野良猫
ACT 16(祐介)
不意に変わる瞳の色合い
声のない言葉を注ぎ込み、感情をそのまま表す濡れた瞳
視線を釘付けにするその瞳は、やはり猫みたいだと改めて思う
『抱いて』
そう、はっきりと合わせた視線を通して注がれた言葉と『・・・ちゃんと忘れるから』と言った光紀の言葉に、ただその場の雰囲気に流されて言った言葉じゃないと確信した
俺が取った行動を考えれば、これ以上光紀を巻き込まないためにも、二度と会うべきじゃない
『忘れろ』と、そう言わなければならないのは俺の方
分かっていた
それでも
もう会えないのなら、抱くべきじゃない
もう会えないからこそ、抱きたい
そんな相反した想いが、光紀を抱き上げた時からずっと俺を苛(さいな)んでいた
だが、光紀がもう会えないことを自覚していて、それを承知の上でそう言ったのだと確信した瞬間、そんな迷いは吹き飛んでいた
忘れる・・・のか?と
そんな事、絶対に許さない!と
分かっていて、矛盾するその想いは止まらなかった
塞がれた唇をそのままに、光紀の身体を背後のガラス壁にぶつけるように押し付けた
光紀の咥内は、まだ金臭い血の味がした
その血の味と、先ほどの久々に湧き上がった暴力的衝動の余韻とで、自分の中の血が猛っているのが分かる
「・・・前のように優しくなんてできないぞ」
唇をすり合わせたままそう言ってその瞳を覗き込むと、そこにはその俺に挑みかけるかのような、猫と言っても大型の肉食獣の様な輝きが宿っていた
「優しさなんて要らない。忘れたくても忘れられないくらい、祐介さんを身体中に刻み込んで・・・!そうでなきゃ、許さない」
言い放った光紀のその言葉に、その淫獣のような誘う眼差しに、まさに貪る勢いで光紀の唇に喰らい付いた
『ん・・っ、ツ、』と俺の舌先に触れられて駆け抜けたらしき痛みに、光紀がギュッと瞳を閉じて、俺の背中で握りしめていたシャツに力を込める
気遣う余裕もなく蹂躙するせいで再び裂けた傷口から新たな血が流れ、ヌルつくその味が咥内を満たす
降り注ぐ温水は俺の身体を伝ってシャワーの死角に入った光紀の身体を濡らし、すっかり血のりが洗い流されたシャツをその身体から剥ぎ取った
シャツの拘束から解かれた光紀の指先が俺の胸元に伸び、肌に張り付く脱がせにくさをものともせずに同様に剥ぎ取っていく
息継ぎの間さえ惜しんで、時々ビクンと痛みに縮こまる光紀の舌を引きずり出しては絡ませ、そこにある全ての形を確めるように歯茎を一本ずつ探り、傷つき未だ血の滲む粘膜を舐め上げた
「は・・・っ、ぁ」
口腔から生々しい音を響かせながら、光紀の舌を解放する
恍惚に潤んだ瞳に見上げられ、ゾクリと背筋に震えが走った
洩れた熱い吐息と供に離れた舌先を、身体を濡らす温水とは明らかに粘度の違う粘ついた真紅の糸が、離れる事を拒むように筋を引き、不意に切れたその糸が光紀の濡れた鎖骨の上で粘る紅い唾液となって滴り落ちていく
その唾液を舐め取って、浮き出た細い鎖骨を食み続く胸元に舌を這わせながら伝う温水と供に血の滲む傷痕を吸い、鍛えられた腹筋の硬さと弾力を存分に味わいながら、傷痕とは別の、俺の存在を示す印を、その痕を、その身体に刻み込んでいった
「・・っ、ゆ・・すけ、さ・・・んっ」
新たな痕を刻み込むたび小さく跳ねる身体、感じる痛みともどかしい快感の心もとなさを耐えるように、光紀の艶を含んだ・・けれど余裕のない声音が落とされる
下に降りていく俺の動きにあわせて光紀が背を屈め、髪に差し込まれた指先がその動きを制するように、促すように、もどかしげに髪を掻き回す
引き締まった腰から続く柔かな双丘と衣服の間に指先を忍ばせて、ゆっくりと下着ごと邪魔な衣服を引き降ろすと、光紀が自ら足先で絡まったそれを抜き去った
くぼんだ臍から辿り付いたそこは、もう既に半分勃ち上がっていて、身体を伝って流れ落ちる温水の道を辿るように唇でそこに触れ、滴る水滴を舐め取るように舌を這わす
「や・・、ま・・って、祐介さ・・っ」
そんな言葉と供に大きく体を震わせた光紀が、まるで俺を引き剥がそうとするかのように、髪をかき回していた指を肩にかけて掴み上げたが、俺はそれを無視して一口にズルリと飲み込むと、舌を蛇のように絡みつかせて巻きつけた
「あ・・っ、ク・・・ゥッ」
掴まれた肩に光紀の爪先が食い込んでくる
光紀の中心に顔を埋め、膝間づいた状態の俺の背中に降り注いでいたはずの温水が遮られ、その背に直に光紀の荒い吐息が掛かり、光紀の髪を伝ったらしき小さな温水の滝が流れ落ちていく
ガラス壁に腰を押し付けて俺の背に屈みこむような体勢になっている光紀の片足の太股を掴み上げて、無理やり自分の肩の上に担ぎ上げた
「ゆ・・ぅっ!?」
強引に奪われたバランスに、ふらついた光紀が無理な体勢のまま両手を背後のガラス壁に付く
そのまま光紀の腰を壁から浮かし、咥え込んでいたモノの裏筋を舌先でなぞるようにしてその最奥の入り口へと進む
「あ・・・ぁ・・・んっ」
光紀の柔らかい太股に指先を食い込ませるようにしてアンバランスなその体を支え、股の間に潜り込んで尖らせた舌先でまだ硬い入り口を突き、もう片方の手はもう既にヌルヌルとした体液を滴らせているモノを握り、軽く扱きながら親指の腹でヌルつく体液を滲ませる先端を擦りあげ、グリグリとそこを爪先で刺激する
「は・・・っや・・だ、そこ・・・っ」
奥の入り口と先端を刺激するたび、肩に乗った光紀の足がビクビクと跳ねて高い嬌声が上がる
「ゆ・・すけ、さ・・っ、ダメ・・立ってられな・・ぃ」
身体の不安定さと跳ねる体を後手に付いた両手で必死に支えていた光紀が、限界を訴えて崩れ落ちてきた
「・・・まだだよ、光紀、立って」
落ちてきた光紀を抱き寄せながら耳元で囁いてその身体を反転し、両手をガラス壁に付かせて後ろ向きに立たせたまま腰だけを突き出させる
両足を開かせて突き出させた背中に温水が降り注いで、窪んだ背筋に続く尾てい骨と盛り上がった双丘との窪みに小さな水溜りができる
そこに流れ落ちる温水が行く筋もの川になって流れ落ちていくのを、その瑞々しいしなやかな裸体を、従順な態度を、目を細めて見つめた
先ほど打ち据えられた痕とキズが生なましく刻まれていたが、それ以外はほとんど古傷らしき痕は見当たらない
以前見た胸や腹には小さな古傷があった事を思うと、光紀がどれだけ逃げない性格なのかが伺い知れる
自分に向かってくる相手に、絶対に背中など見せなかったのだろう・・・その気性が
負ける事を良しとせず、気位が高くて決して人に慣れない・・・超然とした孤高の野良猫そのものだ
けれど
いつか、他の誰かがこの身体に触れるのだろうか?
俺以外の誰かに、こんな風に従順に身体を開くのだろうか?
不意によぎった、留めようがないおろかな妄想
いつかそうなる・・・俺の事など忘れ去って・・・!
勝手な嫉妬心だと分かっていた
分かっていても、湧き上がってきた焦燥とぶつけようのない苛立ちが、腹の底で渦巻いていく
その苛立ちをぶつけるように、窪みにそって唇を這わせ、歯を立てて吸い上げて、そこかしこに痕を刻む
その間に備品に置いてあったボディオイルを双丘の割れ目に滴らせ、流れ落ちていく粘度のあるオイルの助けを借りて指先を光紀の体内に埋め込んでいった
「はっ、・・・あ、ああぁ・・・っ」
ビクンと揺れた光紀の身体が背を仰け反らせてガラス壁に付いた両手を突っ張らせ、光紀の中の指が締め付けられて思うように動かせない
「・・・光紀、力抜いて」
「そ・・んな、む・・り、」
「じゃあ・・・」
俺は背筋に沿って背中を舐め上げながら、もう片方の手で光紀の脇腹を撫で上げて、胸の突起を指先で円をかくように撫でまわし、摘み上げ、爪先をのめり込ませていたぶった
「あ・・っ、つ・・ぅ、や・・・っぁ」
光紀の全身に細かな震えが走り、強張っていた身体がゆっくりと弛緩していく
中を探る指も動きが滑らかになって、以前触れた記憶のある場所を刺激した
「−−−−っ!」
大きく息を呑んで強張った背中が次の瞬間崩れ落ちそうになって、必死で光紀が付いた手に力を込めたのが分かる
「・・・ここだったね?」
ガラス壁に向かって腕を突っ張る光紀の背に覆い被さるようにして耳元に顔を寄せ、俯いていた光紀の顎に指をかけ首を捻じ曲げるようにして無理やりこっちに向かせてそう聞いた
「う・・・、そん・・な、し・・らな・・・っあぁ・・・っ」
指の動きに敏感に反応して、光紀の表情が僅かに残る自尊心と羞恥と愉悦に染まり、俺の中の嗜虐心を掻きたてた
聞きながら中を探る指を止めることなく、更に指を増やして降り注ぐ温水と供に光紀の体内に抜き差しし掻き回す
出入りするその指が、シャワーの水音の中でもグチュグチュとはっきりと淫猥な粘度のある水音を響かせる
「は・・あ、あ、あ・・・っや・・っも・・やめ・・・っ」
後ろから与えられる快感に崩れ落ちそうになるのを必死に耐え、光紀が眉根を寄せて苦しげに『イカせて』と、濡れた瞳で訴えてきて、その表情に堪らなくそそられた
体位を変えてから、張り詰めて勃ち上がり腹に付くほどになっている光紀のそれに、あえて触れずに放置している
まだ後からの刺激に慣れていない光紀の身体では、そこを弄らないとイクことは難しい・・・と分かっていて
だから、イキたくて自分からそれに手を伸ばした光紀の腕を掴んで止め、元通りガラス壁に押し付けた
「っ!や・・・ぁ、祐介さ・・っ」
「・・・イキたい?」
そう聞くと、いっそう艶めいて濡れた瞳が懇願するように俺を見上げてくる
その目元に顔を寄せ、耳朶に唇を寄せた
「このまま?指だけで・・・?」
そう囁くと、僅かに自我を取り戻した瞳が一瞬見開かれ、まだスラックスをはいたままの俺の下半身に視線を移す
「・・・っ、い・・やだ、」
悔しげにそう言った光紀が、目を眇めて俺を見つめ返した
その如何にも光紀らしい視線と言葉に、ふと口元が緩む
これから先、光紀が誰に身体を開こうと、一番最初にその痕を刻むのは他の誰でもない俺なのだ・・・と
それを、光紀が望んでくれているのだ・・と
散々弄り回して柔らかくなったそこから無造作に指を引き抜くと、『あっ・・ク・・・ッ』とその喪失感に身体を震わせて崩れ落ちてきた光紀を抱きとめて、降り注いでいたシャワーを止めた
「・・・じゃあ、どうしたい?」
不意に静かになった浴室に、その声が妙に響いて反響する
背中から光紀を抱きしめたまま、髪から伝う水滴を辿りながら耳朶に唇を寄せる
「・・・服、脱いで。俺も・・・祐介さんに、触れたい・・・から」
耳朶を食んでいた唇に唇を合わせるように身体を反転させて言った光紀が、挑発するように濡れて張り付くスラックスの上から足を割りいれ、硬く張り詰めたそこを太股で擦り上げてきた