ACT 9

 

『みこと・・・っ!』

降り注ぐ火の粉と熱風を、着ていたコートを被ってよけながら・・・巽が燃え盛る桜の木の下を潜り抜け、その先に立つ一軒の小さな家にたどり着く。

玄関から続くすぐ横にある小さな庭の方から、幼い子供の泣き叫ぶ声がこだまする。

『そこか・・!』

庭のほうへ駆け込んだ巽の目に、泣くみことを抱きかかえ立ち去ろうとしている袈裟衣を着た男の後姿が一瞬、映る。

『袈裟衣・・!?高野か・・!?』

あっという間に見えなくなった男の後を追おうとした巽の足が、先ほどまでその二人が居たのであろう板張りの軒先でうずくまっている存在に気がついて止まった。

そこに居たのは、膝を抱えて座り込んでいる・・・成長した姿の、みこと・・・だった。

『・・!?みこと・・!?』

巽の呼び声に、ビクッとみことが顔を上げる。

『・・・あ・・!ど・・うして・・?』

泣き顔を驚きの表情に変えて、みことが巽を凝視する。

『お前の部屋に入った時から術をかけていた・・お前にかけられた「八瀬」の封じ名の呪を解くために・・。知らなかったとはいえ、嫌な事を追体験させてしまったな・・・』

『・・術・・?封じ名を解く・・?・・ああ・・だから・・僕・・ここに居るんですね・・・』

半分意識を手放したかのような呆然とした表情で、みことが庭の垣根越しに見えるまだ勢いの衰えない燃え盛る炎を見つめている。

『・・・結局、変えられないんですね・・・出て行くお父さんとお母さんを止められなかった・・・。僕は・・・2度ともお父さんを・・桜を・・守れなかった・・・』

炎に照らされて・・昼間のように明るくなった軒先で、みことの銀色の髪と流れ落ちる涙がその色を映して様々な色合いに変化する。

まるで・・今にも陽炎のように消えてしまいそうなその華奢な体に、巽が思わず手を伸ばす。

ビクッと驚いたように硬直したみことを、巽がしっかりと抱きしめた。

『意識を手放すな・・!お前はここから抜け出さなきゃいけない。八瀬としての名前を捨てて、桜杜として・・!』

『・・・もう・・守る桜もないのに・・・?』

体を硬くしたまま・・燃える火柱を見つめたまま・・みことが弱弱しく呟く。

『・・・それは違うぞ・・!あの桜はお前の母が守るべき桜・・・その桜と運命を共にし、禁忌を犯したものとして消滅の道を選んだのなら、お前が守るべき桜は別にあるはず!それに・・・!』

グイッとみことの両腕を掴んで、その顔を正面に見つめた巽が厳しい口調で言った。

『お前の父と母が封じ切れなかった物・・・それをお前以外の誰が封じられる!?お前の中に、あの鬼を封じられるだけの力が必ず受け継がれているはず・・!それを、思い出せ・・・!』

みことがハッとしたように、巽の顔を見つめ返し・・・その銀色の瞳に火柱ではなく、巽の顔を写し取る。

『お・・に・・?あの化け物が・・鬼・・?鬼・・だけど・・鬼・・じゃ・・ない・・!』

『・・!?どういうことだ?』

みことが何か思い出しかけたように・・・頭を抱え込む。

『・・おかあ・・さんが・・言ってた・・この下には・・とても可哀想な人が眠ってるって・・!だから・・だから・・毎日・・あの桜の下で・・・』

言いかけたみことが、そこで言葉を見失なったかのように・・・黙り込む。

『桜の下で・・?何だ・・・?』

ギュッと腕を掴んだ巽の手に力がこもる。

その掴まれた痛みに、一瞬顔をしかめたみことが激しく顔を横に振る。

『・・・分からない・・・!思い出せない・・!』

みことが叫んだ途端、ゴウッ・・・と嵐のような風が湧き起こり、薄紅色の桜の花びらが二人の周りを覆いつくした。

『な・・に・・!?』

それと同時に突き抜けた手の平の痛みに・・・巽がハッとみことの体を引き寄せた。

『・・っえ!?』

『ここから抜けるぞ・・!しっかり捕まっておけ・・!』

手の平を駆け抜けた熱いほどの痛みに、巽が意識を覚醒させる。

しっかりとみことの体を抱き寄せたまま・・・。

 

 

 

みことと巽を包み込んでいた光の球体から、みことを抱きかかえた巽がまるで弾かれたように飛び出してきた。

途端につぶれたシャボン玉のように球体も弾け飛ぶ。

『巽・・!大丈夫か・・!?』

綜馬がしたたかに壁に体をぶつけて倒れこんでいる巽の顔を覗き込む。

『・・・く・・そっ!・・今日は厄日か・・!これで2度目だ・・!!』

呻くように呟いた巽の体がクッション代わりになって、みことは無傷のまま巽の胸の中でぐったりとしている。

『2度目・・?おいおい・・ほんまに大丈夫か?・・・しっかし!ようそいつ連れて抜け出せたな・・!こっちから何とかしよう思たんやけど、何や知らんがお前らの意識・・妙にシンクロしとってな・・こっち側からではどないしようもなかったんや・・』

『シンクロ・・か・・・』

眉間に深いシワを寄せながら、巽が軋む体を起こして壁にもたれかかる。

『・・・で?どうやった?何か分かったか・・?』

巽が体を起こしても、そのまましがみついた様にくっ付いたままのみことの顔を覗き込んだ綜馬が上目遣いに巽に聞く。

『・・・みことが客だと言っていたのは、恐らく高野山関係者だろうな・・一瞬だったが袈裟衣の後ろ姿が見えた・・後は・・もう一つ何かの呪が掛けられているらしい。しかも・・鬼を封じる手立てに関して・・な・・・』

みことの銀色の髪を見つめていた巽の視線が、フッと自分の手の平に注がれる。

巻き起こった嵐のような桜の花吹雪・・・それと同時突き抜けた痛み。

夢に見た幼い頃のみことと、綜馬が言ったみこととのシンクロ・・・どれも全て桜絡みだといえた・・・。

そういえば・・・みことが自分に向けていた、何か言いたげな視線・・・を思い出した巽がフッとみことに視線を戻すと、綜馬のニヤニヤ・・といかにも嬉しげに笑う顔とぶつかった。

『・・?!な・・んだ?』

訝しげに問いかけた巽に・・・綜馬が笑いを含んだ視線でその場所を巽に指し示す。

怪訝な表情でその示された場所に視線を向けると・・・みことの手が、巽の服の袖をしっかりと握り込んだまま固まっていて・・引っ張ってもビクともしない・・・!

『・・ちょ・・っ!冗談だろう?!おい・・!』

慌ててみことを揺り起こそうとした巽が、思わずその手を止めてしまう。

いつの間にやら寝息をたて始めていたみことの表情は・・・まだ涙が乾ききっていないけれど幼い頃の表情と同じ・・無垢な天使のような寝顔で・・・しかも安心しきったような安堵感が伺えた・・。

『・・・ええ寝顔になっとるな・・呪は完全に解けたようや。次に見るこいつの笑顔・・楽しみやな・・!』

ニヤニヤ・・と一層にやけた笑い顔になった綜馬が立ち上がる。

『・・!?お・・い?綜馬・・まさかお前・・・!』

その綜馬の意味深な笑みに顔を引きつらせた巽が、綜馬を仰ぎ見る。

『そのまさか・・や!せっかく良い気持ちで寝とるんを起こすなよ・・!10年以上縛られてた呪から解放されたんや・・知らんかったとはいえ辛い事を掘り返してもうた罪ほろぼし・・思てそのまま人間抱き枕になっとったれ!巽くん!?』

『・・なっ!?何で俺が・・!?冗談じゃない・・・!』

カッと顔を真っ赤に染めた巽の表情に・・綜馬が耐え切れなくなったように腹を抱えて笑い出す。

『・・・くくくっ!お前のそんな顔始めて見た・・!あかん・・!おもろすぎや!ツボにはまった・・!あ、頭冷やしてくるわ・・!!』

本気で腹を抱えて笑う綜馬が、目じりに涙さえ浮かべて逃げるように部屋を出て行った。

『ちょ・・・!待て・・!綜馬・・・!』

慌てたように伸ばした意味を成さない手を・・・巽がため息と共にみことを起こそうかとその肩に下ろそうとして・・・あまりに幸せそうに眠るその寝顔に、フワッと髪を撫で付けただけでため息をもらす。

『・・・綜馬の奴に一生からかわれるな・・・どうしてくれるんだ・・・まったく・・!』

憂鬱な表情を浮かべた巽であったが、そのみことの寝顔に浮かんだ笑みに・・・いつのまにか降参したような笑顔へと変わっていた・・。

 

 

 

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