ACT 7
巽より随分と早起きしていたらしき綜馬は、既に朝の早い時間に約束を交わしていた、その宿のおばあさんとの話を終えて帰って来たところであった。
身支度を整えて朝食の膳についた巽と綜馬の他にも、数名の宿泊客がそれぞれのテーブルで膳をつついている。
『・・・鬼が出たわりに変わった所はないな・・報道規制はかけてあるのか・・?』
あまり食欲のなさげな巽が、気乗りしない雰囲気で箸をすすめている。
『ああ、その辺はばっちりや。警察関係も鳳の分家関連が取り仕切ってるしな・・』
『・・・空也・・か。出来れば顔は会わせたくないな・・・』
叶わぬ望みと知りつつも・・・巽があえて口にする。
巽の倍のスピードで、あらかた膳を片付けてしまった綜馬が、巽が箸を置いてしまったのを良いことに・・次々と残りの膳を平らげていっている。
その食べっぷりをあきれたような顔つきで見つめている巽に、綜馬が声をひそめて聞く。
『・・なぁ、巽、お前・・高野の『隠し巫女』って、聞いたことあるか?』
『隠し巫女・・!?いや、初耳だな・・』
『そ・・か。せやったらええ・・』
何事か思案するように眉根を寄せた綜馬に・・巽が怪訝な顔つきで問う。
『高野に居るお前が知らないことを、俺が知ってるわけないだろう・・!?なんなんだ?一体・・!?』
『高野に居る連中も、誰も知らんはずや・・・恐らくは・・大僧正とその側近以外には・・な。昔、ふざけて寺の床下探検しとった時に偶然その名前を耳にしたことがあってん。せやけどすぐに見つかってしもて、その意味も何も分からずじまい・・やってんけどな・・・』
『それと今回の事件と、何か関わりがあるのか?』
あっという間に巽の残した膳の分までキレイに平らげた綜馬が、ごちそうさん・・!と、手を合わせ、おもむろに立ち上がる。
『さっき話聞いてきた言うてた婆さんがな、一つおもろい事覚えててくれたんや。今からちょっと、それ確かめに行こう思うんやけど・・・』
綜馬が視線で巽を宿の外へと誘う。
『・・?ああ・・』
不可思議そうに立ち上がった巽が綜馬の後を追って外へと出て行った。
その後を追うように・・二人連れの一組の客も出て行った・・。
『・・おい、前鬼と後鬼使えるか・・?』
並んで路上を歩いていた綜馬が声を潜めて巽に聞く。
『・・?ああ・・なんだ?つけてる来てる連中のめくらましか?』
巽も同じく声を潜め、後ろを振り向きもせずに答えを返す。
『ちょっと・・な。『嫌な話』の真偽を確かめにいくねんけど・・あいつらには行き先知られとうないねん・・』
『・・・分かった・・』
そう言って、路地の角を曲がった途端、二人が建物の影に身を潜める。
それとほぼ同時に・・巽と綜馬そっくりの人影が影の中から滲み出るように現れた。
『・・頼んだぞ・・!なるべく遠くへ連れて行ってくれ・・!』
巽の声に小さく頷き返した青い瞳と緑の瞳のそっくりさんが、その後をつけてきていた二人組みを引き連れて巽たちが向かう方向とは反対方向へと歩いていった。
その姿が見えなくなるまで身を潜めていた綜馬と巽が再び歩き出す。
『空也の野郎もそうまでしてお前を監視したいんか?なんやよー分からんが・・鳳の家の中もたいがいやな・・・』
肩をそびやかして巽に視線を投げた綜馬に、巽もため息を返す。
『・・最近だがな・・ああやって術者以外の普通の刑事を使って監視するようになったのは・・・。術を使うとすぐにばれるし、一般人使う方が俺も抵抗がしにくいと踏んでの事なんだろうが・・その意図はよく分からん・・』
言っている間に駅前のバス乗り場に着き、ちょうどやって来たバスに乗り込んだ二人が向った先は・・・市内から少し離れた場所にある、全寮制の中・高一貫の学校だった。
たまたま日曜日・・・ということもあり、着いた先の学校の門も閉ざされていて人影もない。
『おい、綜馬・・!そろそろちゃんと説明しろ・・・!』
キョロキョロと辺りを見渡している綜馬に巽が苛立ったように声をかける。
『あ〜〜・・・いや、俺もな、勘で動いてるもんやから・・・説明できへん。とりあえず・・・『みこと』っちゅう名前の男の子探してんねん。この学校の生徒やって言うとったからな・・・あの婆さん』
『みこと・・?変わった名だな・・・。その子が・・・?』
『ん?あの・・・桜の側にあった廃墟、あそこに住んどった奴・・・らしい。変わった容姿の子らしいから、一発で分かるとは思うんやけど・・・なんせ婆さん、半分ボケとったからなぁ・・・どこまで信じてええんやら・・・』
『・・・?変わった容姿・・・?それにボケてたって!?お前な・・・!』
『おっ!あれやな!寮の建物!・・・入り口は・・・あ、あそこか!』
学校の裏手に建つ建物を目ざとく見つけた綜馬が、巽の問いかけなどまるで無視して駆け出していく。
『・・・相変わらず・・・いい加減・・だな!』
一人取り残された巽が、大袈裟に肩を落とす。
しかし・・・綜馬のこういった勘が、結構的を得ていた事を思い出し・・・綜馬の駆けていった後について歩き始めた。
ゆっくりと・・・春先の暖かい陽射しを受けながら歩いていた巽の足が、フッと止まる。
巽の漆黒の髪を揺らした一陣の風が・・・微かな旋律を運ぶ。
普通の人間なら・・・絶対に気づかないであろう、その微かな旋律を巽が目を閉じて聞き入っている。
その旋律が止み・・・人の話し声へと変化した。
目を開けた巽が迷いのない足取りで道から外れ、雑木林の中へと入り込んでいく。
芽を吹き始めた柔らかな草花を踏みしだいて・・・巽の足が止まった先は、大きな楠の真下だった。
『・・・・おいっ!そこに誰かいるのか!?』
『えっっ!?あ、はいっ!!』
突然声をかけられて驚いたように、弾けた声が返ってきた。
次の瞬間、
枝の隙間からヒョイっと出て来た顔・・・!
その顔を視界に捉えた巽の灰青色の瞳が、大きく見開かれた。
逆光の中、一際輝く銀色の髪。
巽と同じく、これ以上ないというほどに大きく見開かれた銀色の瞳。
まさに、先ほど見た夢の中の子供・・・そのままの顔だった。
日の光を背にして・・・まるで本物の天使のような光を全身から放って・・・。
『うわっっ!!キャンッ!!』
その、時間が止まったかに思えた一瞬の沈黙を破って、子犬の鳴き声のような甲高い悲鳴が上がる。
木の枝からバランスを崩したその天使が、ものの見事に巽の上に降ってきた。
『・・・え!?ちょ・・っ!あぶなっ・・・!!』
降ってきた天使・・・のような銀色の少年の体をまともに受け止めて、巽がしたたかに地面に叩きつけられる。
『・・・っつ!!・・・く・・・う・・・・・っ!』
あまりの激痛に・・・うめき声を上げつつ目を開けると・・・
目の前いっぱいに、ガラス玉で出来たかのようなキラキラ光る青みがかった銀色の瞳。
その瞳にかかる柔らかそうな・・ふんわりとした銀糸の髪。
透けるような白い肌に、薄い桜色の愛らしい唇。
まさに・・・宗教画から抜け出て来たかのような天使の顔がそこにあった。
『天使・・・さん!?』
『・・・えっ!?』
まるで自分の心を見透かしたかのような少年の言葉に、巽が慌てて視線をそらす。
『・・・重い・・・!』
心の動揺を押し隠すように・・・巽が不機嫌そうな声音で苦痛を訴える。
『あっ・・!ご、ごめんなさい!!あ、あの、小さい時に見た天使の顔とそっくりだったものだから・・・つい・・見とれちゃって・・・』
あたふたと巽の上から降りながら喋る声には、先ほど巽の耳に届いた旋律の声と同じ響きが微かに残る・・・。
そして・・・少年が言った言葉に、巽が一瞬呆然となって少年を見上げた。
『あ・・・あの・・・た、立てますか・・?』
オロオロとした表情になった少年が、オズオズ・・・と手を差し出す。
触れるまで、体温などないのではないか・・と思えたその手には、子供と同じくらい高めの体温と柔らかい感触・・・。
その手に捕まって立ち上がった巽が、体についた砂埃を払いながら訝しげに問いかける。
『俺が・・天使だって・・・!?』
問いかけながら、改めて背の低い小柄な少年の全身を上から見下ろすように眺める。
巽を見上げるその顔は、まぎれもなく夢の中に出てきた子供の成長した姿であった・・・。
『・・・あ・・ごめんなさい・・!僕・・・時々変なこと言っちゃうみたいで・・・あの・・気にしないで下さい・・!ただ・・・本当にこんなきれいな人いるんだ・・・って、びっくりしちゃって・・・・』
深々と頭を下げ、今にも泣き出しそうな表情でうつむいてしまう。
それ以上聞くに聞けない雰囲気に・・・巽があきらめたように別の問いを投げかけた。
『・・・君は・・日本人・・・?』
銀髪、銀色の瞳、透ける様な白い肌・・・どれをとっても日本人離れしている。
『あ・・・いえ、たいていの初対面の人にはそう聞かれます。僕、先天性白子・・・「アルビノ」なんです・・・』
『アル・・ビノ・・・!』
主治医である聖治からその名を聞いた事があった巽が、納得したような表情になる。
その顔つきに・・・少年が始めて笑顔を見せた。
まだ満面の笑み・・・というわけではない笑みではあったが、一瞬にして目が惹き付けられる・・・磁力のような物を放つ笑顔である。
『よかった・・・!ご存知なんですね!?全然知らない人だと、病気かなんかだと思われて・・・困っちゃうんです・・・』
先天性白子・・・通称アルビノ・・生まれつき色素が薄く、髪、目、肌の色・・共に白く色素のほとんどない色で生まれつく。
自然界でも稀に見られる白蛇などの突然変異も、このアルビノである。
『・・・随分、軽く言えるんだな・・・?』
巽の灰青色の瞳が、少年の心の奥底を見透かすかのように・・・深く、ただ静かに見据える。
自然界でも稀にしか生まれない突然変異体である・・・こんな田舎町でそれを好奇の目で見ない人間は・・恐らく、いない。
その巽の考えを裏付けるように、一瞬、少年の銀色の瞳に暗い影がよぎる・・・。
『・・・もう、慣れちゃいました。だって、隠しようがないでしょう・・?でも、何だか嬉しいです!たいていの初対面の人って、変な目・・っていうか、凄く・・・恐い目で僕を見るから・・・あなたみたいに真っ直ぐに僕の事見てくれたの初めてで・・・・!』
そこまで言って限界のように・・・銀色のガラス玉の瞳からポロポロ・・・と大粒の涙が止めどもなくあふれてきた。
『あ・・・?あれ・・・!?あの・・・ごめんなさい・・・!あれ・・・なんで・・・?』
目の前でポロポロと泣きじゃくる少年を前に、巽がどうする事も出来ずに立ち尽くす。
『・・・ああ・・っ!もう!男だろう・・・!泣くな・・っ!』
一大決心をしたように、一つ大きなため息を吐いた後、巽が嗚咽で揺れる銀色の髪に手を伸ばし・・・クシャ・・と撫で付ける。
そのまま・・・少年の頭を自分の方へと引き寄せた。
勢い、巽の胸元に抱きかかえられる格好になった少年が、驚いたように巽の顔を見上げる。
その、真っ直ぐな瞳から逃げるようにそっぽを向いたまま・・・巽が呟くように言った。
『人間・・・泣くときは何かに支えられてる方がいい・・・そう、母が言っていた・・・その涙止まるまで俺の胸を貸してやるから・・・』
その言葉を聞いた少年の瞳から更にも増してあふれた涙が・・・少年のくっきりと浮き出た鎖骨の上にできた水面を揺らした・・。
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