飼い犬
ACT 22
「っ、ま・・しばっ、や・・・っだ・・・っ!?」
その真柴の腕に手をかけて、どうにかして止めさせようともがいた途端、グイッとシャツの襟を肌蹴るようにして肩口を露わにして肩を壁に押し付けられた
「動くなっ!!」
「・・・・っ、ましば・・・っ!?」
くぐもった低い真柴の声音が言うと同時に、露わになった首筋に歯を立てられて、息を呑んだ
真柴の・・・少し尖った犬歯が皮膚に食い込んでくる
ゆっくりと・・・確実に皮膚の内側に
皮膚が破れるギリギリの場所で留まって
真柴の、押し当てられた犬歯が、今にも食い千切りたい衝動を耐えるように、微かに震えている
「・・・・・っ、ぁ・・・・っ」
身動き、出来ない
真柴の犬歯が押し当てられている場所は、いわゆる動物の急所である・・・喉笛
ザワ・・・ッと背筋を這い上がる本能的な痺れ
そこを噛み切られたら、確実に殺される
そんな・・・恐怖と、完全に相手の手中にはまった無力感
・・・・・・・・そう・・・だった、俺、
真柴になら・・・殺されても良い・・・
そう、思ってたんだっけ・・・
一気に
身体の力が、抜けた
抗おうにも、抗えない
抗いたくない
どうせなら、このまま真柴に殺されたい
ぜんぶ真柴に曝して
一番最初に触れた、真柴の指で
真柴に犬歯を押し当てられて身動きできないまま・・・どんどん服を剥ぎ取られていく
肩からシャツが引き抜かれて
汚れた身体を覆い隠していた全てのものが、取り払われる
皮膚に食い込んでいた尖りが、ゆっくりと引き抜かれ
クッキリと窪みのついたらしき歯型の痕を、真柴の生温かい舌先が舐め上げる
ようやく
詰めた息を吐き、ゴクリ・・・と喉笛を鳴らして渇ききった喉を潤した
「・・・どこが、汚いって?」
そう言って
喉笛を舐め上げた真柴の唇が、そのまま真っ直ぐに首から胸元・・・腹から太股・・・足先へと降りていく
「あ・・・・っ、・・・・っく、・・・・っ」
与えられる感覚に、ギュッと目を閉じて息を詰める
不意に
思ってもみなかった感触を感じて身震いし、ハッと目を見開いた
真柴が俺の足元に屈みこんで、その足の指先を・・甲を・・くるぶしを・・唇で食み、舌先で舐め上げる
「っ!?なっ!や・・だ、そんなとこ・・ろ・・っ」
何とか足を動かして真柴のその行為を止めさせようとしたけど、真柴の手にくるぶしをしっかりと掴まれていて・・・ビクともしない
無言なまま、両足交互に、きつく歯を立てては舌でその痕を舐め上げながら、真柴の唇がゆっくりと上へ這い上がってくる
「・・・っ、ぁ・・・・、つっ・・・・」
肉に食い込む歯の感覚と、感じる痛み
そして、まるでその傷痕を癒すように舐めあげる・・温かな舌先の柔らかな感触
なんだか
足先から真柴に喰われて行っているかのような・・・そんな錯覚さえ覚えてしまう
くるぶしを押さえつけていた手はいつの間にか外れ、唇の動きに合わせてゆっくりと・・ふくらはぎ、膝裏、太股をまさぐりながら、その形を確めているかのように撫で擦る
ジワジワ・・・と身体の奥からゆっくりと、小さな火種のような欲情が込み上げてくる
ゾクゾク・・・と腰の奥が痺れてきて、足が震える
俺の身体を食んでいた真柴の唇が、与えられる刺激に反応して勃ち上がりかけている中心を敢えて避け、腰から胸元に向けてゆっくりと、身体のラインに沿って一気に舌で舐め上げた
「は・・・・っ、や・・・っ」
思わず仰け反って、壁との間に生まれた隙間に真柴が腕を差し入れて、俺の背骨のラインをツ・・・ッと指先で撫で下ろす
同時に突き出してしまった胸の尖りに真柴の歯を立てられてビクンッと身体が跳ねた
「ん・・・っ!や・・・、ぁ・・・っ」
どんどん身体の奥でくすぶっていた火種が大きくなる
腰の奥がジンジンと痺れてきて、そこに繋がる中心が硬く、熱を帯びて立ち上がってくる
そんな風に身体が反応する事が
たまらなく嫌だ
たまらなく汚く思える
「や・・だ、真柴、やめ・・っ、俺、やっぱ・・きたな・・・」
言いかけた俺の顎を掴んだ真柴が、俺の顔を無理やり上向かせ、その、俺の全身を食み、食い尽くそうとしてる獣そのものの瞳で見つめて言い募った
「どこが汚い!?こんなに・・キレイな身体してるのに。
汚いのは俺のほうだ、お前の全身に俺のものだ・・・って言う痕を刻みたくて・・・俺を拒むんなら、他の誰にも奪われないように全身を食い千切って食い殺してやりたいとさえ思ってる・・・俺のほうが・・・!」
俺は、思わず真柴を凝視した
だって
あの・・ビデオを見て
あんな・・浅ましくて淫乱そのものの俺を見て
それでも
それでも真柴は
まだ俺に、俺の身体に
自分のものだっていう痕を付けてくれる・・・?
俺を・・・食い殺したいと思ってくれる・・・?
だったら
「・・・・そう・・・して」
「え・・・?」
「俺を・・・殺してよ。俺、ずっと・・・真柴を裏切った自分が許せなくて、ずっと、真柴に殺されたい・・・って思ってた。だから・・・そうして・・ほしい」
「・・・殺して・・良いの?」
「・・・良いよ」
そう言ったら、すごく心が落ち着いた
自然に笑みがこぼれた
もう、何も怖くない・・・そんな風に
「じゃあ、遠慮なく」
俺と同じ笑みを浮べた真柴が、護身用に持ち歩いているんだろう・・小型のアーミーナイフを取り出して、俺の目の前でパチンッと銀色に輝く鋭い刃を引き出した
そしておもむろに俺の手を取って、目の前に掲げ上げた・・・と思ったら
「ッ痛・・・っ!!」
不意にその鋭い刃先で俺の手の小指の先に傷を刻んだ
・・・ポタ
ポタ・・ポタ・・と流れ出た血が風呂場の床の上に滴り落ちて行く
「・・・え?あ・・・っ!!」
呆然とその血を見つめていたら、不意に真柴がその小指を口の中に含んでその血を飲み込んだ
「っ!?・・・っ!!」
思い切りその傷を吸い上げられて、驚きつつもその痛みに耐え、真柴の行動を見据えた
怖いくらい真剣な眼差しで俺を見つめた真柴が、俺の血を吸い上げ、傷口を舌でなぞり・・・その味をじっくり味わいながら嚥下する
やがて唇から出て来た小指の先は、一時的に血が止まり真柴の唾液で濡れそぼっていた
その濡れた感触を確めたくて、止血も兼ねて小指をギュ・・ッと握りこむ
「・・・はい、次は俺を殺して」
そう言った真柴が、俺の手にナイフを握らせ、自分の手を目の前に掲げ上げた
その
真柴の真剣な眼差しに
有無を言わせぬ迫力に
俺は迷わず真柴の手を引き寄せ、真柴がやったのと同じように、その小指の先に傷を刻んだ
一瞬、真柴の顔が痛みに歪む
・・・ポタ
真柴の血が、滴り落ちていく
その血を床に落とす事さえ嫌な気がして、俺は迷わずその小指を口に含んだ
口の中に広がる、金臭い、血の香り
真柴が生きていて、その傷口から流れ出てるんだと・・・分かる、ねっとりとした濃度を持つ温かな体液
殺して・・・と言われて
俺が傷つけて
俺が流させた・・・真柴の血
その血を吸い上げ、飲み込んで、自分の血肉の一部に変える
真柴の一部が、俺の身体の中で生き続ける
流れる血を一滴残らず吸い上げて、舐めとって
真柴の指を解放した
「・・・最初から、間違ってたんだ」
不意に、真柴がそう言って、俺を真っ直ぐに見つめてくる
「俺が欲しかったのは、”飼い犬”の”ジュン”じゃない。
”ジュン”なんて、俺は要らない。
俺が本当に欲しかったのは、”人間”の、”潤也”。
俺、潤也が好きだ。”飼い主”じゃなく、一人の人間として”涼介”として、潤也を恋人にしたい・・・どう?」
その瞬間
俺の中に居た、真柴の”飼い犬”だった”ジュン”は、真柴の言葉で殺された
同時に
俺は、真柴の言葉で、人間として、生まれ変わる
みっちゃん先生と祐介さんみたいに、約束の刻印なんてないけれど
それでも
俺達は、”飼い犬”と”飼い主”を、自ら同時に殺して
鳳凰みたいに、新しく生まれ変われる
外からは見えない
身体の中に
お互いの赤い血を自分の血肉に変えて
いつまでも、一緒に居る
「・・・俺も。俺も、”飼い主”の”真柴”なんて要らない。
俺、涼介が好き。俺も、涼介の恋人になりたい・・・!」
ずっと
ずっと・・・
言いたかった・・・言葉
これからも、ずっと
涼介の側で
その言葉が言えたら良い
「じゃ、俺から、恋人の潤也に、最初のお願い」
「え・・?なに?」
「服・・・脱がして?一緒にお風呂入って、ベッド行こ?」
すごく
涼介らしくて、笑いが込み上げてくる
「じゃ、俺から、恋人の涼介に、最初の願い」
「ん・・?なに?」
「俺から、キスさせて?」
ふわ・・・と
涼介が今まで見た事がないくらい、嬉しそうに笑う
一番最初に、押し当てられた・・あの指の代わりに
今度は
俺が
俺の方から
涼介の唇に、唇を重ねる
『恋人にしても良い・・・?』
そんな思いを込めて
涼介の唇を、ペロリ・・・と舐めた
お気に召しましたら、パチッとお願い致します。