『竜国物語』〜最終章〜
遂にエルフ族の王として”紅き竜”を復活させたフレイは、エルフ族の軍勢を率いて人間側・・リアン率いる王家の軍勢に戦いを仕掛ける
その戦いは、”竜の谷”と呼ばれる古の昔から人間界とエルフ界を別ち続ける深い谷で繰り広げられていた
目もくらむほどの切り立った断崖絶壁によって別たれた深い谷には、戦いに備えてフレイが密かに作らせていたいくつもの橋がかかっていた
その橋を渡った両者の軍勢が互いの陣営に入り込み、凄惨な戦いが連日連夜に渡って続いていた
次々に深い谷底へと堕ちて行く兵士達
血みどろになって転がる死体
その上を乗り越えて争い続ける命
その様はさながら地獄絵図そのものだった・・・
「・・・やめろ」
低く放たれたその声音に、ハッとユリウスが振り返った
その声を発した者は、リアン
先代の王が亡くなり、フレイがエルフ族に寝返った事から暫定的に王の立場となったリアンは、周囲の側近達に陣営の奥深く・・・最も安全な場所から戦いを傍観する事しか出来なくさせられていた
「リ・・アン様?」
「なんだ・・これは?一体何のための戦いだ?なぜエルフと人間は争わねばならない!?」
軍を率いる者が座する為に設けられた、まるで戦場に似つかわしくない・・・豪奢な椅子
その椅子に座し、項垂れたまま顔を上げることもせず、肘掛の先を血の気がなくなるまで握りしめたリアンの指先が細かく震えている
「なぜだ?兄弟なのに・・・俺の、たった一人の兄上なのに・・・!どうして・・・!!」
「リ・・・」
ユリウスが震えるその肩に手を伸ばし、その名を呼ぼうとした瞬間、リアンがキ・・ッと顔を上げ立ち上がった
「こんなのは間違ってる!俺は・・・兄上を、フレイを取り戻す!」
言い捨てて歩き出したリアンに、将軍を筆頭とする側近達が立ちふさがり、その行く手を遮った
「なりません!フレイ様はもうリアン様の兄弟でもなんでもない!ただの反逆者です!」
「リアン様にもしもの事があれば、この国はどうなります!?もう少し王としてのご自覚を・・・!」
異口同音に注がれる制止の言葉に、リアンが秘めた怒りそのままに言い捨てる
「兄弟でもなんでもない?反逆者?よくも・・・そんな事をぬけぬけと!フレイを女として・・偽りの姿で生きなければならないように仕向けていたのは誰だ!?
たった一人の大事な兄上を失うことでしか得られないモノに何の意味がある!?
双子の俺達は生まれる前からずっと一緒だったんだぞ!」
リアンの血を吐くような叫びに、ジ・・ッとその様子を見つめていたユリウスが腰に挿していた剣をスルリ・・と抜き去った
「お下がり下さいっ!」
凛とした声音が響き渡ると同時に、リアンを背後に庇うようにして側近達との間に割って入ったユリウスが、その筆頭である将軍のノドモトに剣の切っ先を突きつけていた
「っ!?ユリウス!?何のマネだ!?」
「それはこちらの台詞です、将軍。私は王家に忠誠を誓った竜騎士(ドラゴンスレイヤー)。リアン様を守るのが私の使命、リアン様の御意志は既に王の御意志のはず。逆らうあなた方こそ反逆者・・・そう判断させていただく!」
「な・・っ!」
「私とやりあう気なら、どうぞご存分に・・・!私も容赦はしませんからそのおつもりで・・・!」
ユリウスの全身からユラリ・・と歴代の竜騎士の中でも最強と謳われる闘気がみなぎる
その怖気立つオーラに、屈強な戦士であるはずの将軍以下側近達も思わず後ずさる
「リアン様、お早く・・・!」
「っ!分かった!」
ユリウスに庇われたその背後で、リアンの全身から淡い輝きが放たれ始める
「古よりの血の盟約の元に命ずる!わが声とわが心に応えてその姿を現せ、”白き竜”!俺とユリウスをフレイの下へ!」
リアンの呼び声が言い終わらぬ内に、バサッ!!という羽ばたきと竜巻のような風を伴って白く輝く巨大な竜が不意に虚空に出現した
「行くぞ!ユリウス!!」
「はっ!」
背に二人を乗せ、白き竜がフワリ・・・と暗雲立ち込める空へと飛び立っていった
「双方、引けーーーっ!!」
不意に響き渡った凛とした声音に、争いを続けていた両軍勢が一斉にその声のした・・・空を見上げる
切り立った谷の上空高く、そこで巨大な白い輝きを放つ竜が旋回していた
「双方、引け!引かねばその全ての橋を叩き落す・・・!」
その言葉と供に、白き竜が急降下して橋と橋の間をすり抜けて、大きく橋を揺らす
巨大な竜のその直撃を食らったら、簡単に橋など叩き壊されて落とされてしまう・・・!
互いに互いの陣営に引かねば、敵陣に取り残される事になる!
その恐怖に怯えない者はいない
入り混じって闘っていた軍勢が、一斉にそれぞれの陣営へと引き始める
全ての兵士が引き、誰も居なくなった橋を見下ろす両側から突き出した岩の上・・・
そこに、同じく紅い輝きを放つ巨大な紅き竜に乗ったフレイが降り立った
「ッ!?フレイ・・!!」
それに気がついたリアンが、反対側の突き出た岩の上に降りる
供にその背から降りたユリウスが、リアンの『控えていろ・・』という視線を受け、切り立った谷の上、二人の心情そのままに別たれた岩の上で対峙した二人を少し後方から見守る
「・・・何のマネだ?リアン?」
何の感情も含まない冷たい声だった
女として、姉として、自らを否定し偽りの人生を生きることを余儀なくされた象徴・・・長い金糸の髪が谷底から吹き上がる風に乱れ舞う
自分そっくりの容貌の中にあって、たった一つ違う紅い双眸が冷たくリアンを見据えていた
「ッ、フレイ!もうやめよう、こんな戦い!なんで闘わなきゃならない!?俺達は生まれる前からずっと一緒だったじゃないか!たった一人の兄弟なのに・・・!」