飼い犬
ACT 5
・・・・それって、どういう反応?
真柴の笑みの消えた顔を思わず凝視する
でも、その顔つきは無表情で、何を考えているのかさっぱり分からない
「・・・そっか、そうだよな。もう軽く一月経つんだし・・・」
「そ。あっという間に一ヶ月」
真柴とみっちゃん先生がそう言って、二人で俺を見つめてくる
「・・・あ・・え・・・と・・・?」
思わず俺は後ず去った
この二人
なんだか妙な威圧感があって・・・時々その雰囲気に気圧されて鳥肌が立つ
この病院のある場所のせいもあるんだけど、ここに来る患者っていうか、動物は夜の商売の人達に飼われてるペットばかりだった
必然的にヤクザな人も出入りするから、その対応をするうちに自然とこの威圧感が身に付いたんだろう
おねーさん系の場合は、たいてい小さい愛玩犬とか猫だ
でも問題は
時々やってくる、どう見てもヤクザな人達の連れてくる番犬
気性の荒いドーベルマンなんかの大型犬
こういう野性の本能剥き出しの番犬って、一目で対峙する人間のランク・・・っていうのかな?
従うべき相手と威嚇する相手を見極めるから厄介だ
俺は最初から威嚇されっぱなし
怖くて側にも寄れやしない
餌だって
俺が差し出した物には、口もつけようとしない
なのに
真柴とみっちゃん先生には、もの凄く従順で・・・まるで借りてきた子犬みたいになる
しかも不思議な事に、奴らの中の順位は、真柴よりもみっちゃん先生の方が上
俺からしたら体格とか雰囲気から言っても、断然、真柴の方が上に見えるんだけど・・・番犬の判断基準って一体何が基準なんだか・・・!
だけど、実際、そうなのだ
大型犬にも一目で一目置かれるような、そんな二人に同時に見据えられた俺の心境は、チワワみたいにビクビクものだ
特に
真柴・・・!
最初の時から、真柴は何を考えているのか全然分からなかった
今だってそう
もう1ヶ月以上側に居るのに、俺は、真柴の表情から何も読み取る事が出来ない
真柴は、俺がここから居なくなることを許すんだろうか?
真柴も、帰っていいよ・・・って俺に言うんだろうか?
俺が帰ってしまったら、寂しい・・・とか、思ってくれるんだろうか?
この一ヶ月、帰りたいだなんて一言も言わなかった俺に・・・
毎晩、髪を洗い、身体を洗って
その手でイカされる気持ち良さを教え込んだ・・・俺に
今では
俺より俺の体の事、隅々まで知り尽くしてると言って過言じゃない、真柴が
「・・・っも、」
不意に真柴の口から漏れた声音が苦しそうに聞こえるのは、俺の都合の良い耳のせいだろうか
「・・・え?」
聞き返した俺に、真柴がしっかりとその迫力のある澄んだ瞳を向けた
「・・・お前も、居なく・・・なるのか?」
「っ!?」
向けられた悲しげな瞳の色と、その苦しげな問いかけに、俺はどうして真柴が俺に”飼い犬にしても良い?”って聞いてきたか、分かった気がした
真柴は、今までもいろんな動物を拾ってきた・・・と言っていた
でも
みんな、真柴の所から居なくなったらしい
どんなに愛情を注いで世話をしても、拾ってきた動物はいつの間にか居なくなる
特に猫は、その傾向が強かったらしい
だから、犬、なんだ
猫は受けた恩を3日で忘れる
犬は受けた恩を一生忘れない
・・・・・じゃ、俺は?
人間だけど動物で
動物だけど、犬じゃない
俺は?
真柴の真っ直ぐな視線が、痛いくらいに注がれている
俺は
いつも俺をイカせてくれる真柴の手を取って、その指先をペロリと舐めた
「・・・俺、真柴の飼い犬なのに?」
ニヤリ・・・と笑って言ってやったら
次の瞬間
手を取っていたはずの俺の手を掴んだ真柴が反転し、帰り支度用に整えてあった自分の鞄を持って、病院のドアへと向かっていく
「え!?」
引きずられるようにして病院を出た俺の背後から、みっちゃん先生の気の抜けるような呑気な声が聞こえてきた
「最後に伝言〜。明日からもバイトよろしくね〜」
どうやら
俺はまた、明日から受付に座って良いらしい