馬を睨みつけたまま叫ぶ
『前鬼・・っ!』
途端に闇から滲み出るように現れた前鬼が言う。
『・・・なんだ?』
『鬼の出た山中に行って結界を張れ!』
『・・・承知!』
綜馬をちら・・っと一瞥した前鬼が次の瞬間くるっと大ガラスに変貌し、闇の彼方へと飛び退っていった。
『巽!?俺は別に全然・・・・!』
『・・・・結界を張ってる間は眠れもしないだろう!?今夜くらい寝ておけ!朝にはお前の好きにするといい!』
掴んでいた肩を突き放した巽がハァ・・・ッと深いため息をついた。
『・・・気がつかない俺も馬鹿だった・・・。高野が鳳に協力を申し込む事自体快く思わない連中が多いんだろう?その上お前がその指揮を取る立場なら・・・帰らせたんじゃなく、勝手に帰った・・・という方が正しいんじゃないのか?』
巽の視線を受け流し・・・頭をガリガリ・・・とかいた綜馬が言いよどむ。
『ん〜〜〜・・・ま、あれや。お前が居るんやし、役に立ちそうもない連中置いといてもなぁ・・・?いざ・・っちゅう時にはすぐ増援できるようにはしとるから・・・』
『・・・だから・・・俺にかまうな・・と、昔から言っておいたのに・・・!』
巽が吐き捨てるように地面に向って言葉を投げつける。
巽の言うとおり、高野と鳳は決して友好的とはいえない・・微妙な関係にある。
その上、綜馬は昔から巽にちょっかいを出し続け・・・他の高野の僧侶達からも反感を買っている。
そして極めつけが・・・この若さにして大僧正の代理まで務める桁外れの能力に対する妬み・・・だ。
そんな綜馬の指示の元、鳳と手を組んで仕事など・・・素直に言う事を聞くような人間はそうは居ない。
『バサバサバサ・・・ッ』
不意に闇夜に響いた羽ばたきが、サァ・・・ッと綜馬の頭を蹴りつけて通り過ぎる。
『いて・・っ!!この・・前鬼!はげたらどないすんねん!?』
思わず頭を押えて振り返った綜馬の前でクルッと旋回した大ガラスが、再び夜空の彼方へと消え去っていった。
『結界を張り終えたようだ・・・お前も結界を解いて体を休めろ!』
不機嫌そうに言う巽に・・・綜馬がフ・・ッと静かな笑みを口元に浮かべた・・・。
『・・・ほな、お言葉に甘えさせてもらうわ・・・』
途端に四方から飛んで来た流れ星のような光の筋が、綜馬の体に吸い込まれていった。
『ん〜〜〜〜・・・っ!ようやっと自分の体・・っちゅう感じやな!』
大きく伸びをした綜馬がニコニコと巽を振り返る。
『宿、もうすぐそこや。えらい古うてあれなんやけど・・・そこのばあさんがこの辺じゃ一番の年寄り・・・っちゅう話や。ちょっとばかし聞きたい事もあるんでな・・・がまんしてや!』
『・・・『嫌な話』・・か?』
『お〜〜っ!さすが愛があるなぁ〜巽くん!』
巽に向ってウィンクを投げつつ歩き出した綜馬が、先ほどとは打って変わった軽い足取りで歩き始める。
『・・・お前は笑いすぎなんだ・・・!』
その巽の呟きも・・綜馬の屈託のない笑い声を夜道に響かせただけだった。
綜馬が宣言したとおり、古い宿で・・・けれどしっかりと隅々まで掃除が行き届いた小奇麗な宿だった。
『えらい遅くなってすんませんでした・・・』
遅い時間にもかかわらず、にこやかな笑顔で迎えられ・・・綜馬が早速明日の朝一番にそこのおばあさんの話を聞く約束を取り交わしている。
その屈託のない笑顔の下で・・・おそらくは明日の一日のスケジュールが抜け目なく作成されているはずで・・・。
部屋の案内係が帰った途端、綜馬が布団の上に倒れこんで動かなくなった。
『お・・・い!?そ・・・・』
聞こえてきたのは・・・規則正しい寝息・・・。
『・・・寝つきがいいのは子供なみ・・だな』
綜馬の寝顔を覗き込んだ巽が・・・フ・・・ッと滅多に見せないホッとした様な笑みを浮かべる。
綜馬が見ていないからこそ浮かんだその笑みは・・・決して綜馬に見せてはならない巽の本心でもある。
唯一信頼を寄せる友として・・・自分を信頼してくれている友として・・・。
ちゃんと認識しているからこそ、決してそれを態度で示してはならない。
これ以上綜馬の高野での立場を悪くしないために・・・鳳家から無駄な反感を買い、嫌な思いをさせないために・・・。
『・・・お疲れさん・・・』
綜馬の体に布団を被せ・・・巽がピクッと視線を窓のほうへ走らせる。
口の端に薄い笑みをのせたまま・・・蒼白い月の光の差し込む窓を開け放つ。
静まり返った田舎の町並みに立つ薄暗い街燈が・・忘れかけた頃に瞬き返した・・・。
『・・・鬼の様子はどうだ?前鬼・・?』
『・・・見つからない・・どこかに潜んではいるんだろうが・・・』
巽の少し笑いを含んだ声音に、どこからともなく不機嫌そうな前鬼の声が返事を返す。
チラ・・ッと前鬼の居るらしき闇夜の先に視線を投げた巽が、窓に寄りかかるようにして綜馬の寝ている部屋の方へ振り返る。
『・・・そうか・・・出方を見るしかないな・・・。それと、綜馬なら・・・爆睡してる。心配するな・・・・』
『・・っ!?だ、だれがそいつの心配など・・・!』
上ずった風な前鬼の声音に・・・巽の口元が更にほころぶ。
『・・・まあ、礼の言葉くらいは聞いてやれよ・・・前鬼・・?』
『・・フ・・ン・・・!そいつ次第だ・・・!』
不機嫌な声と共にバサバサ・・ッと羽ばたきの音が遠ざかっていった。
『・・・天邪鬼な点は似たもの同士・・・だと思うんだがな・・・』
視線を寝返りを打って大の字になって眠る綜馬に移し、巽が布団を掛け直す。
巽もまた布団に潜り込み、深い眠りへと落ちていった・・・。
・・・・その晩。
巽は奇妙な夢を見た。
まるで誰かが見ている夢を、上から覗いているような・・・そんな不思議な夢だった。
大きな桜の木の下で、母子と思われる2人の人影が桜の木を見上げて・・・何事か楽しそうに語らっている。
その、まだ4〜5歳と思われる子供の方の後姿を見て、巽の目が一瞬釘付けになる。
空に浮かんでいる状態の巽からは、2人の顔は見えなくて・・・ただ後姿が見えるのみ・・・
その後姿の子供の髪が・・・桜からの木漏れ日を受けてキラキラ・・と銀糸のように光り輝いている。
そのすぐ横に寄り添うように立っている母親と思しき女性の方は、腰よりも長い艶やかな黒髪であっただけに・・・異様に思えた。
日の光を受けて、様々な色合いに変化するその銀髪から視線が離せず・・・巽がジ・・ッと凝視する。
・・・・・と、
何の前触れもなく、突然、その子供が振り向いて・・・巽の居る空を見上げたのだ・・・!
真っ直ぐに、巽の顔を見上げるその瞳も・・・髪と同じく銀色に輝いている。
巽と目が合った途端、その銀色の瞳が細められ・・・ニコッと笑いかけた。
まるで天使のような輝く笑顔で・・・・。
『起きろー!朝やでー!』
閉じている瞳の奥まで突き抜けてくるまぶしい朝日と、銀色に輝く子供の笑顔が重なって・・・・一瞬、夢と現実が交錯する。
『どないしたんや?ボーッとして?まだ寝ぼけとるんちゃうやろな!?』
朝っぱらからキンキンと頭に響く声で起こされて・・・思わず巽が頭を抱え込む。
(・・・今のは夢か・・・?何か・・変な夢だったな・・・)
まだ起き上がれずに・・・布団の上でつっぷしたままの巽の乱れた襟元から、朝日を受けて輝きを放つ銀色のロケットが覗いている。
そのロケットを、ヒョイっと摘み上げようとした綜馬の指先が、バチッ!!と弾き返されるようにスパークする。
『・・・っつ!!相変わらずやな!!そのロケット・・・!』
苦々しい顔つきになった綜馬に、巽が目だけを上向けて睨みつける。
『・・・懲りない奴だな・・・それには人が触れられないように封印の呪を掛けてあると言っただろう・・!?』
『・・・北欧の神、「オーディン」の呪われた指輪・・やったっけ・・・?ロケットの中身・・・』
弾かれた指先をプラプラと振りながら、綜馬が巽の首筋に光る銀色のチェーンにつながれたロケットを凝視する。
その視線を遮るように襟元を直しながら起き上がった巽が、服の上からそのロケットを握りこむ。
『・・・俺にとっては・・・たった一つ残された母親の形見だ・・・』
一瞬、顔を歪めて小さく呟いた巽に・・・綜馬が決まり悪げに頭をかいた。
『あ・・・・悪い・・・・いやな事思い出させたな・・・。そんなつもりやのうて・・その・・それに憑いとる前鬼が帰ってきとるかな・・?思うて・・・』
前鬼と後鬼・・・名前こそ巽がつけた和名だが、元は北欧の神「オーディン」が従えていた二羽の大ガラス「フギン」と「ムニン」である。
ロケットの中に封印された指輪に憑き、その指輪の持ち主を主とするよう、呪縛されていた・・・。
巽の母親は、その指輪を代々受け継ぎ、封印をかけてきた一族の末裔であった。
母亡き後、その持ち主は必然的に巽となり・・・今に至っている。
『・・・で?居ないと分かってどうする気だ?』
綜馬の場合、封印によって弾かれても、触れればその中に居るものの気配や力の度合いは知る事が出来る。
巽が綜馬の答えを予想しつつも・・・あえて問う口調で聞く。
『あ〜・・・悪いけど、帰らせて。結界は俺が張る・・・そうやないと何や落ち着かへんねん・・・』
やっぱりな・・・と言いたげにため息をもらした巽がその名を呼ぶと・・・たちまち一羽の大ガラスが窓から見える街燈の上にその姿を現した。
『・・・何や・・?こっちに入ってけえへんの・・?』
窓の外から部屋の中を伺うだけのカラスに、綜馬が眉根を寄せる。
『・・・しばらく自由行動がしたいそうだ・・・好きにさせる・・・』
どうやら・・・綜馬に面と向って礼を言われるのを嫌がっているらしき前鬼の心情を察した巽が、もうひとつため息を落とす。
『・・・なんや・・・人がせっかく素直に礼を言おう思とったのに・・・!』
苦笑を浮かべた綜馬が、手を振って、前鬼に礼の意を表す。
それを見た瞬間、カラスがバサバサ・・と飛び退っていった。
『あ・・・のやろー・・・可愛くねー・・!』
言葉とは裏腹に、綜馬の目元は笑みをたたえていた・・・。
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