飼い犬












ACT 4









「・・・・っ、は・・・・ぁっ」

胸元を丹念に洗い上げる大きな手に、思わず声が漏れる

「・・・気持ち良い?」

そう耳元で囁かれて、思わずコクコク・・・と頷き返す
なんだかもう、これって”パブロフの犬”状態だ

「・・・ほら、ジュン、四つん這いになって?その方が洗い易い」

その言葉にも、もう何の抵抗も感じない










真柴に拾われた日から、もう1ヶ月くらい経つ

その間ずっと、俺はみっちゃん先生がやっている「七里動物病院」2階のお泊り室に、ケガが治るまで・・・という名目の元、居候を決め込んでいた

ケガの治療代とか、滲み込んだ血のせいで結局買い換えたベッドとか・・・
居候として居座る分の食費とか光熱費とか・・・

諸々全般の返済のため、俺はこの動物病院にバイトとして雇ってもらったのだ

着ていた服が学生服だったから、当然、みっちゃん先生に「学校は?」とか「家は?」とかいろいろ聞かれるのを覚悟していたのに

みっちゃん先生の態度は拍子抜けするほどで

「え?ほんと?それは助かるなぁ。じゃ、よろしくね!」

と、たったそれだけ

思わず

「え・・・?ほんとに、良いの?」

と、問いかけてしまった

「うん。今までリョー君が拾ってきたモノも皆ケガが治るまで居候してたし。もっとも今まではバイトなんて望むべくもなかったけどね」

「・・・え?真柴って、今までも?」

「そ。猫とか犬とかいろいろ。あ、でも、人間はジュン君が初めて」

ニッコリと笑って言われて、吐息が漏れた

俺ってやっぱ、動物と同等扱い・・・みたい








ここに居候を決め込んだのは、帰りたい場所がなかったから

学校なんて、俺が居ない方が問題が起きなくて良い・・・くらいなもの

家だって

帰った所で誰も居ない

真柴に身体を洗われるのも、別に嫌じゃない

むしろ気持ち良すぎて、困る・・・くらい






だからかな?







なんだか居場所が出来た事が、妙に嬉しかった

真柴は俺より二つ年上の獣医を目指す大学生で、毎日学校が終わるとこの病院で働いている

病院の受付担当になった俺が、病院に居るのを確めるように

いつも真柴は、走って帰って来て、受付に座る俺を確認するとホッとした様に嬉しそうに笑う

そして

「ただいま、ジュン」と言って、まるで飼い主が飼い犬の頭を撫でるように、俺の髪を撫で付ける

本当に犬扱いだな・・・とは思うけど、全然悪い気はしない

むしろ

なんだか、凄く大事にされてる・・・って気がして
ちゃんと、必要とされてる・・・って気がして

その居場所が、どんどん居心地が良くなっていく







仕事が終わると、俺は真柴に頭のケガの手当てをしてもらって、風呂に入れられる

真柴が毎晩、身体を洗ってくれて

気持ち良くなることをされて

必ず一度はイカされる

さすがに最初は驚いたけど、慣れっていうのは恐ろしい

一度身体で覚えさせられたその気持ちの良さは、すぐに羞恥より快感を追うようになった



でも




真柴は俺を気持ちよくさせるだけで、それ以上何もしない

それに

いつも真柴は服を着たままで

俺だけ、裸で四つん這いにさせられる

これって、やっぱ

真柴にとって俺は、今まで拾ってきた犬や猫ときっと同じってことなんだ・・・って納得する

もっとも

最初に「飼い犬にして良い?」って聞いてきた奴だもん

それ以外の何ものでもなかった・・・ただそれだけの事だ



だけど



なんだろ?このモヤモヤは・・・?

服を着たままの真柴に触れられるたびに度に、胸が苦しくなる

その理由が分からなくて・・・困惑する










一ヶ月経って、ケガも完全に治ってくると・・・俺はどうしよう・・・と焦りはじめていた

だって

ケガが治ったら、ここに居る理由がなくなる

せっかく出来た俺の居場所を、失ってしまう




そう思っていたら

抜糸も済んで、ケガの痕もほとんど目立たなくなった頃

仕事が終わって、いつものように2階へ行こうとした俺を、みっちゃん先生が呼び止めた

「はい、これ」

笑顔全開で渡された・・・茶封筒

「え?なに?これ・・・?」

「なに・・って、今まで働いてくれた、バイト料。あ、居候代と診療代はちゃんと引いてあるから!」

「え・・・?」

「もうケガも完全に治ったし、退院して良いよ?」

「っ!」

いつか・・・言われるだろうと思っていた言葉を告げられて、俺は返す言葉が出てこなかった

おまけに

「ああ、そうだ、飼い主さんにも了承得ないとね」

そう言って、みっちゃん先生がゲージの鍵の確認から戻ってきた真柴を手招きする

「あれ?なにごと?」

いつもの、あの、妙に迫力のある笑顔で真柴が俺を見て、みっちゃん先生を見る

「退院許可の告知完了」

その言葉に、真柴の顔から笑顔が消えた





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